マクロスΔ オペレーション・スィートプリズナー 作:夜叉五郎
ブリージンガル球状星団 各所
惑星ウィンダミアのプロトカルチャー遺跡近郊・ハヤテの自宅。
ウィンダミアの澄み切った空を渡る風が、木々の葉を揺らしている。
かつてのデルタ小隊のエース、ハヤテ・インメルマンは、戦場を退き、今は亡きフレイアの忘形見を抱き上げ、その柔らかな髪を撫でていた。
「よし、お昼寝の時間だぞ……」
穏やかな日常。
だが、その背後のリビングでは、銀河ネットワークの中継が異様な熱気を放っていた。
かつて戦場を共にしたワルキューレのリーダー、カナメ・バッカニアによる重大発表。
ハヤテは、少しばかりの期待と安堵を込めて画面を見守っていた。
「カナメさん、ついにアラド艦長とくっついたのか ……やっとメッサーのこと、整理がついたんだな」
かつての戦友たちの不器用な関係が、ようやく一つの形になる。
そう信じていたハヤテの表情は、次の瞬間に凍りついた。
画面の中に現れたカナメが語った伴侶の名前は、聞き覚えのないオーオク社の社長の名前。
「……は? オリッシュ……ハメルマン? 誰だよ、そいつ」
ハヤテの困惑は、会見が進むにつれて怒涛の混乱へと変わる。
カナメの口から語られたのは、あまりにも破天荒で破廉恥なヴァールシンドロームの根治プランだった。
サキュバス波、ABV、KBモデル、バイオペニス。
次々と繰り出される狂気のシステム。
そして何より、カナメが自らの全生体データを公開し、全銀河の男たちの欲望を受け止めるABV嬢になると宣言した事実に、ハヤテは椅子から立ち上がった。
「ワクチンABVソフトだって……? そこまで自分を貶めるなんて、本気かよ! カナメさん、何を考えてんだ!」
子供が目を覚まして泣き出すのも構わず、ハヤテは荒々しく通信端末をひったくった。
呼び出し先は、ミラージュ・ファリーナ・ジーナス。
ハヤテが除隊時にデルタ小隊を託した、かつてのバディである。
一方、惑星レハームの会見会場裏。
ミラージュはデレクターとして、会見の進行と、集中するアクセス、メインホールに入りきらない押しかけ記者たちのコントロール、そして機材トラブルの対応で、まさに「てんてこ舞い」の極致にいた。
「予備のフォールド通信機をメイン会場用に回して! クレアの次の説明用の資料、記者の端末に一斉転送! 急いで!」
極限の緊張状態の中、彼女の端末がけたたましく鳴り響いた。
ミラージュは発信者を確認する余裕すらなく、反射的に回線を繋ぐ。
「はい、こちらディレクターデスク! 今、手が離せないって……」
『ミラージュ! どういうことだよ、これ! カナメさんの会見、見てるぞ! なんだよあのABVって、あのオリッシュって男は何者なんだ! カナメさんをどうするつもりだよ!』
スピーカーから響いたのは、懐かしくも、今は最も場違いな男の怒声だった。
ミラージュの思考が一瞬、ショートする。
「ハ、ハヤテ……っ!?」
『説明しろよ! なんで、そんなカナメさんの身体を晒すような真似……! ケイオスは何を考えてんだ!』
ミラージュは、一瞬だけかつての自分に戻りそうになった。
だが、彼女は今、全銀河の性欲を管理し、ヴァールを根絶する巨大なシステムを回すための歯車の一つになってしまっている。
私情に浸る時間は、1ミリ秒も残されていない。
「ハヤテ……! 今のあなたは、兵士でもなければケイオスの職員でもないはずよ!」
『関係ねえだろ! カナメさんは俺たちの……っ』
「聞きなさい! 私たちは今、銀河の歴史を書き換えているの! ヴァール症候群を根絶するために、全員がすべてを――女としての尊厳も、かつての誇りも、何もかもを泥沼に捨てて賭けてるわ。……あなたは、その腕の中の命を守ること、子育てにだけ集中してなさい!」
ミラージュは、かつてないほど冷徹で、しかしどこか必死な響きを込めて言い切った。
「もう貴方が出る幕は無いんです。切るわよ!」
『おい、待てよミラージュ! ミラー……ッ』
プツリ、という非情な電子音と共に通信が断絶する。
それは、このドロドロした「大人の事情(快楽による支配)」に、かつての戦友を関わらせたくないという、彼女なりの決意だった。
「向こう側の平穏に留まっていろ」という、ミラージュなりの裏返しの優しさであり、究極の突き放しであった。
しかし、相変わらずの言葉足らず。
その悲痛な想いが今のハヤテに届くはずもなく。
ハヤテは、沈黙した端末を呆然と見つめた。
