※この作品はR-18です。

おねショタアーカイブ   作:交野平六

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 チュートリアル募集から何度もお世話になっているヒナでおねショタです。pixivの方ではアンケートに投票されたことに驚きましたね……。ただ、ヒナはエッチについて心から許した相手としかしないだろうなと考えて、今作に反映させました。楽しんでくださったら嬉しいです。


心にのしかかる責任

 今、空はとても暗い。煤に塗れた古い鉄よりも濃い闇、とでも言おうか。土埃と美味しそうなスパイスの香りを運ぶ風はとても冷たい。吹く度に背中の髪が揺らされる。いつの間にか、季節は秋へと変わりつつあるみたいだ。そろそろ私も学園とお別れしなくてはならないのか……。まだまだやらなくてはならないことが多いけれど、いつまでも私が出てはいられない。

 右肩には愛銃の重みがずっしりと掛かっている。普段は重みなんて気にしないはずなのに、今はそれが煩わしい。どうしようもないこの気持ちを抑えるために散歩をしていても、銃の重みで現実へと戻される。あぁ、いっそ、あの星たちのように、ただそこにいるだけで褒めてもらえる立場にいたい。でも、周囲はそんなことを認めてくれない。癪に障っただけで爆破をする美食研究会、無許可で開発する温泉開発部、そして、隙あらば揚げ足を取ろうとする万魔殿。彼らを抑えつつ、自治区の治安を守る。言うだけなら簡単そうに見えるが、これが難しい。彼女たちには熱狂的な信奉者がそれなりにいる。彼らも抑えるとなると並大抵な仕事ではなくなってしまう。はぁ、やってもやっても終わらない……。

 でも、私はそんな中で最低なことをしてしまった。

――委員長としての立場どころかゲヘナ自治区から逃げる。

 アコ、イオリ、チナツたちが支えてくれているにも関わらず、だ。着実に連携が磨かれている後輩たちに対しても示しがつかない。

……どうしてだろう、どうしてなんだろう。

……逃げてしまった、目を背けてしまった。

……どうしてしたんだろう、何で、できてしまったんだろう。

……いや、できたんじゃない。私は……。

……私はとっくの昔に壊れていた自分から目を背けていたのかもしれない。

……初めて会ったとき、先生が言った言葉を守らなかったから、かな……。

 

――独りで背負い込もうとしたら自分が壊れるよ。

 

 そのときは聴いていたつもりだったけれど、自分の感覚から離れていた考えとあって納得がいかなかった。まさか、「キヴォトスの平和」を象徴する晄輪大祭の近くになって自分が壊れてしまうとは……。マコトたちに勘づかれなかったことが幸いだが、あれ程の情報網を持つのだから私のことを知るなんてそう遅くはならないはずだ。

 それにしても、「心が壊れた」状態というのは辛い。いや、辛いという言葉すら浮かばない。指先にも力が入らない。掌すら握れない。腕も骨が抜き取られたようにだらりと下がっているばかり。周りの音は水のように耳へと流れて、動かない頭で響く。その癖、身体は軽いので動かせる。ボロボロの心に対して、身体は軽いばかり。このチグハグさが気持ち悪い。とても自分の身体とは思えない。「心ここにあらず」そのものだ。身体は頑丈なばかりに、自分ではままならない心が嫌いだ。どうして私は先生のように、他人を頼れないんだろう……。先生は自分がしっかりしているだけでなく、傍にいる生徒のことも意識を向けてくれる。私のようなつまらない人間には夢のまた夢だ。私も強くなりたいのに、意志も、心も、意識も先生から程遠い。虚しい嫉妬ばかりが頭に凝り固まっていく。多分、そうしておかしな考えばかりをしていたから、神様が罰を与えたんだ。そうでないと納得がいかない。いや、神様にしては都合がよすぎるはずだ。

 

 人気のない道を歩いていたとき、ポケットのスマホが鳴った。

 その画面には、「先生」とだけ表示されていた。

 

