作中に出てくる「源一郎」はシャーレの先生の父親です。こちらの作品(https://syosetu.org/novel/411334/)でも描いていますので、是非ともお目に通してください。
pixivでのURL。
《 https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=29358465 》
「カイさん、その写真は何です?」
今日もだ。カイさんはこの数日、古びた写真を何度も見つめている。そのときの表情は、いつもと違って切なそうだ。飄々としたあの顔に似合わない陰りが見える。
「あぁ、アヤネ君か。すまない、少しばかり昔を思い出していてね。……昔、私を助けてくれた恩人さ。いい機会だ、お見せしよう」
そう言って、カイさんは写真を見せてくれた。
その写真には、男の人が写っていた。それもただの男の人ではない。どことなく、先生や玲央君の面影がある。鼻が大きく、シワがよく目立つ。義手の左腕にはコップを握っていて、楽しげに話をしているようだ。
「この人、どこかで見たことがあるような、気がします……」
「あぁ、この人は赤染源一郎。君もよく知っているシャーレの先生の父君だ。戦場では八面六臂、負け知らずの軍人だったんだ。……今はいないけれどね」
どこか童心に帰っているような顔になっている。きっと、カイさんにとって大きな存在なのかもしれない。
「せ、先生のお父さん……」
……あぁ、思い出すだけで辛くなるというのに。玲央君の肌の柔らかさ、手の力強さ、必死な息遣い。昨日のように思い出せてしまう。玲央君……。けれども、今の私は顔向けできるような人間ではなくなった。きっと、優しい彼なら私がいなくても素敵な女の子と幸せになっているはずだ。それでも、何度も思い出してしまう。
カイさんが紹介した孤児、宿無しの子たちとエッチしても、あの日のように幸せな気持ちにはなれなかった。身体には快感が迫ってくる。自分のことを求めてくる子もいた。でも、違う。彼らにはなかった、玲央君の持つ全てが。玲央君の身体、玲央君の心、玲央君の全て……。あぁ、私の全部は彼によって何もかもが焼き尽くされたんだ。あの日渡したペンダント、今でも持っているかな……。
「おや?玲央君のことが忘れられないのかい?」
背筋が強張った。……そうだ。私は玲央君への「未練をなくさなくては」いけない。カイさんの目指す「仙薬」のために、人間の欲液が必要なんだ。その「仙薬」があればきっと、玲央君のことを幸せにしてあげられるかもしれないんだ。そのためにも、たくさんエッチして、相応しいサンプルを多く提供してあげないと。
「その反応、間違いはないようだね。……無理もないか。さ、今日もよろしく頼むよ。この地点に向かうように」
いつものように、カイさんはメモ用紙を渡した。その紙にはこの近くの場所が書かれている。あぁ、今日も私は行かないといけない。……ごめんなさい、玲央君。
外へ出るとき、心なしか、カイさんの冷たい視線を感じた。
[newpage]
キヴォトスでは古くから外の世界と違って、女性が強かったのだよ?
