少しバタつき、遅くなり申し訳ありません。
今年もよろしくお願いいたします
吹き飛ばされた男の方へ、九朗は一歩ずつ近づいていく。
その瞳には気遣いも甘さも無く、ただ現れた障害物を処理しようとする硬い決意だけが残っていた。
右手に持った鞘から、肉と骨を砕いた感触が伝わってくる。しかし、そんなものを気にする場合では無い。
これから、眼前の男を頭蓋から叩き、斬り伏せ、錆にしてしまおうと言うのだから。
「っ、この……いってえじゃねえかよぉ!折れたらどうすんだ!」
痛みに耐え、鼻を抑える男が怒鳴り散らしてくる。その声は巷では良い声という類のテノールだが、九朗にとっては不快なものでしかない。
光を纏う長剣を杖にしながら立ち上がり、鼻を鳴らして睨みつけてくる姿を、ただじっと観察し警戒心を研ぎ澄ましていく。
「なんだよ、何見てんだクソモブが」
「……鼻をへし折るつもりだったんだが、頑丈なもんだなと思って」
義務的な返答だった。しかし言葉にしたのは九朗の偽りなき本心。加減はなく、骨を砕いたつもりだった。その感触は確かにあり、さらに言えば立ち上がらせる気など毛頭なかった。
それでも立ち上がり、僅かに鼻頭を赤くしただけの男に、警戒心がより高まっていく。
「治癒術師か……もしくは、そのおもちゃのおかげか?」
その言葉は、光を纏った長剣へと向けられていた。玩具と侮るにはあまりにも殺傷性が高く、危険な代物だ。九朗の構える二尺八寸の打刀に比べれば豪奢で、華美な装飾がなされている。
しかし、それが余計に九朗の目には玩具のように写ってしまっていた。
「てめえ、さっきから舐めた口叩きやがって……そんなに死にてえのか?」
「あぁ、悪い。無礼には無礼で返せって師匠からの教えがあってな。お前みたいな痴漢にはちょうどいいと思ったんだが」
口調や声音は平坦だが、端々に辛辣さや怒気のようなものがある。
近づかせないよう、一歩たりとも心の距離を詰めさせないように突き放していき、しかして九朗は物理的な距離を詰めていく。
その豪胆さが男を苛立たせたのだろう。顔を赤くさせていき、端正な顔立ちを怒りで歪ませていった。
「この、クソモブが調子乗んじゃねえぞ!俺が誰だか分かってんの!」
「初めましてだから分かってないよ。お前こそ、朱音の知り合いじゃないだろうに」
口撃の応酬が繰り広げられる。いや、そもそも戦いになっていないのかもしれない。怒鳴る声を、いなし、あしらい、溜息で消す。
黙り込む男は、より強く九朗を睨みつけ、長剣を握る力を強くしていった。そこで、なにかに気がついたのか、口元に下卑た笑みが浮かぶ。
どんなに顔立ちが良くても、品性が悪ければ意味が無いと改めて九朗は理解した。
「あぁ、知り合いじゃねえなぁ……まっ、
「…………」
含みのある言い方だった。
神経を捕まれ、擦られるような不快感が九朗を襲った。それを押さえ込もうとすれば、打刀を握る手に力が篭もり、ぎりりと柄が軋んでいく音が聞こえた。
男が口を開くだけで、全身が硬くなり、どす黒い感情になって奥底へ溜まっていく。理由は何故か、何が九朗をそうさせているのか、靄がかかったように曖昧だった。
「これから、っていうのは分かんねえからなぁ。もしかしたら、あの女とも仲良くなってるかもしれねえぜ?」
「…………」
「さっきも、口ではイヤイヤって言ってたが、続けてたらすぐによがってたろうしなぁ」
「…………」
「そういうもんだろ、女てのは。上と下の口が別なこと言ってんだよ。お前みたいなモブには」
