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《 https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=26941096#8 》
「セイア様。来週、シャーレに伺ってみますか?」
誰かに声を掛けられた。患者衣を長らく身につけたからか、かつて着ていた制服が重苦しい。手すりをつかもうにも、布に遮られてしまって握れない。何より、意識ではこう動かしたいと思ってもすぐに動かない身体がいやになる。カントといった「西洋」の哲学者らに通底する「肉体と精神は異なる存在」という思想を形にしている気分だ。
「あぁ、そうしよう。少し、待っていてくれ」
ようやく、身体と意識が合わさってきた。長椅子から立ち上がると、昼の陽気が背中に伝わってくる。とても暖かい。目の前には紫色のツインテールの少女がいる。彼女は体格が私と近いものの、服の上からでもはっきりと分かる大きさのを備えている。
「さてと、来週のシャーレでは何をするのかな?」
「来週はですね、先生へのご挨拶に伺おうと考えているんです。ミカ様とナギサ様は既に先生とお会いなさっていますから、是非ともセイア様も、と思っていましたが……、その、無理でしたら最近流行っているオンラインでも」
「いや、体調については心配しないでいい。それにだ、ハナエ。君よりもミネの方が挨拶をするには相応しいんじゃないかい?」
ツインテールの少女、ハナエは少し気まずそうに目をそらす。
「申し訳ございません。今、団長は自治区の警護及び負傷者の治療に当たっているそうです。それで私が代理としてここに参りました」
「……あぁ、そうだったね。例の騒動で、この自治区でも非合法組織が暴れているらしいね。それに、その組織を止めるために、正義実現委員会もかなり強引な手段を用いていると聞いている。ミネもツルギも、休む暇すらないだろう。私も彼女たちのように力があれば……」
「……仰る気持ちも分かります。ただ、それをすることは団長の、ツルギさんのご意思を無下にするかもしれません。その騒動を自ら止めた先生もようやくシャーレに戻れた今、改めて私たちで謝意を伝える必要がありそうです……」
ハナエの言う通りだ。現在、このトリニティ自治区はエデン条約による騒動で犯罪が横行しやすくなってしまった、らしい。「らしい」と言い表したのは、この時期の私は重体に陥ったために、介入することが叶わなかったからだ。他人の言葉でいう「夢の世界」と思しき場所にて私は誰かに助けを求めた、気がする。その場所で出会った人物、それがハナエのいう「先生」なのだろうか。そのときは存在そのものを感じていただけで、どんな容姿か、どんな声なのか、どんな雰囲気なのかまでは分からない。
それでも、他人をすぐに信じようとしないミカがあれ程信頼していること、私だけでは解決できなかったアリウス分校との緊張の緩和、ゲヘナ学園との条約締結と様々な問題を解決したことと、一人の人間ではなしえないような偉業を実現した人物である。個人の意思としても、ティーパーティーのホストの一人としてもお目にかかりたいものだ。
「承知した。ミカ、ナギサの2人にもこのことを伝えよう。そうなったら、来週の準備をしなくては」
「はい!このハナエ、セイア様をお守りします!」
ハナエは治療の際にチェンソーを使おうとするなど少々極端な方向に解決論を運ぶ性分もあるが、心意気は救護騎士団としての素質がある生徒だ。まぁ、ミネ本人は経験を積ませる意図で私の護衛に任命したのだろう。彼女の活気あふれる姿を見ると、かつて兄と一緒にいた頃の自分を思い出してしまう。全てに希望を見いだせると思っていたときの私。頭に浮かべるだけで恥ずかしくもどこか懐かしさが湧きあがる。
「それなら安心だ。少し、外の風を浴びようかな」
風を感じる。項に髪の付く感触。汗ばんだ肌。短い毛の生えた耳が風になびく。
――今、私は生きていると実感する。
前髪が右目の視界を遮ったとき、ハナエから声を掛けられた。
「セイア様!例の薬剤を服用しましょうね」
「あぁ、そうだったね。今行くよ」
私は風の止んだ外に背を向けて歩いた。
[newpage]
今はハナエが持っている「例の薬剤」、それは治療の副作用を抑えるものだ。服用する私自身はあまり詳しくないが、私はときおり、自分の意識が混濁するときがあり、それをいくらか抑えてくれるらしい。実際、意識がそうなるとき、身体の奥が火照ったように熱くなり、また、自分が虚しくなることが多い。自分で自分を分析するなんて柄でもないが、おそらく、重体になったことで「死」そのものに怯えるようになってしまった、のだろうか……。