社会的な意味でもそうだが、何と言っても、神秘により近い者が男よりも多いことが正解に近いらしい。まぁ、私が知るはずもないが。当然、社会構造もそれに応じたものへと変質し、やがてそれを模倣する共同体も現れた。
さて、この変化が当たり前になったとして、人間の三大欲求、中でも性欲はどうなるのかって?それも変化するのは自明なことさ。肉体の欲求である程度は済ませられる男と違って、私たちはどうやら「心」と「快楽」の二つをどうも求めてしまうそうだ。……同じ女なのに不思議なものだね。私はそうだとはいえないが、世の女の中には少々贅沢な者もいるようだよ。
現に、トリニティの一部の人間たち、それと、……あぁ、思い出した。ワイルドハント、あそこの人間たちだ。彼女たちは劣った勢力にある男たちを虐げては犯して、隷属していたそうだね。実に悍ましいだろう?清さや芸術を求めると聞こえはいいあの連中が、だよ?とんだお笑い種だ。ククク……。あぁ、失礼。人間はどこまでも本質は変わらないなぁ、とおかしくてたまらなかったのさ。外の世界だってそうじゃあないのかい?キヴォトスとは逆に、男共が女を色欲のシンボルとして好きにしてきたじゃあないか?私は腐っても医者さ。彼らがしてきたことが、生命の神秘を冒涜する行為だとよく知っているよ。
まぁ、最近ではそれがちょっとずつ変わってきているそうだね。ゲヘナでは万魔殿の議長殿が苛烈な政策で傷ついた孤児たちのための孤児院を建て、あのトリニティでは聖園ミカがお仲間の闇を告発して自ら支援団体への参加を認めたらしい。……やはり、人間様も変わるときにはこれでもかと変わるのかもしれないね。
あぁ、前置きが随分と長くなったね。私が何を言いたいのかって?そうさ、私はその構造に呪われた男たちに襲われかけたのさ、幼い頃にね。山海経は「伝統」を重んずると知っているかい?いや、知らなくてもいいさ。そういうものがあるとぼんやりでも知ってくれればいい。そこでは男はかなり悪い環境に置かれていたよ。名家での隷属なんてマシなものさ。夜の街での血生臭い見世物にされた者もいる。珍味の毒見だとしてコロリと逝った者もいる。惚れ薬のために血肉を好きにされた者もいる。……恐ろしいだろう?そういう歴史が重なれば、男たちもただでは黙っていない。彼らもまた、彼女らにかつてされたように虐げるんだ、何も知らない童女をね。その童女だった者が、昔の私さ。信じがたいって?私が嘘をつく輩だと思うかい?酷いねぇ……。
よく覚えているよ。父も母も知らない、天涯孤独そのものだった私を奴らは引き連れて行こうとしたんだ。住んでいた小屋の近くにあった川を見ていたときに、こう、ね、後ろから抱き着かれてね。流石に私は幼心に「あぁ、ダメだ」と思ったよ。今と違って、相応の力も知恵も何も持っていないときだったからさ。
そんなときにあの人はやってきたんだ。そう、君のお父さんさ。彼は本当に美しかったよ。私の身近にはいなかった、大人の男さ。それだけじゃあない。私を襲った奴らを力のままに倒していった。その勇ましさ、力そのもの!今でも昨日のように思い出せる。しかも、キヴォトス人でもないと知ったときは心が震えたよ。人間にはあれだけの可能性がある。そして、その力こそが人間を救うのだとね。……だからね、玲央君。彼の孫である君には一生をかけて大切な役割を与えよう。
……これから私と「ずっと」一緒にいることさ。
……そんなに嫌がることかい?おや、あぁ、そうだったね。君は奥空アヤネに惚れていたんだった。あぁ、君に話していなかったね。奥空アヤネは君と会っていない間、他の男に抱かれていたんだよ。それも、君が想像するよりも何度も何度も何度も、さ。……そんなに目を濁らせる必要なんてないだろう?きっと彼女は君を拒むに違いないよ。君のために闇の中を堂々巡りしていたんだからね。……もう、充分じゃあないかな?