「もしもし、ヒナ。今、どこにいるの?」

「……先生。今更訊いてどうするつもりなの?」

「どうするも何も、今、キヴォトスで話題になってるんだ。俺も心配でね……」

「そんなに大事になってたんだね。もうね、何もかもから逃げ出したくなって……」

「今、独りになるのは危険だ。君を狙う者がいつやってくるか分からないからね」

「分からない、か……。……どうだろうね。ここで果ててしまるならそうしたい」

「ハァ……。どうしようか……、とにかく、今いる場所から離れることのないように」

「え?ここから離れることのないように、って。ど、どういうことなの?」

「俺が助けに行きたいけれど、その、……エンジニア部のごたごたで大変なんだ。ヒビキの身に大変なことが起きてしまっててね。そっちに知り合いを向かわせるつもりだ」

「向かわせるって。……どんな相手なの?」

「まぁ、シャーレにも度々お手伝いにやってきてくれる子だから安心して。まぁ、今のヒナのことも励ましてくれるだろうな」

「……私のために、そこまで。……ありがとう」

「礼を言いたいのはこちらだよ。今はしっかりと休んで。……万魔殿のことについては俺たちで解決させるから心配しないで」

「……うん」

 

 画面のボタンを押すと、さっきまでの明るさの名残もなく、暗くなった。気づくと、鼻が詰まってしまっているし、頬もしっとりと濡れている。身体も激しく息をしたがっているし、喉からは嗚咽だけしか出てこない。あぁ、私はこういうのが欲しかったんだ。ただ労わってくれる人。そんな人がいてほしいと願っていたんだ。

 その場に力が抜けたようにしゃがみ込み、しばらく時間が経った。野良猫の声がよく聴こえる。普段は聴こえないような、公園の虫の音が聴こえる。そういえば、虫の音を聴いたのは幼稚園生の後からは覚えていないなぁ。気にする余裕がなかったのか、気にしないといけないことが増えすぎたのか……。私は何を考えているんだろう……。

 そう思ったときだ。

「えーと……、あなたが空崎ヒナでいいかな?」

 声がした。それも、近くで。

「……え、えぇ、そうよ」

「私はシグレ。そんなに辛いならさ、私たちと一杯飲まない?」

 彼女が先生のいう「知り合い」なのだろうか。それにしても、見ず知らずであろう相手によくそんなことを訊こうとするものだ。とても考えられない。それに、今は気分が気分で……。

「そんな気分じゃ」

「そんなこと言わずに!さ、行こう行こう!」

 シグレと名乗った彼女は私の手をつかむと、自分の歩く方向へ引っ張った。今の私には抵抗する力なんてない。彼女のなすがままに引っ張られていく。いつもならこんなことにならないはずなのに……。問答無用と言わんがばかりに歩く彼女は、私をどこへ連れて行くのだろう?

 

 案内された先は、ホテルだった。ごくごくありふれた、小ぢんまりとした、そして何の変哲もないホテル。暗闇の夜にはえらく目立ちそうな程に真っ白な壁が目立つ。

「こ、ここなの?」

「うん。私は本来、別の自治区で生活してるけど、今はワケあってここで暮らしてるんだ。まぁ、ヒナ委員長も折角だし泊まりなよ」

 気づくと視線があらぬ方向を向いていた。やめてほしい。今の私にはその肩書きは相応しくない。逃げてしまった私にとって、それは、苦しい。

「その、……その呼び名はやめて。ヒナで、いい」

「あ、ごめん……。ま、まぁ。とにかく!さ、私の部屋へ案内してあげるねッ」

 さっきと同じように手を引っ張られて、私は部屋へと連れていかれた。抗う力なんてない。さっきと同じようになすがままに、だ。

ホテルの部屋の扉が端から端まで続く。

そうだと思ったら階をつなぐ階段が突然現れる。

黄色っぽい照明が廊下を照らす。

普段の仕事場では見たことのない景色が続いている。まるで、不可思議な世界へ迷い込んだみたいな気分だ。

 

