pixivでのURL。
《https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=28829632 》
「こんばんは。ミヤコちゃん、来週のバイトのシフトは提出した?そっちは課題とかで大変そうだって大将が心配してたよ。提出は明日までだから忘れないでね」
スマホの画面を開くと、セリカからチャットが来ていた。着替えを終えたばかりでブラが痒い。でも、銃の手入れやニュースの収集ばかりしていて忘れそうになった以上、早く返信しないといけない。ムズムズするあばら骨の辺りを耐えながら入力する。
「こちらミヤコ。これより大将さんに連絡をします。お手数をおかけしてしまい、申し訳ありません」
・・・・・・ダメだ。何だか堅苦しい。隊長としての振る舞いの癖が全く抜けていない。相手がサキたちではなく、同輩のセリカだ。もう少し、肩の力を抜くような文を作らないと。
「こんばんは。来週の予定は決まったので大将さんに連絡します。心配させてごめんなさい」
……よし。ちょっとは親しみのこもった文になったはず、……多分
送信ボタンを押す。すぐに既読はつかない。いつものことだ、後で読んでくれるに違いない。気長に待とう。
「そういえば、アビドスに来てから色々あったなぁ……」
私たちRABBIT小隊は「アビドス高校の復興支援補助」との学園からの命令でアビドスにやってきた。キヴォトスがエデン条約の騒動で騒がしくなるよりもかなり前だったのを覚えている。アビドスというと、カイザーによって多額の借金を抱えている学校、「暁のホルス」がいる自治区とのイメージが浮かぶ。無論、私たち小隊のみならず、SRTとは何の繋がりもない。ただ、私たちはヴァルキューレでは解決できない問題に対処する立場にある以上、何かしらの理由があって命令したに違いない。
それに、もしかしたら「暁のホルス」から戦術を学ぶことができるかもしれない。自分の知見を広げられるかもしれない。この機会を大切にしないと。
アビドス高校に到着して初日、私たちは対策委員会の皆さんと対面した。最初に見たお三方のことは今でも忘れられない。
室内でも首元のマフラーを巻いているシロコ先輩。
一分の隙もない笑顔を見せるノノミ先輩。
体幹を忘れたように身体が垂れ下がってばかりのホシノ先輩。
「……あ、失礼しました。SRT特殊学園より参りました、RABBIT小隊の月雪ミヤコです。これからよろしくお願いします」
平常心を保とうとしたけれど、噂とは程遠そうな穏やかさのある人たちに驚いてしまった。
「同じく、RABBIT小隊の空井サキ。よろしく頼む」
「同じくゥ、RABBIT小隊の風倉モエ。よろしくね~~」
「あ、えと、……ハイ。RABBIT小隊の、霞沢ミユ、です。よろしく、お願いします……」
お三方も挨拶を返してくれた。
「やぁやぁ、遠くまで来てくれてありがとねェ。おじさんはホシノだよ。よろしくゥ」
「十六夜ノノミです。これからよろしくお願いしますね☆」
「ん、砂狼シロコ。これからよろしくね」
初対面の様子とは打って変わって、礼儀正しくなった。……でも、どうも違和感を感じる。対策委員会は本当にこの3人だけだったのだろうか。
「どうしたの、ミヤコちゃん?何か、聞きたいことはある?」
既に察している……、あんなに脱力していたのに。ここは素直に訊いてしまおう。
「あ、あの……。対策委員会はこれで全員なのでしょうか?ネットニュースで知る限りでは、もう少しいたような」
「あぁ、そっかそっか。今、セリカちゃんは先生の依頼で遠出してるんだ」
なるほど……。噂に名高いシャーレのお手伝いに、か。あの組織とそれなりに関係があるようだ。