奥空アヤネを忘れさせるほどのものを今からお見せしようか。
何、心配することはないさ。
私は腐っても医者だからね。
[newpage]
……失敗した。
誘うところは上手く行ったけれども、その気にさせる場面で怖がられてしまったみたいだ。あの子、玲央君くらいの背丈だったなぁ。でも、性格は玲央君と違ってひどく臆病すぎる。エッチすることに相当な抵抗がある、と言うのが近いかもしれない。身体の寂しさが中々消えてくれそうにない。
……玲央君の柔らかい手、玲央君の優しい舌。玲央君の小さくても硬いおちんちん。
それらが恋しい。でも、周りには誰もいない。仕方ない。自分の手で慰めるか。
服の上からおっぱいを揉んでみる。気持ちいい。
服の中に手を入れて乳首をつねる。気持ちいい。
パンツ越しに性器をいじる。気持ちいい。
近くにあった柱に股をこすりつける。気持ちいい。
……やっぱりダメだ。気持ちよさは感じられても、幸せな気持ちになれない。身体の疲れが重石みたいに重なり、身体がすぐに動いてくれない。あのときの玲央君が恋しくて仕方なかった。
あの廃屋にやっと着いた。あの日からずっと変わらず古びた姿のままだ。
それにしても、街中を歩くときに流れた音声が忘れられない。「シャーレの先生の親族の目撃情報はこちらに!」だなんて、明らかに玲央君しかいない。……もしかしたら、どこかで玲央君と会えるかも。いや、今の私が玲央君と会うなんてできるわけがない。いっそ、玲央君は私を忘れていれば、と願いたい。
「ただいま帰りました」
扉を開けた。部屋には……、カイさんと最も会いたくない男の子がいた。
「……え?」
――玲央君だ。彼はカイさんの上に座っている。
「あぁ、アヤネ君か。今日は君にいいものを見せたくてね。まぁ、見ての通り、そこらにいた男の子さ。どうしたんだい?そんなに暗い顔をして」
口の中がしょっぱい。眼鏡がズレそうになる。
嘘だ、私はきっと騙されているんだ、そうだ、そうに違いな。
「た、助けて。アヤネお姉ちゃん……」
あぁ、玲央君の声だ。
「怖がることはないだろう?アヤネ君は、奥空アヤネは君以外の子に抱かれてきたと何度言えば分かるんだい?そんな悪い子にはお仕置きをしなくてはねェ……」
カイさんの声。
それが聞こえたと思うと、カイさんは玲央君とキスをした。唾液の醜い音が静かな部屋によく響く。あぁ、そうだ。止めないと。玲央君は私のことが好きなんだ。止めないと、止めな、い、と……。動けない。身体はただ立っているだけのままだ。無理矢理にでもカイさんを止めないと。でも、でも……。
「ホォラ、玲央君。奥空アヤネはもう君のことを今では何とも思っていないんじゃあないかな?現に、君が弄ばれているのにただ見ているだけだ。本当に好きなのなら、この私のことを止めるはずさ。……だから言っただろう?楽になればいい、とね」
あ、玲央君がどんどん脱がされていく。カイさんの顔には段々と笑みが現れている。あれだけカイさんが感情を露わにするのは相当珍しい。普段は冷笑を思わせる態度ばかりの人も、こんな顔をするのか……。
「やめて、や、ヤダ……。そこは、やめて……」
「恥ずかしがることはないだろう?君が喜ぶことをしてあげているというのに。心外だなぁ。君は奥空アヤネしか知らないのだろう?初恋はいつだって実らないものだ。それは誰にでもあり得ることさ。……私もそうだった」
カイさんも昂ったからか、衣服も全て脱いで裸になった。磁器のように綺麗な肌だ。その肌が小さな玲央君のことを隠すように包んでいく。アビドスにある実家の近所にいた親子を思い出す。年相応の姿、というより幼さがにじみ出ている。
玲央君の身体に乗りかかろうとしたとき、突然、カイさんは立ち上がった。そして、近くにかけていた羽織を着た。あれほど夢中になっていたのに、どうして止めたのだろう。
「……今日はここまでにしようか。強引なセックスは趣味ではないからね。さて、今日は夜も遅い。2人は早く寝るように」
さっきまでの昂りが嘘のようだ。いつもの冷ややかな顔に戻ったカイさんは、部屋の扉を開け、奥へと進んでいった。しばらくして、その足音も聴こえなくなった。
[newpage]
私たちはカイさんの言う通り、2人だけで部屋にいる。中は粗末で、寝床と爪切り、歯ブラシ、スマホだけ。コンセントは周りが埃だらけだ。
「アヤネお姉ちゃん、今まで何をしていたの?」
答えたいけれど、口が動いてくれない。きっと、玲央君は私のことをずっと待っていたはず。私と会いたかったんだろうな。
「ごめんね、私……、玲央君と会っていない間、色んな仕事をしていたの。お手伝いとか、廃品回収とか、それと、えっと……、と、とにかく、色々と!……ね」
「そっか……、でも、「他の子に抱かれていた」ってあのお姉さんがそう言ってたよね?……嘘はつかなくていいよ」
「え?ど、どうして?」
