※この作品はR-18です。

番 TSUGAI   作:しゅとるむ

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第壱話 男と女の排他的な同盟関係

「ねぇ碇くん、今度またエヴァンゲリオンの話聞かせて」

「機密だからダメだよ……」

「やっぱり凄いわよねえ、世界を守るパイロットだなんて。クラスの誇りだわ」

「良かったら、次の日曜日みんなで遊びに行きましょうよ、碇くんと」

 

 休み時間。贔屓目で見ればそこそこ端正な顔をしているとも言えそうな十四歳の少年──碇シンジを取り巻く姦(かしま)しい女子生徒の喧騒が、しかし一瞬で鎮まる。教室の前方の扉から金髪碧眼の美少女、惣流・アスカ・ラングレーが顔を覗かせたのだ。日直の用で職員室に呼ばれていたのだが、戻ってきたものらしい。

 

「フン、まるでアイドルのファンミーティングね」

「惣流さん……」

 

 状況を察したのか棘のある言葉で、しかし裏腹ににこやかに視線を向けるアスカに、クラスメートたちは凍りつく。しかし、アスカは彼女たちを見ているのではなかった。その視線はシンジにだけ向けられている。まるで、シンジ以外の人間には目を向ける価値すら無い、とでも言うように。

 

「サードチルドレン・碇シンジくん──セカンドチルドレンのあたしの居ぬ間を盗んで、女の子たちと交流中。とってもモテモテでした、と」

「……」

 

 腕を組んで、肘の上、人差し指で拍子を刻みながらアスカは誰にともなく言う。シンジはいつものアスカ流の皮肉を素知らぬ振りで受け流すが、慣れつけていない女子中学生たちには困惑の表情が浮かぶ。

 

「これは、その……別に碇くんに何かしようってのじゃなくて……」

「ええ。分かってるわ。‘’碇くん‘’とお好きにお続けになったら?」

 

 そこでアスカは初めて、直接女子たちに声を掛けたが、シンジに注がれた視線を動かそうとはしなかった。

 

「つ……続きはまた今度にするね……」

 

 曖昧に場を収めると、少女たちは三々五々に散っていった。シンジはアスカに非難がましい視線を送る。その視線を受けても眉一つ動かさずに、アスカはシンジに言った。

 

「そんなにあたしのこと睨んで、どうしたって言うのかしら」

「別にどうもしない──だけど、先月僕に話し掛けた女の子が保安部に通報されたって聞いたんだけど」

「へえ、何だか物騒なお話ね」

 

 近づいてきたアスカは、心細そうに眉を顰めて、シンジの腕を掴む。怖い世界からあたしを守ってね、とでも言うように。

 

「その場に一緒にいたのはアスカだけだ(、、、、、、)」

 

 シンジはそれを一瞥することもなく、冷たく言い放った。アスカはしゃあないわね──と肩をすくめ、渋々それに応じる。

 

「──だってあんなの明らかに不自然だったでしょう。通学途中のあんたに道を尋ねるなんて。今時スマホの地図を見れば良いだけじゃない。しかもシンジ好みの同年代の可愛い女の子、鼻の下を伸ばしちゃってまあ」

「保安部の調査では、彼女はスパイでも何でもなかった。本当に駅に行きたかっただけだ」

「だから念のためよ──通報はネルフ所属員の義務だわ。シンジが誰と話そうとそれぐらいなら確かに自由よ。あたしは怪しい人間は女の子だろうと、クラスメイトだろうと遠慮なく通報するけれど」

 

 そう言って、アスカはシンジの脇腹にそっと手をやる。肝臓の位置だ。

 

「あんたは警戒心の欠片もない日本の男の子の典型。ここにナイフでズブリ。それで全てがおしまいになるのよ、あんたも、人類も、世界も」

 

 肝臓には太い血管がたくさんあり、刺傷の処置が遅れると失血死するおそれもある。世界を救うために戦っているシンジに危害を加えるメリットはこの世の誰にも無いはずだが、世の中には宗教的、政治的狂信者は尽きないし、あるいは彼を拉致して利用せんなどと企む勢力も存在しないとは限らない。

 

 少しは自分の立場と使命に自覚と責任と危機感を持ちなさい、とアスカは諭すのだ。だが、シンジにはそれが級友たちにまで示す彼女の露骨な牽制とどうしても結びつかない。第3新東京市立第壱中学校は普通の公立中学校ではないのだ。

 

「……だって、今のクラスの子たちはみんな親がネルフの職員じゃないか」

「それで盲目的に信用できるなら、いいんだけどね」

 

 溜め息をついて、それから首を傾げるようにして確認する。

 

「──あんたがあの子たちにその話をしたの? あたしがシンジに近づく女の子のこと、片っ端からネルフにチクッてるって」

 

 先ほどの女子たちのアスカに示した引きつった表情や怯えたような反応を顧みて、彼女は疑問を口にする。

 

「まさか。親が保安部の人だっているんだ。人の口に戸は立てられない。噂になっているんだよ。アスカが僕の周りの女の子たちにつらく当たってるって」

「保安部がそれじゃ──機密保持が全然ダメでしょ」

 

 やれやれと首を振ったアスカはまだシンジの腕にすがりついたままだ。

 

「やっぱり信用出来るのは、エヴァパイロット同士だけ──いいえ、ファーストや転校生(フィフス)も信用は出来ない。信じられるのは番(つがい)であるあんたとあたしだけよ」

「つ、つがいとか外で言うなよな……」

 

 シンジは遠巻きに好奇心いっぱいで二人を眺める級友を気にして声を低め、たしなめた。顔が火照ってきた自覚がある。

 

「だってソレがネルフでの正式名称なんだからしょうがないじゃない。あんた、あたしとそういう関係にあるのが、もしかして恥ずかしいの?」

 

 番(つがい)とは、二つで一対となる存在。普通は動物のオスとメスのことだ。アスカはそれを「男と女にだけ成立する排他的な同盟関係」と言っていて、それをシンジにだけ認めている。シンジの記憶する──葛城ミサトによる番(つがい)の説明とは微妙にニュアンスが異なっている気もするが、アスカとシンジの関係が特別なのは確かだった。