だが、それにしてはどうも引っかかるところがある。その状態になってしまった私を見た人が皆、心配と侮蔑の顔をすることが多い。どうしてなのだろう?ミカも、ナギサも、ミネも、誰も話そうとしない。何なら、鎮静剤がどんな役割であるのかも説明しようとしない。皆、私に伝えるとまずいことでもあるかのように口ごもってしまう。
ただ、私も服用を忘れてしまってそれが起きたとき、共通点があった。
汗ばんでヒリヒリと痛む身体。着崩れた衣服。
そして、魂が抜けたような徒労感。
それが何度も起きるにつれ、周りも配慮するようになった。手を引っ張られる感触がして、気づいたら着崩れた服のまま誰もいない部屋にて横になった状態で意識が覚める。そのときは決まって、秘部や胸が赤く染まっていて、ズキズキ痛む。私が拒んでも服用するように、と厳しく注意される。
私の身に何が起きているのか、いや、そのときに私は何をしているのか、それが分からない。自分の身体が怖くなる。意識だけがさ迷い始めたあの日から、自分が自分でなくなるような……。
今、丁度目の前にその薬がある。薬そのものはそれほど大きくはないが、口に含んだときの味は腐った牛乳、または、保存の悪いヨーグルトのような嫌な味。服用するのも一苦労だ。右手に一粒取り、口に含んだその直後にコップの水で身体の奥へ流し込む。そして、口の中の苦みがないことを確認する。……つくづく、難儀な習慣ができてしまったようだ。皆は助かったことを喜んでいるが、私としては薬の苦しみ、いつ起きるか分からない混濁と隣り合う毎日は辛い。いっそのこと、ツルギやミカ、ミネのように強靭な身体の持ち主に生まれたかった。だが、その身体になれば強い身体であることが当たり前になって、却ってまた別の妬みが生まれる。どうしたらよいものか……。
近くに置いてあるスマホから音が鳴る。この音は……、確か、モモトークだったか。
イカ墨のように染まった画面が明るくなったと思うと、通知が表示された。
「おはようございます!救護騎士団のハナエです。お忙しいところかもしれませんが、明日はシャーレの先生とご対面です。時間は9:00、場所は……」
ハナエからのメール、か。
差し入れも準備を終え、服用するための薬、非常食、予備の金銭も確認した。集合場所となる列車の駅は今いる場所からそう遠くはない。あまり早い時間に出発をしなくても、その場所に着くだろう。
立ち上がり、部屋の窓を開けた。晩夏の暑さは和らぎ、程よい涼しさの風が部屋に入り込んでくる。心地よい。今は、この身体に、この命に感謝を。
目が覚めると、強い光がやってきた。尻の感触、背もたれ。そうだった。今は列車の中。シャーレがあるD.U.自治区に向かう列車に私は乗っている。
「お疲れですか、セイア様。こちら、駅員さんからいただいたモモフレンズの酔い止めです」
向かいに座るハナエが何かを差し出す。その手には飴がある。このキャラクター、確か、ナギサがよく話しているキャラクターのような……。
「どうされました?」
「なんでもない。どこかでこのキャラクターを見たような気がしてね」
「このキャラですか?この子はモモフレンズのペロロです。私の友達でも好きな子が何人かいますよ。ただ、やはり人気というと、ミネ団長のように多くの子たちはウェーブキャットやスカルマンに集中しています」
「そんなことはないさ。このおどけた顔立ち、模写しやすい姿。老若男女関係なく愛される素養はあるよ」
「そうであってほしいですね……」
この飴、いや、酔い止めを手に取る。普段の制服と違って掌が露わになったためか、ビニールの感触がよく伝わる。横にあるねじれで翼を、他は白色の印刷に顔や鶏冠を表しているのか。面白い発想だ。転がす度に包装の音がシャカシャカ鳴る。包装を開くと、酔い止めが出てきた。見た目は飴とそう変わらない。口に頬張ると、甘酸っぱさが口の中に広がった。
「ハ、ハナエ……。この味は……?」
「す、すみません!それはザクロ味でした!え、えっと、本来お渡ししたかった味は、うんと、あ、こ、こちらのリンゴ味でした……。申し訳ございません……」
「いや、気にすることはない。私はザクロが苦手というわけではないからね。最初こそ驚いたが、しばらく口に含むと、案外、美味しく感じられそうだ」
「す、すみません……。いつもこうしてドジばかり踏んでしまって……」
列車からの日差しがハナエを照りつける。皮肉にも私に失態を見せてしまったことを苦ているハナエを煽るかのようだ、と考えるのも申し訳なくなってくる。
「ドジではないさ。ミネからも聞いているよ、君は騎士団の仕事を懸命に頑張っているとね。失敗なんて誰でもすることさ。次にしなければいいだけのことさ」
