※この作品はR-18です。

マクロスΔ オペレーション・スィートプリズナー   作:夜叉五郎

160 / 218
2068年5月19日(土)
惑星レハーム アルテミシア・グランドホテル レセプションホール


ch.160「カナメ記者会見:ヴァール根治プラン発表フェイズ」

クレア・パドルが司会卓の端末を操作すると、背後の巨大スクリーンと数千人の記者たちの手元にあるタブレット端末が一斉に同期し、鮮やかなスライドが映し出された。

 

「それでは、本会見の核心へと移らせていただきます。まず、弊社の概要についてご説明いたします」

 

スクリーンには、洗練されたフォントで「株式会社オーオク」の企業情報が躍った。

 

* 代表取締役社長: オリッシュ・ハメルマン

* 設立: 2068年4月13日

* 資本金: 一千万クレジット(IPO後の増資による)

* 主要提携先: ケイオス、SMSウロボロス支社

* 市場状況: 銀河プライム市場上場(連日ストップ高を記録中)

 

「弊社は一ヶ月前、代表のオリッシュが個人資産で設立したベンチャー企業としてスタートいたしました。その後、ケイオス・アダルト部門との共同開発製品『KBモデル』の驚異的なポテンシャルが市場に認められ、異例の速さで銀河プライム市場へ上場。先日の株式公開に伴う第三者割当増資を経て、現在の資本金は一千万クレジットに達しております」

 

会場にどよめきが走った。

 

一ヶ月前には名もなき個人が立てた小さな会社が、上場と増資を経て、いまや数兆円規模の時価総額を背景に持つ怪物へと変貌を遂げている。

 

その異常な成長スピードに、敏腕記者たちは背後に潜む巨大な意図を感じ取り、背筋を凍らせた。

 

「現在、主力製品である『KBモデル』は、発売から一週間で累計販売台数三百万個を突破。銀河全域において、これまでにない爆発的な普及を見せております」

 

三百万個。

 

一週間で六億クレジットものキャッシュを稼ぎ出した計算になる。

 

この圧倒的な収益力こそが、オーオクという新興企業が銀河の経済圏において無視できない存在となった何よりの証左であった。

 

だが、クレアの声はさらに温度を下げ、静謐な響きを帯びていった。

 

「しかし、我々オーオク社の真の目的は、単なるデバイスの普及ではありません。本日、この場をお借りして、弊社が総力を挙げて開発した『次なる製品』を公表させていただきます」

 

クレアが指先を滑らせると、スライドが切り替わった。

 

漆黒の背景に、銀色に輝くロゴ――『ABV (アダルト・バリア・ビジョン)』。

 

「我がオーオク社は、ケイオス・アダルト部門の全面協力を得て、この銀河において長らく猛威を振るい続けてきた災厄――『ヴァールシンドローム』を根治するための、ワクチンABVソフトのリリースを決定いたしました」

 

「……根治、だと?」

 

「今、なんて言った? ヴァールを……治すのか?」

 

一瞬の静寂の後、会場は蜂の巣をつつついたような騒ぎとなった。

 

これまでワルキューレの歌声による「抑制」こそが唯一の対抗策だったヴァールに対し、得体の知れない新興メーカーが「根治」という、全銀河が待ち望んだ禁断の単語を突きつけたのだ。

 

「ABV……。その詳細については、これから順を追ってご説明させていただきます」

 

記者たちの耳目は、もはやカナメの婚約というスキャンダルから、目の前の若き元歌姫が提示した「ワクチンABVソフト」という名の未知のプログラムへと、強烈に引き寄せられていた。

 


 

「皆様、お手元の資料の三ページ目をご覧ください」

 

クレアの声と共に、スクリーンには『ABVシステム』の複雑な構成図が映し出された。

 

「ABV――アダルト・バリア・ヴィジョン。これは現在、ケイオス・アダルト部門がプロトカルチャー遺跡由来のオーバーテクノロジーを基に開発した、五感追体験型の次世代アダルトビデオ・フォーマットです」

 

会場の空気が一変した。

 

単なる高画質な映像ではない。

 

視覚・聴覚に加え、特殊なフォールドバリア技術を用いた『触覚』、さらには擬似分子生成による『嗅覚』『味覚』までを再現する。

 

その圧倒的なスペックに、IT・技術系の記者たちが息を呑む音が聞こえた。

 