 

「みんなに誤解されたくはないよ……」

「誤解ってあのねえ。あたしとあんたに性的関係──肉体関係があるのは天地がひっくり返ったとしても覆せない事実でしょ。もう何回ヤったと思っているのよ!」

「ア、アスカ──」

 

 アスカがぎゅっと絡めた腕に力を込めてくる。体温が伝わってくるし、あまりにも近い。アスカの言葉まではおそらく聞こえていないと思うが、これが周囲の目にはどう映るのか、シンジには気が気でない。

 

「肉体関係とかそういう明け透けな言い方は……だからさ……」

 

 それだったらまだしも番(つがい)の方が口の端に載せる言葉としてはマシだった。

 

「あららぁ? あたしたちまだ清いおつき合いの真っ最中だったかしら」

「それは──もう……違うけど……」

「そうよね、キスだってその先だって、色々ヤってるわよね。あたしがあんたの旺盛な思春期のリビドーに健気に応えてやって。こないだのプレイなんか相当エグかったわよ。ケモノの体位。後背位とか言うんだっけ。シンジにあたしは乙女の秘めたお尻の穴まで晒さなければいけなかったのだもの。それこそ──人には恥ずかしくて一生聞かせられないわ」

 

 それならば騎乗位の方がまだ良い。男と女の繋がりとしてはこれも少し不自然だけど、お互いの顔を見て、瞳を見つめながら、情を交わすことが出来る。目合(まぐあ)いという性交を表す古い言葉まで持ち出して、アスカは力説した。あたしはやっぱり騎乗位の方が良い──だけど、シンジが後背位を特別に気に入ったのならば、まあ、たまにはしてあげてもいいのだけれど。アスカは恩着せがましく、にやつきながら囁いた。

 

 シンジは、思わず口ごもる。中学生にしては二人の関係がススんでいるのは間違いないだろう。だけど教室でする話題だろうか──。

 

「部屋が──ベッドもだけど──同じなんだから、仕方がないだろ……」

「バカな言い訳はよしてよ。毎晩のようにあたしの身体を求めておいて。あたしだったらその気が無ければ誰と隣に寝ててもしないわよ。寝る気もないけれど」

「だって……」

 

 スケスケのベビードールに身を包んだアスカに──その下に透けて見える下着に──特にシンジはアスカの白いショーツの真ん中の赤いリボンに眩惑される──、そんな格好のアスカから、部屋に一つしかないダブルベッドに「バカシンジ、早くおいで」などと誘われれば、シンジに他の選択肢があったとは思われない。それでもシンジは力無く抗弁した。

 

「ユニゾンのためだったろ、初めは」

 

 完璧に息のあった対使徒戦術のために夜を共に過ごせという、葛城ミサトが命じた無茶は間違いなくちゃらんぽらんな彼女の独断によるものだったろう。ミサトはシンジに向かって、「大丈夫、コンフォート17の部屋には監視カメラなんか無いから。盗聴は我が家に対しても遺憾ながらされているのだけれど、そっちの記録は『うっかり』消しておくよう、保安部の友だち(剣崎くん)に頼んでおくから──シンちゃんはアスカに何やっても大丈夫よん」と耳打ちまでして、けしかけたのだった。

 

「同衾は命令でも、性交は自由意志だったわよ。番(つがい)の話をされたのは、あたしたちが肉体的に結ばれてからだもの。その後だって上からあんたとの性的な繋がりを強要されることはなかった。あんたにはそんな命令があったのかしら? あたしは聞いてないけど」

 

 アスカの言葉にシンジは黙りこくった。そそのかされたのは無論命令とはいえない。挑発や誘惑に屈するのも、結局は男である自分の責任だ。とはいえ、物事には流石に限度というものがあるのではなかろうか。意を決して再び口を開いた時には声量の調節が上手く行かなかった。

 

「だってゆうべはぜんぶ、アスカからだったじゃないか──! あんな格好までして!」

 

 予想外の大きな声で語られる泣き言のような内容に、ぎょっとして二人を見るクラスの面々の反応──赤面やひそひそ囁く声やニヤニヤした笑いにシンジは再び口を噤む。アスカは動じる色もなく、おほほとわざとらしく口に裏返した手の甲を当て、周囲に微笑んだ。

 

「宅(たく)は、シンジが積極的になれないから──たいていの晩は婦唱夫随ですの」

 

 なぜか昭和の社宅妻風にアスカは言い触らしてシンジは慌てる。夫唱婦随を婦唱夫随と言い換えても、音では何も伝わらないだろうけど、話が際どい領域に達しつつあるのは間違いなかった。

 

「ち、違う。そういう話じゃないんだ。そんな、いやらしい話じゃ──」

 

 脳裏には昨晩の、アスカの真っ白な裸身を下から眺める騎乗位での男の無力さを思い浮かべながら、シンジは耳まで赤くなって目をつぶった。ゆうべのアスカはいつもの透けたベビードールだけを身につけて、なぜかその下は過激なことに素っ裸だった。なだらかな丘陵の上に乗った茱萸(ぐみ)のような二つの乳首、陰阜(いんぷ)の上に茂る金色の若草の草原……。ミサトの不在を良いことに、浴室からそんな格好で直行してきて寝台の上で固まるシンジにのしかかってきた。

 

「あ、あ、アスカ。その格好……」

「ベリーダンサー風にしてみたのよ。今晩も……美味しく食べてくれるわよね、シンジ」

 

 言いながら、アスカの両手が彼のパジャマのズボンのゴムにかかった。……これではまるきり食べられたのはシンジの方だ。

 

 そんな強烈な映像に囚われたままのシンジの耳許に今はジャンパースカート風の制服姿のアスカはリップクリームだけ塗った若々しい唇を寄せて、裏返した掌の内側で小声で呟く。

 

「女体を飢えた獣のようにがっつくシンジもいいけれど、受け身のシンジがあたしの身体の下で征服されて喘ぐ時、とっても──可愛いのよね。まるで女の子みたい。今度、女装してデートでもしてみよっか?」

「……そんな言い方、酷いよ」

 