「ねーねー!ネットでアビドス怪文書ってあるでしょ?あれってマジモンなのかな。……愛に破滅する人間ってたまんな」
「バカッ!それは禁句だと散々言われただろ!」
「モ、モエちゃん。それは言わないでって、注意されたでしょ……?」
……やはりモエは破ってしまったか。
私たちはアビドスに向かう直前、ネットをざわつかせる例の怪文書のことに関して彼らの前で話してはいけないと注意された。問題児でもあるモエが真っ先に破りそうだと思ったらやはりその通りになってしまったみたいだ。
そう思って前を向いたとき、お三方の顔はひどく強張っていた。まるで私たちが、全ての罪を知った上でそれをわざわざ告げに来たのかと疑うように。こ、ここは隊長として場を収めないと。
「大変申し訳ございません。私の指示の至らなさでこのような事態になりました」
「うへぇ、まぁいいよ。モエちゃん、だっけ?」
「は、ハヒッ」
「……次、同じことをしたら柴関ラーメン半玉にするよ」
柴関ラーメン……。地区の外でも知る人ぞ知る傑作ラーメンで脅すのか。確かにこれは痛い。それでもモエは諦めない。
「やだぁ~~。砂漠で試したい爆弾を買いたいのに~~!」
「……そっかそっか。じゃ、全額奢ってもらおっかな……」
「い、いやだぁぁぁぁ!」
悲しむモエの隣にいたサキは苦々しい顔だ。
「これこそ藪蛇だな。モエのバカ……」
すかさず、シロコ先輩は言う。
「ん、蛇に失礼」
こうして私たちの顔合わせは終わった。
いつものように登校したとき、教室で皆が騒いでいた。何があったんだろう。
「シロコちゃん、何があったの?」
シロコちゃんは苦々しい顔を見せて私に答えた。
「ん、ホシノ先輩。……これ、見て」
指さす先には机があった。そこには学生手帳がある。……あ、アヤネちゃんのだ。几帳面で真面目な気質からか、カバーの角も崩れていない。少し、嫌な予感がする。
「ホシノ先輩、アヤネちゃんの学生手帳ですよね?私が開けましょうか」
「い、いや、ここは私が開けるよ」
ちょっと前、私たちは先生と共にカイザーと戦いを繰り広げた。皆が傷つく姿を見たくなった私は身代わりになろうとした。そのとき、皆とお別れをするつもりで手紙を書き残したのだけれど、……まさか、今度は読まされる側に?
強張る手をほぐして、手帳を開けた。……字。字がびっしりと書き連ねてあった。どうやら、手帳の後ろ側にある自由に書き込めるページに何かを書いたようだ。
「ねぇ、ホシノ先輩!何か書いてあったの?って、この文字の書き方、アヤネちゃんの、だよね?」
「そ、そうですね……。この字の書き方、他にいませんし」
「……分かった。私たちでアヤネを探そう」
シロコちゃんたちは各々話し合っている。
そう、私たち対策委員会のメンバー、アヤネちゃんは2週間前、先生の息子である玲央君とエッチな関係になった。いや、包み隠さずに言うなら「不純異性交遊」をしてしまった、と言おうか。おかげで私たちはネットで大いなるバッシングに遭った。誹謗中傷によって、地域の人たちから協力を拒まれた上に、普段の活動の規模が小さくなってしまった。私たちは大変な目に遭ってしまったのだ。
でも、私はアヤネちゃんを責める気にはなれない。だって、アヤネちゃんは元から幼児、それも男の子に興味を持つ気質だったとは薄々感づいていたのだから。先生が高校に招待したときから、アヤネちゃんは手を出すんじゃないかと不安視していたけれど、現実の出来事になってしまった。同じ委員会のメンバーとして彼女を止めてあげられなかったんだ、私たちは。悔しい、本当に、悔しい……。
「皆。今日はいつも通り作業をしてて。どんなものなのか、私がちゃんと読んでおくよ」
