※この作品はR-18です。

魔鍵師A・NTR~敗北剣士のやり直し英雄譚〜   作:ハルカ

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よろしくお願いいたします。


第八話 慈愛の心音

 

また夜が来た。

正道と邪道の比率が傾き、魔妖たちが隠していた力を表に出し始める時間だ。命を奪おうと、生命を喰らおうと這い出でる魔妖が、空腹に唸りをあげる時間に他ならない。

 

この廃屋にいる数匹の魔妖もその例に漏れない。小柄な男ほどの体躯を持ったソレラは、徒党を組み人里を襲おうと画策していた。愉悦に歪んだ口元は嫌悪感を抱かせ、少なくとも近づこうとは思わない。捕まってしまえば、どんな扱いを受けるか分からないからだ。

 

「楽しそうに集まってるなぁ……一網打尽ってやつだ」

 

そこへ、死刑宣告のような冷たい声がかけられた。

伽藍洞のような瞳を魔妖たちが声のした方へむけると、夜闇に浮かび、黒のコートを翻す男がいた。彼は、神崎九朗は何も言わず、廃屋にいる魔妖の数を数えていた。

全部で六体。

溜息が零れ、鯉口を切る。体内で魔力を回転させれば、たった一歩が加速し、魔妖との距離は詰まっている。隊列も何もない、ただ集まっていただけの中心部。

降り立つと同時に抜刀し、横薙ぎの一閃が二匹の首を斬り飛ばした。

残り四体が気づき、刃となった腕を構えるがもう遅い。

 

「シィッ!」

 

裂泊の声が響き、背後の一体を鞘で叩き上げ、砕けた顎の上から振り向きざまに斬り伏せる。塵と消える魔妖を影にしながら駆ける九朗を魔妖たちは追うことも出来ない。

光の届かない闇の中、揺らめく剣閃が残った三体のうち二体の脚を狩り取り、倒れかけた所へ袈裟の一刀が斬り伏せた。

残るは一つ。

九朗の鋭い眼光が逃走を許さず、怯え立ち尽くす魔妖を死へ直結させた。

平青眼に構えられた打刀が突貫し、首筋へと吸い込まれ打ち貫く。魔妖が間抜けな声を零したが九朗には聞こえていない。刃を返し小柄な体躯を斬り捨てると、一つ、二つと息を吸って血糊を払い、納刀した。

 

「っあぁ……しんどいな、こりゃ」

 

ため息と共に、疲れ切ったぼやきが廃屋内に反響した。

今夜だけでも三件目、体数で言えば十五体だ。いま斬り捨てた脅威度がそこまで高くない物ばかりだが、数も集まれば肉体的にも精神的にも疲労が蓄積されていく。

これでもう一人がきちんと働いていれば良いのだが、そう上手く回らないのが仕事というものだ。

 

「お、つかれ九朗……こっちは片付いたわよ……しんど……」

 

「っと……朱音か……無事終わり……とは、まだ言えないか……」

 

呆けた九朗を現実に引き戻したのは、合流した朱音の声だった。ボディスーツにジャケット、という普段の装いだが、その強気な美貌は同じく疲労を隠せなくなっている。

 

九朗たちの管轄区域に新人、竜凪和馬が入ってから三日が経った。

人が増えたからと言って仕事が減るわけでなはない。むしろ、今まで見落としていた分に対応して行かなければならないのだから、仕事は増えていると言える。

日中は三人でばらけ火種を狩り、夜になると二手に分かれ魔妖を狩っていく。その仕事の内、夜の比率と発生頻度が、ここ数日で跳ねあがっているのだ。

 

「それで、九朗は大丈夫?」

 

「うぇ……?」

 

ふとした時、事後処理にあたっている九朗へ、朱音から声がかけられた。

思わず間抜けな声を漏らしてしまい、気恥しさを覚えながらも視線を向ければ、朱音はキョトンとしたような顔で返答を待っている。

そんな顔をしたいのは九朗の方だったが、たまり込むのも気まずく何とか言葉をひねりだそうと思案する。

 

「そ、れは多分こっちのセリフなんだけど……」

 

「なによそれ……もしかして、この前のアレ、竜凪和馬に触られたの、アタシが気にしてないかって?」

 

説明するよりも先に朱音は意図を読み取ってくれた。

頷くだけしかできない九朗を見ながら呆れるように溜息を吐くと、生まれかけていた火種を撃ち抜く。一つの見落としも無く魔力の弾丸があられとなり放たれ、室内はようやく落ち着きを取り戻し、魔妖の気配が消える。