 力無く反論してみせる少年だが……。シンジを最初に「征服」した時、アスカも少しは少年の男性としての自尊心への影響を心配したのだ。だけどそれは杞憂だった。日常ではアスカの態度や口吻に事あるこどに反撥してくるシンジだが、夜の生活では違った。

 

 シンジはアスカのリードに、口先ではともかく強く反撥したことがない。もう諦めているのか、それが楽だと思っているのか、それとも──軽いマゾヒズムの快楽にはまったのか……いずれにしても可愛いものだと思った。アスカにとっても初めての経験となる男性だったが、この程度ならば、ちょろいもんだわね──と、潤んだ蒼い瞳でじっと見つめ、唇一つ与えるだけでくたっと力を抜いて寝台に倒れ込むシンジを見る度に思うのだ。

 

 深夜、情事が終わった後に、子供のように縮こまった性器から体液全てを吐き出してしまったかのように、虚脱した身体で震えるようにアスカの細腕にしがみつく──ちょうど今とは逆だ──シンジの頭を優しく撫でてやる。アスカはそれだけで満たされる思いがするのだった。

 

◆

 

 思えばユニゾン訓練のさなか、最初に結ばれた時も主導権はアスカにあっただろうか。真夜中に目覚め、寝ている間にキスをした、いやしてないだのの他愛のない口論から始まって、

 

──女のこと、何にも知らないくせに

──自分だって、男を何も分かってないだろ

──男なんて簡単に分かる単純なサルじゃない。あたし知ってんのよ、あんたがあたしをおかずにしてること

──う、だってそれは

──目の前にホンモノがいる。それなのに写真とか記憶とかでヌく……男のくせに女に立ち向かう勇気もないの!

 

 アスカは氷のように冷たい視線で、シンジを突き刺す。

 

──だって……受け入れてもらえるはずがないもの……それなら代わりに……

──そんなのやってみなければ分からないでしょ

──分かるよ。僕には価値なんて無いんだから

──それをあんたが決めつける権利はないわ

──え?

──あたしもあんたで自分を慰めたことがあるのよ。だからあんたの自己否定はあたしへの侮辱よ

 

 訓練中に生じた些細ないさかい。

 売り言葉に、買い言葉。

 でもそれが二人を結果的に結びつけたのだから、人生は分からない。

 

 アスカはビクビクした恐怖心とワクワクする好奇心を巧みに隠して、シンジを自室のベッドに誘った。

 

 もちろん最初はシンジが覆い被さってくる。まごつきながら、パンツを二人が脱ぐところまでは良い。

 

 だがその先が続かない。シンジには女体の彼自身を入れる場所が分からない。何度も吶喊を繰り返すが、砦の攻略の手掛かりさえ掴めない新米少尉と言ったところだ。焦りがさらにシンジの突進を拙劣なものにする。顔を見ると、いつしか汗だくで頬にも何かが伝っている。眉を八の字にし、瞳を潤ませている。うまく出来なくて、泣きべそをかいているのだ。

 

 アスカはそっと、いっそ優しいと言ってもよい手つきでシンジの頬に手をやった。

 

 シンジの焦りは努力の結果だ。何かをなそうとして失敗し、苦しんでいる。それはアスカのため──そう、自惚れてもいいはずだった。無気力な男と蔑んだ過去の評価をアスカは棄てて、自分から歩み寄ることを決めた。

 

「大丈夫よ。あたしに任せなさい」

「でも僕がやらなくちゃ──、一応、男だし」

「一応、でしょ。新兵(ニュービー)なんだから、男らしくなくても今日のところは許すわ」

「アスカには──出来るの?」

 

 声に滲んだ不安の色は、実はアスカの性的経験の有無を追及するもので、緑色の目をした嫉妬に彩られている。

 

「ばかね。あたしだって経験はないわよ。だけどこんなものは本能だもの。ね、あたしに上にならせて。そうすれば場所は分かるでしょ?」

「う、うん」

 

 ホントは本能どころかヒカリから調達したビニ本──女の子も進んでいるのだ!──による予習の賜物ではあったが、それはシンジの女子への幻想を守るために伏せる。頬の産毛を寄せ合いながら細かな段取りを相談して、頷き合うと、身体の位置をふたりは上下入れ替える。

 

「シンジの男の子の部分、触るわよ」

「うん……いいよ」

 

 自信の持てないシンジの若茎をアスカが白い二本の細指で摘まむ。

 

「ここを剥けばいいのね……っと」

 

 一足早く経験者になったヒカリに前もって教わったとうりに、覚束ない手つきで少年の先端を剥く。皮を引っ張ってしまい、シンジが顔をしかめる。

 

「痛(つ)っ」

「あ、ごめん。……でも女子はこれからもっと痛いのよ。少なくともそう聞いている」

「うん、僕もごめん──」

 

 アスカにすでに破瓜の痛みを与えてしまったような気になって、少年は申し訳なさでいっぱいになる。アスカはその優しさに気づいて、頬を撫でてやりたくなったが、今は指を彼の下半身に添えているところだ。代わりにそっと剥いたばかりの亀頭の粘膜を愛撫すると、先走った体液でぬめっているのが分かった。

 

 すでに硬さも大きさもほどほどで、不安の中にも欲望は兆している。見よう見まねで軽くしごき立ててやると、もう交接のためには十分だった。

 

「男の子の準備は、これで大丈夫よね……」

「アスカ……」

「怖いのは分かるけど、そんな情けない顔しないの。男の子でしょ。あんたはこれからあたしの中で男になるのよ?」

 

 自分の中の怖さを押さえ込むように、組み敷いたシンジを物理的にも心理的にもマウントする。

 

「大丈夫よ……お姉さんに任せなさい」

「え、お姉さん?」

 

 きょとんとしたシンジに向かってアスカは種明かしをする。

 

「あたしは去年の十二月に十四歳になってるのよ。十四歳以上というのがエヴァパイロットの資格要件だから。で、あんたは六月生まれでしょ。つまり半年だけだけど、あたしの方がお姉ちゃんってこと。あたしは大学も出ているしね」

 