「も、申し訳ございません……。昔から頑張っても頑張っても空回りすることがどうも多くて……」
ハナエは中等部の頃から何事にも献身的な態度を貫く人柄だと聞いている。彼女も彼女で他人にはいえない悩みを抱えているみたいだ。
「私なんて、どうしても友達ができなくて大変でした。女の子たちからは身体で妬まれて、ドジをあざといと思われて、男の子たちからは嫌な目線で見られて、冷やかしで声を掛けられて、本当に友達といえる人なんて数える程しかできませんでした。その友達も近隣の男子校や他の公立学校に行ってしまって連絡もできなくて、……苦しいです」
静かに相槌を打った私は、俯くハナエの頭を撫でた。
「セ、セイア様?」
「辛かったね、ハナエ。今の君には先生がいる。そういった悩みも先生に相談すればきっと気持ちも少しは楽になるかもしれないよ」
ハナエの潤んだ目の周りが赤くなっている。普段は明るい彼女だけに、周りに無茶をする様子を見せずにここまできたのだろう。ここでは私が彼女の本音を受け止めなくては。
「ッて、も、申し訳ございません!列車の中でこ、こうも泣き崩れるなんて恥ずかしい、です……」
「まぁ、そう言わずに。そういえば、負傷した先生のお傍にいる機会が多かったんじゃないかな?そのときのお話をたくさん話してほしい。私も興味があるからね」
「わ、分かりました。そ、それはたくさんです!」
ハナエは鼻をかんでから、先生の過去、先生としたお話を聴いた。
それは私にとっても意外な内容であった。
かつて、先生は私たちより少し若い頃、いわゆる不良として近所では知らぬ者がいない程の名声を得ていたらしい。最も、小さい頃から「あの赤染源一郎の息子」という色眼鏡で見られてきたら無理もない話だ。加えて、母親も物心がつく前に病死しており、家では父方の祖父母の下で厳格に育てられてきたこともあって、年相応の遊びもしてもらえなかった。当時の先生は自由を求めて、また、自分の全能感を持て余して、不良となったのである。皮肉にも、父親譲りの体力や頑丈さ、格闘の素質もあってたちまち有名になった。本人は「あのときの自分を見たら場も考えずに殴り飛ばしたくなる」という位には、思い出したくない過去のようだ。
そんな彼が不良から足を洗うきっかけが、後の奥さんとなる女性との出会いだった。彼女は医者の名門の一族であったが小児科医を目指そうとして止められたことを根に持って不良になったそうだ。彼女から生きるための様々な知識を得た彼は、それを仲間に伝達、共有、指導することが多くなった。やがて、彼女から教える喜び、目標に向かって自分を貫こうとする真摯さに惹かれて不良から足を洗い、先生の夢を叶えた、とのことだ。
……完璧で、愛嬌もあって、どこかお茶目で、立派だと噂に聞く先生も、悩み、苦しみ、水から変わろうとした人間であることを深く実感した。だからこそ、道を外そうとする私たちのことも親身になって止めようとし、願いを貫こうとする他人を陰から支えようとする姿勢にも納得がいく。丁度、車窓から見えるあの空のように、ときには太陽として、ときには雲として私たちを見つめる先生はきっと立派な人に違いない。お目にかかるそのときは、礼節に気をつけなくては。
D.U.自治区に到着した。この自治区はトリニティの騒動が嘘のように平和だ。市民も当たり前のように街を出歩いていて、幼い子どもたちを引率する保育士と思われる大人も重火器を備えていない。同じキヴォトスでありながら別世界のようだ。
「さてと、ハナエ。案内された通りにシャーレに行こうか」
紹介された道順の通りに進むと、シャーレにたどり着いた。
事前に紹介されないと分からないような、平凡な建物だ。私たちを絶望から守り抜いた先生は、この職場で仕事をしているのか……。最初に浮かんだそのイメージは、豆腐。そう、あの白くて柔らかい、直方体の。建物の外装がそんな色で、加えて、四角ばった形状はどこかおかしみを感じさせる。
「こ、これが、先生の職場であるシャーレですか……?」
ハナエも見るのは初めてのようだ。
「そう、であるみたいだね。説明がないと素通りしてしまいそうだ」
「平凡ですね……。もっと、こう、大きな看板とか、ガレージとか、研究所とか、あるのかと思っていました。何だか、先生らしいというか」
「先生らしい、か。まぁ、君の言う通りだね。慎ましく、出しゃばらない性格の先生らしい」
その通りである。私は贅沢をしませんよ、とあの建物で自ら示しているみたいだ。いや、それは流石に言い過ぎだろうか。
「とりあえず、私がインターホンを押しますね」
「だが、先生はいるのだろうか。すぐに出てくれるとは限らないし」
「何の!ここでお待ちしましょう」
既にハナエは汗がたらたらと垂れている。ここで待つなんて無茶があるのでは……?