画面の中では、女神のような微笑を浮かべたカナメが、全世界の男たちに向けて、官能による平和の到来を説こうとしている。
「……嘘だろ。みんな、どうしちまったんだよ……」
ウィンダミアの穏やかな風が、今はひどく冷たく感じられた。
かつての戦友たちが踏み出した、快楽という名の不可逆な進化。
ハヤテ・インメルマンは、自分が不在の場で銀河の秩序が淫らに塗り替えられていく底知れぬ恐怖に、ただ震えるしかなかった。
惑星ラグナのケイオス女子寮・マキナ&レイナの部屋。
「……ちょっと、これ。カナカナ、本気なの……?」
マキナ・中島は、ベッドの上でHカップ以上に成長した自慢のふわふわボディを揺らし、ホログラムスクリーンを凝視していた。
画面の中では、かつてのリーダーであるカナメ・バッカニアが、自らの五感データを銀河中に公開する「ABV嬢」としてのデビューを宣言している。
「……ABV。五感の全データ共有。カナメはもう、私たちの手の届かない『銀河の共有物』になる。……覚悟、決まってる」
隣でボソッと、しかし潤んだ瞳で画面を見つめていたレイナ・プラウラーが、147cmの華奢な体をマキナに寄せた。
つい一ヶ月前に互いの処女を捧げあって以来、二人の絆は深く結ばれているが、リーダーの「一線を越えた」決断には、ハッカーの冷静さをもってしても衝撃を隠せなかった。
会見がさらに進み、カナメが自らの膣を模した『KBモデル』を高く掲げ、全銀河のオスたちに向けて「私の膣を味わえ」と宣戦告白した、その瞬間だった。
「……ぁ、あ……っ。また、これ……。体の芯が、落ち着かないよぉ……っ」
「……っ。心拍数、微増。……この前から続いてる、原因不明のバイオリズムの乱れ。また、始まった」
二人の下腹部を、微かだが確実な熱が浸食し始める。
まだ「嵐」には遠い。
だが、子宮の奥がドクドクと浅く脈打ち、じわじわと体温を上がっていくような、逃げ場のない不穏な疼き。
自分たちの下腹部に「淫紋」が刻まれていることを知らない二人は、連日繰り返されるこの生理現象に翻弄されていた。
画面の向こう、ロイヤルスィートで猛烈に勃起したオリッシュの「雄の脈動」が、見えぬ鎖を通じて二人の子宮へと流れ込む。
今はまだ、彼が欲望を溜め込み、押し留めている段階ゆえに、伝わってくるのは鋭い快楽ではなく、重く粘りつくような「予兆」だ。
だが、それこそが、後に控える圧倒的な奔流の激しさを予感させ、二人の膝をガクガクと震わせた。
「嘘でしょー……。今はまだ、ちょっとムズムズするだけなのに……なんだか、すごく怖いよぉ……っ」
「……同感。今は静かな脈動。でも、これ……ダムが決壊する前の、嫌な静けさ。夜になったら、もっと取り返しのつかないことに……なる」
理由もわからぬまま、主の興奮の「初動」に強制共鳴させられた二人は、顔を上気させ、浅い呼吸の中で来るべき衝撃に怯えながら震えた。
そんな困惑する二人を嘲笑うかのように、会見のステージではクレア・パドルが司会を引き継ぎ、新デバイス『バイオペニス』の紹介を始めた。
そして、背後のスクリーンに「あるシルエット」が映し出された瞬間、マキナの叫びが部屋に響き渡った。
「ちょっとおぉぉ!! なに勝手に使ってるのよー、このシルエット!! クレクレのいじわるー!!」
スクリーンには、バイオペニスバンドを装着し、官能の中でドロドロに溶け合うように重なり合う二人の曲線が映し出されていた。
レイナがお尻の処女を捧げ、マキナのアナルバージンをも奪い合った「秘め事」のすべてが、シルエットという形で見事に再現されている。
マキナは羞恥のあまり顔を真っ赤に染め、ふわふわの拳でベッドをポカポカと叩いて怒りをあらわにする。
しかし、隣のレイナは対照的に、陶酔したような瞳でその画面を見つめていた。
「……クレア、グッジョブ。これでマキナは私のものだと、全世界に認知された。……バイオペニスで、毎晩深く愛し合ってるパートナー。公式認定、完了」
レイナはマキナの抗議を余所に、画面の中のクレアに向かって、静かに、しかし確信に満ちたサムズアップを送った。
「認知しなくていいよー! 恥ずかしい、死んじゃうよー!!」
マキナが地団駄を踏む中、クレアはさらに艶やかな微笑を浮かべ、禁断の型番を口にした。
『例えば、MNモデルやRPモデルといった、新たな可能性の開発・販売も……』
「MNモデルって何よー! 私のあそこの形をしたオナホールを売るつもりー!? クレクレ、勝手に話進めないでよー!!」
レイナも流石に困惑の表情を浮かべ、自身の指先を空中で滑らせた。
