※この作品はR-18です。

おねショタアーカイブ   作:交野平六

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 明けましておめでとうございます。
 今年もよろしくお願いします。
 今作は、第1作の続編です。続きながら、おねショタ要素はかなり薄いです。大変申し訳ございません。ただ、シリーズの結末や今後の展開を作る上で必要だと思ってここで形にしました。楽しんでくだされば光栄です。

 こちらの作品もpixivに投稿していますので、よろしければご覧ください。
《 https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=26871924 》


眩い闇

 こんな夢を見た。

 あの日、2人だけの家から玲央君と一緒に遠いどこかへ逃げる。もちろん、逃げる先なんて全く考えていない。その場の衝動で逃げるのだから当然だ。少しの財布をポケットに入れ、2人だけで夜の市街地を走り抜ける。街のネオンや歓声が騒がしい。でも、私と玲央君はそんなことを気にしない。だって、そこには私たち2人だけの世界が広がっているのだから。

 そうして、いわゆるブラックマーケットといわれる場所でひとまず生活をすることに。住まいにするにはお粗末な強度の小屋を家にし、布団、机、鏡、洗剤と最低限の備品をゴミ捨て場から集めて持ってくる。実際、ゴミ捨て場にも縄張りはある以上、スケバンやギャングに狙われそうになったが、それでも私には生きる希望があった。

――玲央君だ。

 日が沈む頃、いつもの小屋に帰るとそこには玲央君がいる。満足な食事ができないからか、少しやつれてしまっているがあの愛らしい顔立ちは崩れていない。私はいつもの通りに抱きしめ、互いの口を深く交わらせる。粗末な小屋なこともあって、迂闊に激しい動きをすると小屋そのものが揺れてしまう。そんなことは気にも止めなかった。そうして、廃棄されたお弁当や未開封の缶詰、雨水を濾した飲み水で夕食を食べて、捨てられた歯ブラシで歯を磨き、私たちは毎晩毎晩、互いを慰め合った。十分な食事もできなかったこともあってか、避妊をしなくても妊娠することなんてなかった。ただ、この生活をするにしてもどうにもならないものがあった。お金だ。

 私は生活をするために、ギャングやスケバンのヒモたちと何度も身体を重ねた。イくのが遅い人がいれば、中には乱暴なセックスをしてくる人もいた。私の相手をした人は壮年の男や中年に入ろうとする人相の悪い男だ。身体は反応しないだけに、相手をするのが辛かった。玲央君も同じようなことをスケバンやギャングの女たちにもしていたことは後で知った。彼は私のために、私は彼のために互いに身体を売ってはその日の夜に2人だけで慰め合った。それをすると、おにぎり1個をくれる人もいれば、飲み水3日分をくれる人、拳銃や弾丸をくれる人、さらには高額の小切手をくれる人が出てきた。貧しかった私たちの生活は少しずつながら余裕が出てきた。

――そんなときだ。

 ある日、桃やパイナップルの缶詰をもらえた日のことだ。いつもの小屋に帰ろうとしたとき、ある臭いが小屋から漂ってきた。この臭い……。いや、まさか。

 急いで小屋に向かう。

 夕日が、入口の奥にいる少年を照らしていた。

 そこには、何も言わず、血潮に身を埋める玲央君がいた。

 全身から血の気が引いた。彼の肩をゆすった。動かない。心音もしない。脈もない。何よりもその身体は、冷たかった。首筋には鋭利な剃刀が刺さっていて、殺されてかなり時間が経っていたことがすぐに分かった。大方、スケバンによってやられたのだろう。

 私にとって、希望そのものであった少年はもう、この世にいない。

 その事実を実感したとき、私は剃刀を自分の喉元に向けていたことに気づいた。悲惨な目に遭った女が話を聴いてくれた男の心臓を刺して自分も死のうとする「心臓のキッス」をしようと提案する小説を思い出した。このまま喉元にこの剃刀を刺せば私も玲央君と一緒になれるんだ。そう言い聞かせて私は剃刀を一旦、離した。

 そして……。

 

 ……またこの夢か。

 目が覚めた私の周りは、夢の中にあった小屋ではなく、蚊がぶんぶん飛ぶ青空、不気味な冷たさのコンクリート、そして、いかがわしいお店の数々。夢の虚しさを教えさせられたような気分だ。

日も眩しい。腰の近くには空の容器、ペットボトル、そして拳銃がある。通りには身だしなみを整えた人が多い。えーと、朝、なのだろうか。何日も食べ損ねたからか、お腹も音を鳴らす余裕すらない。身体もどこかだるい。身体と意識がはっきりと分かれてしまっている、みたいだ。

