仕事が立て込み、体調を崩し、中々直らずをこの数か月続けておりました。
ようやく決戦です。
一対の閃光が刃を振るい、命を刈り取ろうとその殺意を剥き出しにぶつかり合う。
互いが互いを否定し、片や別の時空に起きた悲劇の復讐を、片や起こりえない理不尽への怒りを、それぞれ振るう刃へと注ぎ込んでいるのだ。
「ふざけんな、ふざけんな!」
血走った目で長剣を振るい、放たれる閃光が周囲の魔妖を滅ぼしていく。竜凪和馬にとって、一体どれだけの光景が正しく写っているのだろうか。
深く刻み込まれた斬撃の痕は治るわけもなく、力任せに長剣を振るう度、引きちぎれそうに揺れ動いている。
「俺が、俺が主人公なんだよ!だからあの人はコレをくれた!俺を選んでくれたんだ!」
焦点の合わないまま、悦びに満ちた声で叫んでいる。
歪な笑みを浮かべ、血を撒き散らしながら閃光によって周囲を蹴散らしていく様は、あまりにも不気味で脅威に感じるだろう。
しかし、遅いくる光の刃をいなし、受け流す九朗にとっては、どこまでも御しやすい獲物でしか無かった。
「ごちゃごちゃと……喚くな!」
怒りを載せた声が響き、振り下ろされる長剣に合わせて逆袈裟の斬り上げが迎え撃つ。
熱を纏った閃光が弾けるよりも先に巻き上げ、九朗を狙っていた刃を囲んでくる魔妖へと向けさせた。
「こいつ」
「お前の言ってるソレは……餓鬼の癇癪だ」
血を流す傷へと、九朗が鍔迫り合いから柄を叩き込む。
端正な顔が激痛に歪むが、構うことなくもう一度、二度と叩き込み黙らせた。
堪らず竜凪和馬が後退り、鮮血で地面を濡らすと、九朗はすかさず上段に打刀を構えた。
魂ごと叩き潰さんとする一刀が、一息のままに竜凪和馬を捉える。
「剛意――ッ!」
魔力が回転し、速度ではなく力に回される。
両腕から打刀の鋒にまで巡り、振り下ろされる刃が竜凪和馬の防御をものともせず叩き潰した。
速度ではなく威力へ切り替えた基本技術は、使い手によってその精度を増す。自動的に反応し、受け止めたはずの長剣は押しつぶされ、肩から脇にかけてを深く斬り裂いた。
「ぎゃっ」
「逃げるなよ」
痛みに呻き、後退する竜凪和馬へ宣告する。振り下ろしから脇構えに繋げた横薙ぎの一閃は、未だ剛意の力を纏っていた。
下段から放たれる逆袈裟の斬り上げが、地面を削り巻き込まれた魔妖を薙ぎ払い、長剣ごと吹き飛ばした。
耐え切ることも出来なかったのだろう。受け止めきれず、転がりながら竜凪和馬が魔妖の群れへと飲み込まれる。
「ふぅ……ふぅ……っ、ああ、くそ……っ」
舌打ちと共に、籠りすぎた力を抜き打刀を払う。柄に入った亀裂を魔力によって補修すると、姿を表さない竜凪和馬の気配を辿った。
一度目は届いた。確かに肉を斬り裂く感触があった。
しかし、返し刃からの二撃目は硬質な長剣のモノしかない。
防がれた感触が掌に残っているのだ。
「出てこい。まだ終わってないぞ」
低く、ドスの効いた声だった。すると、何かが魔妖の群れを掻い潜り移動する。
姿は見えない。いや、見えないようにしているのだろう。
舌打ちをした九朗は神経を研ぎ澄まし、僅かな音や気配を逃さぬように張り巡らせた。
足音はない。物が動く音も、魔妖の呻き声で消されてしまう。ではどうするか、と思考した時、ひとつのアイデアが浮かんだ。
「朱音、頼めるか」
『はいはい。ったく……お願いが遅いっての』
通信機越しに声が聞こえた。呆れたような、しかして浮き足だったような声に、九朗も笑みを零してしまう。この声を守ると意識を引き締め、払った打刀を納刀する。
刃の音が響き、腰だめに構え、息を吐いたその時、通信機からガウンッと銃声が驚いた。
宙を一筋の閃光が流れ、着弾。爆音と共に魔妖を蹴散らしていき場を荒らしていく。そうして作られていくのは、焔と魔妖の残骸によって出来る通り道だ。
そこを駆けてくるナニカがいる。バカ正直に、真っ直ぐ真っ直ぐ、誘導された通りに向かってくる。
「これで……終いだ」
息を吸い、吐く。
身を捻り、振り返り様に抜刀。鋼色の一閃が横薙ぎに轟き、突貫してくるナニカ、竜凪和馬を捉えた。迅意が底上げした速度は空気を揺らし、遅れて太刀音が響く。
そう、断ち切るはずの剣閃が、
「っ、しまった……!」