会話の途中ですら注意を途切れさせない彼女に心中で感嘆していると、少し考えた朱音の視線が噛み合った。

 

「これ見ても、大丈夫じゃないように見えるんだ?」

 

「パフォーマンスとメンタルが直結しないだろ朱音は……先生もか」

 

自分とは違って、と口に出すのは何とか耐えた。

一応の情けなさが九朗にもあったからだ。

どんなに精神へと負荷がかかっていたとしても、朱音は自らの仕事を投げやりにすることはない。

竜凪和馬と接触し、自身に異常が起きた時、殆ど自動で対策を打ったと聞いたが、彼女が持つ対応力がソレを可能にしたのだろう。

同時に精神の不調が表に出にくいということでもある。

 

「アレに会うたびにしんどくなるのは朱音なんだ。無理するな、とかしか言えないけど……なんとか、何とか俺が……」

 

そう言いかけた時、いつの間にか歩み寄ってきた朱音が九朗の手を取った。

震えが出ていたのだろうか。

手汗で掌は濡れており、握り締めたせいで爪が食い込んでいる。それを暖かく包んだ朱音は、呆れるような瞳を向けてはいなかった。

向けられた瞳は優し気で、しかして九朗が隠し続けている心中を見透かしてくるような光を宿している。

 

「何にも起きてない。アタシはここにいるよ、九朗」

 

落ち着かせるような声音は、明朗快活な普段の朱音からは想像が出来ないものだった。

慈愛に満ち、ひたすらに九朗を想っているのだということが伝わってくる。脳裏をよぎる地獄のような光景に囚われていた視界が開けるように、九朗の動悸が少しずつ収まっていく。

 

「アタシは大丈夫。九朗から離れないから。大丈夫だから」

 

「っ、あ、朱音……」

 

声が染み込む度に、動悸が次第に収まっていくのを感じた。朱音は九朗の中で渦巻く恐怖を知らないはずだ。一度だって口にしたこともなければ、気づいてもらおうとしたことだってない。

自分の弱い部分を見透かされていたのか、と恥ずかしさが込み上げるが、握られた手から伝わる暖かさに安心感が広がっていった。

 

「いっつも張り詰めててさ……大丈夫って言っても聞きゃしないんだから」

 

大丈夫、と何度も口にする。それだけを意識づけるような言葉選びだ。

息を吸っていけば、ユックリと朱音の香りが吸い込まれていく。落ち着きが九朗を包み、膝から力が抜けて倒れ込んだところを抱き留められた。

柔らかさと温かさが全身にいきわたり、ようやく彼女の心音まで聞こえるほどに九朗の精神が落ち着いていく。甘い香りだけでなく、入り込む慣れ親しんだ声が、朱音の存在を九朗の中で明確にしていくのだ。

大丈夫、という言葉が持つ効果を、今ほど理解したことは無いだろう。

 

「ごめん、色々……ちょっと考えすぎてたかも……」

 

「はいはい、分かったから。働きすぎの根詰めすぎだったのよ……ったくもう……」

 

思い返せば、中高の頃にも似たようなことがあったように感じる。あの時は、確か千空が指揮を取っていた大規模任務の前だっただろうか。

あの時も心中をどす黒い色が満たし、形のない何かへの敵意が明確になっていった。今の九朗はその時と同じだ。何も起きないことが恐ろしく、優しさが踏みにじられるのが怖いのだ。

 

「ありがとう、もう平気……だと思う」

 

「ホントに? 嘘とかつかないでよね、心配だから」

 

「本当だよ、そんな心配しなくても……っ」

 

立ち上がろうとする九朗だったが、その動きはすんなりといくことはなく、前かがみの姿勢で制止する。

安心したせいか、ここ最近、千空により()()()()()()が行えていないせいか。いやそもそも、朱音の乳肉にギュムリ♥と挟まれ、引き締まった括れや肉感的な太腿を間近で見せつけられたせいかもしれない。

 

「ちょっと九朗、どうかした……って、ホントにどうかしてるじゃないの……」

 

「い、いやこれはその……なんといいましょうか……」

 

目を反らしながらも、九朗は腰を引き、前傾姿勢から逃れることが出来ない。

先ほどまでの鬱屈とした気分を見透かされたほうが、嫌ではあるが幾分かマシだったかもしれない。

気恥ずかしさが顔を覆い、熱くなって苦笑いを零してしまう。

それほどまでに、雄の本性とは、時と場合を選ばずに活性化してしまうものなのだ。

 

「はぁ……まぁ、嘘とか吐くなっていったのもアタシだしね」

 

