母乳搾り屋の日常 作:南尾重国
以後もよろしくお願いいたします。
「あ、あの……!」
搾乳中に聞き慣れない声が聞こえてきた。
ちらりと覗くと見慣れない女の子が立っている。そんな少女を乳搾りを終え会計処理を待つなどで店内に残っていた女性が囃し立てるように囲っている。
聞こえてくる話を総合すると、どうやら初めて母乳搾りに来た子らしい。
二次性徴のあたりから少女は乳房が大きくなり、母乳が出るようになる。そんな年頃の少女の表情には不安げな色が見える。
未経験な人にとって、母乳搾り屋で搾乳するというのは確かに不安もあろう。
「うちの作業員は歳は若いですが何年も搾乳業に従事しているベテランです。安心してください」
会計担当の店員が笑顔で女の子の手を握る。
作業員を信頼しています、という毅然とした態度に、少女に安心感を与えたようだ。少女は改めて順番待ちの列、今の待機者はいないので最前の位置で次に呼び出されるのを待つ。
見るに、全く不安はないかといえばそんなことはなく、腕をギュッと握っていた。
「あはは、初々しいねぇ」
母乳を搾っているお客様が懐かしいものを見るような目で女の子を見やる。この女性にも初めての時はあった。毎日の搾乳という日常に埋もれてしまったそんな過去がわずかに蘇ってきたのだろうか、うんうんと首を振っている。
個人的には搾乳機がずれかねないのであまり動かないで欲しいのだが、仕方あるまい。せめて乳を支える自分の手がお客様に負担を与えぬよう、動きに合わせてフォローする。
「あの娘、初めてなんだから優しくしてあげてね」
乳房からパックを取り外したお客様から少女へのフォローの提言をいただく。
もちろん、わざわざ当店を選んでくれたお客様である、そのつもりである。とはいえお客様相手に態度をかえるのはプロ失格だ。いつもの作業が初めての方にも問題のない対応であるかを測るという意味で、自分を見直すチャンスと捉えたい。
カップなどを新しいものに変えた後、ふぅっと息を吐き、頭の中から余計な物をかき消す。
「次の方どうぞ」
小声ではい、という返事と共に件の少女がこちらへやって来て椅子へ座った。
服を脱ぐよう促すと、慌てて上着を椅子の横のカゴに入れて、ブラジャーへと手をかける。
乳房を晒すことに僅かな抵抗があったのだろう、少しだけ動きが止まるが、数秒の逡巡の後に、片手で胸を隠しながら、少女はブラジャーをカゴの上へと置いた。
「それでは母乳搾りを始めますが、順序など説明は必要でしょうか?」
「あ、は、はい。お願いします」
「承知しました」
普段、手順を口頭で説明することは少ないため、頷きながら頭の中身を整理する。
「まず初めに、乳頭付近のマッサージを行います。これは母乳の出を促すのと合わせて、母乳が出るかどうかの確認を兼ねています」
つまり両手で乳房を覆い隠されている現状はよろしくないのだが、うんうん、と説明に集中している今指摘しても詮無いことだろう。
「母乳の確認ができましたら、乳房に合わせたこちらのカップを装着します。片方ずつ吸引しますが、その際にこちらで乳房を揉み母乳の噴出を補助します」
続けて頷いていた少女の動きが止まる。恐らく乳に触れられることの忌避、ないしは羞恥の感情による物だろう。確かに他人に触られるというのは通常あまり気持ちの良い物ではないが、慣れていただくほかない。
彼女もそれを納得するかは別にして理解はしているのだろう、微妙な表情からそれが見て取れる。
「もし搾乳の際に母乳がこちらの容器の容量を超える場合、一度吸引を止めて容器の入れ替えを行います。両方の搾乳が終わり次第、終了となります」
言葉にしてみるとそう難しくはない。少女もここまでの内容に不審な点はないようだ。
「また、母乳搾りの前後で消毒を行いますが、アルコールの被れなどはありますか? 不明な場合には簡単な調査を行いますが……」
「あ、はい、大丈夫です」
「承知しました」
他に説明する内容はないだろうか。
……搾乳に関しては大丈夫だろう。そのほかの手続きはあるが、それは会計の際にお願いしている。うん大丈夫だ。
「それでは、母乳搾りを始めさせていただきます」
乳房のマッサージを始めてもよろしいか、という質問に慌てて少女は手を離し、腕を体の横に付けた。
「ひゃうっ」
慣れない乳頭へのアルコールの刺激に声が漏れる。初めてのお客様には多いことだ。恥ずかしそうにこちらを眺めるが、一切の表情を変えず、作業を続行するのがプロというものである。
「うぅ……ん……」
乳首のマッサージ、プラスチックカップの装着と声が漏れるのが初々しく、改めて手を抜くことは許されないのだと戒められる。
そうして少女の初めての母乳搾りは終わった。
席を降りる際に、ありがとうございました、とか細い声で感謝の声が聞こえた。
(こちらこそ)
口に出しはしないが、改めて初心を思い出させてくれたことへの感謝を心の中で呟いて、軽く頭を下げる。
さて次に向けての準備である。
普段使用しない小さめのプラスチックカップを補充して、新しい搾乳瓶へと付け替える。
「次の方どうぞ」
母乳搾り屋の仕事はまだまだ続く。
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