多分、私たちに宛てて書いた文章だろう。皆に読ませる前に私が読まないと。皆が教室の外に出たのを確認してから、私は手帳を開いた。いつもの字と比べて、ひどく歪んでいる。その上、インクの滲んでいるところも多い。苦しみながら書く彼女の姿が頭に浮かんでくる。
いやいや、ここはしっかり読まないと。
内容は、私の思っていたものと違っていた。
アヤネちゃんが進んで玲央君とエッチしたこと、そうしたきっかけが昔からの嗜好に素直になったからだった……。委員会であることを捨ててでも玲央君との愛を一瞬でも叶えた彼女をこれからどう見ればいいんだろう。どう話せばいいんだろう。どう接すればいいんだろう。分からなくなってくる。
いや、そうじゃない。
アヤネちゃんをそうさせた玲央君が本当は悪いんじゃないか。普段からアヤネちゃんは私たちのために尽くしてくれていた。先生たちが幽閉された私の足取りを追えたのも、普段の会議をまとめてくれたのはアヤネちゃんがいたからこそだ。アヤネちゃんは私と違ってしっかりとしている。
玲央君はどうだろう。玲央君は先生の息子で、ひ弱だ。いじめられていたときだって相手に抗おうともせずにやられるがまま。弱い、そう、弱いのに皆から守られている。私たちが借金の返済で必死になっている中で、平穏な居場所を既に得ている。そして、私が守らなくちゃいけないはずの後輩を誘惑し、消えない傷をつけた。……許せない。許せない。許せない。
文章を見る限りでは、玲央君はアヤネちゃんとのエッチで幸せそうだったなぁ。
そう思ったとき、私はあることを思いついた。
――思えば、私は最低な復讐をしたと思う。
その日の夜、私は部屋のパソコンを開いた。先輩からタイピングや編集ソフト、動画制作をする際によく使ったパソコンだ。色はかなり褪せているけれど、電源ボタンをスライドさせれば難なく動く。……ダメだ、感傷に浸っている暇はない。
パソコンで検索機能を開き、掲示板を見つけた。それも、他校の生徒の目につきやすい、有名な掲示板。ここまで来てしまった、もう、後には引けない。傍らには、アヤネちゃんの手帳がある。
「ごめんね、アヤネちゃん」
口から勝手に言葉が出た。いや、これは当然のことだ。年頃に似合わないことをした玲央君に罰を与えるんだ。このまま大好きなエッチで苦しんでしまえ。
――もう、ホシノちゃん。Pのキーはここだよ。
先輩の声が蘇る。でも、私の指先はその声を無視して勝手に動く。昔は打てなかったキーにもスラスラ指が向かう。迷いは、なかった。
それから私たちは大変な毎日を送った。
カイザーの拠点となった跡地を巡ってのスケバンたちとの戦闘。
蛇のような巨大ロボットとの戦闘。
謎の勢力によって窮地に陥ったトリニティへの支援。
柴関ラーメンでのアルバイト。
学校の掃除。
隣接地域のお手伝い。
最初こそは慣れない土地であったけれど、先輩たちとしっかり話し合っていくことで解決していった。アパートまでの道のりでは、いくつもの抜け道や別ルートを見つけられたときの嬉しさを覚えている。砂漠だらけだったとしても、そこにいる私たちの思い出はきっと消えないのかもしれない。
小隊の皆も少しずつ、アビドスの人たちと仲良くなっている。
サキは相変わらず馴れようとはしなかったけれど、ショッピングでノノミ先輩と意気投合するようになった。先輩が言うには、「こんな高いもの、買えるか!……い、一回だけだからな」と返されるらしい。モエは雨雲号を改造せずにそのままの状態でよく修理するようになった。以前は砂漠で違法改造を施したミサイル弾を放とうとしてホシノ先輩から締め技を喰らっていたモエとは思えない変化だ。余程ホシノ先輩のお叱りが効いたのかもしれない。ミユはシロコ先輩に誘われてから、ライディングやトレーニングをするようになった。ただ、筋力というよりは持久力を上げる運動が多いそうだ。それはそれでミユらしい。
ん、私?