そんな私のことも露しらず、ハナエはインターホンを押した。青空の下でインターホンは空しく鳴り響き、静寂が訪れた。風の音。大通りからの人の声。スズメや野良猫の声。……先生は急用が入ったのだろうか?
謝礼品のこともあるので、私は休めるところを探そうとしたときだ。
「あの、とうさ、いや、父に何か、えと、用件が、ありますか?」
声がした。その方向を見ると男の子がいる。
「僕、どうしました?迷子、ですか?」
ハナエは彼と目線を合わせて話しかける。
「そ、その、僕は……」
どこにでもいそうな服装だが、顔にはアザがある。アザ……、まさか。
「ハナエ、少しいいかい」
彼女の真似をして、しゃがんで顔を合わせた。顔立ちはそこそこ整っている。
「君、ここの近所に住んでいるのかい?」
「……うん。僕、ここの近くに家があるんだ」
「それじゃ、ここの建物のことは知っているかい?」
「父の、いや、父さんの仕事場だってしか聞いていない」
「……お父さんの名前、教えてくれるかな?」
「……赤染雄介」
やはりそうだったか。目の前にいる男の子は先生の息子、赤染玲央君のようだ。
「自己紹介が遅れてすまない。私は君のお父さんの知り合い、百合園セイアだ」
「おっと!わ、私は朝顔ハナエですッ」
「僕は、赤染玲央。よろしくね。確か、お父さんに用事があってここに来ると言っていた人?」
「その通りさ。私たちは君のお父さんに用事があってここに来たんだ。この仕事場に入ってもよろしいかな?」
玲央君はコクリと頷き、ポケットからパスキーを出した。出そうとしたが、そのパスキーはハナエの足元に落ちた。
「あわわ……。とりあえず、私が代わりに開けますね」
「あ、待って。それは」
ハナエは玲央君の声に気づかず、玄関に向かった。パスキーをドアにかざしたが、何も反応がない。何度かざしても、鍵の開く音がしない。先生やその親族、先生が認めた人物しか入ることができないようだ。このセキュリティ、流石シャーレかな。
「あうぅぅ……。何で開かないんですか……?」
「この鍵、今は僕とお父さんしか使えないみたい。伝えられなくてごめん」
「わ、私こそ、早とちりしてすみません……」
ハナエから渡されたパスキーを玲央君へ。彼は手慣れた動作で扉を開いた。開錠の音。市井の家宅のそれと何ら変わらない。だが、どこか異質な場所に入るような音のようだ。
玄関から入ると、そこには代わり映えのない職場が広がっていた。
整頓された職場の机。
本棚に敷き詰められたたくさんのファイル。
少し色の悪い照明。
様々な学園からの封筒。
さらには長机に置かれた法令の書類や医療・福祉、昨今の流行をまとめた書類の山。
「……先生も色々と苦労をしているみたいだね」
「うん。お父さん、いつも仕事ばかりで大変そうなんだ」
「でも、玲央君のお父さんのおかげで私たちは今ここにいられるんです。お父さんはとても立派な人ですよ」
「……立派な人、なのかな?」
玲央君の顔が曇る。大方、仕事ばかりで自分の相手をしてくれない、とかだろうか。
「いつも仕事ばかりで僕のことを見てくれなくて寂しいんだ。お父さんのお仕事はすごい、とか、皆を守る仕事だって分かっていても、切なくなるし、クラスの皆は家族の話で盛り上がっていても、僕は何も話せない……」
私もハナエも気まずくなった。無理もない。あの人は先生であっても、目の前の男の子の親でもある。私たちと一緒にいることはそれだけ、彼の孤独をさらに深めてしまう。事実、エデン条約の混乱の際にも夢の中の私に遠くにいる息子への心配を吐露していたが、彼がそれを知る由もない。だが、目の前の彼を納得させるには……。
「玲央君。休憩するお部屋はあるかい?できれば、君のお父さんがこの前まで何をしていたのか、私とハナエの2人でお話しよう」
「って、わ、私ですか⁈ま、まぁ、私も先生に助けられましたし、お手伝いします」
「え、お父さんのお話、してくれるの?」
「普段からそういうお話をしないのかい?まぁ、機密事項が多い仕事だから無理もないか」
「「キミツジコー」?」
「お話すると大変な事態になる、ってことです。さぁ、案内お願いしますッ!」
「うん、任せて」
私たち3人は休憩室へ向かった。
シャーレの休憩室は簡素な造りだ。文字通り休憩するための設備だけがそこにはあった。
座り心地のよい、黒いソファ。