気まずさで九朗が眼を反らしていると、どこか楽し気な朱音の声が聞こえてきた。そのまま離れるのかと思えば、スルリと手が回され、より密着して体温を伝えてくる。逃がさない、というよりは、離さないと言うような執着心を感じさせてくる。

柔らかさと温かさに加え、一歩踏み出したミッチリ♥とした太腿が九朗の股間へと滑り込んできたのだ。

 

「っ、ちょ、あ、朱音さんっ!?」

 

「うっわ……なに、これ♥ なんか、その……すっごい硬くて……♥ 熱く、なってるじゃないの♥」

 

太腿に押し上げられ、上を向いた亀頭へ指先が這いよる。

スリスリ♥と摩られ、爪を立てながらその存在を朱音は確かめてきた。九朗が腰を引き、情けない体勢のまま距離を取ると、見つめてくる朱音の瞳に淫靡な色が見て取れた。

それこそ、交わるときの千空のようにだ。

 

「あ、朱音、落ち着こう……今夜の仕事も終わりだから、な?」

 

「んっ、ふぅ……ふぅ……♥ アタシは、落ち着いてるけど……なによ♥ 九朗こそ、先生がいなくて辛いんじゃないの……♥」

 

夜闇でも分かるほど朱音の頬は火照り、声音にも甘い熱が宿り始めていた。なぜこんなに、という理由は明白だった。

九朗のせいだ。そう彼自身が直感したのだ。

ここ数日、呪いの解消をする相手がいなくなったせいだと、理解してしまった。

ならば、と九朗は拳を握り……

 

「ふんっ!!」

 

思いっきり自らの股間へと振り下ろした。

硬く上を向いていた剛直への一撃だ。

激痛が走り、吐き気を催すほどの衝撃が九朗を襲う。加減の一切ない鉄槌にはさすがの呪いもなりを潜めたようだ。

 

「へ、ちょ、ちょっと九朗何やって……っ!」

 

正気に戻ったのか、異常とも呼べる色気を纏った火照りではなく、恥ずかしさで顔を真っ赤にさせた朱音が動きを止める。

自分がつい先ほどまで何をシていたのか、そして何をシようとしていたのかを思い出したのだろう。

駆け寄ろうとするも、自分の指先と、肉厚な太腿に乗った感触に悶え、恥ずかし気に何も言えなくなってしまったのだ。

 

「く、九朗、その、アタシ……」

 

「大丈夫、朱音は気にしなくて」

 

「でも今すごい声出して……」

 

「いや、大丈夫、今度こそ、本当に大丈夫」

 

あ嫌な方向へと話が流れ始めるのを九朗が止める。このまま朱音を放ってしまえば、恐らく毎晩見る悪夢へと大きく近づくだろう。

それだけは許せなかった。

立ち上がり、痛みなどもう無いかのように笑顔を見せる。きっと引きつっていたのだろう。

朱音は心配そうな顔のまま、九朗の様子を伺っていた。

 

「大丈夫、大丈夫だよ、朱音。俺は……大丈夫」

 

それ以上は何も言わず、お互いに触れ合わなかった。

ただ大丈夫という言葉だけをお互いに告げ、取り繕いながら、その夜を終えたのだった。

 

**********

 

朱音にとって昨晩の行動は、単なる恥以上の失態だった。

九朗は自らが受けた呪いに対して途方もない負い目を感じている。アレが彼にのみ効果を発揮するのならば話は違うが、如何せん周囲にある程度以上の影響を及ぼしてしまう。だからこそ、被害を最小限に抑えるために千空に処理を依頼しているのだ。

 

「はぁ……やっちゃったなぁ……って、アタシが落ち込んでどうすんの本当にぃ……」

 

ソレを、九朗が負い目に感じる状況を朱音が作り出してしまった。

最初は違った。張り詰め、今にも破裂してしまいそうな九朗を支えたかった。

だというのに、結果としては呪いの影響をモロに受け、自らの欲望に溺れそうになってしまった。

これではまるで意味がない。むしろ九朗を追い込むばかりだ。

 

「落ち込むな~、落ち込むな~……九朗を元気づけないと……先生もいないし……ってどうやって」

 

悩めば悩むほど思考は混迷し、おかしな方向へと進んでいきそうになる。

そもそも、あの後お互いに気まずくなって何もせず帰ってしまったのも問題だった。せめて夜食でも、と普段通りを取り繕う努力さえしていれば、今日も今日とて朝の送迎をお願いしに行っていただろうに。