思わず声に出てしまった。玲央君、まさか、いや、そんなはず……。
「……ごめんなさい、アヤネお姉ちゃん。僕、お姉ちゃんと会うまでにエッチなこと、しちゃってたんだ。お姉ちゃんがいなくて、寂しくて……。お父さんにはできないことなら僕はできるんだって、信じてたんだ」
「お父さんにはできないこと」、か……。私たちも人間である以上は避けられない気持ちを相手にすることか。あんなに小さい玲央君に背負わせるにはあまりにも大きすぎたんだ。でも、でも、私が、私が玲央君に教えてしまったばかりに……。
「どうしたの?……泣かないで、アヤネお姉ちゃん」
玲央君は静かに私を抱きしめてきた。さっきからどうも鼻が詰まって息がしづらいし、目が熱くなって仕方がない。
あぁ、そうか……。あのとき、私が自分に素直になって玲央君と逃げれば、それか、玲央君の傍にいれば……。彼がこうも苦しむことなんてなかったんだ。玲央君のことを思ってあげられれば……。
「アヤネお姉ちゃん?どうしたの?」
「……ねぇ、玲央君。教えて。私と会えていなかった間のこと」
聞きたい。いや、聞かないといけないんだ。玲央君があの間何をしていたのかを知るために、逃げた自分を戒めるために。
玲央君は私の思いを汲んでくれたのか、包み隠さず、全てを話してくれた。
セリカちゃんとエッチしたこと。
アビドス以外の他の学校の人とエッチしたこと。
そのエッチを「怖い」と恐れられては叱られたこと。
自分は間違ったことをずっとしてしまっていたこと。
そして、ホシノ先輩は私のことを許してくれそうにないこと。
ホシノ先輩の件はそう簡単には治りそうにないと確信できる。あの人は先輩からアビドスを託されたんだ。余所者である玲央君に滅茶苦茶にされたとなったら、耐えられないだろうな。私たちは共にここを出たとして、世界は果たして私たちを認めてくれるのかな。ホシノ先輩みたいに許さないとする人たちもいるはずだ。……怖い。
「どうしたの?」
「ううん、何でもないよ。私がいなくて寂しかったよね?」
「……うん。寂しかった。でもね、ネルお姉ちゃんは僕達のこと、応援するって言ってたよ。いや、応援だった、かな?」
嘘……。私たちのことを嫌いだと思わない人も、いるの?
「そんな……。私たちは、その、許されない関係なんだよ?きっと、その人がいたとしても、嘲る人も出てくるよ……。もし、それで玲央君が……、うッ……」
信じていいのか、断言できない。玲央君の顔を見る。あのときと同じく、顔のアザはよく目立つ。でも、瞳はあのときと違って、優しさも意志も強く感じられる。多分、あのお話の他にも色々と大変だったんだろうな……。
正直、まだ怖い。
でも、玲央君が嘘をついているようには見えない。
「ねぇ、玲央君。ちょっといいかな?」
「……?」
「今からここを出て逃げよう」
[newpage]
外を出たとき、夜は少しずつ明るくなってきていた。私たちはそれをじっくりと見ている余裕なんてない。身体は千切れそうなくらいの疲れに満ちていて、右手に感じる玲央君の掌の他に感じられない。
周りの景色は溶けるように崩れてはまた別の景色へと変わっていく。息は上がる。
そう、ここはブラックマーケットの中でも市街地とはかなり近い方だ。走れば誰かに見つかってもらえるはず。私はまたしても非難の嵐に遭ってもおかしくない。でも、今は玲央君がいる。彼と一緒なら怖くない。きっと、そうだ。
「玲央君!もうすぐで市街地に着くよ!大丈夫?」
「大、丈夫!僕も、まだ走れる!」
日は段々と昇り続ける。人の声も少しずつながら聴こえてくる。あそこに着けば私たちは、自由だ。
銃声。
急に景色が崩れたと思ったら、本来の形を取り戻すように止まった。半身がズキズキ痛む。それに、……足が痛い。もう少しで、もう少しで着くというのに。
「逃げられると思ったかい?……玲央君、君は私を見捨てて、昔の女を選んだようだね。それを後悔するんだね」
後ろから聴きなれた声がした。痛む身体を無理に動かして見ると、カイさんがいた。建物の陰の中から、私たちに話しかけているみたいだ。片手にはショットガンを抱えている。
「残念だよ、奥空アヤネ。君は私の助手として素質があったのにね。……都合のよいモルモット兼雑用係として」
あぁ、最初から演技だったんだ。私のことなんてそういう人間としか見ていない。玲央君を引き寄せるための餌でしかなかった。……悔しい。銃があれば、すぐに彼を守れるのに。
「……く、来るな!」
玲央君の声だ。私の前に立って、カイさんを止めようとしているの?……ダメだ。玲央君は先生と同じ身体だ。1発だけでも命取りになる。せめて、私が盾にならないと。でも、身体が動かない。足をかなり強く撃たれたからか、力を込めようとすると全身に響き渡るように痛む。動け、動け……!玲央君ばかりに背負わせないと決めたんだ!
