母乳搾り屋の日常 作:南尾重国
母乳搾り屋の朝は早い。
朝4時には目覚め、開店の準備を始める。
機器には汚れがないか確認が必要だ。特に肌に触れる部分の洗浄は夜間に終わらせているが、薬剤などが残っていると肌に負荷がかかってしまうため、乾いた清潔な布巾を使うことを忘れてはならない。
準備があらかた済んだ頃に、会計などを担当してくれている従業員がやってくる。
「ふわぁー、おはよう」
「はい、おはようございます」
メガネをかけたショートのお姉さんで、うちの担当するどのお客様にも負けない豊満な胸をお持ちの妙齢の女性だ。最低限の給与しか渡せない我が店であるが、不満を見せることなくお客様の対応をしてくれる素晴らしい女性でもある。
一通りの準備を終えて店舗の扉を開ける。
時計はまだ5時前だが、しばらくして、お客様がやってきた。
「いらっしゃいませ」
笑顔、ではないが不快に思われないように真摯にお声がけして中へと案内する。主婦の方のライフスタイルにもよるが、早朝に来られる方は多少なりいる。
家事を始める前に搾乳をしてしまおうという方が多い。
搾乳席へとご案内し、機械を用意し、客様には上半身の衣服を取り去ってもらう。ブラジャーを取り払うとかなり大きな乳房が露出する。しかし、この程度で感情を動かしてはならない。こちらは店員で、彼女がお客様だからだ。
(よろしくお願いします)
心の中で改めて挨拶して、乳首周辺を撫で軽くつまむ。乳房の先から母乳が滲む。これは母乳搾り前の大切な検査だ。もし母乳の出が悪い場合、機械の出力を都度調整する必要がある。この女性は特に問題ないことを確認し、搾乳に丁度いいプラスチックカップを取り付る。この時乳首の位置が適切になるよう細心の注意を払うことを忘れない。
「ん……」
機械の吸引に合わせて胸を揉むと、お客様の口から声が漏れることがある。
溢れる声は搾乳に対する純粋な反射だ。いちいち気にしてはならない。決して不快な気分にさせないよう、慎重に胸を揉んでいく。
ピューピューとカップの中に母乳が送り込まれ、機械の先の容器へと母乳が溜まる。うちのお店では全てがオートメーション化されていない、古いタイプの絞り気を使っていることもあり、俺の店ではもし容器の許容量を超えるようであれば途中で入れ替える必要がある。普段のお客様の母乳の量を覚えるのは当たり前として、絞った際の母乳の出も参考にそのタイミングを見計らう。
とはいえ容器を変更するケースはそう多くない。今回のお客様も2杯目に突入することはなかった。
「ふぅ、いつもありがとうね」
プラスチックカップを外すと笑顔で感謝の言葉が述べられた。
軽く頭を下げ、後処理のため会計へと向かってもらう。ヒラヒラと振られる手のひらを横目に、使用したカップと同型の新しいものを用意し、搾乳瓶を取り付ける。対応中に待機しているお客様が増えていた。
「次の方どうぞ」
この後もやることは変わらない。
ルーチンワークではあるが、その一つ一つの動作にお客様への配慮や感謝を忘れてはならない。お客様あっての母乳搾り屋なのだ。そう肝に銘じつつ、次のお客様を席に案内し、搾乳を始めるのだった。
そういえば、うちの母乳搾り屋は少々特殊だ
本当の店主はお爺さんなのだが緊急入院してしまった。本来であれば両親が責任者となり業務を続けるのだがあいにく乳搾り普及のために県外に出ており、戻ってくるのが難しい状況だった。もちろん事情を話せば戻ってくることは可能だったのだが、幸か不幸か母乳搾りの業務経験があり、資格取得までしていた跡取りがいたため修行と称して引き継ぐこととなったのだ。
実践経験の浅いペーペーに全てを任せるわけにはいかないので、監督に知り合いのお姉さんが裏方兼監督に来てくれている。
そういうわけで、実務は1人ではあるが、どうにか仕事を回しているのだ。
「うーん、やっぱり搾りたては胸が軽いわあ。ありがとう」
お客様の挨拶は活力だ。
こちらこそ、当店を選んでくださりありがとうございます、そんな万感の思いを込めつつ次のお客様の準備を始める。
「次の方どうぞ」
母乳搾り屋の朝は早く長い1日は始まったばかりだ。
読んでいただきありがとうございました。
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