「もういいぞ、喋らなくて」
下衆の文言が連なり九朗の耳を汚していく。眉間に寄った皺は深く、奥歯を噛み締める力は強く、血がにじむほどになっていた。
この男が、これから先に何を言っても話は覆らないだろう。下らない御託が神経を逆なでし、潜在的にこびり付いた嫌悪感が増していくだけだ。
ならば、これ以上の問答は一切必要ない。
「お前が悪党だってことは分かった」
だったら、と言葉を区切り、鞘を持っていた方の手を振り抜く。投擲された鞘が男を目掛け放たれ、下卑た笑みが驚きで消え去った。反射的だったのだろう。不自然とも言える体勢で長剣を振るい、襲撃から身を守った。
その隙を、僅かな綻びを九朗は見逃さない。
全身に魔力を巡らせ、加速。左手一本で放った逆袈裟の斬撃が、男の身体を切り裂こうと地面を這った。
鋼がぶつかり合う音が響き、鈍色の刃と黄金の剣身が火花を散らす。
交差するように振り下ろされた長剣はどこか不自然で、九朗の体に染み付いた動きとはどこか違っていた。
「てめっ」
「黙ってろ」
放たれるであろう怒声を遮り、九朗が鍔迫り合いの均衡を崩す。そのまま長剣を巻き取り、カチ上げ上段の構えをとった。
鏡合わせのような光景。しかし九朗は今にも刃を振り下ろす気概だ。
脳天一撃。躊躇いのない上段からの振り下ろしだったが、不自然なまでの速度で長剣が滑り込み防がれた。仰け反る男へ刃を返し、斬り上げ弾き飛ばした。
「悪党だったら、ここで切り伏せてやる」
冷たく、淡々と、ただただ目の前の下衆を斬り捨てる。
その宣言が、冷たくなった空気を通し、部屋を揺らしたのだった。
**********
不自然だと、九朗は感じた。
放つ剣戟が男に防がれ、弾かれ、受け止められ反撃される。幾度の交錯を繰り返したのか分からないが、そのどれもが刃から伝わってもどこか不自然なのだ。
上段からの袈裟斬りを放てば、一呼吸も開けずに男が交錯させるように長剣で弾く。身を捻った九朗が下段からからどうを切り裂こうとすれば、刃の軌跡を黄金の剣身が受止めてきた。
「なんだぁ?威勢が良かったのは最初だけかよ!」
そのまま九朗の刀を弾いた男は、大きく長剣を振り上げ斬りかかってきた。速度はあるが大振りで、受け止めるまでもなく身をひねり避ければ、容易く読めてしまった。
雑で隙だらけ。そこへ刃を合わせた九朗は、受け流して男の軌道を逸らし、晒された首筋へ
「っ、またか……っ!」
しかし、ソレは叶わない。長剣が突如として軌道を変え、九朗の刺突を弾いたのだ。鍔迫り合い、火花が散る。
男の表情には余裕が見えるが、刃に反射する九朗の顔には僅かな焦りと困惑が浮かんでいた。
「おらおらどうしたぁ!」
勢いよく長剣が横薙ぎに振られるが、軌道は直線でキレはない。下から刃を合わせ抑え込めば、いとも容易く防げてしまうのだから。
なんともちぐはぐ。
防御の面では達人の域にも達しているように思えるのに、攻めとなればここまで素人さが剥き出しになっている。
鍔迫り合った今でも、ただの力押しで長剣が届く気配は一切ないのだ。
「さて……とっ!」
ギャリンッ、と二つの刃が擦れ、九朗が受け流しながら身をひねり男を蹴り飛ばす。鈍い感触と唸り声に合わせ距離が空くと、反射的に放たれたであろう長剣が頬を撫でた。
あと一歩でも踏み込んでいたら、とは考えない。良い時も悪い時も、そんなもしもは起こりえなかったのだから無駄だ。
「へへっ……あとちょっとだったんだけどなぁ。息が上がってるんじゃねえのか?」