綺麗に拭かれている長机。
素朴な可愛さのある食器を収めるガラス扉の棚。
その隣には、楽器のケースと思しき布製のバッグがある。
しかも近くには楽器の指導書、楽譜、お手入れの小道具の数々。
そして、家族の写真。
やはり、華美よりも質素倹約を重んじる先生の性格が表れている。ハナエはというと、部屋にある家族写真に夢中だ。よく見ると、その写真には若かった頃の先生と女の人が写っているものもある。おそらく、この女の人が先生の奥さんなのだろう。特別美人というわけではないが、どこか麗人らしさを感じさせる、そこそこな容姿だ。ぱっちりとした二重の目は玲央君を想起させる。
「この女の人が、玲央君のお母さんですか?カッコいいです……」
「僕は会ったことがないけど、お父さんがよくお話をしてくれたんだ。子ども思いの優しいお医者さんだったって」
「……会ったことがない?」
「僕が生まれたときに、遠い所に行ってしまったって……」
「そ、そうだったんですね。でも、お父さんがいるじゃないですか、って、あ、えと……」
ハナエが詰まってしまった。噂で聞いた限りだが、ハナエは両親が健在でどちらも評判がいい。列車の中で話した悩みを抱えていながら元気に振る舞えるのも、その両親がよい相談役として動いたからだろうか。彼女だけでは玲央君との話はかなり難しいかもしれない。
「ねぇ玲央君。どうしてお父さんは仕事をしていると思うかい?」
「分からない……。「お姉ちゃんたちのために働いている」だけじゃないの?」
「そうだね……、君も納得する答えになるかは分からないが、こう言えばいいかな?「君と同じように平和に暮らしたい私たちの生活を守るため」と」
「そう、なの?皆、マンガのキャラみたいに強いし、元気だし、僕なんか振り回されてばっかりで、皆お姉ちゃんたちが羨ましい、って思っていた……」
年頃の子どもらしい本音だ。
「「思っていた」?どういうことですか?」
ハナエが反応した。
「昔、アヤネお姉ちゃんと一緒にいたときにね、お姉ちゃんがすごく苦労していたって話を聴いてから、悩んでいるのは僕だけじゃないって分かったんだ」
「私だって、ドジばかり踏んでいて迷惑かけていますから。悩んでいるのは君だけじゃありませんよ」
ハナエは玲央君を優しく撫でる。
「まぁ、君のお父さんはとても偉大な人さ。ミレニアムでの大事件を解決に導いた上に、私たちだけではどうにもならなかったアリウスとの和解も実現へと導いた。君が寂しくなる気持ちも分かるけど、先生としてのお仕事を通して、君の幸せを願っているんだ」
静寂を裂くように、スマホのアラーム音が鳴り響く。この音は私のものではない。
「す、すみません……。少し、部屋を出ます。多分、団長からの連絡かもしれません」
「もちろんだ。ここは私に任せて」
「申し訳ございません……」
ハナエは部屋から急いで飛び出した。空いた場所を探していたのか、その大きな足音はしばらく鳴り響いた。
騒がしい足音が静かになってから、私は玲央君と話を続けた。
最初は困惑していた玲央君だったが、先生が身体を張って問題を解決していたと知ってから頷くことが多くなった。私はあくまでも夢の中から先生に問いかけてばかりだったので、後で先生本人から聞いた話がほとんどだ。それでも、彼の中にある生来の聡明さからか、父親が自分のためにも先生としての責務を全うしていると納得している。
――今の積み重ねである未来が変わらないなら、ここにいる俺たちで変えてみせるさ。
あの覚悟の決まった態度は今でも忘れられない。未来に縛られてばかりだった私にとって、愚かに見えて、でも、陰ながら支えたくなるような、そんな様子だった。
目の前の少年にも、その先生の意志が流れていると思うと。
全身に走る悪寒。
馬鹿な。薬を飲んだはずが……。
身体に力が入らない。
ぼんやりと玲央君の声が聴こえる。
自分の身体が身体でなくなるような気分だ。
どうにかしないと。
このままでは自分が自分でなくなりそうだ。
動かせる場所を必死になって動かす。
これをどうにかすればきっと。
――や、やめてよ!セイアお姉ちゃん!
あれ?
私、どうして玲央君を見下ろしているんだ?
辺りを見回す。
両手は彼の両手を抑えている。
無論、その顔には恐怖と恥じらいの色が見える。
――私は、何をしてしまったんだ……?