「さてと、ここが私の部屋だよ」

 長いのか短いのか分からない不思議な時間へ誘わせた果てに、シグレは自分の部屋に着いたようだ。他の部屋とは大して変わらないように見える。静かそうだ。

「あ、そうだ。カードキーをこうして……。ハイ、これで入れるよ」

 そう言って、彼女は扉を開けた。少しきしんだ音を立てて、扉はその奥の景色を見せる。

 音だ。

 テレビの音。

 それと、光。

 照明の光、テレビの光。

 そして、小さな男の子。

「いやぁ、お待たせ、玲央君。ちょっと遅れちゃってね……。しばらく、このお姉さんも君と一緒に泊まりたいんだって」

「あ、おかえり。シグレお姉ちゃん」

 頭の耳を小さく動かしながら彼女は話す。腰から生える尻尾もせわしなく動いている。どうやら、この男の子と仲がいいようだ。それにしても、この男の子、どこかで見たことがあるような……。いや、顔立ちはどうも見覚えがある気がする。いや、どうしても左眼の辺りのアザに目が行ってしまう。アザに目を奪われてしまい、どんな子なのか気になってしまう……。

「あ、そうだ。玲央君、このお姉ちゃんのことが気になる?」

「……えと、確か、友達が言ってた……、あ、空崎ヒナお姉ちゃん?」

 え?私を知って、あ、そうだった、嫌という程、私の名前は知られている。一般人かもしれない彼でもその名前は知っているに違いない、はずだ。そ、それより、彼の言うことに応えなきゃ。

「え、えぇ。そうよ。私はヒナ、空崎ヒナ。よろしく」

「もしかして……、お父さんのこと、知ってる?」

 お父さん……⁈私の知っている人物で子どもがいる人といえば。……まさか。

「わ、私のことは、どこで知ったの?その、お友達から?それとも、……お父さんから?」

「うーーん、先に聞いたのはお父さんからだよ。いつもお仕事で助けてくれるすごく心強い人だって」

 口が閉まらない。まさか、目の前にいるこの男の子は、先生のご家族、それも息子だったとは……。アザに目が行ってしまっていたが、言われてみれば、そこを無視して全体を見ると先生らしい顔立ちだ。

「え?あ、ヒナさんは知らないか。玲央君はね、先生の息子なんだよ。ふふふ、カッコいいでしょ?もしかしたら将来はシャーレの長官とか?」

「アハハ……。冗談はやめてよぉ、シグレお姉ちゃん」

 笑う声、はにかむ顔、小さな振る舞い。

 どれも先生の姿が重なる。

 スケバンたちを制圧した日の帰り、麦茶をおごってくれたとき。

 シャーレのお手伝いで差し入れをくれたとき。

 エデン条約の騒動で自ら前線に立って共に戦ったとき。

 様々な姿が頭の中に浮かんでくる……。

 あぁ、似ている。

「おーい?」

 声だ。あ、シグレか。

「そんなに緊張しなくていいよ。ハイ、妖怪MAXトロピカル味」

 妖怪MAX?確か、チナツたちが回収していたあの飲み物かしら。今はとても飲む気にはなれない。

「私は……、その……」

「あ、ごめん。カフェインが苦手とか?」

「そういうわけじゃなくて……。普段飲むのがコーヒーだから、身体が平気でいられるのか、し、心配で……」

「そんなこと心配しないの!論より証拠ともいうでしょ?何なら、この場で見てる人はいないし」

 ……まぁ、一口飲んで死ぬわけでもない。チナツたちは「飲みすぎた人が増加傾向にあるとのことで」回収しているワケだし。

 意を決して、喉へと流し込んでみる。

去年の夏合宿で飲んだハワイアンジュースを思い出した。甘さはあってもしつこさのない、後味もない爽やかな味。外を歩いて飢えた身体にはありがたい。一口で終わらせるつもりが際限なく喉を通り越して胃袋へと溜まっていく。止めようとしても喉が止まらない。