 アスカは来日前にすでに使徒を何体も屠ってきたシンジへの対抗心に駆られて彼のプロファイルを取り寄せたことを思い出していた。年齢のことを知って湧き上がる優越感に微かに安堵したことを憶えている。──要するに弟みたいなものじゃない、いくらエヴァの操縦が上手くたってね、と。

 

「あのさ。やっぱり……僕が上になるよ……」

 

 自らが半年年下だと聞かされて、対抗心が芽生えたのだろう。男の子の沽券に関わるとでも思ったのかも知れない。

 

「お姉ちゃんとか言われて、怒ったの?」

「──別に」

 

 上半身を起こし明らかに憮然としているシンジに対して、アスカはベッドの上で立ち上がり、少し距離を置いた。

 

「アスカ?」

「あのね──恥ずかしいから、一度しか見せないわよ。こんな風にはね」

 

 白皙の肌を羞恥に染めて、戸惑うシンジに向かってアスカは宣言する。

 

 下着をいっさい身につけていない下半身を覆い隠していた手のひらを外し、アスカはカモシカのような長い脚の片方を天井に向かってピンと伸ばした。細腰の中心にある形の良いセクシーなへそと、V字に開脚された脚の付け根の、薄い金髪の飾り毛に囲まれ、縦にスパッと真っ直ぐ切り込まれたような清潔感のあるスリットにシンジの目が釘づけになる。ぴっちりと閉じた駱駝のひづめのような形だ。

 

「あんたが入れたがってて、場所が分からなかったのはここよ──あたしの女の子の部分」

「ここが──アスカ──なの?」

「そうよ。ここがあたし。幻滅した?」

「ううん。……とっても綺麗だ」

「男がここのことを知らないのはおかしなことではないの。場所が分からなくても、恥ずかしいことでもない。だけど馬鹿にしたり、尊厳を汚したりはしてほしくない場所なの。だから──シンジが慣れるまで、最初は──あたしに任せてほしいの」

 

 アスカはそっと足を閉じて体育座りになってから言った。普通に正常位で女を抱く男が圧倒的に多いはずだし、それを考えればあんまりな言いようだとも思ったが、要領の悪いシンジに任せていたら、いつまで経っても埒があかない。アスカはせっかくの好機をこんな形で失うのは絶対に嫌だった。

 

「わ、わかった」

「よし──」

 

 肯いたシンジを抱き寄せるとアスカはもう一度自分の下にそっと寝かせた。

 

「まだ、萎えてはいないわね」

「だって……アスカが僕に全部を見せてくれたんだもの」

「全部を見て、その上で繋がりたいと思ってくれたのね」

「うん」

「良かった。……じゃあ、一緒になろうね」

 

 言いながら、摘まんだシンジのそれをアスカは自分のすでに濡れた女の源泉にあてがった。もう後戻りは出来ない。リツコから生理のコントロールのために低用量ピルを処方されているから、ゴムはつけなくていいはずだ。陰唇と亀頭が双方の接触でねじくれて、変形し、弾みで陰茎が陰核に触れると快感を生んだ。

 

「あン……うふ……んっ」

 

 もう一度、シンジのものを指先で入り口にあてがい直し、艶めかしい吐息がこぼれそうになるのを堪え、そのままググッと体重を掛けて上から彼を呑み込もうとすると、シンジが「や、やめて……アスカ」といわでもがなの抵抗の言葉を今さらのように口にした。

 

「どうしたって言うの、シンジ」

「やっぱり怖いよ……アスカの表情がすごく怖いんだもの」

「いい加減にしてよ。もう遅いわ」

 

 シンジの半ば先端を女の入口に埋め、破瓜一歩手前で焦らされている乙女の煩悶と苛立ちは如何ばかりのことか。

 

「──だよね……ごめん。アスカに任せるって約束したのに。いいよ、アスカの好きなタイミングで繋がってくれて──」

 

 上気した頬に、睫毛を伏せた紅顔の美少年の屈服の表情と言葉がそれだけでアスカを軽くイカせるが、シンジのためにもそこで止めるわけには行かない。

 

「怖いなら、目をぎゅっとつぶって数字でも数えてなさい。痛くはしないから。──どうせあっという間に終わるわよ」

 

 むしろ痛いのはさっきも話したように、アスカの方に決まっている。

 

 少し小馬鹿にするように言ってしまってから、シンジは傷つかなかったろうかと心配になる。彼に嫌われたくはない。でもこちらも無理に無理を重ねているのだ。もう、つべこべ言わず素直に犯されてほしかった。アスカは更に腰に力を入れた。

 

 アスカの貞操をこれまで楚々としたたたずまいで、しかし堅固に守ってきた彼女の入り口で、軋む男の子自身の脈動に、これからおとずれる激痛を予感する。

 

「もう……少し……よし。行くわよ、アスカ」

 

 自分を鼓舞する言葉とともに、「ううっ」と最後の抗議のように漏れ出るシンジの呻き声に征服感を感じながら、腰を下ろして行く。シンジはアスカに言われたとおり、素直に目をぎゅっとつぶっていて、震えているさまがとても可愛かった。アスカはシンジのモノをヤジロベーの支点のようにして、身体の左右のバランスを取りながら沈みこんで行った。ぽってりとした肉厚の淫唇が限界までシンジの男の子を欲深く頬張ると、アスカは自らを自重で刺し貫いた。

 

 ガラスで腹の中を裂かれるような鋭い痛みの中に、早くも女の快感があって、ああっと声を上げてしまう。二回、三回、四回と上下動(スラスト)を繰り返すと、その快感はアスカの内部でどんどん膨らむようだったが、先にシンジが自失する。──アスカの予言どうり、程なくしてシンジが果てたのだ。

 

「うっ」

 

 ピクリと身体を動かして狼狽えるシンジのあっという間の絶頂に、予期していた彼女自身も驚いたが、「もう?」という失望の声を上げるのはかろうじて踏みとどまった。

 

「……はぁ……はぁ……シンジ……?」

「ごめん──あの──僕、情けなくて」

 

 長持ちしなかった自分を恥じるように目蓋を伏せて呟くシンジにアスカは慰めるように優しく微笑んだ。

 

