マクロスΔ オペレーション・スィートプリズナー 作:夜叉五郎
惑星レハーム アルテミシア・グランドホテル レセプションホール
クレアが手元の端末を操作すると、背後の巨大スクリーンと記者たちの手元にあるタブレットに、精巧な3Dの男性人体模型が映し出された。
「それでは、ワクチンABVソフトの具体的な使用方法、およびシステム構成についてご説明いたします」
クレアの声に合わせて、人体模型の各部位に、銀色に輝くデバイスが装着されていく。
「まず、ユーザーは七本のシルバーリングを装着していただきます。場所は両手首、両足首、両乳輪、そして……性器の根元です。これらにより、フォールドバリアを用いた超高精細な触覚フィードバックを実現します。仕上げに専用のサイバーゴーグルを装着することで、準備は完了です」
会場には、その物々しくも扇情的な装備の説明に、ゴクリと唾を呑み込む音が響いた。
「ゴーグルを起動し、ロードされたABVソフトウェアから任意のコンテンツを選択すると、次に『感度レベル』の設定画面が表示されます。市販されるソフトウェアには、安全と快適を最優先した『ノーマルモード』が搭載されています」
スクリーンに設定画面のインターフェースが映し出される。
そこには『極小・小・並・中・大』の五段階の選択ボタンが並んでいた。
「各レベルには適切なガイドが表示されます。例えば『極小』は性経験がほぼ無い方向け、『小』は敏感な方向け、『並』は一般的な方向け……といった具合です。なお、過剰刺激による健康被害を防ぐため、記録時のリアルな感覚をほぼそのまま再現する『大』は制限されており、市販版では選択できません。皆様には『並』、あるいは『中』で十分に楽しんでいただける設計となっております」
クレアは淡々と説明を続けるが、その裏にある数値的な「ナーフ(弱体化)」の事実は徹底して伏せたままだ。
実際には『並』は記録時の感覚を5割もカットした「接待仕様」のレベルなのだが、オーオク社の戦略は狡猾だった。
「『並』こそが撮影時の感覚そのもの」だとユーザーに思い込ませることで、一般男性の自尊心を保護しつつ、商品を普及させる狙いがある。
自分の男性としての実力を、実際にABV嬢を抱いてるオリッシュと同等だと勘違いさせるこの仕掛けが、後にどれほどの残酷な真実として突きつけられるか、この時の記者たちは知る由もなかった。
「また、本システムには快感過多による事故を防ぐため、厳格な『安全仕様』が組み込まれています。これらは医療用としての品質を担保するための重要なプロトコルです」
画面に三つの制限事項が浮かび上がる。
「第一に『プレイ開始時の制限』です。ABV嬢の愛撫が開始されても、ユーザー自身の勃起が確認できない場合、システムは強制停止します」
その際、システム音声により『プレイヤーの勃起を確認できません。感度を選び直してください』と厳格に告げられることになる、という説明に、記者たちの間に失笑と困惑、そして奇妙な興奮が混ざり合ったざわめきが広がった。
「第二に『プレイ中の制限』。媒体上の射精ポイント以前でユーザーが果ててしまった場合、その時点で再生は停止し、視界は現実に引き戻されます。これは、そのままシーンが続いてしまった場合、過剰な快感が発生してしまい、腹上死などの危険性が生じるためです」
「腹上死……」という戦慄の言葉は、皮肉にも男たちの欲望に火を付け、会場には死をも厭わぬ期待と剥き出しの飢餓感がギラギラと充満した。
「最後に、安全な再開のためのリスタート制限です。いきなり高負荷な刺激を受けるリスクを避けるため、再生を再開する際は必ず刺激の少ないシーンまで自動的に巻き戻されます」
「……おい、まるでゲームじゃないか」
「勃たなきゃスタートできず、早漏なら強制終了……射精回数が『残機』ってことかよ」
若手記者たちが、ごくりと喉を鳴らす。
クレアはスティック状のポインタで、人体模型の各部位を指し示した。
「視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚。この五感を完全に支配し、実際にABV嬢とプレイする没入体験を提供する。これがABVの全容です」
続けて、スクリーンには洗練されたプロダクトデザインの機材群と、それらを全銀河のインフラとして普及させるための運用プランが映し出された。
「続きまして、導入コストおよび運用体系についてご説明いたします。弊社は、この救済を全銀河の男性へ届けることを最優先事項としております」
スクリーンには、『G.P.P(ギャラクシー・プロテクション・プラン)』という名称が大きく掲げられた。
