長年相棒だった全身鎧の戦士が実は甘えたがりの高身長女子だった話 作:山崎世界
深夜。ギルドに併設された酒場で杯を傾けていた。ここにいれば会えるだろうか、と期待してのことだ。
「……隣、よいだろうか……」
どうやら待ち人は来てくれたようだ。
ヴァルセント・ウォーブレイブ。先ほどまで死闘を繰り広げていたわけだがその顔から険しさは取れ、張り詰めたような気配は消え、温厚ささえ感じる顔つきだ。
「貴殿とは、落ち着いた場所で話をしたいと思っていた」
「そうか、実は俺もだ」
乾杯などはしない。馴れ合うほどの仲じゃない。ただ理解を深めたい。
「……あんたはワレが勇者の鎧を盗み出して出て行った、なんて言っていたがそんなわきゃない。本来なら厳重に保管されているはずだ、とその界隈に詳しい友人が言っていてな。あんた、わざとワレが鎧を手にするように仕組んでたんだろ」
「……何を根拠に」
「ああ、別に。その辺、聞いたら答えたぞ鎧の精霊が」
「……そうか、口封じなどしていなかったからな。とはいえワレに素質が無ければあの鎧は力を貸すことなどなかった」
「そうだな。それも言ってた」
とはいえ、あれほどの鎧が持ち出されたとなればそれなりに責任は取らされたはずだ。それが家族のものであったとしても、いや身内によるものであるからこそ失態による埋め合わせやらなにやらはそれなりに苦労したはずだ。それでも、ワレのためを思ってあの鎧を用意した。
何が言いたいかと言えば、このヴァルセント・ウォーブレイブという人間は娘であるワレのことをちゃんと愛していると言うことだ。今回の騒動だって、娘のことが心配になった、ただそれだけのことなんじゃないか。
「貴殿が何を言いたいのかはおおよそ察しが付くが、だとしても分かるだろう。ワシにはそんなことを言う資格などないのだ」
そうか。そう言うとは思ったよ。
家を追い出された後は別に生死の危機というわけではなかっただろうがだからといって孤独や不安に押し潰されそうになったときだってあっただろう。愛娘をそう追い込んだことに対して、自分を許せない。だからどれだけ嫌われてもいいから娘の想い人を見定めに来た。
全く、不器用なことだ。
「……ワレには、五歳年上の姉、マリアンヌがいた。いつか、魔剣と鎧を、ウォーブレイブの栄光を受け継ぐのだと言って、日夜鍛錬に励んでいた。ワレが十二の時に稽古で打ち負かすまでの間だがな」
「それは……キツいな」
「まあそれでもな。マリアンヌは笑顔でワレに語り掛けたのだ。『見事だ。ウォーブレイブはお前が継ぐのだぞ。励め』と。それ以来、ワレを甘やかす者はいなくなった」
ワレは、褒めてもらいたかったのだろう。ただそれだけだったはずだ。
「……ワレに夢を託したマリアンヌのためにもワレを甘やかすことは出来なかった。気付いたころには、ワレは誰にも知られぬよう毎夜泣いていた。このままではいけないと思った。少なくとも、この家にいては潰れてしまうだろう」
今はまだ大丈夫だったとしても、不甲斐ないワレの姿を見続けてしまえばワレの姉だというマリアンヌの心にもよくないものを残すだろう。
何より、ワレの才能を見出し、導くことが使命であると思っていたのだろう。
「……ワレに戦わなくていいなどと。強くならなくとも守る、などと。それは、ワシには言えぬ言葉であったよ」
結局のところ、立場が違う。俺はワレの家族のことなんて知らんし、ウォーブレイブ家の背負う使命なんかも知ったこっちゃない。
「…………言えば、何かが変わったのかな……」
ヴァルセントは大きく溜息を吐いた。
「まあ、どんな事情があれ、貴殿には失礼な態度を取った。それは詫びたいと思っていたよ」
「気にすんなよ。娘に変な虫がついてたらぶん殴りたくもなるだろうよ。俺だってそうする」
嫌われてもいい。ただ自分の目で娘がどうなっているのかを見守りに来た。悪い男に引っかかっているようなら引き離す。
別にさ。そんなもんは珍しくも何でもないんだよ。
「しかし……」
「あー……そうだな。俺も大概ひどい男だぞ。例えば初めてアイツを抱いた日のことをあんま覚えてないんだよ。酒に酔った勢いでな」
何かを言いつのろうとしていたヴァルセントの口が止まる。
「まあ、既に存分に痛めつけはしたしな」
言葉を失っていたヴァルセントであったが何とか呑み込んだらしい。
「このままでいいのか? あんただってさ、苦悩して、愛して……そういうのを、アイツに伝えてやったって……」
「それは貴殿の領分だろう。慰め、忘れさせてやれ」
立ち上がり、去ろうとするヴァルセントに、俺は何かを言わずにはいられなかった。
「……もしも、貴殿が知り合いであったとしたら。その時はワレを預けたやも知れぬ。そうしてワレは貴殿の元できっと健やかな成長を遂げて……やがて、二人の仲を認めたのだろう」
そんなもしももあったかもしれない。
「ワシが贈れる賛辞はこの程度だ。ああ……そうだな。家族は、会いたがっていると伝えてやってくれ。マリアンヌも理解のある男を見つけてな。皆、ワレに会いたがっていると……」
「だから、それはあんたから……」
振り返った先、俺とヴァルセントは口を開けて呆然としていた。そこには、ワレがぽつんと立っていた。
「……ワレ……」
「お父様……」
ワレは、どうしていいか分からないままたじろいでいたヴァルセントの胸に飛び込んだ。
「お父様、ワレ、聞いて欲しいことがあるの。これまでのこと、あにきの……愛してる旦那さまとのこと……お父様に、聞いて欲しい……」
「……ワレ……」
宙を浮いたヴァルセントの手が、ワレの背中に回される。
「……そう、だな。思えば、こうして夜話をすることもなかったか。このような時間は、こんなにも尊かったのだな……」
全てではないのかもしれんが、きっと聞いていたのだろう。ワレに去来した感情は何だったか、綺麗なものばかりでもないだろう。
でも、ワレは父親を許した。受け入れた。それだけの強さを、もう手に入れていたのだ。
「……まあ、今日くらいはな」
俺は親子の語らいを背に、一足先に家に帰った。