 あの日、私は心から想いを寄せた少年の「初めて」を奪った。彼は皆が憧れる「先生」の息子で、かつていじめられていた過去から世界そのものに怖がっていた。この私も周りの子たちと比べて優れたものがない。そんな過去を乗り越えたきっかけが「ペドフィリア」、いわゆるショタコンだった。小さい男の子の健気な姿は、女の私にはないものばかりを輝かせている。

 羨ましかった。

 美しかった。

 そして、自分の一部にしたかった。

 そうすれば、こんな私でも前に進めると思った。

 だが、あの日の少年はそんな私の身勝手な意思を崩してしまった。彼は小さな身体に似合わない、大きな闇を抱えていた。かつての自分を見ている気分になった。自分のように腐った人間になってほしくない。そう願うばかり、ではなかった。かつて男の子に抱えた劣情が彼によって同時に湧きあがってきた。

 彼を守ってよい方向へ導きたい。

 彼を私の色欲に染め上げたい。

 2つの心のせめぎあいの果てに、……私は、いや、私たちは一線を越えた。私は彼の純粋な想いを都合のいいように解釈して貪った。思えば、途中から積極的に攻めてきた彼の姿を全身で受け止めたときはその愚かさを実感した。

 当然、こんなことをした私は最早アビドスにはいられない。そこに至るまでの長い言い訳をつらつら連ねた手記を、皆の思い出が詰まった会議室に置いた。当然、腕章も、首からかけるプレートもそこに捨てた。遅かれ早かれ、こんな真似をした自分に相応しい真似と言い聞かせる一方で、皆への未練が残っていた。皮肉だなぁ。かつて、先生と協力してカイザーコーポレーションの悪事を食い止めたときのホシノ先輩は対策員会をやめると手紙で残したのを思い出す。ホシノ先輩は対策委員会に帰ってきたが、私はとてもそれができそうにないようだ。

 ……そうしてこのブラックマーケットへとさ迷って、何日経ったのだろう。メガネはレンズがくすみ、伸びに伸びた髪も生臭くなってしまい、身体からは酸っぱい臭いや血の臭いが染みついてしまった。服だって、とても人前に立てる姿ではない。煤や火薬の臭い、汗や垢での汚れに染まっている。脱いでしまいたいが、ここで脱ぐと犯罪者に襲われてしまいかねない。

 それよりも、お腹が減った。食べたい。そういえば、何日経ったのだろう。どこかの団体の炊き出し、雨水、道端の雑草を食べては食べ損ねて、気づいたら、激しくなる暑さに倒れそうになる。心の中では、生きるためなら何でもしないと明日には死ぬ、だからなりふり構ってはいられないと言い聞かせても身体が動かない。自分のことをしっかりと育ててくれた両親が憎らしくてしょうがない。両親の教えがなければ迷わず逞しく生きられたろうに。

前にあるのは、飲食店だろうか。まだ開店していないみたいだ。あそこの食べ物を奪ってしまおうか。でも、腕っぷしのない私にはそんな真似はできない。

 

「おいアンタ。こんなトコで横になってたら死んじまうぞ」

 子どもというより青年らしい声だ。その声のする方向に目線を向ける。

 私よりも身の丈が随分と小さそうな少年だ。ただ、その少年の背後には、大きくて太い何かが見えた。

「あ、え、えと、君は、誰なの……?」

「あ、俺のコト?俺はクロト。ま、ここらで仕事してるンだ。よろしくな」

 彼が歩くとその何かがすぐに分かった。彼の背中からは、タコやイカのような触手が生えていた。しかも、その長さは当の本人の身の丈よりも長そうだ。その触手は切り込みを入れたシャツから出ている。無駄のない動きを見るに、先天的なものだろう。

「ンだよ?ジロジロ見んな。見世モンじゃねーぞ」

 気が強そうだ。私と違って、この子は幼い頃からここにいたみたい。あのときの少年、玲央君と違って口が悪いな。でも、永く誰とも会っていない私には彼のようなぶっきらぼうな子どもでも嬉しかった。

「ンで、ここで何してンだ?何だか、顔色がワリーぜ。どこか苦しいのか?」

「えぇ、苦しいは苦しいとしても、何日も食べていなくて……」

「そっか。まぁ、いいぜ。俺も何日も食えねーときもあるからよ。ここの近くのエンジェル24、弁当とかの食いモンをまだ食える内に捨てちまうんだぜ。信じらんねーだろ。そうするクレーなら俺らが食ってやるのが飯にとっちゃありがてーよな」