「よかったわよ……バカシンジ」

 

 ともあれ、二人は大人の階梯を一緒に登ったのだ。二度と出来る体験ではない。快感の萌芽以上に大切な経験だった。その相手がシンジであることに後悔は感じなかった。

 

「う、うん……ありがとう、アスカ」

 

 アスカはまだ繋がったままに、シンジの平たい胸に突っ伏すと、頬を彼の胸板にこすりつけた。快感は来た時と同じく迅速に引いていった。小さくなったシンジのものが直ぐにぽろんとまろび出てアスカの膣から抜け落ちたが、ひりひりする股間の痛みにアスカは充足を感じていた。

 

 アスカはシンジと一緒に仰向けに寝台に寝転がると、堅く手と手を握った。見慣れた天井を見上げながら、朝までシンジと手を繋いでいよう、とアスカは思った。

 

「これがセックスなんだね──びっくりした。シンジは?」

「うん──自分でしてたのよりも良かったよ。アスカが上になってくれたのは少し恥ずかしかったけど」

「あたしの下になってても、ちゃんと男の子だったね。素敵だったよ。次はシンジが上になってすればいいよ」

「うん──それは、そうなんだけど」

 

 シンジは言い淀んで、今繋がったばかりの少女の白い顔を見つめる。

 

「どうしたの? シンジ」

「しばらくは今晩のと同じでもいいよ──アスカが上になってくれてもいい。僕は我慢するから」

 

 浮かない顔で表情を失っているようなシンジだったが、よく見ると隠れた含羞の色があった。

 

「へえ──そう?」

「あの──僕が上になれって言うなら、もちろんやるよ。別に普通のやり方がイヤな訳じゃないんだ。でも上手く行かなかったら困るし……」

 

 それでアスカは理解した。シンジのやつ、騎乗位が気に入ったのね。シンジを笑ったりして傷つけないようにアスカは控え目に言った。

 

「そうね。しばらくはあたしが上の方がいいか。でもシンジが上になりたくなったら、いつでも言うのよ」

「うん、最初だけ──最初だけだよ」

「大丈夫よ。いつでも良いの。焦ることはない。ずっとこういう体位が良いなら、それはそれで構わないわ。男の子だからとか気にしなくてもいいのよ」

 

 シンジはそれで安心したようにようやくぎこちなく微笑んだ。それから二人は明け方まで夜通し話をしていた。話の内容はどうでも良かった。友達とか学校行事とか勉強とか、そんな話だ。アスカはこんなの──ジュリー・デルピーがヒロインを演じていた映画みたいに浪漫チックだわ──とじんわり感動した。

 

 翌朝、ネルフ本部で、これからはシンジと寝室を同室にしてベッドもダブルに変えてくれとミサトに申し出た時、アスカは誇らしげにシンジの手を引いて、握ったままでいた。

 

「そう。あなたたちは無事、番(つがい)になったのね──」

 

 ミサトから聞き慣れない言葉を耳にしたのは、それが初めてだった。

 

◆

 

 その後シンジは、ずっと騎乗位にこだわった訳ではなかった。屈折した性的嗜好を知られて、アスカに嫌われるのを恐れているのだろうか。時折正常位や後背位も希望に挟んでいたが、一番好きなのは騎乗位のようだった。もちろん、アスカには先刻承知のことだった。

 

「やっぱりやめてよ……アスカ。僕、上になる……ちゃんと出来るから」

 

 アスカ主導の騎乗位での挿入の際、すでに性器と性器の粘膜同士が触れ合っているさなかに、自らその体位を希望したシンジがそんな風に口にすることがあるのは、もちろん本意は違うのだという言い訳なのだが、自覚は薄いだろうが、アスカの方から無理やりにという妄想的なシチュエーションの雰囲気を醸し出すためでもあるのだろう。もちろん、その言葉はアスカをも昂奮させる。

 

「だめよ、シンジ。もう今日の体位は決めたんだから。男の子が女に負けるのは別におかしなことじゃないの。少なくとも番(つがい)の場合はそうよ──」

 

 そのからかい、見下すようでいて案外柔らかい言葉に、シンジは悔しそうに唇を噛み締めると、恨みがましい視線をアスカに送ってくるが、それは諦観にすぐ取って代わられる。

 

「いいよ……アスカの好きなように僕を犯して──いつもみたいに玩具(おもちゃ)にしてくれて──いいよ」

 

 シンジはアスカの顔や裸身の美から逃がれるようにぎゅっと目をつぶる。「すぐ出ちゃうよ」と泣き言を言っていたシンジに「少しでも長持ちする方法」として教えてやったことを彼は健気に守っている。

 

 「いい子ね──バカシンジ」と心の中で褒めながら、アスカはシンジを手ずから自分の中へと導き、上下動(スラスト)をゆっくりと始めると、こすれる粘膜のぬめりに思わず彼女からふわァという喘ぎがこぼれ、唇の端から涎が垂れる。伝わってくるシンジの硬さと体温。心細そうにアスカの中で小刻みに震えるシンジ自身をアスカは全身で抱き止めてやりたくなる。平たいシンジの胸に両手をついて尻たぶをズリズリと持ち上げ、臀部の重みをパンパンと打楽器のようにシンジの腰に打ちつける。

 

 男の子という──この玩具(おもちゃ)の気持ちよさったら、他に較べられる物がない──。

 

「アスカ、アスカ……」

 

 悩乱するシンジが彼女を求める言葉だけを口にすることにアスカは満足し、背中を丸めて近づけた耳元で悪戯っぽく囁いてやる。

 

「ねぇ、シンジ──赤ちゃん、作ってみようか?」

 

 その言葉にシンジは両目を見開いて、怯えたような顔を見せるが、アスカは安心させるように微笑む。

 

「あたしの中で──解き放つ──放精するだけでいいの。あたしに包み込まれたまま負けてしまえば、それでジ・エンドよ。簡単にパパにはなれるわ」

「い、いやだ」

 

 まだ中学生なのに、父親になる恐怖──いや、父親にならせられる恐怖にシンジの顔が歪んでいる。

 