これは、まさか、いや、そんなはずはない。
私の願いは彼の言葉でかき消されてしまった。
――痛いよ、どうしちゃったの?
あぁ、そうか。私は彼を押し倒したのか。恩人の息子に乱暴を働いたのか……。その事実が分かると、先程までの身体の気分が嘘のように消え、それにつれてこの先へ進みたいという情が湧きあがってきた。
あの薬剤、「死を恐れて劣情に逃げようとした私を抑える薬」だったのか。
――すまない、玲央君。君に乱暴を働いてしまって。この非礼は何とかして返したいが。
奥底から湧きあがるこの劣情は、秘部、脳漿、口、そして手足に満ちてきた。彼を傷つけたくない。だが、この気持ちが止められない。
――君そのものと一つになりたい、お、お願いだ、身勝手だが許してくれ。
違う。私はそんなことを願ってはいない。声となる思いと本心が一緒にならない。自分の身体なのにままならない。
――いいよ。僕も、そのお手伝い、するから。
何かが切れるような音がした。それも、私の身体の中で。あぁ、私は卑しい獣と何ら変わりもしない。目の前でもだえる少年を貪るだけの畜生になってしまおう。
恥じらいなど、もう捨てた。
まず、互いの口を合わせた。柔らかい舌同士が相手の口へ入れると、上顎の寂しさが埋まる。玲央君の舌は小さいこともあってか、動かす度に私の歯茎にヒタヒタと当たる。私が舌と上顎で彼の舌を挟むと、わざとやられたフリをして唾液で抜け出してまたやられに奥まで入れてくる。すればする程、身体の虚しさが消えていく。
「いたずらされるのが好きみたいだね、君は。私を弄ぶつもりなのかい?」
「ど、どうだろう?楽しいチューはこうかなって何となくでしている……」
「フフフ……、いじらしいな。私のここは平坦だが、楽しむかい?」
身につけた服をさっさと脱ぎ、下着だけになった。玲央君の手をつかみ、それをまっさらな胸へと押し付ける。
「おやおや、不思議だね。子どもにしてはどうも手つきが手練れだ。もっと遠慮せずに撫でてくれ」
撫でられる度に幸せになる。虚しかった自分の身体が少しずつ満たされていく気分は、何物にも代えがたい。もっと、もっと、その感触を味わいたい。
下着も脱ぎ、生まれたままのあられもない姿になった。ナギサやミカと違い、私の乳房は他人よりも小さい。それでも玲央君は試行錯誤しながら掌でさすっては舌先で乳首を転がし、唇を合わせて乳輪を引っ張る。この喜びはまさに未知そのものであった。
「私のまっさらな胸で喜ぶなんて困った子だね。ンッ、フッ」
まただ。また、あの虚しさがやってくる。特に、秘部だ。あそこが寂しいと喚いているような気分だ。
「次は、ここも見てくれるかい?今、どうしようもなく、苦しいんだ。君じゃないとこれはどうにもならなそうだ……」
他人には見せない股を広げた。だが、腕に力が入らない。
「そうだ、玲央君。君が脱がせてくれるかい?私だけでは難しそうだ」
玲央君は震える手先でスカートもパンツも全て引っ張った。私の秘部が今、彼の前で露わになった。
「す、すごい……。お人形さんのようで綺麗……」
普段は見ることもないが、私の身体はどうやらあそこはもちろん、全身の体毛があまり生えない体質のようだ。それを彼は「お人形さん」と例えた。嬉しくなる。
彼の頭をそっとつかみ、彼の口と自分の秘部を合わせる。股から全身にかけて震えそうになるほどの快楽が迫ってきた。しかし、過ぎ去るとまたあの虚しさが迫ってくる。
「お願いだ、玲央君。さっきのキスのときのように貪るつもりで陰部を屠ってくれ」
「「インブ」?」
「ここのことだよ」
彼はすぐに察して、優しく舐めた。表面を舐め回したと思うと、いきなり、蜜壺に差し込んでくる。私の脚が勝手に彼の頭を抑え込んでいることもあってか、鼻息が恥丘によくかかる。部屋の静寂を破るような声が響く、それも私の。
「お、思いの外、君は上手いね。次は指だけでここをかき混ぜながら接吻してくれるかい?」
私は玲央君の服を脱がせた。身につける服がなくなっていくいく様は、あられもない姿になっていく着せ替え人形みたいだ。そうして、私たちは互いに隠し合うものがなくなった。
私は彼の指を蜜壺へ差し込ませ、もう片方の掌で胸をつかませた。そして、脚で胴体を抑えつけ、右手で細くて柔らかそうな尻を、左手で彼の頭を力強く握った。私と玲央君は頭一つの差はあっても、今はそれが嘘のように同じ目線で向かい合っている。私たちは先程のように、互いの口を重ねた。