「……案の定だな」
無駄なことを言う男を眺めながら、足に残った蹴りの感触に思考する。
剣戟は防がれる。返し技は届かない。追撃を叩かれる。ここまでの攻防で届いたのは、先ほどの蹴り唯一つ。
情報を精査していき、状況を落としこんでいく。
試してみる価値はある、と息を吐き、打刀を下段に構える。
「迅意……」
小さくつぶやき、意識を体の奥へ向ける。魔力を練り上げ、全身へと薄く纏わせると、青白い光が僅かに宿った。
魔力を転回し、身体能力を底上げし。敏捷力を強化する。単純かつ強力な技能が、九朗の剣戟を加速させた。
「ぐぎっ、このっ!」
「遅い……!」
一歩踏み出し、加速。その直後、九朗は男の背後で刃を構えていた。
脇構えから放たれる下段の逆袈裟斬りが、鋼色の軌跡を描き男の胴を断ち切らんとする。
身を捻った男が長剣で受けようとしてくるが遅い。九朗が手首を返すと、袈裟斬りの軌道が歪み交差してきた長剣をすり抜けた。
実際にすり抜けたわけではないが、そう言わざるをえないほど不可思議な軌道だった。
蛇が這いずり、草木をかき分けるような不気味さと、しかして稲妻が鳴り渡るような鋭い一閃。男どころか、長剣も反応することは無かった。
鋒が背を僅かに裂くと、男は飛び退き、距離を取って長剣を構える。
何かを言おうとしているのが分かった。
「まだ、いけるな……」
しかし、九朗は気にも留めず加速する。
ジグザグと左右に揺れ、直角の軌跡を描きながら距離を詰めれば、呆けている男へ横薙ぎの一閃を放った。
長剣が当たり前のように反応し防がれ、鋼が火花を散らして鍔競り合う。先ほどまでの再現が過ぎるが、打刀を滑らせ間合いのより深くへと踏み込んだ。
まるで長剣は動かず、滑り込んだ打刀が男の胸板を裂く。薄皮一枚だが、これで二刀目が捉えたのだ。
「て、めぇ、なにしやがった!」
唸る男は、まるで攻撃が通るなどありえない、とでも言いたげに長剣を振り回した。
歩幅をずらし、身を反らした最小限の動きでそれを避け、かみ合わせた巻き取りで腕ごと上げさせる。無防備な体勢だが、男の口元には下卑た笑みが浮かんでいる。
そこにつけ込むのも、九朗の策だった。
「もう、そろそろいいか」
ひとつ呟き、上段から振り下ろす。当然とばかりに長剣が受け止めようとするが、交差する寸前で刃の軌跡が揺らめく。単純で、あからさまな釣りに男はかかったのだ。
刃が滑り込み、上段から袈裟斬りへ変化した一刀がついに深く男を斬り裂いた。鮮血が散り、男が声にならない絶叫を響かせようとするが、九朗がソレを許さない。
長剣に打刀を絡ませ、抑え込むと殆ど同時に柄頭を顔面へと叩き込んだ。
「こ、いつ……っ、ふざけんじゃねえぞ、クソモブガァ!」
血を流しながら痛みに耐えた男が、情けなく叫び唾を飛ばす。
対する九朗は、その姿へ冷たい視線を向けながら、打刀についた血糊を払った。
思考は澄んでいる。恐らく、九朗の剣を男が受け切ることは二度と出来ないだろう。
ならばあとは、この胸中にあるどす黒い感情を吐き出すだけだ。
「そろそろ、終わりにしようか」
一息の宣言と共に、九朗は踏み出し、駆ける。
魔力を回す。
打刀を振るい、逆袈裟からの袈裟斬り、軌道を歪め、返す刃から横薙ぎの一閃。
迅意は落ちず、鋼色の軌跡が数を増していく。防がれども、長剣と噛み合いながら滑り込んだ剣閃が男を抉り、二撃、三撃と刻んでいった。
それと同時に、九朗の意識へと暗いものが巡り、狐の鳴き声に合わせ、呪いが目を覚ますのが分かる。
