「冥さんと庵さんが帰って来ない?」
俺は耳にした言葉を疑ってそう声を出した。
場所は高専校舎二年生の教室。
傑と硝子と並んで座り、今日の任務について担任の夜蛾から話を聞いていた。
「任務に向かってから既に二日が経過している。お前達には現地に赴き調査をしてもらう」
「そんな危険な任務に硝子を同行させるんですか?」
帰って来ないという二人は二級術師と一級術師のコンビだ。
それでも死んだ可能性がある危険度の高い任務に貴重な人材である硝子を向かわせるなんて上層部は正気なのか。
「総監部は呪霊の術式によって結界内に閉じ込められていると判断した。加えて─」
「稀に外界との時間の流れが違う場合があるのは百も承知ですよ。その上で言ってるんです。そんな高度な術式使う呪霊に万が一硝子が狙われたらどうするんですか」
夜蛾先生の言葉を遮って分かり切ったことを口にする。
先生はそれに何もいうことなく静かに言い聞かせるように口を開いた。
「悟に加えて傑もいる。一級が二人掛かりで任務に当たれば問題ないだろう」
夜蛾先生はどう言っても向かわせる気のようだ。
俺の不安を掻き消すように傑が言葉を紡ぐ。
「私達なら大丈夫さ。万に一つも硝子は傷付けさせない。だろ?」
「…分かったよ。硝子は俺から離れないようにな」
「勿論」
硝子は短く言葉を返した。
それは信頼の裏返しである。
俺は溜め息を吐きながらも任務に向かうことを了承した。
◇
静岡県浜松市のとある廃館。
そこに俺達は足を運んでいた。
「闇より出でて闇より黒く、その穢れを禊ぎ祓え」
俺は呪詞を詠唱して帳を降ろす。
これで外からは何が起きても感知されない。
廃館の空から夜が降りて来る。
それを眺めながら俺達は廃館の入り口に立つ。
「で、どうするよ。外から叩くのが一番だとは思うけど。大規模破壊は冥さん達も巻き込む」
「しかし他に手段がないのも事実だ。結界の外郭ギリギリを破壊するように蒼を調整できないか?」
「それなら何とか。難易度は高いけどできないことはない」
「じゃあそれで」
救出方法を決めたら後は俺の仕事だ。
展開されている結界を六眼で捕捉して外郭を的確に破壊するように蒼を発動する。
最大出力で放たれた蒼は廃館を丸ごと呑み込んだ。
その瓦礫の山から目的の二人が這い出て来る。
「大丈夫ですか、二人とも」
「五条!」
その内の一人である黒髪のおさげに和装の女性、庵歌姫さんが俺を見て顔を明るくした。
もう片方の白髪に黒い瞳の美人な女性、冥冥さんも微笑を浮かべた。
「もう応援来たんだ?まだそんなに経ってない筈だけど…」
「こっちでは二日経ってますよ。やっぱ結界の内外で時間がズレてたんですね」
「それで君達が応援に来たと」
冥さんの言葉に頷く。
そこで庵さんは漸く他に二人来ていることに気付いたようだ。
「硝子!アンタも来てたんだ!良く五条は許したわね?」
「大分渋ってましたよ」
「やっぱり?」
庵さんは納得するように頷いた。
ちなみに俺と硝子の関係は庵さんには割れている。
硝子から話したらしい。
傑は何となく察している様子を見せている。
まぁ毎日俺の部屋に硝子が入り浸ってたら気付くわな。
そんなことを考えていると庵さんの背後に今回の対象の呪霊が現れる。
それを瞬時に制圧して傑に渡す。
「はいこれ」
「あ、あぁ。ありがとう。ところで今何したんだ?」
「蒼で速度を強化したパンチを打ち込んだ」
「なるほど。空間の圧縮による速度を上乗せしたのか。それはまた良い技を開発したね」
「でしょ?俺のオリジナルよ」
そんな会話をしていると呆気に取られた庵さんが呆れたように言葉を吐き出した。
「アンタって本当に規格外よね」
「そんなことないですよ。俺は凡人です。だから努力する」
これは嘘偽りのない本心だ。
俺は肉体性能に頼っているだけの凡夫。
だからこそ誰よりも臆病で、だからこそ対策を講じる。
戦略を練ったり、絶えず修行に打ち込んだりするのはその為だ。
今回の任務に硝子を同行させようとしなかったのも、硝子を失うのが怖かったからに他ならない。