「このシステムは、記録側と再生側が対となるデバイスを装着することで、対象が感じた皮膚の摩擦、温度、圧力、さらには締めつけといった感覚までも、現実と区別がつかないレベルで追体験させるものです。現在、既にそのデバイスのオプションユニットとして、性器感覚を補完・強化する『KBモデル』が市場に導入されているのは先ほど述べた通りです」

 

そこまで説明したところで、クレアは一度言葉を切った。会場のマスコミ全員の頭の上に、巨大な疑問符が浮かんでいる。

 

「……で、それがヴァールと何の関係があるんだ!」

 

「エロビデオのフォーマットがどうしたって言うんだ!」

 

最前列の記者が罵声を浴びせる。

 

当然の反応だった。

 

銀河を滅ぼしかねない精神疾患と、性産業の最先端技術。

 

その二つの結びつきが全く見えないからだ。

 

だが、クレアは眉一つ動かさず、断固とした口調で宣言した。

 

「弊社はこのABVという新たなフォーマットを使い、ヴァールの発生を抑制するための専用ソフトを配信販売いたします」

 

「……はぁ!? ヴァール抑制ソフトだと?」

 

「金儲けの口実にヴァールを使うのか!」

 

「不謹慎だぞ! 歌姫の次はアダルトビデオで銀河を救うとでも言うのか!」

 

会場は再び怒声と失笑に包まれた。

 

カメラのフラッシュが激しく焚かれ、記者が身を乗り出してクレアを糾弾する。

 

隣に座るカナメは、静かに目を閉じ、嵐が過ぎるのを待つようにじっと耐えていた。

 

「静粛に!!」

 

クレアの凛とした一喝が、会場を沈黙させた。

 

彼女は冷徹な視線で会場を見渡し、一言一言を刻み込むように告げた。

 

「皆様が混乱されるのも無理はありません。ですが、このシステムの肝は『技術』そのものではなく、そのソフトに出演する『ABV嬢』にあります」

 

ABV嬢。

 

その聞き慣れない単語に、記者たちが顔を見合わせる。

 

「弊社は、女性のフォールドレセプターが『サキュバス波』と呼ばれる特殊な生体フォールド波を発せられるようになる独自のメソッドを開発しました。このサキュバス波こそが、本システムの核心となります」

 

サキュバス波。

 

その淫靡で不穏な名称に、会場はこれまでにない不気味な静寂に包まれた。

 

「サキュバス波の性質、および本システムがなぜヴァールの根治へと繋がるのか。その詳細については、専門家であるSMSウロボロス支社のアイシャ・ブランシェット博士よりご説明いただきます。……博士、お願いします」

 

クレアが合図を送ると、メインスクリーンが切り替わり、銀河屈指の天才科学者の姿が映し出された。

 


 

クレアの合図と共に、レセプションホールの巨大スクリーンが切り替えられた。

 

映し出されたのは、惑星ウロボロスからの中継映像――銀河屈指の天才科学者、アイシャ・ブランシェット博士の姿である。

 

赤い短髪を揺らし、知的な光を湛えた青い瞳。

 

胸元が大きく開いた赤いシャツからは豊満な乳房の谷間が深く刻まれ、何より目を引くのは、ホットパンツの上に乗るようにせり出した、妊娠九ヶ月目という驚くほど大きな腹だった。

 

アイシャは自らの腹を愛おしそうに撫でながら、悪戯っぽい笑みを浮かべてカメラに近づく。

 

『はいはーい、皆さんこんにちは。SMSウロボロス支社のアイシャ・ブランシェットよ。本当なら直接そっちで解説したいんだけど、今これ(お腹)が重くてね。リモートで失礼するわ』

 

そのあまりに場違いで生命力に満ちた姿に会場が呆気にとられる中、アイシャの表情が専門家のそれへと引き締まった。

 

『さて、時間が惜しいから本題に入るわね。今、私たちの銀河系全域で猛威を振るっている「ヴァールシンドローム」。その原因が、人体の細胞に寄生する「フォールド細菌」にあることは、今や常識よね。細菌の作用で血管が拡張し、筋肉が肥大して自我を失い暴徒と化す……。でも、その細菌増殖を爆発的に加速させている「引き金」の正体は、あまり知られていないわ』

 

 

アイシャが画面を操作すると、不気味に脈打つ分子構造のモデルが表示された。

 

『それがこの物質、通称「セイズノール」。プロトカルチャー遺跡が存在する居住可能なすべての惑星において、空気や水から検出されている物質よ。つまり、この星団で生きている限り、摂取を免れる方法は無い。そして厄介なことに、私たち人類はこれまで、体内に蓄積されたセイズノールを自力で排出する仕組みを持っていなかったの』

