※この作品はR-18です。

神様の弟子になったら初恋の女の子と添い遂げる事が出来た件。   作:アロンの杖

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はじまり~アロンの夢と賢者のぼやき~

 “人を愛する為にはまずは自分を愛せなければならない”。

 

 それなのに何で誰も愛について知らねーんだよ、おかしーだろ?こんなのは!!!

 

 愛には三段階あるんだよ、第一段階が相手を認めて許すこと。

 

 第二段階が相手に無償の奉仕をすること、そして第三段階が相手の為に祈ることだ。

 

 特に第三段階目は難しーんだよ、相手の為に何を祈るのか、と言うと相手の救済と幸せを祈るんだよ(特に相手の今後ますますの“霊的進化”と“開運”を神さんに祈るんだよ)。

 

 だけどこれって難しーんだよ、そもそも“ちゃんと祈りを捧げる”と言うのは中々に大変な事なんだけど、それに加えて下手に他人の為に祈りを捧げると、その人のカルマ(過去世からの罪科(つみとが)や怨念)が自分に来ちゃうんだよ(“お前が肩代わりしてくれるんだな?”って言う話になっちゃうんだよ)、だからただでさえ大変な人生がより一層、キツくて苦しいモノになるんだよ!!!

 

 だけどさ?

 

 “それでも良いからあの人を救いたい”、“ずっと笑っていて欲しい”と心の底から希(こいねが)えるだけの、いじらしいまでの健気さや暖かさ、自分を一時犠牲にしてでもその人のために尽くそうとする愚直なまでの真剣さ、それこそが純粋なる愛の本質なんだよ。

 

 ちなみにさ?祈りを捧げている最中は自分と神さん以外の誰にもそれを知られちゃいけないんだよ(もし知られたら祈りの力が失われてしまうんだ)、だから気を付けなくちゃならないし、誰にも評価も感謝もされないんだよ、すっげー孤独な道なんだ。

 

 だけどそれが“人を愛する”って事だからな?“無償の奉仕をする”ってゆーのはそう言う事だから(ま、自分の限界を超えない程度で、だけどな?)。

 

 まさか“死ぬまで祈れ”とか、そんな恐ろしい事を言うつもりはねーけどよ、だけど解るか?例え一時、自分の立場や都合、心情を脇に追いやってでも大好きな人の為に祈りを捧げる、と言う凄絶なまでの一途さが(だけどそれが“本当の愛”ってもんだぜ?)。

 

 ってなんでこんな話をしてるんだよ。

 

 こんな話をしに来た訳じゃねーんだよ、俺は自分の悲しみを訴えに来たんだよ、無念さを訴えに来たんだよ、それなのにこんなのおかしーだろ!!?

 

 まあでも?どーせ誰もこの話を見てくれないんだろ?仮に見てくれたとしても無視するんだろ?解りきっているんだよ、そんな事は!!!

 

 あとついでに言っておくけど、俺は“変な宗教家”でも無ければ“危ないスピリチュアリスト”でも無いからな?

 

 あんたらと同じ、一小市民だよ(そんでもってその日その日を一生懸命に生きてるんだよ)、それなのに。

 

 どーして皆で無視するんだよ、っかしーだろ、こんなの!!!

 

 憤慨しちゃうぜ、こんな夜はな!!!

 

 だからもう少しだけ、付き合ってくれよ。

 

 俺は思うんだが、“愛”とは“優しさ”に似ているのかも知れねーな←自分が誰かを真剣に愛したかどうかなんて、あの世に帰ったその後で神さんや守護霊にでも聞かなけりゃ解らないように出来ているんじゃねーのかな?

 

 優しさも同じだろ?本当に優しい人ってゆーのは自分のことを“優しい”とは思わないんじゃねーのかな←そう言う人達って仮に親切を働いても“俺も甘いな”とか“人として当然の事をしているだけだ”としか思わねーんじゃねーのかな(自分で自分の事を“優しいヤツだ”とか思っている人間とかって、ちょっと危ないじゃん←ま、“優しくあろう”と志す事自体は別に悪くはねーけどよ)。

 

 ソイツが本当に優しいのかどうかなんて、他人から見なけりゃ解らないように出来ているんじゃねーのかな。

 

 だからさ、そう言う意味でも“大好きな人”って言うのは凄く貴重な存在なんだと思うんだよな←その人と一緒にいるだけで、自然と優しい気持ちになれる、それってとても素晴らしい事だと思うんだよな、尊い事だと思うんだよな。

 

 いつかそんな人に出会えたら、きっとステキな事なんだろうな(一種の奇跡なんだろうな)。




 善なる神々の中の一柱が教えてくれた、“愛とは存在する事だよ”と。

 私達は誰もが皆、この宇宙全体を創造した“始源の超神”によって生み出されて来た。

 “始源の超神”は“生き物”や“現象”、そして“霊なる者”を創造する際に、その存在に最も相応しい在り方や姿をイメージして次々と創造を行っていった、“出でよ”、“生まれよ”、“有れ”と言って。

 その際、“始源の超神”は己の感性や知識をフル稼働させて全能力を集中させ、精神力と生命力を削りながら存在達を生み出して行ったのだ、そこにありったけの暖かさと愛情を込めながら、一切妥協する事も無く。

 こうして生み出された存在達はだから、全て“始源の超神”の“誠意と愛情の発露”であり“祈りと真心の顕現”とでも言って良いモノとなった、故に存在する事こそが愛なのである(愛の証なのである)。

 そしてだからこそ。

 この宇宙に生きとし生ける全ての霊なる者達は、互いに等しく愛し愛されなければならない、愛し合わなければならない。

 それが“宇宙の法”であり“宇宙の愛”なのだ。

           名もなき者の教訓。
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