「アンタで凡人なら私は蟻か何かね」
「そこまで自分を低く見積らなくても良いのでは?」
「実際二級で燻ってんだから事実でしょ。アンタらとは持って生まれた才能が違うって訳」
庵さんはそう肩を落とす。
そんなに自分を卑下しなくても良いと思うんだけどな。
庵さんの術式はサポート特化だから確かに直接戦闘は他より劣るかもしれない。
しかし俺とかにバフを掛けてくれれば大きく戦力アップできるので一概に弱いとも言えない。
だからこそ自己評価の低さが不思議でならない。
何故そこまで自分に自信を持たないのか。
派手な戦闘型の術式持ちと比較して落ち込む必要なんてないのに。
俺が庵さんを見ながらそう思案していると、気まずくなったのか庵さんは「さっさと帰りましょう」と口にして帳を出た。
それに遅れて俺達も後に続いたのだった。
◇
高専に戻って来た俺は休み時間に庵さんから呼び出された。
校舎の誰も使っていない空き教室で庵さんと対面する。
庵さんは至って真面目に話を切り出した。
「一級術師の推薦をして欲しいのよ」
「成程。それに対する報酬は何ですか?」
庵さんの話はつまり、俺に一級の推薦を出させる代わりに何かを支払うという話だ。
「話が早くて助かるわ。私を抱くってことでどう?」
「…それ硝子に話通してますか?」
「当然。二つ返事で了承してくれたわよ」
硝子は何を考えて了承したんだ…。
こういうのってもっとギクシャクしたり、ドロドロするもんじゃないのか?
何でもうOK出てんだよ。
「まぁそういうことなら俺も良いですよ。庵さんは好きですし」
「本当?なら良かった。私で二人目の彼女ね!」
「え?」
抱くって話から飛躍してないか?
二人目の彼女?何それ?
俺の預かり知らぬところで話が進んでいる気がする。
もしやさっきの了承って彼女を増やすことの了承だったのか?
俺としては嬉しいが良いのか?
つい最近まで童貞だった男がハーレムなんてして良いのか?
俺はチラリと庵さんの胸を見た。
まあいっか。
結局男は欲に勝てない生き物である。
ならば俺が相手の同意を得てハーレムするなら問題なかろう。
そう言い訳を並べ立てて無理矢理自分を納得させる。
「じゃあ次お互い休みの日にデートしましょう。その日に抱くってことで」
「分かったわ。お願い聞いてくれてありがと」
「いえ。俺も願ったり叶ったりなんで」
「やっぱ男の子なのねぇ。それとこれからは名前呼びね」
「了解です。歌姫さん」
「さん付けも敬語もなし」
「…分かった」
俺は慣れない調子で敬語を外した。
歳上でその上先輩を相手に敬語もさん付けもしないなんて経験ないから慣れないんだよな。
「そろそろ戻る時間だから具体的な話は後でしよう。これ連絡先」
俺はさっと連絡先をメモった紙切れを歌姫に手渡した。
それを受け取ったのを見て俺は慌てて教室を後にした。
◇
何とか遅刻せずに教室に辿り着き、任務の説明を受ける。
「今回の任務は悟と傑の二人に行ってもらう。正直荷が重いと思うが、天元様のご指名だ」
その言葉に俺も傑も顔色を変える。
天元様というと不死の術式を持った結界術の達人で、日本の結界の要となる御方だ。
その天元様直々のご指名となると相当な難易度の任務になると思われる。
「依頼は二つ。星槳体、天元様との適合者。その少女の護衛と抹消だ」
天元様は五百年に一度適合する人間と同化して肉体を若返らせる。
そうすることで老いて肉体を進化させようとする術式を初期化するのだ。
今回の任務はその同化を成功させろ、ということだ。
また随分重い任務を背負わされたな。
そんなことを思いながら俺は任務の概要を聞くのだった。
・オリ主
前世が凡人だったのでどれだけ努力しても足りないと思っている。
実際は反転も使えるし蒼パンチもできるので現時点でも相当強い。
・硝子
オリ主の彼女を増やして支える人を増やそうと画策している。
・庵歌姫
新しい彼女。
強いのに謙虚なオリ主を見て自信を喪失している。