 

アイシャは一呼吸置き、鋭い視線を向ける。

 

『特にこのセイズノールは「筋肉」に蓄積しやすい性質を持っているわ。だから、女性よりも相対的に筋肉量の多い男性はセイズノールを溜め込みやすく、結果として女性より遥かにヴァール化しやすい傾向にある。男性諸君、気が気じゃないわよね?』

 

会場の男性記者たちが思わず自分の腕や体をさすり、顔を強張らせる。

 

『ところが、大発見があったのよ。このセイズノールを、人体の外へ一気に押し出す「排出口」が見つかったの。……いい? 驚かないでね。セイズノールは、特殊な生体フォールド波――私たちは「サキュバス波」と呼んでいるけれど、この波形を発する女性フォールドレセプターの「喘ぎ声」を浴びながら射精することで、精液と一緒に体外へ排出できることが判明したのよ』

 

「……なっ!?」

 

「射精……だと!?」

 

静まり返っていた会場に、驚愕と当惑が混じったどよめきが走る。

 

アイシャはその反応を楽しむように、大きな腹を揺らして続けた。

 

『そう、射精よ。サキュバス波は、フォールドレセプターを持つ女性の能力開発具合と、何よりその時の「性的興奮」の度合いによって出力が決まるわ。これまでのワルキューレのワクチンライブは、暴走したフォールド細菌を一時的に鎮めるだけの、いわば「対症療法」。しかも通常の生体フォールド波は録音やデータ化されると効果が激減するため、直接、生の歌声を届ける必要があったけれど、このサキュバス波は違うの。デジタル化で減衰されても効果が維持されることが証明されたわ』

 

アイシャの瞳に、科学者としての確信が宿る。

 

『つまり、サキュバス波を乗せた「ワクチンABVソフト」は、より多くの人類をヴァール化から守る手段になり得る。特にヴァール化のリスクが極めて高い男性をターゲットにしたこのシステムは、今の社会にとって効果絶大、まさに福音と言えるわね。ただし――』

 

アイシャは人差し指を立てて、釘を刺すように付け加えた。

 

『セイズノールの排出量は、サキュバス波を聞いた側の「性的興奮度」に完全に比例するわ。だから、同じサキュバス波を繰り返し浴びてマンネリ化しちゃうと、排出量は次第に下がっていく。継続的かつ効果的にセイズノールを排出するには、適度に異なるサキュバス波を浴び続けることが大切になるってわけ。……私からは以上よ。あとはそっちのクレアちゃんに任せるわね!』

 

アイシャがウィンクをして通信を切ると、巨大なスクリーンはオーオク社のロゴへと戻った。

 

その後、レセプションホールを支配したのは、重苦しいまでの沈黙だった。

 

数千人の記者、反映、そして中継を見守る銀河中の人々が、今聞いたあまりにも卑猥で、かつ救いのある「真実」に圧倒されていた。

 

咳一つ聞こえない。

 

かつて人類を救うのは「高潔な歌」だと信じていた者たちが、今、「淫らな喘ぎ」こそが自分たちの命を繋ぐ唯一の鍵であると告げられたのだ。

 

その静寂を切り裂くように、司会卓のクレアが静かに、しかし冷徹なまでに響く声で口を開いた。

 

「――以上が、ワクチンABVソフトの理論的根拠です。そして……」

 

クレアの視線が、隣でレモンイエローのスーツに身を包み、凛として座るカナメ・バッカニアへと向けられた。

 

「……そのサキュバス波を最大限に引き出し、銀河に唯一無二の『救済』をもたらす最初のABV嬢が誰であるか。皆様にはもう、お分かりですね?」

 


 

クレアの視線の先――。

 

レモンイエローのスーツを纏い、左手の薬指には『アクシア・ステラ』を光らせたカナメ・バッカニアが、ゆっくりと、だが迷いのない動作でマイクを手に取った。

 

「――はい。私、カナメ・バッカニアが、株式会社オーオクの第一号ABV嬢として、皆様に『ワクチンABVソフト』をお届けいたします」

 

その瞬間、レセプションホールは阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。

 

「銀河の歌姫の……あの肉体や喘ぎ声を、五感すべてで追体験するソフトに本人が出るって認めたのか!?」

 

「嘘だろ……正気かよ!? つまり『KBモデル』の噂は本当だったってことか!」

 

「しかも、婚約会見の場でだぞ!? 肝心の婚約者は姿も見せず、影に隠れたまま、自分の妻になる女を全銀河の男どもの『玩具』として差し出すというのか! どんな神経してやがる!」

 

ドミノ倒しのように記者たちが立ち上がり、怒号とフラッシュが渦巻く。

 

記者たちの脳裏には、恐るべきパズルが組み上がる音が響いていた。

 

(まさか……最初からこれが狙いだったのか!)