気まずさを一晩引きずって徒歩で大学にいくなど、距離を取ってくれと言っているようなものだ。

 

「第一、呪いのせいだし。九朗でもアタシの所為でもないし……うん、大丈夫。何にも問題ない!」

 

気を引き締め、気を取り直してここからのことを考える。昼食にでも誘い、そこから仕事の話に持っていけば普段通りに進められるだろう。

昨晩のことを聞かれても、気にしていない風を装えば問題ないはずだ。

頬を軽く叩き、口元を釣り上げ笑顔を作る。恥よりもまずは九朗を元気づけねば、と決意した時だ。

 

「お、朱音じゃねえか。何してんだ朝っぱらから一人で」

 

その出鼻をくじくように朱音の行く手に一人の男がいた。

 

というより現れた。へらへらとした軽薄な笑みを浮かべ、両隣には大学生らしき女性を侍らせている。どちらもどこか浮ついたような、うるんだ瞳で男を見つめており、整った美貌を紅潮させている。

何かがあったのは明白で、それが余計に朱音を苛立たせた。

 

「竜凪、和馬……」

 

「おいおいなんだよ、そんな睨むなって。仲良くしようぜ、なぁ?」

 

侍らせた女性たちを軽く離し近づいてくるが、それに対して朱音は舌打ちと眼力というわかりやすい拒絶を剥き出しにした。

不愉快というよりも敵意の方が強いだろう。自分へ強姦未遂を働いた男が馴れ馴れしく近づいてくるのだから当たり前な話ではある。

 

「この前のは謝ったじゃねえか。ちょっとスキンシップがやり過ぎたって」

 

「近づかないでカス。アタシは許してないって分からない? アンタが生きてるのは先生の命令と、九朗の温情よ。それが無かったら脳天ぶちぬいてるわ」

 

「ひっでぇなぁ、少し触ったくらいじゃねえか。減るもんじゃねえし」

 

そこまで言いかけたところで、朱音が再び舌打ちをして竜凪和馬を置いて去っていく。

一言一言、声を聴くだけでどうにも不快感が増して拭えない。後ろの方では未だ呼び止める声が聞こえるが立ち止まる理由も無かった。

このまま意識の端からも消えてしまえば、仕事の時間になるまで気にせずに済むだろう。

 

「そう言えばよぉ、あのモブ野郎。ちゃんとヤれてんのか?」

 

「……は?」

 

朱音の声に、明確な怒りが乗った。

この男は何を言っているのか分からなかったが、それを理解した時には朱音の中で不快感が明確な敵意へと変わったのだ。今すぐにでも魔鍵を引き抜きこの男を撃ち殺してやろうか、とすらまで思考している。

ソレをしないのは、不穏な空気に怯えている二人の一般人がいるからだ。

 

「あいつ、ちょっと腕はいいらしいけど、結局はモブだろ? 数だけこなしてるだけで、俺みたいにデカい実績もねえみたいだしよ」

 

「……」

 

「その内、とんでもない量の魔妖に襲われて逃げ回るのがオチだろ。大して強くもねえ奴が粋がるとそうなるんだよ。俺には分かってんだ」

 

「…………」

 

「だからよぉ、朱音も考えた方がいいぜ? 俺みたいな有望株についた方がいい思い出来るし、仕事もさぼり放題だ。いい思いさせてやるからよぉ、さっさと」

 

「あ、もういいわ。聞いて損した」

 

ベラベラと止まらない竜凪和馬の弁だったが、それを遂に朱音が遮り、深い溜息で掻き消した。なにか身になる言葉が聞けるとは思っていなかった。だが相手は、千空や九朗が調査をしている対象。ならば、少しでも情報か何かを引き出せなカイトも思ったのだが……

 

「何を言うかと思えば……本当に、あぁもう……時間の無駄すぎる」

 

出てくるのは、毒にも薬にもならない妄言ばかり。

下手をすれば小中高での朝礼で、教員の話を聞いていた方がためになるレベルの内容だった。

聞くに堪えないとはまさにこのこと。もはや怒りも失せてしまい、さっさとその場を後にしようと歩を進める。

 

「ちょ、ちょっと、まてよ! まだ話は」

 

「アタシには無いわよ。本当に……何にも分かってない奴と話すことなんて無いから」

 

声には怒りどころか覇気のひとつもなく、見限ったことは明らかだった。もはや不快感すらも覚えない。そんな時間を使うことすら、朱音とっては勿体無いとすら思えたのだから。




ついに本編ですらカスと呼ばれた男ぉ……

遂に次回、九朗くんバチ切れです。
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