マクロスΔ オペレーション・スィートプリズナー 作:夜叉五郎
惑星ラグナ・マクロス・エリュシオン
ch.1「突然のプロポーズ」
春の気配など微塵も感じさせない、冷たい艦内空気。
マクロス・エリュシオンのブリーフィングルームに乾いた拍手が響く。
この日、正式に辞令が下り、アラド・メルダースがマクロス・エリュシオンの艦長に就任した。
空いたデルタ小隊の隊長ポストには、本来なら本日同時に、ミラージュ・ファリーナ・ジーナスが任命されるはずだった。
だが、ミラージュは、半月前から赴いていたリーダー研修先で何らかのトラブルに巻き込まれたようで、この日も不在である。
そのため、代理として当分の間チャック・マスタングが、臨時で小隊長を務めることが発表される。
なお、ハヤテ・インメルマンはフレイアの忘形見の養育に専念するため、ヘイムダルの争乱終結直後に退役している。
そしてワルキューレは、美雲、マキナ、レイナ、そしてカナメ――フレイアのいない四人で、再び活動を始めることになった。
わずか一ヶ月余りで、ケイオス・ラグナ支部は、随分と寂しい陣営に様変わりしていた。
カナメ・バッカニアは静かに息を吐いた。
就任式が終わった直後、アラドから短いメッセージが届く。
『カナメさん、少しお時間いただけますか。格納庫で』
――指定された場所は、バルキリー格納デッキ。
照明が落された広大な空間に、VF-31Sジークフリードが静かに佇んでいる。
アラドは愛機の主翼に軽く手を置き、こちらを待っていた。
カナメはワルキューレの通常業務用ユニフォーム姿で歩み寄る。
濃紺のクロップドジャケットに白のインナー、短めのスカートに黒のタイツ。
ジャケットの裾から覗く腰のラインが、照明に照らされて艶やかに光った。
「お待たせしました、アラド艦長」
まだ「艦長」と呼ぶのは慣れない。
ずっと「隊長」だったのに。
アラドは苦笑交じりに首を振った。
「まだ慣れないな、その呼び方。……今日は、艦長としてじゃなくて、個人として話がある」
カナメの眉が小さく動いた。
個人として?
アラドは一歩踏み出し、真っ直ぐにカナメを見つめた。
いつも冷静な瞳に、今は確かに熱が宿っている。
「カナメさん。俺と、付き合ってくれないか。……結婚を前提に」
瞬間、カナメの思考が真っ白になった。
え?
頭の中で言葉が反響する。
耳を疑った。聞き間違いかと思った。
でも、アラドの表情は本気だった。
冗談でも任務でもない、ただの「男」の顔。
「ちょ、ちょっと待ってください……!」
声が裏返る。
心臓が早鐘のように鳴り始めた。
どうして? いつから?
自分はそんな素振りを見せた覚えはない。
いや、アラドだって――
「急に何を言い出すんですか……!」
「急じゃない」
アラドは静かに首を振った。
「ずっと前から、貴女が好きだった。ワルキューレを護衛し始めた頃から、ずっと」
カナメの頬が熱くなる。
十歳以上も年上。
戦友。
飲み仲間。
公私ともに世話になりっぱなしの、頼れる存在。
それが今、恋愛対象として自分の前に立っている。
現実が、どうしても飲み込めない。
「……私、答え、すぐに出せません」
やっとのことで絞り出した言葉。
アラドは静かに頷いた。
「わかってる。急かさない。……ただ、伝えたかっただけだ」
それ以上何も言わず、軽く敬礼の仕草で手を上げると、アラドは背を向けて歩き去った。
VF-31Sの影が、まるでそれを見送るように長く伸びる。
カナメはその場に立ち尽くしていたが、やがて踵を返し、ほとんど小走りで自室へと逃げ帰った。
自室のドアを閉めた瞬間、力が抜けてベッドに倒れ込むカナメ。
枕に顔を埋めて、両手で頭を抱えた。
うわああああああああああああああああ!!!
心の中で絶叫する。
どうして? どうして今? どうしてアラド艦長が――
でも、嫌じゃない。
それが一番怖かった。
拒絶感が湧かない。
むしろ、胸の奥が熱くて、苦しくて、甘いような――
「……だめね、私」
カナメは枕に顔を押し当てたまま呟いた。
フレイアが逝って、まだ一ヶ月も経っていない。
『カナメさん、幸せになってな!』
笑顔で言ってくれたあの子の声が、まだ耳に残っている。
メッサーのこともある。
『歌ってくれ、カナメさん』
あの言葉が、今でも胸を締め付ける。
大切な人を、立て続けに失ったばかりだ。
こんな時に、結婚なんて――
でも、アラドの瞳が脳裏に焼き付いて離れない。
あの真剣で、どこか切なげな眼差し。
胸の奥に小さな火が灯ったような、そんな気がした。
カナメはゆっくりと体を起こし、机の上に置いてあったメッサーの形見のブレスレットを手に取る。
「……どうすればいいの、メッサー君」
答えは返ってこない。
(続く)