「おぉぉぉぉ……。いっぱい飲むねぇ。玲央君もさ、いつか大きくなったらあんな風に飲みたい?」

「うん、僕もヒナお姉ちゃんのようになれるかな?」

 ほんの一瞬、背筋が冷えた。妖怪MAXを飲んだにしては脈絡もない。

「……、……ッパァ。ご、ごちそうさま、でした……」

 自分でも不思議な位だ。いつもの私なら身体に悪いからと断れたはずだ。らしくない、こんなの、私らしくない。アハハ……、もう、今の私はただの凡人だ。風紀委員長でもない。ゲヘナの人間でもない。自分の役割から逃げただけの愚か者。罵声も蔑みもお似合いだろうな。

「おやおや……。飲みすぎは注意だよ」

 シグレは慣れた手つきで細長い缶をゴミ箱へ捨てた。

 

「さてと、折角来てくれたことだし、歓迎パーティーでもしようかな?近くで買い物をしてくるから待っててね。あ、ヒナさんもね。……それじゃ、行ってきます」

 シグレは私がいるから安全だと信じたのだろう。買い物バッグを片手にそそくさと部屋を出た。

 部屋にいるのは私と先生の息子君だけ。何から話せばいいのか分からない……。

「あ、あの……。お父さんと仲がいいのは本当なの?」

 彼が訊いてきた。「仲がいい」というのは違うかもしれない。私はいつも先生に助けられてばかりだ。しかも、それを訊いてくるのはその先生の面影を感じさせる男の子。目を合わせて話すことも中々できなそうだ。

「仲がいい、はちょっと違うかな、うん。私は……、いつもあなたのお父さんに助けられてばかりで、それでいて、今は……、今、は……」

 声が出ない。

 視界がひどく乱れる。

 太ももやお腹が小刻みに震える。

 声らしくない、みっともない声が私の喉を破るかのように出てきた。

 もう、いやだ。

 何もかもから逃げてしまいたい。

 どれだけ尽くしても変わらない現実。

 自分はどれだけなすべきことをしても成功が目に見えない。

 もう、いやだいやだ。

 いっそのこと、何もかも分からない位に狂ってしまおうか。

 無理だ。私にはそんなことなんてできない。

 狂おうとしても自分そのものが消えずに残ってしまって、彼らのようになりきれない。

 もう、いやだいやだいやだ。

 ……私は先生のようにはなれない。先生のように、大らかで、愛嬌もあって、冷静で、弱音も吐かない、そんな、立派な人には、なれない。

「大丈夫?泣かないで。よしよし」

 誰かの声がする。あ、息子君か。

 額を伝う、優しい手つき。思えば、お母さんやお父さんにしか撫でてもらえなかったような気がする。いつも私は何かを任されてばかりだった。大役はもちろん、訳ありの子の面倒を見ることも、敵だと指示された者を片付けることも、色々と。……皆、それができて当たり前だと言っては次の命令を言ってくる。弱音を吐くことすら叶わない。

「あのとき、僕のことをアヤネお姉ちゃんはこうして撫でてくれたんだ。アヤネお姉ちゃんは僕を励ましてくれて、でも、今はいない……」

 ……え?奥空アヤネ?

 確か、アビドス怪文書事件に関わりがあるとされる人物……。

 与太話と思っていたあの事件、まさか本当だったんだ。

 脈絡もなく、アビドス自治区へSRTの生徒たち何名かが派遣されたとかいうのはそういうことだったのか。幸い、あの生徒たちはアビドス自治区に慣れ親しんでいるらしい。しかし、その行動にある少女だけがいなかった。それが彼女、奥空アヤネだ。カイザーとの衝突の件で優れたオペレーターがいると思っていたが、その噂もめっきりと聞かなくなった。

 よもや、スキャンダルを起こして学校にいられなくなったとは……。

 でも、気になった。奥空アヤネがどんな人物なのか。そして、彼とどんな関係であったのか。

 私は鼻をかんでから、気持ちを切り替えようとして問いかけた。

「……ね、ねぇ。そのアヤネについて教えてくれる?」

 