私はというと、柴関ラーメンの屋台でお手伝いをするようになった。大将からは「トッピングが丁寧だ」とか、「注文の整理が早い」とか、よくお褒めの言葉をいただいている。不思議なことだなぁ。任務のために磨きに磨いた作戦遂行のための技術が思わぬところで活きてくるとは思いもしなかった。何だか不思議な気分だ。セリカからも「とても助かるよ~~」と言われると、このままアビドスで骨を埋めてしまおうかと思ってしまう。
……いや、それはダメだ。私たちは任務のためにアビドスに来たのであって、ここには縁もゆかりもない。未練だって、何もない、はず……。なのに。なのに、楽しそうに暮らしている皆を見ると、すぐに断言できなくなる。それに、私もあの人たちの温かさが好きだ。SRTの「何を成したか」との考えのない世界は、思いの外、やりがいがある。
夏季休暇も終わり、同年代のセリカとも仲良くなってから時間が経ったとき、晄輪大祭の開催が報じられた。私たちは少人数のアビドスとの合同チームとしての参加になったそうだ。幸い、仲はよいので競技そのものは問題ない。
問題はホシノ先輩だ。私たちと初めて顔合わせしたときから、何か、何というか……、壱日の中でごくたまに険しい顔になるときがある。それらしい理由もないときにもそれが起きる。お昼寝と称して他の教室に行ってから帰ってこないときに声をかけようとしたときなんて、1人だけの教室でブツブツと何か話していたのは寒気が走った。
――……ん、……おくん、……ない、……ちのくせに……そうに。
「君」、だろうか?男の子の名前を声に出している、のかな。いや、ホシノ先輩で男の噂なんて聞いたことがない。彼氏がいたとか、家族がいたとか、そういう話を自分からしたこともない。
もしかして、ネットで騒がれているアビドス怪文書の少年?それなら私たちがここに呼ばれた理由にもなる。シャーレの先生が最初に関わった学校との醜聞は連邦生徒会にとっても止めたいはず。だから私たちは呼ばれたのか?その理由で?……痛い。目に汗が入ったようだ。手で拭うと、鎧にできそうな厚さの汗が腕にできていた。深呼吸しようにも落ち着かない。私たちは、一体。
「ちょっと、ミヤコちゃん?そこで何してるの」
セリカの声だ。私のことを心配して来てくれたのだろう。硬くなった足を強引に動かしてその場を離れた。ホシノ先輩はというと、私たちの声に気づいたみたいだ。一抹の不安、というべき何かは、まだまだ消えそうにない。
――想定外だ。
私が投稿したアヤネちゃんの文章は、「アビドス怪文書」としてキヴォトスの話題を席巻しつつあった。ネット番組では「子どもへの悪影響」、「キヴォトスの悪習の象徴」と散々な言われよう、連日ニュースでは男児に対する生徒たちの暴行未遂事件、性暴力事件が度々起きるようになった。
玲央君への復讐で入力したしただけなのに……。玲央君どころか、知らない子たちも生徒も大勢を巻き込んでしまったんだ。最近、オナニーをしても全く感じなくなったし、デリヘルを呼んでも全くイけなかった。復讐のつもりでやったことが、こんな結果になるなんて……。
――ホシノちゃん、嫌いだからといって乱暴はダメだよ。
「ッ!」
背後で声がした。いや、後ろを見ても誰もいない。室外機の音だけ味気のない部屋に響く。そうだ、ここにいるのは私だけ。あの人はここにはいない、もう、あの人は……。
冷蔵庫を開ける。中にある大きな缶の飲み物を飲んだ。甘ったるい、命を削るような味が喉に腹にこびりつく。カフェインを一気に含んだせいか、背中が濡れてくる。頭もはち切れそうに苦しい。
そう、昔だ。昔の私はあまり他人に優しくできなかった。特に、男の子には嫌悪に近い何かを常に抱えていた。特に下心のある男の子は耐えられない。小さくて非力な子どもなのに、性への欲望は不釣り合いなまでに大きい。私は避けようとしていた様子が、先輩には「乱暴」に見えたのだろう。事あるごとに私を諭しては、その男の子たちを優しく宥めた。