 あれ?私、暑さでおかしくなってしまった?彼の言うこと全てが別世界の住人か何かのように聞こえてくる。

「まぁ、安心しな。今から取ってきてやっから」

 背中の触手をわなわなと動かしながら、目の前の少年は近くにあるとされるエンジェル24へ向かった、ようだ。しばらくすると、遠くからブザーやサイレン、銃声がやかましく鳴り響く。そうしていると、彼は戻ってきた。それも、両手に何かの容器を持って。

「待たせたな。見ろ!肉弁当に野菜たっぷりの麺だ。食うか?」

 本当に持って来た……。それも、美味しそうなものを。

「お。ここは人目がついて狙われちまう。目立たねぇトコに行かねぇと」

 背中の触手が伸びて私の腕に絡みつく。そして、彼は私を引っ張ってその場から逃げた。お弁当は他の触手で抑えることで、崩れるのを防いでいるみたいだ。

 それにしても、クロトと名乗ったこの少年の背中にどうしても目が行ってしまう。背中から大樹か何かのように生える触手は夏の日差しを浴びて、青みがかった斑点を生々しく輝かせる。このキヴォトスでは動物の耳を持つ人、背中に翼を持つ人、角を生やした人がいる。私のいたアビドスでも、友達と先輩にも動物の耳があった。かつて、シャーレに着任したばかりの先生と共にカイザーコーポレーションの悪事を食い止めたとき、ブラックマーケットで世にも珍しい見た目のバイヤーがいると噂で聞いていたが、まさか、それが本当だったとは……。それも、自分よりも玲央君よりも小さな少年だとは……。世の中、何が起きるか分からない。

 走りに走った私たちは、寂れた商店街で食事をとることにした。

 お弁当はというと、先程まで急いで走った後とは思えない程、綺麗な状態のまま容器の中に入っていた。何の因果か、彼の持ってきたお弁当は肉弁当、そしてパスタサラダであった。あの日の景色が頭の中に蘇ってくる……。

 ソファの上でした、初めてのディープキス。

 初めて異性に胸を揉まれたときの感触。

 風呂場へ行くときの玲央君の赤らむ頬と耳たぶ。

 精通で出てきたザーメンの苦くも濃い味。

 そして、加減も知らずに必死に欲求をぶつける玲央君。

「どした?無理なら食わなくてもいいぜ」

 いけない、はずかしい姿を見せてしまった。

「あ、何でもないよ。ア、アハハ。ここで食べるの?」

「そうだぜ。ま、腹減ってるし、食おーぜ。いただきますッ!」

 言うや否や、触手の少年はスプーンで口にお肉やご飯をかき込んだ。蕎麦を食べているわけでもないのに、ズゾゾゾゾとすする音を立てる。よく見ると、そのスプーンを持つ手は握り拳を作るような形をしている。家族はどうしているのか、という疑問をかけるのは野暮だと思った。

 私も彼が持ってきてくれたパスタサラダを身体に流し込んだ。思えば、しっかりとした固形物を食べるなんていつぶりなんだろう。味付けされたパスタの丸っこさ、柔らかさ、喉越しの良さ。加えて、シーチキンの硬さや甘さ、キャベツの小ささが消えかかった食欲を湧きたたせる。久しぶりの美味しい食べ物に、私は、さっきまでの罪悪感を忘れた。

 美味しい食べ物を完食し、私たちはしばらくお話をした。

「その、クロト君はさ、どうしてここで生活をしているの?」

「どうして、って、そりゃあ、ここが仕事する場所だからな」

「仕事?このブラックマーケットでどんなことをしているの?」

「ブラックマーケット?初めて聞いたな、その言葉。まぁ、俺の場合は店で売れそうにねぇモンを売ってるのさ。大変だけどすげぇ褒めてくれるんだぜ。加えて、仕事してればおっさん共が生活を守ってくれるしな。そーゆーアンタはどうしてここにいンだ?」

「私は……。ちょっと、その……」

「お、おいおい、言わなくていい。余程のことをしでかしたんだろ?」

 その通り。とても他人にはいえない、愚かしいことをね。

「まぁ、ここなんてワケあって生活してる奴らがいるしさ。皆、自分は自分、他人は他人と割り切って暮らしてるのさ。まぁ、そうだな。俺の仕事は「ヴァルキューレ」、「セーギジツゲンイインカイ」、「フーキイーンカイ」って奴らと戦うこともあって大変だな。でもよ、仕事すりゃ金に加えてホカホカの食いモンも美味いエナドリも冷てーアイスもエロいビニ本ももらえンだ!アンタもこの仕事、やってみるか?」