「……迂闊。バイオペニスバンド、装着した瞬間から常にオンライン。絶頂した瞬間のデータまで、すべてサーバーに転送済み。データはすでにオーオク社の資産。ハードウェアの設計図は、もう完成してる」
マキナは力なくベッドに突っ伏した。
お互いのお尻まで暴き合った二人の愛の軌跡は、今や商品化のバイオデータとして吸い上げられ、さらにその魂までもが、オリッシュの股間へと繋ぎ止められていた。
「どうしようー、レイナ……。私たち、もう普通の女の子に戻れないよー……」
「……大丈夫。マキナは私の最高のエロメカニック。……でも今夜は、この予兆だけでこんなに熱い……。バイオペニスじゃ、もう、この渇きは癒やせないかも」
「……レイナ……。うん、もっと……もっと激しくしてぇ……っ」
画面の中では、カナメが女神のような微笑みを浮かべ、全世界に「淫らな救済」を説いている。
自分たちの肉体がデバイスとして銀河中にばら撒かれる未来に戦慄しながらも、二人は無意識下に流れ込む「雄の熱量」の予感に翻弄され、さらに深く、快楽の泥濘へと堕ちていくしかなかった。
惑星ラグナ バレッタシティ近郊・プライベートビーチ。
銀河中が、かつてないほど淫らな熱狂と混乱に包まれているその時。
惑星ラグナの、喧騒から切り離された静かな入り江に、美雲・ギンヌメールの姿はあった。
彼女は、銀河ネットワークの中継端末など一切持っていなかった。
カナメ・バッカニアというワルキューレのリーダーが、全世界の男たちに向けて自らの生体データを晒し、快楽の供給源となることを宣言した「婚約発表会見」。
美雲はその一挙手一投足を、視ることも、聴くこともしていない。
「……ふぅ」
美雲は、ラグナの透き通った海からゆっくりと上がった。
星の歌い手として、全ての人類を魅了するためにデザインされた完璧な裸体。
彼女はタオルで髪を拭うこともせず、そのまま波打ち際の岩場に腰を下ろし、ラグナの柔らかな夕陽を全身に浴びた。
一週間前の、あの不快な定期通信。
カナメによって紹介された、オリッシュ・ハメルマンという男。
美雲がその瞳に焼き付けたのは、かつての醜い贅肉を削ぎ落とし、異様なまでの生命力を漲らせた、あの禍々しい体躯だった。
『醜いわね。その肉体、あさましい欲望の塊……。女を鳴かすためだけに作られた、ただの装置だわ』
美雲は自ら放った言葉を思い出し、不快げに眉をひそめた。
歌い手としての、あるいはワルキューレの絆としての純粋さを重んじる彼女にとって、カナメの結婚は「絆への裏切り」に等しい。
ましてや、その相手が雌を暴き、支配することだけに特化したような男だという事実が、彼女の矜持を鋭く削っていた。
『私は認めない。そんな男に、歌を捧げる価値などないもの』
そう言い捨てて通信を切った後、マキナやレイナがバイオペニスの真実に翻弄され、その下腹部に自分でも気づかぬままバイオ・マーカーを刻まれたことも、美雲は知らない。
今この瞬間、全銀河の男たちが「ワクチン」という名目で、デバイス越しのカナメに縋り付こうとネットワークをパンクさせていることも、彼女の関心の外だった。
ただ。
美雲は、ラグナの空を見上げ、紫色の瞳を微かに細めた。
「……銀河が、騒がしいわ」
彼女の星の歌い手としての本能が、物理的な通信網を介さずとも、銀河の端々から沸き上がるドロドロとした「欲望のノイズ」を感知していた。
それは、彼女がいつも相対しているヴァールが放つ狂気とは違う。
もっと生々しく、粘りつくような、男たちの集団絶頂へと向かう禍々しい熱量。
その中心に、かつての仲間であるカナメが、圧倒的な「女神」の微笑を浮かべて立っていることを、美雲は直感的に悟っていた。
「……愚かね。カナメ。貴女は、自らその濁りの中に身を投じる道を選んだのね」
美雲は、蔑むような、しかしどこか突き放した無関心を孕んだ表情で岩場に手をついた。
「わかっているのかしら?貴女がやろうとしていることは、銀河を自らの『快楽』で支配しようとする、独裁者への加担。歌の純粋さへの冒涜でしかない」
美雲は、ゆっくりと立ち上がり、再び海へと向き直った。
「私は、そんな濁った音には染まらない。私は、私の歌を、ただ純粋に響かせるだけ……」
彼女は、ラグナの海に再び身を投げ、深く、深く潜っていった。
銀河中を駆け巡る欲望の嵐も、女神へと昇華したカナメへの熱狂も、美雲・ギンヌメールという個の静寂を乱すことはできない。
彼女はただ、自らの歌が汚されぬよう、この碧い海の中で次の「風の揺らぎ」を待つことにした。
(続く)