 薬が効き過ぎたわ──アスカは笑いながら、首を振って、避妊はちゃんとしていると言う代わりに、

 

「お姉ちゃんに任せておきなさい──悪いようにはしないから」

 

 と言う。怯えるシンジの表情の変化を楽しみながら、重たい尻の律動を、どこまでもアスカだけのペースで高く、速くしていく。アスカの重さが、打ちつけられるたびにシンジの被虐的な快感に変わっていく。

 

「やめて。こんなの──もう出ちゃう……よ」

「我慢なんかしなくていい──シンジはあたしに負けるの。負けていいの」

 

 シンジは不安を抱えたまま、遂にはうっ、と我慢の限界に達する。ぴしゃり、ぴしゃり、とシンジはアスカの中で射精し、目をつぶる。息が熱く乱れる。抵抗も出来ず、アスカが上に乗っかっているから、外に出すことも当然出来なかった。

 

「ふう……満足満足……」

 

 性的な飢餓感を埋めきったアスカは満たされた思いとは裏腹に、それを与えてくれたシンジに蔑むような視線を瞬間閃かす。二人の身体が結合から離れると、シンジは膣からこぼれ落ちる自らの白い体液を目の当たりにして、その結果に茫然とする。アスカは「よしよし」とばかりに、頭を撫でてやる。シンジはそれには目を細めて嬉しそうにしながらも、アスカの胸に身体を寄せて抗議する。

 

「嘘だよね? 赤ちゃんなんて」

「さあどうかしら」

「本当に出来たらどうするんだよ……」

「結婚するだけでしょ。番(つがい)なんだからどの道そうなるわよ」

「結婚って──」

「前から言ってることでしょ。番(つがい)は絶対に結婚する運命(さだめ)なの。ミサトから教わったでしょ」

 

 セックスによる親密化と、同志的愛情によるエヴァンゲリオンのユニゾン的運用も、番(つがい)となったエヴァパイロットにとって大切な使命だが、子作りと結婚──それもまた番(つがい)の役割だ。アスカはシンジのこれ以上の言葉を塞ぐように唇を押しつける。シンジがすぐに目をつぶり、乙女のようにうっとりとしている。夜にはこんなに素直に甘えてくるのに、昼のシンジは未だに反抗的なのはどうしたことだろう。

 

 初めての夜に、男なんて簡単に分かる単純なサルと喝破したアスカではあったが、実のところまだ男の全てが分かっていない。

 

 だが、子供など今はまだ出来ないにしても、単なる時間の問題だ。エヴァから降りればいずれそうなる。それはアスカとシンジが人類のためになすべき最後の仕事。ネルフが彼らを使って掛けるある種の壮大な「保険」なのだ。

 

 もしものその時には積極性に欠けるシンジよりも、アスカが「子作り」の主導権を握る必要があるだろう。そしてアスカ主導のためには、今二人が好んで夜の生活を営んでいる、この騎乗位というやり方が好適となるはずだった。男の沽券へのこだわりを捨てられないシンジだが、受け身であっても彼には出来ることがある。

 

「頑張ろうね、シンジ。二人で一緒に」

「アスカ?」

 

 シンジは唐突なアスカの言葉に首を傾げるが、アスカは互いの頬を寄せあって、子猫がじゃれあうように愛情たっぷりにこすりつける。同時に下半身では、萎えかかっているシンジの持ち物に手を伸ばして、そっと白い指で捕まえる。

 

「毎晩の夜の生活──将来的には夫婦生活。シンジのコレを使った大切なお仕事よ。さしあたっては今晩はもう一回するわよってこと」

「あのね、アスカ──僕、アスカのことが好きみたい。毎日、切なくてたまらないんだ」

 

 場違いなのか、適切なのか分からないタイミングで、シンジは熱い吐息とともに、勢い任せに愛を告白する。

 

「それは──おめでとう。あんたの恋、かなってるわよ」

 

 少なくとも好きな時にアスカを抱ける。いや、アスカに抱かれることが出来る。独占的で排他的な男女関係。それを恋の成就と言わずして何と言おう。

 

◆

 

 昼休みになったのでアスカはシンジの机に自分の机を引っつける。二人の席にはけっこうな距離があるので、途中の席のクラスメートたちの机と何回もぶつかり、眉を顰められているが、アスカは気にも留めていない。

 

 アスカの行動に対して、物問いたげなシンジに向かって、彼女は鹿爪らしい顔をして言う。

 

「番(つがい)だから──」

 

 シンジは怪訝な顔をする。

 

「あら、わからなかった? ファーストの口癖の物真似よ。普段はあんなにC調で明るいのに、戦闘なんかでスイッチが入ると、あの子、こんな風になるでしょ?

 ──『絆(きずな)だから』『なら、そうすれば』『あなたは死なないわ、私が守るもの』……結構似てるでしょう。ネルフでの打ち上げパーティーの余興用に練習したんだ。きっとウケるわよ。隠れた才能ってやつ?……将来、声優にでもなろうかしら」

「なっても、あまり色んな役がつかなそう」

 

 シンジが突っ込むと、何ですってと、ギロリと睨まれた。しかしシンジの見るところ、実際、アスカは芸達者なタイプではなく、一途で真っ直ぐなイメージなのだ。むしろコロコロと表情や口調を変える綾波レイの方がある種の芝居には向いている気がした。もちろん、アスカもヒロイン然とした態度は立派に主役を張れそうな存在感はあるのだが……。

 

「それはそうと、最近昼休みのたびに机をくっつけてくるね」

「だから今、言ったでしょ。番(つがい)なんだからこれが普通。任務のうちよ」

「たまにはトウジたちとも食べたいんだけど……」

 

 教室からはその鈴原らが連れ立って出て行くところだった。購買にでも行くのだろう。

 

「男のつき合いってやつ? あたしのいない日にすればいいじゃない。ま、番(つがい)である以上、そんな日はまず無いだろうけどね。毎日ひっついてやる」

 