そういう男の子たちは私に見せた姿が嘘のようにユメ先輩には素直に従う。言うまでもなく、その身体が目当てなんだろうな。そうだよね、恵体な先輩の方に従うよね。愛想のない私なんか興味ないよね。……悔しい。
多分、私が苦しんでいる今、玲央君はアヤネちゃんのことを思っているんだろう。アヤネちゃんをもう、傷つけさせたくない。この手で、玲央君を滅茶苦茶にしてしまえばよかったんだ。女らしくない、この貧相な身体で玲央君を……。
さっき聴こえた、先輩の声はとっくに聴こえなくなっていた。
トリニティ総合学園代表の人のハレンチ騒動で始まった晄輪大祭の夜、私は先生に呼ばれた。先生とお会いするのはこれが初めてだ。先生のことはシロコ先輩たちを助けた恩人だと聞いている。どんな人なのだろう。
「初めまして。シャーレの赤染雄介です。君が、月雪ミヤコかな?」
「初めまして。SRT特殊学園1年、月雪ミヤコです。お会いできて光栄です」
一児の父親とあってか、近くで見ると横皺が目立つ顔だ。朗々とした声にどこか安らぎを覚えてしまう。思えば、実家から離れて生活してかなり経ったなぁ。父を思い出す。
「まぁ、これでも飲んで」
「野菜ジュース、ですね。いただきます」
それにしても不思議な人だ。異性に囲まれた環境の中で醜聞の一つも出さずに仕事をするなんて、理性の強い人に違いない。傍にいるだけで、大人の余裕、上品さ、飾らないカッコよさが伝わってくる。
「その、アビドスでの生活はどうかな?ホシノたちと仲良くできている?」
「はい。私は隊長であるのに、いつも任務や防衛では先輩方の足を引っ張ってばかりでお恥ずかしいです」
「そうかな。シロコからは「自ら殿を務めたり、その場で戦術指揮を変えたりしてて立派だ」と聞いてるよ」
……シ、シロコ先輩が!
普段はあまりしゃべらない彼女からこう評価されていたとは思いもしなかった。さっきよりも野菜ジュースが美味しくなった気がする。
「そうなんですね。……嬉しいです」
「まぁ、誰がどこでどう見ているかは分からないからね。俺もこうしてシャーレで仕事してからは、前の仕事では言われなかったことをよく言われるようになったよ」
前の仕事?何だろう。
「ここに来る前はどのようなお仕事をなさったんですか」
「前は学校で教員をやっていたよ。それこそ、教科を教えたり、担任をやったりと色々とね」
「教員、ですか……。シャーレでの「先生」とは違うのですか?」
「あぁ、違うよ。生徒とは一線引いた関係を意識しないといけなかったからな」
そうして、私は先生と雑談をした。
先生には息子さんがいらっしゃるそうで、シャーレを請け負った理由と深く関わっているとのことだ。息子さんは前の学校ではいじめに遭っていて、環境を変えようとこのキヴォトスにやってきた。幸い、息子さんはキヴォトスでは伸び伸びと成長しているそう。ただ、その話をしているときの先生の顔にはどこか暗さがあった。
「その、先生。一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか」
「どうしたの」
「対策委員会の集合写真で知らない人がいらっしゃいましたが、その人は今どちらに?」
砂嵐の酷かった日に掃除をしたとき、私はたまたま対策委員会の集合写真を見てしまったことがある。赤い眼鏡、黒い髪。花のような髪飾り。堅実そうな印象のある子だった。
それを聞いた先生は静かになった。夜空を見て深いため息をついたと思ったら、手で顔を覆って考え込んだ。……しまった。訊いてはいけないことを訊いてしまったのかもしれないな。