口の虚しさも、秘部の虚しさも、胸の虚しさも、全て、玲央君の手で満たされていく。あぁ、死にたくない。生きられるだけ、醜くても生きたい。最後は枯れ果てた老木のようになるとしても、この欲望に嘘をつきたくない。
扉から鈍い音。
誰が来たのかと、首を上げた。
「誰だ!」
ここにいる人間は既に分かっている。それでも、何者なのか、問いたださずにはいられない。古来より、夜伽を襲われて亡くなった偉人の話は有名である。それでも、今、私自身がそれになるのはごめんだ。
その扉は静かに開いた。
そこには、顔も首筋も真っ赤になり、股を露わにしたハナエが立っていた。
先程までの雰囲気が、何もかもなくなった。当然だ。そういうインモラルなことから程遠い場所にいそうなハナエが、私の失態で自慰をするなんて隕石が降るよりもありえない話だ。それが起きてしまったのだから、言う言葉すら見つからない。
「ハ、ハナエ……?どういうつもり、なの、かな?」
「セ、セイア様が悪いんですよ……。私はエッチなことなんて興味がないとかレッテルを貼られているのに、セイア様は玲央君を襲っていますよね?」
「……すまない。どうやら、朝に服用した薬が今回ばかりは全く効かなかったみたいだ」
ハナエは鼻をすする。元から赤らんだ顔がさらに赤くなる。
「私だって、私だって、エッチしたいですよ……。誰からも恋心を抱いてもらえず、その癖、下心を向けられ、無知そうだと思われ、もう、耐えられません……」
ハナエはその場に座り込む。粒の大きい涙は彼女の大きな目から流れて、下にある太ももに溜まって輝いている。
「……ハナエ。一つ、私から提案があるんだ」
私は悪魔の囁きをした。
「私と玲央君、そして君の3人でエッチしないかい?」
その言葉を聞くや否や、ハナエはその場に服を脱ぎ捨て、無垢な身体を晒した。小柄な身体に似つかわしくない、大きな大きな胸が一層目立つ。動く度に股からの臭いが辺りを漂う。
玲央君はというと、先程のキスで固まった肉棒がまたさらに硬くなっている。そういう素直さも、やはり、年頃のようだ。
「い、いいですか?玲央君、セイア様。本来、私たちが今していることは、犯罪、なんです。わ、悪いことです。世間は許してくれません。でも、一度やってしまったら、それは最後までやるしかありませんよね……?ですから、玲央君」
――私を大人の女にしてください。
玲央君は茫然としている。こんな真剣な理由でエッチのお願いをされるなんて初めてなのだろう。
そのハナエは彼の近くにしゃがんだ。彼の目の前には私とは比べ物にならない程の大きな乳房が垂れている。玲央君は体勢をハナエの方に向ける。そして、ハナエの乳房に向けて手を伸ばそうとした。だが、小柄な身体ではつかむには程遠い。
私は背中に胸を押し付け、彼の腕を支えた。ようやく、その腕の先はハナエに届いたようだ。その柔らかさに呆然としている。
「ハナエちゃんのおっぱい、や、柔らかい……」
「あ、ありがとうございます……。こんな体に合わないおっぱい、褒めてくれたのは玲央君が初めてです……」
「あ!奥にちょっと硬いところがある」
「それは乳腺ですよ。ンアッ、そ、そこでお乳が作られるんです、ウッ」
話す余裕がないみたいだ。私が補足しなくては。
「玲央君。女の子のおっぱいはね、脂肪と乳腺でできているんだ」
「「ニューセン」?どういう場所?」
「乳腺はおっぱいの中にあって、主にお乳を作る場所なんだ。そこを守るために脂肪が囲っている。そうして、女の子のおっぱいはできあがっているわけさ」
「セイアお姉ちゃんなんて、おっぱいが平べったいのに」
「ウ……。私は耐えられるが、他の女の子に言ってはいけないよ、その言葉。ハナエのように、身体で悩んでいる子がいる以上、君はそういうことを揶揄しないように気をつけてほしい」
「悩んでいるって、僕のこの顔のアザのように?」
「ご明察だ。君もそうであるように、他人もまたそういうことで悩んでいるんだ。それに気づける君はきっと、素敵なお婿さんになるに違いないね。それと、素敵な女の子といられ」
「アヤネお姉ちゃんのこと?どこに行っちゃったの?独りにしないでよ、逢いたい、逢いたい、逢いたいよぉ……」
急に泣き出した。困ったなぁ、私は子どもを宥めるのは苦手だ。どうしたらよいのやら。
「……れ、玲央君。泣かないでください」
その声は、ハナエか。ひとまず、彼女に任せよう。
「辛いですか?アヤネお姉ちゃんと別れてしまって」