 眩しい。丁度、夏の日差しの下で自分の身の上を話すクロト君を、たまらなく、抱きしめたかった。でも、ここで抱きしめれば玲央君のときのように、一線を越えてしまいそうで怖い。

「私は、どうしようかな?……君と違って、私は体力に自信がないし、やっても足手まといになりそうで」

「そんなの気にして何になンだよ!ここでは生きるためにはゼータクなんか言ってらんねぇだろ!ま、アンタみてーに外から来た奴の未来はそうして何もやらずに死ぬか、何かやって死ぬか、覚悟決めて生きるか、そのどれかでしかねぇからな。アンタはどうすンだ?俺はバカだけどもがきにもがいてこうして生きてる。アンタもここで生きるってことはそーゆー覚悟が必要だぜ?」

 玲央君と近そうな年頃の子にここまで言われるなんて、自分が嫌いになる。私はあの日の面影を忘れられずにいるのだろうか。いや、あの日からずっと一歩先を歩こうともしていないのだろうか。前まで生きていた場所では借金の返済などの目的があったが、ここではそんな目標なんてない。むしろ、彼の言うように、迷っていたら飢えて死ぬ世界だ。だが、ここで「迷わない」選択をして皆に迷惑をかけたら、と思うと躊躇いが生まれてしまう。

 日差しはジリジリと暑くなる。目の前の少年は何も言わずに私を見つめる。毒々しい色を放つ触手の模様が、目か何かのように見える。顎に滴る汗の音が聴こえそうだ。

「私も、その……、うん……」

 私の中では躊躇いがあった。生きるためにはどんなことだってする必要がある。でも、セリカちゃん、シロコ先輩、ノノミ先輩、ホシノ先輩、先生、そして玲央君、皆の顔が浮かぶと苦しくなる。……でも、しでかしたことの大きさを考えると、何も選べなくなる。

「君のしているお仕事、私もやらせて。……明日の朝、さっきの、建物の隙間に、集合、で、いいかな……」

 冷たい目をしていたクロト君は、眉間を緩め、軽くため息をついた。

「まぁ、ここで生きるってんなら俺も助けるぜ。何でも教えるからさ。とにかく、さっきの飯屋に明日の朝、集合ってワケか。いいぜ」

 か、可愛い……。クシャッと笑うときに見せる、悪意のない笑顔。かつての私なら抱き潰してディープキスをしてあげたいと思った程だ。どこか大人びている彼のこういう年相応なところがたまらなくいじらしい。

「ありがとう、私のためにお弁当を持ってきてくれて」

「気にすンな。こんなトコで会うのも何かの縁ってヤツだ。じゃあな」

 晴れあがった空には一つも曇りがなかった。その空の下を、クロト君は去っていった。

 

 飢えを満たされた私は、先程まで過ごしていた建物の隙間に戻った。久しぶりの食事は心も身体も癒された気分で、とても幸せだ。今までは食事も休息もままならない日が続いていただけに、あのパスタサラダはいつにも増して美味しかった。身体も穏やかな気分になり、周りの景色も聴こえてくる音もぼんやりとしてくる。夏にも関わらず、まどろみの中へ私は沈んだ。

 重い瞼を開けようとすると、オレンジ色が迫ってくる。通りの人もその数が少ない、ようだ。セミが綺麗な声を上げて鳴いている。そうか……、今は夕方になったのか。

 今日出会った触手の少年の姿、声、淡々とした振る舞いが頭に浮かぶ。私もブラックマーケットにいる以上、普通の生活なんて夢のまた夢だ。彼のように、しぶとく、逞しく生きるなんて難しい。でも、ここで迷っている暇なんてない。どうしようかと迷っている間にも命の危機は常に隣り合わせ。どんな仕事だってやってやる。私の苦手な力仕事も、身体を売る仕事も、ブツを売る仕事だって。