「……フフッ。奥空アヤネを守るつもりかい?彼女は君を狂わせた女だ。私なら君を神をも超える者にできるし、君の望む夢も叶えてやろう。さぁ、私と来るんだ」
「アヤネお姉ちゃんに、手を出すな!」
「頑固ったらありゃないな、君は……。そう振る舞うのなら、私も本気でやらせてもらうよ」
やっと、立ち上がれた!玲央君を何とかして守らないと。
突然、私たちの前で大きな音がした。
砂埃も収まったと思うと、人影が見える。……鎖の音だ。それと、厚そうな上着と小さな身の丈。ホシノ先輩と同じっぽい。
「誰かなァ?私の邪魔をしないでもらえ」
「ア?あたしはそういうのは分かんねぇ無粋な女なんだ。悪かったな」
……もしかして、助けの人?両手に握られた大きな銃は朝日を浴びて煌めいている。
「ッたく……。銃も持ってねぇのに盾になろうとすんじゃねぇ!それに、父ちゃんたち、すげぇ心配してたぞ!ま、後で話はしてやるからそこで待ってろ、玲央」
玲央君の知り合い……?
「よりにもよってか……、美甘ネル!」
「遅くから仕事してんだ。あたしの射的練習の的になるってんなら許してやるよ。もう玲央たちに手を出させはしねぇ!すぐに終わらせてやるよ!」
美甘ネル……。確か、ミレニアムサイエンススクールの生徒さん、だっけ……?い、いやいや!それよりも、玲央君の話に出てきた「ネルお姉ちゃん」って、まさか……!
「……君のことは知っているよ。源一郎さんに救われた者同士、仲良くなれるとちょっとは思ってたんだ。現に、今のキヴォトスはあの人の力を求めている。彼に救われた君なら分かるだろう?彼のご子息だけではダメなんだ。そのためには」
ネルさんは遮るように、銃を放つ。静かな街中にその音はよく響いた。
「ゴタゴタ好きに言いやがって……。テメェの都合なんざ知ったことか!アイツがあの場にいたらお前を殴ってるだろうよ!馬鹿も大概にしやがれってな」
「今は話すらもしてくれそうにないみたい、か……。仕方ない。今日の所は引いてあげよう。ただ、私は諦めないよ。玲央君、君は私の希望そのものでもあるのだからね。努々、忘るることのないように……」
カイさんの声はしなくなった。そして、そこにはただ闇があるばかりだった。
「……逃げたか」
「ネルお姉ちゃん、追わないの?」
「追ってもまたやられるだけだ。ああいうヤツは碌でもねぇ仕掛けが好きだからな。追うなんてヤツの、……えっと、何だ、あぁ、そうだ、何かあったような」
「相手の思う壺、でしょ。ネル先輩」
またしても誰かの声だ。
「あ、それだ!って、エイミか。安心しろ、玲央も奥空アヤネも無事に守れた。これから飯食ってからD.U.自治区に戻るぞ」
「りょーかい。それにしてもまだまだ暑いねえ」
エイミと呼ばれた人を見る。……は、半裸だ。上着を着てはいても素肌を露わにしているからか、どうしても目移りしてしまう。しかも、どうもじんわりと熱い。
「もう安心して、玲央君。私たちがいるから怖くないよ」
「う、うん。ありがとう、……ごめん、なさい……!」
玲央君はエイミさんに抱き着くや否や、出せる限りの声を上げて泣き始めた。私よりも小さい身体なのに、こんなに大きな声を出せるのか……。
「お、オイオイ!そんなに泣くなよ!あたしらが泣かせたみてぇじゃねえかよ……。困るぜ」
ネルさんが喋った。そっと近づき、玲央君の手を握っている。
「私たちも心配してたからね。でも、生きててよかった……」
「……玲央君」
私はその手を彼の頭にのせた。髪の触り心地がとてもいい。こんなに小さくて幼いのに、辛い思いをさせてしまったんだ。でも、これからは私もいる。だから、怖がらないで。私も玲央君の力になりたいから。