「あぁ、うん。……その、あれだ。これはあまり他所で言ってほしくないことなんだ。……息子が、玲央が元気になったきっかけがその生徒と深く関わっていてね。……君が言ったその生徒と玲央は、社会では許されない関係になってしまった。それで、彼女は行方不明になり、玲央は元気になったとはいえ傷を負った。俺は誰の味方になればいいんだろうな。自分でも分からなくなってきてるよ……」
「社会では許されない関係」……、そうか、そういうことか。アビドス怪文書の内容とも何か関係があるのだろうか。
スマホのアラームが鳴った。音からして、私ではなくて先生のようだ。
「すまない。アコから経口補水液の手配の打ち合わせをしたいと連絡が来たみたいだ。今日はここまでかな。また何かあったら連絡してね」
「私こそ、ありがとうございます。お忙しい中でお時間を取ってくださって」
先生は足早にその場を去った。
ベンチには私だけ。
片手にはまだ飲み切れていないジュースがあった。
「玲央君はさ、アヤネちゃんのことが大好きなんだよね?」
「うん、大好き。いつかアヤネお姉ちゃんに会いたいなぁ」
「うへぇ、玲央君はいい子だねぇ」
夜の散歩をしていたとき、トイレを利用していた玲央君と出会ってしまった。あのときの決意を形にしようと躍起になっていたけれど、本人を目にするとアヤネちゃんに申し訳なくなってくる。玲央君への怒りが自然と落ち着いてきた。
そうか、アヤネちゃんがただ好きなだけなんだよね、君は。
「ホシノお姉ちゃんって、アヤネお姉ちゃんの知り合いなの?」
「おやおや、それ、誰から教えてもらったのかな」
「ヒナお姉ちゃんだよ。背中の羽が大きくて、カッコよかったなぁ」
ヒナちゃんは一連の出来事をお見通しなのか……。
「まぁまぁ。夜に出歩くのは危険だし、おじさんが飲み物を買ってあげるよ。飲みたいものを教えて」
「そうだなぁ、……じゃあ、ラムネで」
「オッケオッケー。じゃあ、行こっか~~」
近くに自販機に向かい、玲央君にお金を渡してから私は気になっていたことを訊いた。
「玲央君、飲む前にちょっと訊いてもいいかな?」
「ん?どうしたの?」
「玲央君は、アヤネちゃんが大好きなんだよね?」
「うん」
「その「大好き~~ッ」てのを他のコにはしてないよね?」
「……う、うん」
収まっていたはずのあの気持ちがまた湧き上がってきた。……最低。アヤネちゃん以外の子ともエッチしてたんだ。
「ねぇ?どうしてすぐに返事しなかったの?別に困るようなことでも、……まさか、他の子と」
「……さい、ご、ごめんなさい。他のお姉ちゃんたちと、して、ました」
気づくと、私は彼の両肩をつかんで自販機に押し付けていた。玲央君が自販機の逆光で暗く見える。でも、どんな顔なのか分からない。
「……結局、君はそうだったんだね。エッチすることしか頭にない変態の癖して真面目ぶらないでくれる?アヤネちゃんが可哀想で仕方ないよ」
玲央君の息が荒くなる。今更自分のしたことを後悔しているのかな。もう遅いのに。
「まぁいいや。私はさ、先生には感謝してるよ。仕事でも学校を守ったときにも助けられたし。でも君はどうなの?誰かに守られてばかりで自分から何もしない。それなのに私たちをエッチしてくれる都合のいいお姉ちゃんと思ってる。……ホント、最っ低」
「そ、そうは思ってな」
……うるさいな。
減らず口を利こうとした口に自分の口を重ねた。閉めようとする口に無理矢理舌をねじ込ませると、玲央君は必死になって抗おうとする。好きなことシてあげているのにバカみたい。
「どぉ?……気持ちよかった?アヤネちゃん以外の子たちとシてきたからそう思うんでしょ?そうでしょ?」
玲央君は弱ったネズミのように怯えている。無様ったらありゃない。左脚を前に出すと、何かが当たった。恐らく腰の前辺り。……こんなので興奮するんだ、呆れる。