 

(オーオク社はまず『KBモデル』を販売してその需要状況を確認し、カナメのワクチンABVによるヴァール根治プランが上手く社会に浸透するのかどうかを冷静に見定めていたのだ。ただのアダルトグッズ販売会社ではなかったんだ!)

 

(しかし、清楚で思慮深そうな彼女のどこに、これほどまでの破廉恥を受け入れる素養があったというんだ!?)

 

記者の列から、一際鋭い声が飛んだ。

 

「カナメさん! あなたは女性としての誇りや羞恥心を捨てたというのですか! なぜ自ら進んでそんな、赤裸々にすべてを晒すような行為を、全世界に配信するなんて決断ができたんです!?」

 

カナメは、その攻撃的な質問を正面から受け止めた。

 

その瞳は、戦場の空を翔けていた時と同じ、澄んだ、それでいて底知れない意志を宿している。

 

「皆様、お忘れですか? 私はワルキューレのリーダー、カナメ・バッカニアです」

 

彼女は微かに微笑んだ。

 

それは慈愛のようでもあり、同時にすべてを諦念した者のようにも見えた。

 

「弾丸が飛び交い、ミサイルが空を埋め尽くす戦場に、生身で飛び込み、歌い、踊ってきた人間です。平和な日常に生きる皆様から見れば、その時点ですでに私は、どこか壊れた『非常識な人間』なのかもしれません」

 

会場が、その言葉の重みに一瞬たじろぐ。

 

「人類を救うために歌うことと、人類を救うために……喘ぐこと。そこに、私の中での境界線はありません。それが私の愛する人を守り、銀河をヴァールの恐怖から解き放つ手段であるならば、私は喜んでその身を捧げます」

 

「……クレイジーすぎる」

 

後方の記者が震える声で呟いた。

 

「超時空ヴィーナスなんかじゃない……。女神の皮を被った化け物だ……サキュバスだ」

 

「婚約者のオリッシュさんは、一体何を考えているんですか!」

 

別の記者が叫ぶ。

 

「この根治プランも彼が主導するビジネスの一環ですか!? いくら人類救済のためとはいえ、自分の婚約者を全銀河の男たちと性的に共有するなんて異常過ぎる!」

 

「いいえ。私が彼に『交渉』を持ちかけ、彼はその条件として私との『結婚』を望みました」

 

カナメの声に、熱い独占欲と、夫婦としての絆を誇るような艶っぽさが混じる。

 

「私の……『ABV嬢になりたい』という、狂気とも取れる願い。彼はそれを受け入れる代わりに、夫として私を支えたいと言ってくれました。それだけではなく、撮影への積極的な協力も申し入れてくれました。夫婦であれば、そういう行為をするのはとても自然な営みでしょう?」

 

理屈では説明のつかない、歪んだ愛の形。

 

清楚なスーツの下で、彼女の肉体はすでに『KBモデル』として商品化され、さらに今度はその「声」と「悦び」が五感没入型のワクチンとして銀河にばら撒かれる。

 

かつての「超時空ヴィーナス」は、一人の男との秘め事を全世界へ公開することを「夫婦の自然な営み」と言い切り、全人類を誘惑し癒やすサキュバスとなることを宣言したのだ。

 

パニックに陥る会場。

 

怒号とフラッシュが渦巻く狂乱の渦中、クレアは卓上のベルを鋭く鳴らし、騒乱を冷徹に制した。

 

パニックに陥る会場をよそに、クレアは卓上のベルを鋭く鳴らし、騒乱を冷徹に制した。

 

「皆様、お静かに! 質疑応答の時間はまた別に取りますので、続いてワクチンABVソフトの実際の使い方についての説明に移らせて頂きます」

 

クレアの冷ややかな一喝が、暴動寸前の記者たちを辛うじて席に引き戻す。

 

だが、その瞳に宿る飢えたような光までは消せない。

 

銀河の倫理を根底から揺るがす波乱の会見は、まだまだ続く。

 

(続く)

 

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