そこに居たのは、満身創痍の竜凪和馬ではなかった。分厚く、硬く、おぞましいまでに肥大化した腕を振るい、正気とは思えない歪な笑みを向けてくる異形こそがそこにあった。
千切れかけていた腕は九朗の居合を飲み込み動きを止め、もう片方の貧相な腕から長剣を振るう。
「――――ッ!」
それは言葉にもならないような絶叫だった。
長剣に宿る光は強く、激しく、しかして神々しさよりも禍々しく迸り九朗を捉え、放たれる。
地面を焦がし、魔妖を焼き切る熱量が襲いかかり、魔力を纏っていた九朗の命を削った。
激痛が意識を刈り取ろうとする。それに耐え、歯を食いしばりながら剛腕を足蹴にして打刀を引き抜く。ふらつきながらも構えを取った。
「――――ッ!!」
再びの絶叫に鼓膜が揺らされ、平衡感覚が麻痺する。
そこへ振り下ろされる拳を打刀で受け止めるが、衝撃は留まることを知らず九朗の体躯を浮かした。
体勢を崩しながらも攻勢に出ようとするが、放たれる裂光に耐えられるわけもない。
「ぐぁ……っ」
盾にした打刀を貫通した衝撃に吹き飛ばされ、硬い地面を二度、三度とバウンドする。そこへと群がるのは、撒き餌に釣られた魔妖たちだ。
三方向から襲い来る獣を認識した九朗は、宙に浮く身を捻り打刀を滑らせる。二匹の足を刈り取り、三匹目の頭上に刃を突きたて、貫き落とす。
「邪魔だ」
魔妖を鞘に見立て抜刀。
迅意によって速度を増した九朗が、脚を失った二匹を横薙ぎに斬り捨てた。全身を痛みが包み動きが鈍る。
息を吐き、着地と共に膝を折りそうになったのを耐えた。
「っ、まずい……!」
そこへと追撃が来た。空気を裂く剛腕は既に眼前にまで迫っている。
直撃すれば命はないと直観的に理解した九朗は、迅意の出力を引き上げた。加速する身を捻り、紙一重で避けながら竜凪和馬の腕へと刃を突き立てる。
踏み込みも甘く、力も上手く伝わらず、火花を散らして表皮を削るしか出来なかった。
歪に隆起した肩を足場にし跳躍、距離を取った九朗は、意識を研ぎ澄まし、波打った精神を沈めていく。
火傷と打撲の激痛が、魔鍵を通して実際の肉体にも影響を及ぼしてきた。それはつまり、限界が近いということだ。
「あぁ、分かってる……」
自分に言い聞かせるように、九朗は打刀を払い斬るべき敵を見据える。
数刻前まで片腕を裂かれ、痛みに悶えていたのが嘘のような化け物、竜凪和馬。
何かをしたのだろう。長剣を持たない腕は肥大化し、身の丈近くと言えるほどの筋肉を増量している。
左右非対称なシルエットは不気味で、相対する者へ恐怖や不快感を与えてくるようだ。
それを見ながら、九朗は嘲るように息を吐いた。
「さっさと終わりにしよう。お互い、もう疲れただろう」
蠢く異形に語りかける。
声に宿っているのは、怒りを通り越した呆れだ。この男は、きっとこれから先も同じように抜け道を見つけ続ける。
他者の足を引っ張り、自分の思い通りにしようとする。
しかし、滑稽にすら思える竜凪和馬の姿は、一歩間違えれば九朗も成っていたであろう姿だ。
「迅意……
臍の下に溜まる熱を意識し、尽きかけていた魔力を捻り開ける。
思考の奥に響く獣の唸り声は幻聴だろうか。
それとも、内に潜むナニカの声だろうか。
纏っていた青白い魔力が雷光へと変わり、轟き、鋭さを増していく。
鞘へ刃を滑らせ、納刀。
低く、低く構え、視界から余計な情報を消していく。
色と、景色と、他の何もかもを削ぎ落とし、残ったのは向かってくる竜凪和馬の姿のみだ。
「スゥ……シィィィィ……」
息を吸い、少しづつ吐く。
息切れで乱れていた心音が、次第に一定のリズムを取り戻し、轟く魔力だけが光を強くし、脈動していく。
もう一秒、もう一瞬、と時にすらならない時が流れた刹那。
異形へと変貌した怨敵が駆け出した。
**********
竜凪和馬は、既に人間を超えている。
それは良い意味では決してない。
九朗による一太刀を防げず、使い物にならなくなった腕へと、何本もの増強剤を打ち込んだ。回復だけではなく、この一瞬に勝利するために持てる限りありったけを投薬したのだ。
結果、魔力を使わずとも魔妖を殴り殺し、痛みも忘れ九朗を劣勢へと追い込んでいる。出会った瞬間から気に食わなかった、透かした小僧が傷だらけになりながら向かってくる。