「僕はね、他人が怖かったんだ……。前までいた学校では、嫌な目にばかりあってて……」

 息子君、いや、玲央君はそう語り始めた。部屋の照明に照らされた彼の顔はどこか、切なそうな雰囲気が漂っている。

「それでお父さんと引っ越しをしてここに住んだんだ。そしたらね、お父さんが歓迎会があるから一緒に来ないかって誘われたんだ」

「歓迎会?あ、そうだったね……。あなたはキヴォトスの外から来たものね」

「皆が歓迎してくれてて、すごく嬉しかった。でも、急に怖くなったんだ。悪いことをされるんじゃないか、って。それで逃げちゃったんだ……」

 玲央君の瞳の周りが赤らんできた。声も籠り気味になる。

「そのときに、アヤネお姉ちゃんが来てくれたんだ。僕に声を掛けてくれて、それで、抱きしめてくれて……。嬉しかった、すごく、すごく温かかった。それに、耳たぶも触らせてくれたんだよ。僕のアザも同じように悪いものじゃないよ、って」

 キヴォトスの外の世界は排他主義じみた世界でもあるようだ。私たちにとってアザ一つでそこまでして嫌悪するなんて考えられない。私自身、頭に角があるし、背中に大きな翼もある。温泉開発部のカスミは尻尾があるし、他の学園では動物の耳や尻尾が生えている生徒なんて珍しくない。

「……そうね、アヤネの言う通りよ。あなたのアザは悪いものじゃない。生まれ持ったモノであって、貶めていい理由じゃない」

「そうなんだね……。同級生の皆もそうだった。動物の耳が生えた子もいれば、翼が生えた子もいるんだ。僕のアザなんて大したことじゃないんだって、考えてしまうよ。でも、アヤネお姉ちゃんのおかげで立ち直れたんだ。それと、僕に特別なことも教えてくれたよ」

 特別なこと?何のことかしら?

「今のヒナお姉ちゃんみたいに、辛いときにはこれをすれば皆、元気になれるんだって」

 ……玲央君は躊躇うことなく服を脱いだ。自分の目を疑った。年が離れている異性に対する振る舞いとは思えない。

「……え?ちょ、ちょっと待って!ふ、服を脱いで何をするつもり⁈」

「何って、このままギューッって抱きしめ合ったり、チューしたり、それから……、確か……、何て言うんだっけ?まぁ、ヒナお姉ちゃんにもしてあげるね」

 ……奥空アヤネ、彼女はとんでもない置き土産を残してくれたようだ。

 私も、誰かの温もりが欲しかったのは事実だ。でも、こんな形で彼からそれを貰おうとするのは気まずい。けれど、けれど……、何度見ても先生の姿を思い浮かべてしまう。

「……分かった。でも、条件が一つだけあるわ。それを守るなら、私を抱きしめていいわよ」

 

「条件?」

「そう。条件は「文字通り、裸になって抱きしめるだけ」。そこから先はやらない。あなたなら守れるでしょ?」

「抱きしめるだけ?それって、寂しいんじゃないの?もっと大切なところをチューし合うとか、お股を合わせるとか」

 ……やはりそうか。

 私の勘は当たったようだ。玲央君は戸惑いながらも私の言うことを受け入れてくれるみたい。それにしても、ペッティングならまだしも、中出しと思われる行為まで躊躇いさえもないのか……。その最初の相手はきっと……、いや、言わなくてもいいか。

 正直、好きでもない相手とエッチするなんて私にはできない。目の前の男の子はそれができてしまえるのを見ると、尚更思えてくる。先生も彼を説得しようと必死だったんだろうな。私なんて自分の仲間で手一杯だったのに、先生は私たちに加えて自分の家族のことも向き合っていた……。先生はどこまでも大人だ。目を背けたくて逃げてしまった私とは違う。

 ごめんなさい、先生。

「でもね、玲央君。そういうことは好きな人同士でやるものなの。でもすぐにはできないかもしれないだろうから、今日のところは裸で抱きしめ合うだけで我慢するの。これはあなたの未来のためでもあるの」