 意地悪く口角を上げたアスカはシンジにわざとぶつかって、胸を彼の背中で押しつぶしてから、席に着く。机の上に弁当を包んでいた風呂敷包みを広げると、シンジの作った弁当のふたを開く。すぐに大好物のウィンナーと唐揚げを発見してアスカの目が輝く。夜を徹しての二人の共同作業で汗を掻いた後には、イチャイチャと互いの全身と陰部を洗い合う後戯的な意味の強いシャワーを一緒に浴びて、早朝にはミサトも加えた三人分の弁当を作る時間も考えると、シンジには睡眠時間は幾ばくも無い。しかし、こんな風なアスカの笑顔が見れるのなら、まあいいかとシンジには思えるのだ。

 

 シンジもアスカに倣って席について弁当を広げた。そのそばから、アスカが「いただき」とウィンナーを一本強奪する。やれやれとため息をつきながら、シンジは話を再開した。

 

「別に僕の自由を拘束する必要もないだろ」

「あたしはあんたの女になった時点で、処女だけでなく恋愛その他の自由を喪失してんのよ。互いに束縛しあうのが番(つがい)ってものなの!」

「つまり、それって恋び……」

 

 シンジが確認すると、アスカは言葉を遮って、首を横に振る。

 

「か、勘違いしないでよ。あたしはシンジと恋人のつもりはないから」

「まだ言ってるのそれ……」

「毎晩、セックスだってピロートークだってする。それは番(つがい)同士、仲良くした方がユニゾンその他の連携が上手く行って、互いの生存率が高まるからよ。エヴァの作戦会議や戦術議論をお布団の中でもできれば、効率だっていいわ。身体を知ってて、毎晩抱いている相手なら必死で守ろうと思えるでしょ? だけど色恋沙汰のつもりはないの」

 

 前々からアスカが口を酸っぱくして言ってることだからもはや驚きはないが、改めていわれる度にシンジはがっかりするし、反撥も感じてしまう。シンジはアスカが耳の先をほんのり赤く染めていることには気づけない。

 

「でも、番(つがい)になるってことは結婚……してくれるって事なんでしょう? アスカは約束したよ」

「疑り深い男ねえ。ハイハイ、もちろんお嫁さんにはちゃんとなって上げるわよ。あんたは勝手に恋女房であるあたしに恋してればいいじゃない。あたしぐらいの美少女なら冴えないあんたが憧れるのは当たり前だわ。そんなに好きなら毎日ラブレターでも書けばぁ? 読んでも返事はしてやらないけどね」

 

 惚れるのはあんたの自由、でもあたしには関係ないでしょとアスカはぴしゃりと言うのだ。シンジは更に食い下がった。

 

「だけどアスカの方も恋愛の自由を喪失したって、今言ってたじゃないか……」

「当たり前でしょ、人間だもの。毎晩セックスをする相手が他の人間と恋愛関係にあったら面白くないに決まってる。嫉妬が番(つがい)の関係を破壊し、エヴァの操縦や作戦にも影響を来したら目も当てられないわ。あんたとあたしがこういう関係になった時点で、自由の制限はやむを得ないことなのよ。お互いに初めて同士だったんだしね」

 

 こういう関係と言いながら、アスカは右手の親指と人差し指を丸めて作った円に、左手の指を伸ばして差し込む。性交を表すハンドサインのつもりなのだろう。

 

「やめろよ、女の子がはしたないだろ」

「あら、ちゃっかり自分の女気取りでお説教ってわけ?」

「自分から……シンジの女になったって、吹聴してるんだろ」

「それはそうよ。あたしはあんたの女、処女だって奪われたのよ。でも恋人って訳じゃない。だって加持さんの方がよっぽど素敵なんだもの。だけど、もう加持さんに想いを寄せることは出来ない。あたしは身も心もシンジのものだから。悲劇のヒロインよね──よよよ」

 

 アスカはわざとらしく、目元をハンカチで覆って泣き真似をしてみせる。身も心もシンジのもの、と言われたことにシンジは少し安心して、心の余裕も出てくる。

 

「加持さんはミサトさんと寄りを戻しただろ」

「知ってるわよ。もう諦めたわ。……あんたもちゃんと霧島マナ、山岸マユミとは縁を切ったんでしょうね」

 

 アスカは眼光鋭くシンジを睨みつける。

 

「話しただけで保安部に通報するような誰かさんがいつも隣にいて、友達関係を継続できると思う?」

「どうだか。後でスマホの着信履歴をチェックするからね」

「……またなの?」

 

 定期的に入るゲシュタポのようなアスカのスマホ点検にシンジはうんざりした。

 

 アスカは──全く転校生という人種は油断がならないわ──と、自らも(実はシンジも)転校生だったことを棚に上げて、教室の隅で綾波レイの席の周りで談笑する少女たちを油断なく監視する。

 

 いつもつるんでる三バカ──転校生チームね。

 

 「で、うちの家の庭にはこーんな大きな鯉がいるの。パパがママのお尻とどっちがデカいかな?って言うぐらい。すぐママに怒られてたけど」

 「そういえば、霧島さんのお尻も大きいですよね」

 「たしかに。マナのお尻は安産型ってやつよね。やっぱりお母さんからの遺伝?」

 「だったら嬉しいな。時代はデカ尻だから」

 「そんな時代がいつの間にか来てたんですね……」

 「四年後には令和だもの。どんどん変わっていくわよ」

 

 話の内容はアスカのアテレコで、実際に何を話しているのかは聞き取れないが、明朗闊達な霧島マナが盛んに手を動かして主な話し手に回り、隣で熱心に聞き入る山岸マユミともどもアスカの一方的視線に気づいた素振りはないが、アイボリーのニットベストを着た綾波レイは意味ありげに微笑んですぐアスカに視線を返してきた。

 

 ──ほら。あの女はやっぱり油断ならない……

 

 なにしろ転校してきたその日から、シンジを巡って言い争いになったアスカに堂々と喧嘩を売ってきたのだ。

 

 ──あんたこそ何? すぐこの子庇っちゃってさ

 ──なに、デキてるわけ? 二人

 

 アスカはその時は内心で、(ハイ、デキてます……先週から)と呟きながら、真っ赤な顔ですごすごと引き下がらざるを得なかった。そんな記憶を思い出す。

 