 寝ぼけた身体を動かそうとしたとき、何か、恐ろしい気配を後ろから感じた。

「やぁ、こんにちは。こんなところにいたら危ないよ、お嬢さん」

 夕日を浴びる通りに向かって歩こうとした私にとって、後ろにいると思われる人物は艶めかしい声で私に話しかけた。

「君、その身なりを見るにこの一帯での生活に慣れているとは言い難いね」

「ま、まぁ、その通りです……。あなたは一体?」

「名乗るような女じゃアないさ。ただ、ここで死んでも構わないならね」

「し、死ぬ……。何かまずい状況にいるんですか、私は」

「当然さ。さっきまで気絶するように寝ていただろう?瘦せ細った君があれだけぐっすりと寝ているとなると、食事かな?長期間の絶食からの食事で身体が絶えられずに気絶したのだろうね。こんな場所で気絶するなんて命知らずだよ。ここを支配するギャングの慰み物にされてしまうよ」

「そんな……」

 暗い空間に生温い風が走ってくる。その度に脂汗がドロリと首筋を伝う。

「その顔、私が何を言いたのか、と思っているね?ククク、気にすることなんてないさ。私と協力すれば衣食住に困ることなんてないよ。それに相応しい仕事だってたくさん任せてあげよう」

「し、仕事ですか……。こんな私なんて、力仕事はできませんよ?」

 衣食住に困らない。この言葉を聴いて、クロト君のことが頭にまたよぎってしまう。彼のしているバイヤーは危うそうな仕事だ。スケバンやギャングとも戦わないといけないだろう。でも、何事にも諦めない根気強さを持つ彼の傍にいればきっと苦しいことも乗り越えられそうだ。だが、彼に手を貸せば増々委員会の皆や先生、そして玲央君の下に戻ることが難しくなるのではないか……。

「……それに、私には戻らないといけない居場所があるんです。あなたに手を貸せば、そこにいる大切な人たちに迷惑はかかりませんか?」

 拳銃を構えたにも関わらず、目の前にいる女はクツクツと喉を震わせて笑う。

「あぁ、もちろんさ。大切な人たちに迷惑なんてかからない。君が私の言う通りにすればいいだけさ。とどのつまり、私たちに協力をしてくれることでよいのかな?」

 ……ダメだ。私には、彼のような逞しさなんて持っていない。私はこうする他にない。私は首を縦に頷いた。項に垂れた脂汗はすっかり乾いている。

「それはありがたい。なら、私の研究所へ案内しよう」

 そう言って、女は私の横を横切った。横切るとき、ハーブや薬草の香りが鼻へと流れ込んでくる。そして、通りを照らす陽の光が段々と女の姿を照らす。

 白と黒の2色に染まった長い髪。

 身体に密着したチャイナドレスのような黒のワンピース。

 そのワンピースから露わになる細い腕と足。

 そして、人形劇の人形のような本心の分からない、不敵な笑みを見せる顔。

「そうだね、名前を名乗っていなかったね。私の名前は申谷カイ。君は?」

 ……あの申谷カイに、声を掛けられた。最悪な選択をしてしまったみたいだ。私は彼女に名乗った。乾いたはずの項に、ドロリと脂汗が流れ始める。

「これからもよろしく頼むよ、奥空アヤネ君」

 眩しい光に満ちているはずの通りは、眩い闇にしか見えない。

 

 連れていかれた研究所は、寂れた廃病院であった。

「まぁ、心配しないでいたまえよ。ここも拠点の一部だからね」

「一部、ですか?」

「あぁ、私の仕事は少々危ういものを扱っていてね。錬丹術研究会の部下たちの協力もあって、他の自治区にもこういった研究所はたくさんあるのさ」

 流石、大罪を犯したとして有名な七囚人の一角だけある。自身の研究を進めるためなら、発見されることへのリスクマネジメントにも力を入れる彼女はそれなりに筋が通っていると感じる。いわゆる、中学生が一度は抱える「社会に反するアウトローへの憧れ」に近い気持ちが湧きあがる。きっと、彼女の研究は他人を救うための研究で、人道的な側面さえどうにかすれば解決するに違いない、はずだ。