「へぇ……、じゃあさ、今から脱いでくれる?まさか私ではできないとか言わないよね?」
「う、うん……」
玲央君は恐る恐る服を脱いだ。身体つきはごくごく平凡だ。よく見ると、ほんのりと赤いところがいくつかある。
「何かなぁ、この赤いの?……さては、好きなんだね、そういうの」
彼はただ震えるばかり。でも、さっきよりは落ち着いているようにも見える。……何よ。今更自分は悪くないと言い切るつもりなの⁈……もう犯すしかなくなっちゃったね。
「じゃ、私がそれをしてもいいんだよね?他の子には許してるでしょ」
「……」
「さっさと脱ぎなよ」
脱いだ。言われたことを真に受けて、パンツも、全部。陰部を除いて見応えのない、ただの裸。ここからお仕置きをしないとな。
「ほぉら。大好きな女の子の裸だよ。襲いなよ。好きにいじめていいよ?来なよ」
玲央君は恐る恐る近づき、私のお腹を抱きしめた。丁度、胸元に顔が当たる。でも、そこから先はやろうとしない。
「……!」
もう、我慢の限界だ。
私は両手に思い切って力を込め、玲央君を突き飛ばした。自販機の照明でその身体が照らされる。よりにもよって硬くなった陰部が目立っている。まだ立っているんだ。目障りだ。
私の身体はそれをするにもまだ準備ができていない。でも、でも、そんなことはどうでもいい。どうせ私を抱こうとする人間なんていない。そういうケガで死ぬならそれで構わない。
私は自分のを玲央君のそれに貫かせた。凄まじい痛みが全身にジンジン響く。当然だ。前戯もペッティングも何もやらずにしているんだから。けれど玲央君は静かだ。まるで、痛みを我慢するかのように。
「……な、何?いい子ちゃんになったつもりなの?気持ちいいんじゃないの⁈答えて!」
「ごめん、なさい。僕は、悪いことを、し、しました。でも、こんなの、嬉しくな」
腰を叩き込んだ。さっきまでの痛みはもうない。多分、怒りで感覚が麻痺したのかも。
「口答えしないでよ、ビッチ君?さっさとイきなって。……分かんない?」
一回一回を確かめるように私は腰を叩く。それらしい状態で私はシているワケではないのに、段々と中が滑らかになってきた。私も変態さんであるようだ。
「オラッ、イき、なっ、てッ!アヤネちゃんに、謝り、なよ!ビッチ、らしくッ、無様にイ、イけッ!」
止めの一撃をかけようとしたとき、近くで大きな音がした。
景色が変わった。左の二の腕がどうも痛い。それに、小石の感触も。腕に力を込めると、さっきまでの自販機が遠くに見えた。
「もうやめてください、ホシノ先輩!」
そこには玲央君を抱きしめて、愛銃を向けるミヤコちゃんがいた。
――間に合わなかった。
玲央君の元に駆けつけられたものの、既にホシノ先輩に襲われてしまっていた。悔しさとか、憤りとか、罪悪感とか、説明しようのない気持ちが湧き上がる。でも、ここで迷ったらホシノ先輩がまた反撃してくる可能性もある。気を引き締めなくては。
「玲央君のことは、もう、許してください!アヤネさんとのことは直せないとしても、先輩のしたことは人間として最低なことなんですよ」
ホシノ先輩は裸のまま立ち上がろうとする。温い水道水のような臭いが彼女からしてくる。しかも、その身体の下には黒い水溜まり。いや、まさか……。
「最低、か……。そうかな?ハハハ……、玲央君は私が守らなくちゃいけないあの場所を滅茶苦茶にしたんだよ。だから同じことをしてあげただけなのに。ミヤコちゃんは玲央君の味方になるの?」
味方……、それとは違う。私は玲央君のことを守ろうとしただけで。
「まぁいいや。どうせ私が悪いってことで済ませるんでしょ?」
立ち上がった。その股からは血が垂れている。まるで黒いペンキを無理矢理身体に塗りたくったような悍ましい様子だ。引き金にかけた指が震える。
「そういうわけではありません。ホシノ先輩の主張もしっかりと聞きます。ですから」