「まず、本システムの中核となる『ABVプレイヤー本体セット』は、価格は1,000クレジット。最新の携帯端末の高級機と同等の投資で、銀河最高の快楽と健康管理をご自宅へお届けいたします」
会場にどよめきが広がる。
1,000クレジット。
決して安くはないが、それほどの高額でもない。
一流紙の記者なら即決できる、絶妙な「プレミアム感」を突いた設定だ。
「運用面においては、公衆衛生の観点から革新的な制度を導入いたします。通常の成人男性であれば、年一回のワクチンABVプレイにより、その年に蓄積されたセイズノールを完全に排出可能です。この『定期検診』分については、現在各星系政府と交渉を進めており、実現すれば一回わずか10クレジットという、ワクチン接種と同等の格安料金で提供される予定です」
「10クレジット……!?」
「それなら誰でも、年に一度はカナメさんに救ってもらえるのか!」
会場から称賛の声が上がる。
だが、クレアの瞳にはさらに深い「依存」への布石が宿っていた。
「ただし、これはあくまで最低限の医療措置です。皆様の中には、より頻繁に、私どもの提供する旋律と熱量を渇望される方もいらっしゃるでしょう。ですが……あまりにABVの悦楽に没入しすぎ、現実のパートナーとの絆を疎かにしては社会が成り立ちません。そこで、自費による追加プレイに関しては、一回500クレジットと設定し、さらに一ヶ月のプレイ回数を最大4回(週一回ペース)までと、厳格に制限させていただきます」
『自費プレイ制限:最大月4回まで』
スクリーンに映るその数字に、記者たちは激しい動悸を覚えた。
一回500クレジット。
一ヶ月フルで楽しめば2,000クレジット。
並の給料なら大半が飛ぶが、目の前の歌姫を味わうことの出来る対価と思えば、むしろ安すぎる。
「週に一度の、至高の安らぎ。高価な設定と回数制限。これは皆様の大切なコミュニティを守るための、オーオク社なりの倫理的配慮になります。……ご理解いただけますわね?♡」
クレアの言葉は完璧な正論だった。
だが、その実態は「週に一度、高額な金を払わなければ自分を保てない」という、エリート層をターゲットにした究極の「高級中毒」の設計。
安価な補助で味を教え込み、依存した何億人の「予備軍」から大金を搾り取る準備は整ったのだ。
クレアの説明が一段落したところで、主賓卓に腰を下ろしていたカナメ・バッカニアが、静かに、だが優雅な動作で立ち上がった。
その右手にはいつの間にか、黒地に鮮烈なイエローのラインが走る、流線型のデバイスが握られている。
「クレアの発表について、私から一点補足させてください。ABVで感度レベル『中』以上を選択する場合、圧感を強化した、より忠実な刺激を再現するため、こちらのオプションパーツが必要になります」
カナメは慈愛に満ちた、しかしどこか悪戯っぽい笑みを浮かべて、手中のデバイス――『KBモデル』を高く掲げた。
「もちろん『並』以下でも、このKBモデルがあれば、より繊細な刺激が楽しめますし、それ以外にも大きなメリットを受けることが出来ます。……皆様、ABVを体験する上で一つ、どうしても避けられない懸念がないでしょうか? 全身にリングを装着し、没入状態にある皆様にとって……精液の飛散を防ぎ、衛生を保つことは、せっかくの没入感を削ぐ要因になりかねません」
カナメは自信に満ちた表情で、デバイスの先端を指し示した。
「ですが、この私の性器の形状を精密に再現したオプションパーツを使用すれば、その心配は無用です。本体が付け根のリングと磁気で連動し、皆様の股間にぴったりと固定されます。射精の瞬間には自動吸引ギミックが働き、先端のユニットがすべてを回収いたします。後処理の煩わしさから解放され……私との甘い時間に、ただ集中していただけるのです♡」
その瞬間、銀河中のモニター越しに会見を見守っていた「KBモデル」ユーザーたちの股間に、熱い衝撃が走った。
SNSのタイムラインは、驚愕と歓喜、そして言いようのないエロスに焼き尽くされた。
「噂じゃなかった……マジでカナメさんの膣データそのものだったのかよ!」
「俺が毎日中出ししてたのは、本物のデータだったんだ……」
「あの黄色のライン、ライブ衣装の配色だと思ってたけど、中身がカナメさんそのものだと思ったら、もう直視できない!」
これまで「最高に気持ちいいオナホール」として愛用してきたデバイスの正体が、目の前で微笑む歌姫そのものの再現であったという事実。
自分たちが日々、その肉体の模造品に溺れていた記憶が、今、本人による「解説」という最高のスパイスによって、抗いがたい官能へと昇華されていく。
そしてカナメの下腹部に刻まれた淫紋が、衣装の下で淡いピンク色の光を放ち、熱を帯び始める。
(……ふふ、オリッシュさん……)
離れたロイヤルスィートで会見を見守っているオリッシュ。