 彼女、カイさんは入口の鍵を開け、建物の中へ入る。後をついていくと、とある部屋の前に着いた。部屋の扉を開けると、そこは研究室であった。

 積み重ねてある和綴じの本。

 薬草や冬虫夏草の不気味な標本。

 履歴書のような用紙をたくさん束ねたファイル。

 体温計や木の棒、ライトなどの小物の数々。

 そして、見開きのまま置かれた新聞記事のスクラップブック。

 開かれた記事には、どこかで見覚えのある人が中心としてまとめられている。中年の男、だろうか。それにしても、彼の顔立ち、どうも玲央君に似ているような。

「おっと、それはまだ早いよ」

 カイさんが右肩に手をかける。普段の不敵な笑みに、底知れない何かを感じた。怖い。その流れのまま、スクラップブックを片付けたカイさんは椅子に座った。

「フゥ、あのスクラップブック、随分と見入っていたね。君、源一郎さんに興味があるのかい?」

 源一郎さん、か……。確か、先生のお父さんと同じ名前、待てよ?玲央君と顔が似ているのも、もしかして……。

「その、カイさん。源一郎さんの左手は義手でしたか?」

「ホホォ、君、源一郎さんのことを知っているようだね。その通りさ、あの人の左手は義手だった、それも、このキヴォトスで作られた当時最新鋭の筋電義手だよ。今でもよく覚えているよ、かつて助けられたあの日のことを」

 ランプの明かりはチロチロと私たちを照らす。

「あのとき、私はまだ幼くてね。力も知恵もない、ただの子どもだったさ。いつだって、子どもを食い物にする大人はいる。その毒牙にかかりそうになった私をあの人は助けてくれた。あのときの大きな背、賊徒を滅する姿、そして等しく人々を愛する態度!……すまない、少し、夢中になってしまって」

「そんなにすごいんですね、源一郎さんは」

「ここまで来たなら、単刀直入に言おう。私の計画はこの手で源一郎さんを蘇らせることだ。かつてのキヴォトスは彼の手で友愛の世界に近づきつつあったらしい。だが、鬼籍に入ってしまってから、このキヴォトスはかつての争いばかりの醜い世界になってしまった。……源一郎さんのような、力、意志、そして人格。それを備えた人間をこの私の手で再臨せしめ、キヴォトスを幸せな世界に作るんだ」

 それはまさに、夢物語のように思えた。だが、夢のように見えて、それに救いを求める私が心のどこかにいた。かつて、自分の悲願を踏みにじった顔の見えない生徒。きっと、カイさんも彼らのような人間を憎んでいるのだろう。

 ランプの明かりがさらに激しくなる。もう、ここで迷うことなど頭になかった。

「その仕事、手伝わせてください。どんな汚れ仕事もします。このキヴォトスを平和にできるのなら、愛する人も幸せにできるなら……」

 視界が急に潤んできた。心の中で溜まっていた思い、辛さ、憤り、全てが出た気がする。そうだ、簡単なことだ。玲央君が幸せになってほしい。そう思うと、幸せな気持ちに満たされてくる。

 ランプの明かりはようやく落ち着いてきた。夏の夜の明かりには丁度良い位に。

「……フフフ。流石だね。私の研究に協力するのかい?なら、少々身体を使う仕事をやってもらうよ。そうだね……、幼い男の子を抱いてもらおうかな?」

「はい」

「そこは即答か……。前に雇ったマイア君、アズサ君はすぐにやめてしまったが、余程肝の据わった君なら目標を叶えることも簡単だろう、フフフ……」

 カイさんは目を細めた。それも口角を上げて。

 私は頭の中で、もう逢えない玲央君のことを浮かべた。彼が幸せでいられるキヴォトスを作るためならば、私は地獄に落ちても構わない。

 

 それからしばらく時間が経った。カイさんから頼まれた、男の子とエッチする仕事を私はこなしている。彼女からは「男の子とエッチするとなると、君はとても流暢になるねぇ。相手がエクスタシーに長く至れる上に、検体としてのサンプルも体液も質がいい。予てから研究を進めた仙丹との組み合わせが楽しみだよ」と絶賛される毎日だ。衣食住も山海経の関係者からの支援が中心となっていて、そこそこ恵まれている。一日三食、入浴も睡眠も十分にできる。容姿の手入れも専門の関係者の助けで魅力あふれる姿になれる。思いの外、楽しい毎日だ。報酬となるお金こそはもらえないものの、衣食住、読書や新聞、ラジオなどの娯楽は有り余る程の充実っぷり。幸せだ。

 

 ねぇ、玲央君。私はね、君が幸せに生きられる世界を作るために遠い所でも頑張っているよ。いつか逢える、そのときは君と一緒に過ごしたいな。だから、今は独りで寂しくても耐え抜いて。いつか、私から迎えに行くから。

 




 今回出てきたオリキャラのクロト君は現在構想中の別シリーズで主要人物として出すつもりです。開始は未定ですが、今年の内には確実に書きます。どうかお待ちください。

投稿している作品は、どちらがいいですか。

  • 今のままシリーズだけで。
  • 作品個別で再投稿してほしい。
  • 個別だけにしてほしい。
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