「ハイハイそういうのはいいから。玲央君が悪いんだよ。何もか、……!」
突然、ホシノ先輩は叫んでその場にしゃがんだ。
「先輩、そんなつもりじゃなかったんです。でも、でも、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
どうしてこんなことをしているのか分からなかった。彼女には何か見えたのだろうか。
「ねぇ、お姉ちゃん。行かせて」
玲央君が話しかけてきた。それはダメだ。ホシノ先輩を下手に刺激してはいけない。何を彼にしてくるか、全く分からない。
「ダメです。君に危害が」
「いいから」
「……分かりました。もし、万が一、何かあったときは守ります」
私は彼を離した。引き金の指も止まったし、深呼吸もできる。さっきよりは心が落ち着いたと思う。玲央君はよろめきながらホシノ先輩に近づいた。
「ねぇ、ホシノお姉ちゃん」
彼女の手を取ろうとしているみたいだ。
「……いで。来ないでよ!先輩から託されたものを台無しにしたのに!偉そうにしないでよ!」
玲央君は暴れようとした彼女を抱きしめた。最初は喚いていた先輩も、少しずつ静かになっていった。泣いてばかりだった顔が静かになる様子が、照明によってよく照らされていた。
「お姉ちゃんを辛い気持ちにさせて、ごめんなさい。僕、これからはそういうことは簡単にしないようにするから、……もう、苦しまないで」
静かに抱きしめ合う二人を、私はただ見つめることしかできなかった。
あのとき、先輩の幻影が見えた。
――ホシノちゃん、嫌いだからといって乱暴はダメだよ。
あぁ、私は乱暴をしてしまったんだ。それも、アヤネちゃんが救った男の子、恩人である先生の息子を。本当に私は最低な人間だ。いつも自分はそうだった。自分の考えていることで頭が一杯になって、他人を気にせず動いてしまう。玲央君は多分、私のことを許しているんだろうな。でも、私はまだ納得がいかない。憎い気持ちがまだ残っている。許せない、許せない……。
「仮病使って休んでるんだよね、ホシノ?」
朗々とした、聴き慣れた声。
「あぁ、せ、先生か……。急にどうしたのさ?」
先生だ。恐らくケガをしたとのことで救急テントで観戦している私に声をかけに来たのかな。
「ホシノがあんなケガなんてしないだろうな、なんて勘だよ」
ハハハ……、先生は全部お見通しか。そりゃ、膣から血が出るとなると原因は他にないだろうから。
「……、先生はさ、どうしても許せないことがあったらどうするの?」
悔しいけど、このままでは私のしたことがバレてしまう。先生に知られたら私はキヴォトスにはいられなくなるかもしれない。ここは話を逸らさないと。
「そうだな……。……俺だったら、憎しみが収まるまで冷静になる、と答えようかな」
「ほぇぇ?意外な答えだねぇ」
私たちの意志を優先してくれる先生とは思えない答えだ。
「どれだけ憎しみを抱えても、どれだけ怒りが抑えられなくても、それを相手にぶつければまた自分に返ってくるんだ。それで傷ついた相手が関係のない誰かを巻き込んだらどうする?誰も幸せになれないし、いい気分になれない。憎いと思っても、まずは立ち止まって考えるんだ。どうして相手はそれをしたのか、をね」
……あぁ、そうだ。そうだった。私はそれができなかったことで自分の身体を傷つけて、玲央君を傷つけて、ミヤコちゃんを怖がらせた。年長者であるのに、本当に恥ずかしくなってくる。
「あ、すぐにできなくてもいい。ホシノなりに考えて、変わろうとすればいいさ」
先生はテントの外を出て、スタジアムへ向かった。
それを見て、私はやっと泣くことができた。
投稿している作品は、どちらがいいですか。
-
今のままシリーズだけで。
-
作品個別で再投稿してほしい。
-
個別だけにしてほしい。