[newpage]
あの後、私たちは市街地の拠点に向かった。先生もそこにいた。先生とは近況を話し合い、謝意をお伝えして、その場を離れた。美味しそうな香り……。近くで炊き出しがあるようだ。そこには、和装に似た格好の人がいた。青い髪に赤い角、真紅の瞳がよく目立つ。その子からおにぎりをもらった私たちは、近くで食べていた。
チセ、と名乗ったその子も私たちの輪に入ってきた。
「そっかぁ……。皆、大変だったんだね」
「大変どころの話じゃあねえよ。下手したらあたしら、命取りになるケガしてたかもしんねぇんだぞ」
「でもまぁ、皆が無事でよかった。だって、ネルお姉ちゃんがいなかったら僕は……」
「アーアー!そういうのはいいからとっとと食え!父ちゃんみてぇにデカくなれねぇぞ」
「ふーん……。背丈マウント取られたいんだ、ネル先輩。トキに伝えよっと」
「ンだコラ⁈ここで勝負してやってもいいんだぜ?アン?」
「ひぃん、ネル先輩、怖い……」
「お、落ち着いてよ皆……」
本当に他愛もない話ばかりだ。
懐かしい……。すぐは無理だとしても、私もいつか……。
「まぁ、あの申谷カイにしてはえらく諦めが早かったね。どうしてなんだろう?」
「ケッ、知るかよ。ヤツがどう考えてようがあたしらにゃ関係ねぇよ。それより飯だ!食うぞ!」
「オッケー。お米はまだまだあるよ~。玲央君は中身、何がいい?」
「アヤネお姉ちゃんは何食べたい?」
わ、私⁈えっと……。どうしようかな。
「私は、えっと……、シャケにしようかな」
「分かったよ~。これをこうして、……できたぁ。ハイ、どうぞ」
「ありがとう。ハイ、どうぞ」
「……ありがとう」
あぁ、玲央君はいい笑顔だ。この笑顔を見られるなら、どんな辛いことも乗り越えられそうだ。
[newpage]
砂漠には数十年に一度、花が咲くらしい。そのためには異常気象で雨が降る必要がある。そして、花は種を残した後、すぐに枯れ果ててしまうそうだ。……昔の私は次の代に残すことに注力しすぎた愚者だと思っていた。ただ、あの2人を見てからそうは思えなくなった。
邪な出会いでつながった奥空アヤネと玲央君。
そして、未来へと進もうとする2人。
あぁ、あの砂漠に咲く花たちもそうか。彼らも彼らで必死に生きているんだ。傍から歪んでいるとか、醜いとか言われても、彼らは何十年、何百年先もその生き方をし続けるのだろう。現に、奥空アヤネはその選択を選んだ。……あのアビドスに生きている彼女ならきっと知っていてもおかしくないな。
2人の未来に私はいない。多分ではない、これは確実だ。その命を確かなものにするための力、それを欲する私は関わることも難しいはずだ。
私の想いは終ぞ叶わなかった。
玲央君はこれからも私を拒み続けるに違いない。……どこまでも私は孤独だ。
……おかしいな。私はこんなことで萎れてしまうつもりなんてなかったはずだ。……結局、私も人間の子なのだな。おかしさの余り、乾いた笑いが喉から漏れ出てくる。
私は一体、どうやって、どこで咲けばいいのだろう?
投稿している作品は、どちらがいいですか。
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今のままシリーズだけで。
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作品個別で再投稿してほしい。
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個別だけにしてほしい。