「僕の未来のため……?」

「ええ。そうして徒に身体を見せてると悪い大人に利用されるわよ。いや、大人でなくても悪人に、かしら。そのための訓練をしてあげる」

 私はブラトップを脱ぎ、上半身を露わにした。家族にもこんな姿を見せたことはない。……奥空アヤネのように、私は上手くやれるとは思えない。ただ、彼女が与えた呪縛をほんの少しでもマシにしてあげられたら、そう思うばかりだ。

「そ、その……、せめて、パンツ位は履いて。文字通りのすっぽんぽんは見てて恥ずかしい……」

「え、うん。分かった」

 玲央君はパンツを履いた。それにしても身体が小さい。女の子の中でも小さな私よりもさらに小さい。2つ置かれたダブルベッドには私たちの服がある。その横で、私たちは歩み寄った。

 そして、互いの肌をくっつけるように抱きしめる。そして、背中の翼で彼のことを一緒に包み込んであげた。部屋に小さな風が吹いた。

 玲央君の腕は絶妙な力加減だ。痛くない上に、離れることはないと納得できる、そんな強さ。その力加減を肌で感じた私も真似をしようとしたが、中々できない。いらないはずのところに力が篭ってしまう。それに、玲央君の身体の温もりが丁度いい。温いというよりは、懸命に今を生きようとする、血潮が溜まっているような温かさだ。あぁ、ずっとこうして抱きしめていたい。

 玲央君は少し距離を取ったかと思うと、視線を合わせてきた。さっきの言いつけを忘れそうになっているのだろうか。その唇に人差し指を立てて塞いであげた。

「……私にはまだ早いかな」

 彼はキヴォトスの人ではない。先生と同じように、銃弾一つで亡くなってしまうかもしれない。……そうだ。私の立場は彼のような人を助けることができる。きっと、私が今、仕事から逃げている間にも大切な人を傷つけられて悲しんでいる人がいるに違いない。先生のようには上手くはいかないかもしれない。それでも、前を向かなきゃ。目を背いては何もできない。大切な人のいる皆が笑顔でいられるようにするためにも、私が進まないと。

 そう思うと、両腕の力が少しずつ抜けてきた。少しは、玲央君の力加減へと近づいたかも。

 

「ただいまぁ、って!……いつの間にそんな破廉恥な関係に……。まぁ、私が言えた口じゃないけどな。ははは……」

 あの聴きなれた声がした。どうやら、私たちはかなり長い間、抱きしめ合っていたみたいだ。は、恥ずかしい……。

 シグレは両手にたくさんの袋を抱えている。その中身を見るに、飲み物やお菓子のようだ。

「しっかし、ねぇ……。こんなに遅い時間になっちゃったけど、ヒナさんの歓迎会でもやろうかな?」

「えと、ちょっと、いいかな?」

「ん?どうしたの?」

「その……、「ヒナさん」は恥ずかしい……。だから、……「風紀委員長」で、お願い……」

 自分でも不思議だ。さっきまでは逆だったのに、今ではそうして言わないと自分自身に納得がいかない。か弱くも優しい、玲央君のハグをしたからかしら。

「まぁまぁ、細かいことを言わずに!歓迎会を始めよっか」

「わぁ!楽しみだなぁ……」

「わ、私は、どれでも食べられればいい、かな?」

「そんなに照れずにさぁん。はい。炭酸強めの濃厚コーラ、飲む?」

 コーラか。普段は飲まないけれど、今日は挑戦してみようかな。

「分かったわ。あけてみ」

 ……目の前に茶色の柱が現れた。

 しかもこの匂い……。

「わわわわわわわわわわわわ!ヤバいヤバい!運ぶ間に振りすぎたかも……!何て言って誤れば……。ば、バスタオル、取ってくる!」

 シグレはタオルを探しに動いた。玲央君は止めようと掌を押しつけようとしてぐしょ濡れになってしまう。どうしよう、どうしよう……。こういうとき、どうすれば……。

 ……後日、私たちはホテルの支配人にこっぴどく叱られた。そして、ゲヘナに帰ってからも、アコにはガミガミ叱られ、マコトには「世紀の醜聞!」と晒された。はぁ、何度、立ち向かっても立ち向かっても終わらない……。

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