その姿に、竜凪和馬は正気を失いながらも歓喜を覚えた。
今まで彼は、恵まれていたとは本人としては言えない環境にあった。
平凡な両親に平凡な生活。
何をしてもある程度は上手くできる退屈な日常は、ある日同僚によって絶たれてしまった。
軽く揶揄い、構ってやった仕事のできない同期に刺され、不当に命を奪われた。
今わの際、理不尽に怒りながら同僚を罵倒したその時、眼前にナニカが訪れた。
既に記憶は曖昧で、男か女かも、子供か大人かも、そして人かどうかであったかすらも分からない。
ただ覚えているのは一言だけ。
『欲望のままに、好きにお生きなさい』
だからこそ、竜凪和馬は言葉の通りに、欲望に従い、全てを意のままに、思うがままにしていった。
新たにやり直したこの人生を謳歌してやろうとしていた。
しかし、思い通りにならないモノはある。壊してやった。殺してやった。犯して、汚してやった。
その中でも、眼前の男は、神崎九朗は極大限の
だが今となってはどうでも良い。人間の域を超えた自分ならば、容易く捻じ伏せることが出来る。
両腕を圧し折り、両脚を引きちぎり、身動きも抵抗も出来なくなった状態で、見せつけるように朱音をハメ潰してやろう。
下卑た妄想が、肥大化した剛腕をいきり立たせ、歪な笑みと共に九朗へ止めの拳を振り上げる。避けられようとかまわない。長剣から放つ光線によって焼き払えば良いのだから。
その迂闊さが、竜凪和馬が出来る最後の攻勢だと言うことも知らずに、振り上げた拳で押しつぶそうと駆け出した。
**********
迅意は、体内で魔力を転回させることにより、使用者の速度の概念を引き上げる技術だ。
膂力を底上げする剛意と合わせて、魔鍵師が最初期に学ぶ基本技能として叩き込まれる。
だからだろうか、ソレを学び研鑽する者はあまり多くない。
魔鍵という超常の力を扱う中で、更に身体能力を引き上げる行為はあまりにも過剰で、完璧な制御が難しくなるのだ。
しかし九朗は違う。
少ない魔力を、いかに出力を高めて運用できるのかを求めた結果が、累と名付けた独自の異能だ。
ソレは、限界値を無理やり外し、身体能力だけでなく動体視力と思考速度にまで影響を及ぼす。
許容値を超えた速度の世界において、唯一の自由を手に入れる。
拳を振り上げる、竜凪和馬の姿が緩慢に見える。
剛腕の影へ隠した、長剣の狙い先がよく分かる。
斬り捨てるため描く、何通りもの道筋が浮かぶ。
そして実行したのは、僅か一秒にも満たない刹那だった。
青白く轟く雷光を纏い、九朗が距離を詰めた。
魔力を込めた打刀が鯉口を切り、音を置き去りにしながら竜凪和馬の剛腕へ刃が煌めく。
深く踏み込む必要ない。刃の先からたった三寸あるだけで、断ち、斬ることには何の支障はない。
三日月のような半月を描きながら、歪さの塊となった剛腕を斬り飛ばす。届いていたならば九朗の頭蓋を潰していただろうが、そんな未来が訪れることはない。
肘から先が離れていく最中、返す刃が軌跡を描き、担がれた打刀が袈裟斬りへとつなげられた。
隠れていたもう片方、長剣を構えていた手首へ数珠のように繋がった一閃が放たれた。自動的に起こるはずの防御が機能しなかったのは、既に人を捨てているからか。もしくは、一つ上の速度で放たれる刃には反応出来なかったのか。
ソレが分かるモノもいないまま、脇腹を通りながら二人の影がすれ違った。
「……は?」
瞬く間とはこのことだろう。
竜凪和馬の眼前から消えた九朗は、その背後で打刀を抜き放った体勢で制止している。
直後、斬り飛ばされた剛腕と、斬り落とされた長剣を持った腕。その二つが、互いの中間点へと落下した。
噴水のように赤黒い血が辺りを濡らし、間抜けな呟きから汚い悲鳴へと声の質が変わる。
ソレを背に受けながら、九朗は打刀を払い、納刀しながら宣告した。
「これで、決着だ」
肉体が軋み、視界がぼやける。たった五秒にも満たない累が、九朗の存在そのものへと負荷をかけていた。
だが死傷ではなく、支障にもならない。
数分にも満たないこの時間こそが、神崎九朗という敗北者の雪辱を晴らしたのだから。
次回は、皆さんお待ちかねの回かな?