自分の説明に興奮し、猛烈に勃起している「愛するチンポ」の脈動が、お腹を通じて直接伝わってくる。
彼が自慰を我慢しているため快感のフィードバックこそないが、その「求められている」という確かな感覚に、カナメの頬は自然と上気し、その瞳にはさらに深い艶が宿った。
カナメは会場の熱を煽るように、そしてこの会見を見ているであろうアラドに伝わるように、残酷な「真実」を口にした。
「ここで、少しだけ秘密をお話ししましょう。先ほどクレアが説明した感度レベル『並』ですが……。皆様はきっと、これを『撮影時の感覚そのもの』だと想像されていることでしょう。ですが、実際は記録時の快感を5割まで抑えた『接待仕様』に過ぎません」
「……えっ?」
会場の記者が、そして視聴者たちが、マヌケな声を漏らした。
「皆様が期待されている『並』の刺激ですら、現実の半分。レベル『中』でようやく七割程度です。そして、市販版では制限されているレベル『大』……これこそが、KBモデルの性能を限界まで引き出し、私との逢瀬の気持ちよさを九割まで再現する、文字通りの『禁断の領域』です」
淫紋の疼く下腹部に薬指にリングが輝く左手を当てながら、カナメは視線を落としてイタズラっぽく囁く。
「『並』で十分だと仰るなら、それでも構いません。でも……もし、私の本当の熱量を知りたいと願う勇気があるのなら。このKBモデルを手に、レベル『中』以上の扉を叩いてください。そこには、私のパートナーだけが独占できる、私という『サキュバス』の本性が待っていますから」
このカナメの発言は、瞬く間に銀河中を駆け巡った。
これ以降、ABV嬢は畏怖と羨望を込めて「サキュバス」と呼称されるようになり、その「原初」にして頂点に立つカナメ・バッカニアは、いつしか「サキュバス・クイーン」と呼ばれることになるのだが……。
九割の再現度。
それは、人間が正気を保てる限界点。
「並」を撮影時の標準だと思い込んでいた男たちは、底の見えない快感の深淵を突きつけられ、総毛立つような戦慄に襲われた。
それは、捕食者としてのサキュバスを前にした時のような、根源的な恐怖。
だがその恐怖は、一滴残らず吸い尽くされる未来を渇望する、歪んだ恍惚感へと瞬時に変質していく。
人外の快楽を想像し、抗いようのない運命に武者震いする男たちの股間は、もはや理性をかなぐり捨てて、その主を裏切るように猛り狂っていた。
この時の男たちは、ただ目の前の艶やかな誘惑に、ただ平伏するしかなかった。
会場の熱気とSNSの狂乱が最高潮に達する中、カナメは掲げていた『KBモデル』を愛おしそうに胸元に引き寄せ、一転して神妙な、しかしどこか包容力のある表情を浮かべた。
「さて……。この『KBモデル』はすでに単体でリリースされ、皆様から大変なご好評を博しております。この場を借りて、厚く御礼申し上げます」
カナメは深く、気品のある一礼をした。だが、顔を上げた彼女の瞳には、ファンへの申し訳なさと慈愛が混ざり合っている。
「ですが、私は今日、この場で自らの婚約を発表いたしました。すでにデバイスをご購入いただき、私を支えてくださった皆様の中には、『せっかく買ったオナホが人妻になってしまうなんて、話が違うじゃないか』と……。裏切られたような思いを抱き、お怒りになられている方も多くいらっしゃることでしょう」
会場の一部から、やるせない溜息のような音が漏れる。
それはアイドルとしての「死」を受け入れたファンたちの、痛切な叫びでもあった。
カナメはそれらすべてを優しく受け止めるように、唇を綻ばせた。
「ですので、私なりの誠意をお届けさせてください。結婚式当日、現在『KBモデル』をお持ちのすべての皆様へ――『新婚人妻モード(子作り感強化版)』のデータを、無料でダウンロード配布させていただきます」
「……っ!?」
一瞬の静寂の後、会場と画面の向こう側に、先ほど以上の衝撃が走った。
「これは、私が妻として夫に捧げる熱量を、より生々しく、より深くトレースした特別仕様のプログラムです。これまでの『歌姫カナメ』ではなく、『新婚のカナメ・バッカニア』として、皆様の股間でより激しく、子作りを意識した悦びを共有させていただきます」
カナメは薬指のアクシア・ステラをカメラに向け、艶やかに微笑んだ。
「人妻となった私が、夫以外の皆様とどのような時間を過ごすのか……。その答えを、どうか当日、ご自身の身体で受け取ってください。私との甘い生活は、これからが本番なのですから♡」
謝罪という形を借りた、究極の誘惑。
新婚当日に「子作りモード」をバラ撒くという狂気。
実際に「話が違う」と憤っていた一部の男たちは、その瞬間、怒りなど忘れて「新婚人妻・カナメ」という禁断の果実に、今この瞬間から理性を完全に呑み込まれていった。
(続く)