 ファーストチルドレン・綾波レイ。クラスでの明るい振る舞いとコケティッシュな魅力はあっという間に男子と女子多数の心を掴んで、その周りには友人の群れが絶えないが、ネルフでの彼女はもっと計算高く、大人の女として振る舞っていた。それに戦闘中は人格が切り替わるらしく、寡黙に機械的に任務をこなすミステリアスさも兼ね備えている。たぶん、アニメ雑誌ででもアスカと二人で人気投票決戦をしたら大差で負けそうな相手だ。シンジも案外こういう女の子には弱いのではないか。アスカは肉体と番(つがい)の絆で繋ぎ止めてはいるが……。

 

 実際、同じ日のネルフのブリーフィングで正式に紹介された時、ミサトの口からアスカがシンジと番(つがい)になっているということを告げられた時には、綾波レイの言動は初対面の印象より、もっと酷いものとなった。

 

「へぇ先週からあの子と番(つがい)だったの。あの子から手を出すようには見えないから、あなたから手を出したのね」

 

 失礼なことをニコニコと言う上に、アスカが反論する暇も与えず、さらに全く関係ない話を持ち出してきた。

 

「チルドレン・ナンバーはエヴァパイロットの序列なのよ」

「は? 何よそれ」

「軍隊の先任と同じで、セカンドよりもファースト、つまりあなたより私が偉い」

「何ですってえ!」

 

 食ってかかり、手まで出しそうになるアスカを、綾波はどうどうと宥める。

 

「まあ、聞きなさい。そんなことよりもあなたとあの子(シンジくん)のこと。──私とあなたの上下関係と同じで、要するに軍隊秩序の上では、サードよりセカンドが偉い。だけど、男の子の方が力も強いのに、そんなに簡単に女子に従うと思う? で、気になったあたしはずっとあなたとサードチルドレンの関係を今日一日観察してたってわけ。そしたらあの子、ずっとあなたの事を目で追いかけてるし、あなたの言うことにもそんなに逆らわない」

「そんなこと無いわよ。シンジはいつもあたしに文句を言ってるわよ。口を開くと口喧嘩」

 

 シンジはと目で追えば、エヴァが黄、紫、赤と三体並んだケージの隅っこで独り、ぽつんと寂しそうに体育座りをしていた。弐号機との特殊なハーモニクス試験のため、アスカとお揃いの赤い女物のプラグスーツを着ていて、少し恥ずかしそうだ。アスカの視線に気づくと、真昼のような笑顔を咲かせて、彼女に手を振ってくる。……可愛い。

 

「完全に、ペットのわんこ君じゃないの──彼」

「そりゃいつもそばにいるあたしがいないと寂しさが募るのよ。今日もあたしがあんたに呼び出されてなければ、いつもどうり、待機中のケージで二人で手を繋いでお話してる頃だモン。肉体関係というのは……いや、こほん。番(つがい)って、そういうものなの。いないと切なくなるの。普段、学校とかではシンジもあたしに簡単に負けちゃいないわよ。あんなんでもあたしの未来の旦那さまなんだもの。しっかりして欲しいから、それなりに反論もさせてるし、教育してるのよ」

 

 反論させてるのはシンジとの言い合いがアスカにとっても楽しいからだが、この場ではそういうことにしておく。しかしアスカの弁明に、レイは懐疑的だった。

 

「そうかしら? そりゃあ、あなたが余りにも理不尽な事を言えば、彼も言い返してはいた。あなたがバカバカと罵倒するほど、別にバカでは無さそうだしね。だけどあの子の中にあるのは、本質的にはあなたへの憧れよ。しかもそれだけじゃない。あの子、あなたに用があるネルフの男性職員が近づくと、それだけで不満や怒りをこめた視線を送っていた。あれは単なる嫉妬じゃないわね。自分のオンナに近づくなという野犬の眼よ」

「それは……」

 

 綾波レイの観察力の鋭さに、アスカはただ口ごもる。シンジが自分に向かってそんな熱い視線を送り、独占欲を露わにしていたとは全く気づかなかった。

 

「それで、番(つがい)だと聞いたから一応は納得したわよ。でも野犬はどうして女に逆らえないのかしら。女の子の方が弱いのに。で、あたしはピンと来たのよ。セカンドチルドレンの方が、サードチルドレンより偉い。──あなたはそれをベッドの上で──証明したのよね?」

「……意味わかんない」

 

 核心に迫りつつあるレイの追及に、アスカの顔から冷や汗がだらだらと流れている。

 

「騎乗位で男の子をモノにしたんでしょ、って言ってるのよ。それで男の子にコンプレックスを植えつけつつ、自分に依存させる。……本当はあなた、男に優しく抱いてもらいたいお姫さま願望の激重女のくせに、ね。これじゃこの先一生、姉さん女房みたいにあの子の世話焼いて面倒見るの確定ね」

「~~っ!」

 

 何もかもを見透かしたような綾波レイの態度に、アスカは目を白黒させるが、反論は何も思いつかなかった。綾波レイは、(適当にかまをかけただけなのに、図星だと顔芸で教えてくれて可愛すぎる、この子……)と口角を上げていた。

 

「私の経験上、ボーイフレンドにそういうことをすると、後々面倒になるわよ。性癖の歪んだ男の子ほど面倒くさいものは無いもの」

「余計なお世話よ。第一、今さらどうすればいいってえのよ!」

 

 半ば相手の分析が正解だと迂闊に自白するように、アスカは激発した。

 

「番(つがい)はチルドレン同士なら誰でもいいのよ、あなたも聞いてるでしょ? あの子の番(つがい)をとっととあたしと代わりなさい。あたしがあの子をまともな男に戻してあげる。あんたはテキトーに、そうね、その辺にいるジャージや宇宙人とくっつけばいいわ」

 

 ケージ内をプラグスーツを着ず──まだ支給されていないからだが──、暇そうにうろうろしているフォースチルドレン鈴原トウジと、フィフスチルドレン渚カヲルをレイは雑に指さした。アスカの視線からは二人の男子の顔は、へのへのもへじにしか見えない。

 

「ぐえ」

 

 白目を剥いたアスカの喉から変な音が漏れ出た。

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