いまにも情欲へ身をやつし、獣性のままに雌を貪ってしまいそうだ。
しかし、吐き気を催すほどの呪いを抑え込むのは、消えかけている悪夢の幻視。
そうだ、そうなのだ。
この男こそが、あの悪夢で全てを踏みにじる悪意の一人。
最悪の未来を引き起こす者と、眼前の男が重なり、不可解な怒りの正体が明確になる。
迅意の青白い光に、鋭く脈打つ眼光が重なり尾を引いた。これが殺意なのだと理解し、身を委ねようと深く、さらに深くまでのめり込んでいく。
「く、くるな、くるんじゃねぇ!」
男の声には、今までのような苛立ちや怒りよりも、色濃い恐怖が宿っていた。型も構えもなっていない斬りつけでは、九朗を捕えることは出来ない。
向かってくる長剣を巻き取り、抑え込んだまま剣身に刃を滑らせる。向かう先は男の首筋。一瞬後には胴から放れ、血の噴水を作り上げているだろう。
ソレを成し遂げるために、九朗は下段から火花を散らし、刃を走らせた。
刹那――
「そこまでだ、九朗」
凛とした、しかして艶やかな色気を纏った声が耳をつく。
名を呼ばれ、思考を満たしていた殺意が僅かに晴れると、九朗の全身へと何かが絡みつき、その動きを拘束した。細く揺らめく影の縄だ。魔鍵を展開した九朗ですら身動きが取れず、ギリリと縛り追撃を制止する。
あと一拍でもあれば、男へ刃が届いていたであろう距離だ。
しかし、そのおかげか九朗は冷静さを取り戻し、荒い呼吸を整える時間を手に入れた。
「まったく……すこし目を離した隙にこれか……」
コツコツと靴の音が聞こえる。同時に聞こえてきた声は、九朗の名を呼んだものであり、呆れと疲れを宿した、馴染みのあるものだった。
男から意識を外し、視線だけを声のした方へと向ける。一歩近づくたびに、胸元の肉果実を揺らし、歩くだけで女優のような雰囲気を纏った美女が、乱れのない長髪を靡かせて笑みを浮かべている。
「千空……先生」
「ああ、少しは落ち着いたみたいだな、神崎」
声音は変わらない。タバコの火をつけずに咥え、蠱惑的な美貌を建物の影に潜ませている。
普段と唯一違うとすれば、その髪色だ。
濃く、艶やかなブラウンの色は抜け落ち、透き通るような白亜へ変わっている。それは、彼女が魔鍵を使っている証拠だった。
「お前らしくもないぞ。刀を下ろせ」
「……こいつは強姦未遂犯ですけど、助ける理由を聞いても?」
声には重く、鋭い敵意が宿っていた。
もし拘束が解かれたとしたら、九朗は今すぐにでも男を斬って捨てるだろう。それを黒い拘束具から感じ取っているからこそ、千空は九朗を離さないのだ。
少しずつ、少しずつ力を強くすれば、それに比例して拘束も強くなる。
どうやら、本当に千空はこの男を殺させたくないようだった。
「お前の言いたいことも分かる、が……こいつはお前らがお望みの人員だぞ。ここで殺ってしまうのは、色々と面倒だろう」
「……は?」
納得していない、というような感情に、思わず九朗も間抜けな返答をしてしまった。
千空の溜息に合わせ視線を男へ向ければ、九朗を憎々しげに、しかし僅かな恐れを宿しながら睨みつけてくる。
「
今更なにを言っているのか。
九朗がそれを口にするには既に遅く、何より理解が追いつかなかった。
こう、なんというか、エロゲのアウトロー主人公をモチーフにしたんですがね……ここまで下卑になってしまうとは……
今回で週1の定期更新は終了。出来るだけ更新はしていく予定です。
今年もよろしくお願いします。