「うん。僕のことを怖がらずに接してくれて、それで、僕と一緒にいてくれた」
「今、彼女とは逢えていないんですか?」
ハナエは玲央君の顔を自分の深い谷間に埋めさせる。
「逢えていないんだ。どこにいるのかも分からなくて……」
その頭をそっと、優しく撫で始めた。美術館で見た、聖母像の絵画のようだ。
「大丈夫、大丈夫。今は逢えなくても、願っていればきっと逢えますよ」
「……本当に?」
コクリ、と彼女は頷いた。
「そ、その、玲央君。お願いが……」
「お願い?」
脱ぎ捨てた服のポケットから、ハナエは小さな個包装の袋を取り出した。あ、この形は……。
「使い方、知っていますか?」
「うん」
「授業で、ですか?」
「いや、カズサお姉ちゃんから教わった。少し痛かったけど、慣れると気持ちよかった」
呆然としている。確か、カズサはハナエと同じ学年の生徒、だったか。
「そう、なんですね……。その子に教えてもらったように、これをつけて私とシてくれますか?」
玲央君は頷いた。
装着を終えた玲央君の肉棒は、まるで大人のおもちゃのようであった。今にもはち切れそうな位に膨らんだ肉棒が、薄いコンドームの袋に包まれてしまうことでどこか劣った印象を受ける。
「じゅ、準備はできましたか?お、お願いします……」
ハナエの顔もいつにもまして真剣だ。目の前に自分の悲願が迫ってきていること、初めての挿入に対する恐怖がない交ぜになっているような顔だ。さて、私はできることをやってみるとしよう。
玲央君の後ろから腕を回し、先程と同じように胸を背中に押し付ける。彼の温もりが胸全体に伝わってきて、とても暖かい。そして、空いた両の掌でかれの乳首や乳輪を優しくいじった。さっきのお返しだ。当然、先程の私がされたように、玲央君は愛らしく喘ぐ。
「じゃあ、玲央君。ハナエも準備を終えた。やってくれ」
玲央君はハナエの秘部を起点として合体した。ハナエはというと、一瞬身体をのけ反らせたと思うと、彼の顔をすぐに谷間へと導いた。谷間に導く行為は、どうやら、ハナエの好きなペッティングのようだ。って、こんなときに何を言っているんだ、私は。
私の焦らしが効いてきたのか、玲央君の腰、いや、上半身の動きは段々と速くなってきた。ハナエも機械仕掛けの人形のように喘ぐ。私はと言うと、ハナエとの性交に夢中な彼のお尻に自分の秘部を擦り付けていた。不規則に動く彼の尻に擦りつけると、急に気持ちよくなったと思ったらそれがすぐに消えてしまう。何度も何度も擦ろうとし続けると、もうこれが抜け出せない。もっと気持ちよくなりたい、その劣情で頭が支配されてしまう。愚かだなぁ、ミカを嘲る資格は、今の私にはもうない。
「だ、だひてぇ、ゴム精子、いぱいいぃ!」
「出す、出すよ、アッ、ンッ、出るゥ!」
力が抜けたように、急に崩れた。どうやら、射精に成功したみたいだ。秘部から出てくるゴムは水風船のように膨らんでいる。ハナエは身体を起き上がらせ、彼のゴムを手に取り、それをじっくりと眺めた。まるで、自分は大人になったと自身に言い聞かせるように、もしくは、胸に秘めた悲願を叶えたと実感するように。
汗だらけになった私たちは3人そろってシャワー室へ向かい、そこで身体の汚れを流した。もちろん、私とハナエは玲央君を、玲央君は私たち2人の身体を、互いの身体への感謝を込めて洗ってあげた。服の方はというと、する前に脱いだのがよかったのか、まだ着られる様子だ。もちろん、迷わずにその服を着た。
元々いた休憩室に集まり、玲央君とハナエを尻尾でくるませて寝かしつけていると、インターホンが鳴った。しばらくすると、足音がして扉が開く。
「急な仕事の対応をしていてすまない!……どうやら、無事に着いたみたいだね、フゥ……」
「お久しぶりだね、先生。いや、こうして話すのは初めてかな?」
夢の世界とお別れをして、私はしばらく先生と談笑をした。
貧乳と巨乳に翻弄されるなんて羨ましいよね(本音)。
投稿している作品は、どちらがいいですか。
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今のままシリーズだけで。
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作品個別で再投稿してほしい。
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個別だけにしてほしい。