マクロスΔ オペレーション・スィートプリズナー 作:夜叉五郎
惑星レハーム アルテミシア・グランドホテル G棟ビュッフェ会場
ch.168「有象無象(えせ穴兄弟たち)」
豪華なシャンデリアが朝の光を反射するG棟のビュッフェ会場は、普段の喧騒とは異質な、奇妙な静寂に包まれていた。
並べられた料理を皿に盛る男たちの足取りは一様に浮ついており、会場全体が「出し切った」後のような、憑き物が落ちた清々しさと、底知れぬ虚脱感に支配されている。
SNN(スクランブル・ニュース・ネットワーク)の若手レポーター、剣崎ヒビキもまた、重い足取りでトレイを手に空いている席に腰を下ろす。
早朝に目覚めた彼は、恐ろしいほどの誘惑にどうしても耐えきれず、「昨日アップロードした記事に誤りがなかったか確かめるため」という自分への苦しい言い訳をして、再びABVソフトをプレイしてしまったのだ。
結果、朝食前だというのにあっさりと追加で四枚ものコンドームを消費し、文字通り“カナメ”に一滴残らず空っからに搾り取られた状態であった。
(……シルヴィア、本当にごめんよ。婚約指輪は絶対に買って帰るから、どうか許してくれ……)
ヒビキは心の中で故郷の恋人に平謝りしながら、力なく椅子に沈み込んだ。
その時、会場正面の巨大スクリーンが起動し、サプライズのビデオメッセージが映し出された。
画面に立つのは、ジャケットとスカートのフォーマルなワルキューレ・ユニフォームを身に纏ったカナメ・バッカニア。
かつてのリーダーとしての、気高く清楚な雰囲気を漂わせている。
だが、会場の男たちは皆、昨晩のABVソフト内でその制服を乱し、彼女の剥き出しの肉体を深奥まで堪能したばかりだ。
公の場で見せる凛とした姿は、かえって男たちの脳裏に生々しい快楽の記憶を鮮明に呼び覚ます、極上のスパイスとなっていた。
ヒビキもまた、例外ではなかった。
つい先ほどまで、自分の腰の上で乱れた吐息を漏らして淫らに腰を振っていた彼女の姿と、スクリーンの中で微笑むあまりにも完成された清楚な出で立ち。
その強烈なギャップに、空っからに搾り取られたはずのヒビキの股間が、またムクムクと元気を取り戻そうとしてしまう。
(あの気高い人が、さっきまで俺の上であんなに啼いて……)
恋人への罪悪感で沈んでいたはずの脳髄に、新たな快楽物質が分泌されるのを自覚する。
ヒビキは自らの抗いがたいオスとしての本能と、彼女の圧倒的な雌としての魅力の前にたまらず息を呑み、静かに胸をときめかせてしまう。
『皆様、おはようございます。昨晩は存分にお楽しみいただけましたか?』
会場の空気が、一瞬にして騒つく。
『沢山の報告を聞いています。皆様がワクチンABVを通じてセイズノールをいっぱい排出し、スッキリされたようで……私も安心しましたわ。これで皆様がヴァールに犯されてしまう心配はありません。故郷のご家族も、きっと安心されるはずです』
画面の中のカナメは、人々に寄り添うような慈愛に満ちた微笑みで語りかける。
『どうか、このワクチンABVがもたらす素晴らしさを、皆様の持つペンの力で全宇宙へと広めてください。よろしくお願いしますね♡』
彼女が唇に手を当て、「チュッ」と甘い投げキッスを送る。
その吐息がスピーカーから響き渡った瞬間、全員の心臓がトクンと甘く跳ねた。
そして魔法が解けたかのように、男たちの会話が堰を切って溢れ出す。
「昨日、あの気高い女神の制服の中を堪能した」という下卑た優越感と熱狂。
画面越しの清楚な振る舞いが、男たちの偶像への心酔を決定的なものにしていた。
昨晩、彼らはそれぞれホテルの別々の部屋で、個別にABVソフトを試遊したに過ぎない。
しかし、この会場にいる全員が「カナメ・バッカニアという極上の存在を抱いた」という、歴史的な一夜を間違いなく共有したのだ。
その確かな共通認識(コンセンサス)が確立したことで、男たちの間には、見ず知らずの他人でありながら、まるで同じ女を分かち合った『擬似的な穴兄弟』とも呼べる、奇妙で強固な同胞意識が芽生え始めていた。
「お前もか」「ああ、俺もだ」。
互いの火照った顔を見合わせ、下卑た連帯感で深く結ばれた彼らの会話は、もはや誰にも止められないほどの熱を帯びて盛り上がっていく。
【若手グループ:純粋なる熱狂と絶望】
「……信じられるか? 俺、昨夜まで女の手も握ったことのない正真正銘の童貞だったんだ。それが一晩で、あのカナメ・バッカニアを『抱いた』んだぞ! あのとろけるような粘膜の熱も、子宮の奥が吸い付いてくる生々しい脈動も、全部この生身の肉体に刻み込まれてるんだ!」
20代前半の駆け出し記者が、昨晩の過剰な生体刺激の余韻で手を震わせながら、狂ったように興奮して叫んだ。
彼の瞳孔は開き、脳内麻薬(エンドルフィン)の過剰分泌による明らかな多幸感に浸りきっている。
「もう無理だ。現実の、機嫌を取るのに膨大な時間と労力がかかって、そのくせ体の相性すら保証されない『リアルな雌』なんて一生要らない。俺は一生このABVという最適化されたシステムの中で、女神とだけ物理的に繋がって生きていきたい……!」
「全くだ。生身の女とのコミュニケーションコストなんて無駄の極みだぜ。あんな完璧な生体データと圧倒的なフェロモンを持った最高の伴侶が、いつでも隣で俺たちを受け入れてくれるんだ。現実での恋愛や結婚なんて、もはやバグだらけの不良コンテンツだろ!」
隣にいたもう一人の若手も、血走った目で激しく同意する。
彼らは口々に、現実世界の生殖活動に伴うリスクや手間のすべてを否定し、いかにこのシステムが生物学的な快楽の頂点であるかを語り合っていた。
「はやくクレア・パドルのワクチンABVソフトをプレイしたいよ! 彼女、めっちゃ俺の好みなんだっ。俺、もう給料の全額をオーオク社に突っ込んでもいいぜ!」
彼らはまだ、自分たちが「依存」という名の見えない首輪を脳髄の深奥に直接嵌められたことに気づいていない。
現実での交尾という生物としての本来の目的をあっさりと放棄し、ただ純粋な興奮と快楽のループの中で空回りしている。
それは彼ら自身の遺伝子がこの世代で途絶えることを意味する、若きオスたちの決定的な『絶望』の光景でもあった。
【中堅グループ:脂ぎった算盤勘定】
現役バリバリの中堅記者たちは、昨晩の過酷な搾精によってゲッソリと頬をこけさせながらも、アブラギッシュな顔を突き合わせ、まるで巨大企業の買収案件でも協議するかのような深刻な面持ちで冷めたコーヒーを啜っていた。
彼らの脳髄は、昨夜の生々しい快楽の記憶を反芻し、それをいかにして今後の生活サイクルに組み込むかという、切実な予算編成に完全に支配されている。
「一回500クレジット、月4回のフル稼働で2000か。家庭持ちの小遣いから捻出するには、決して安い出費じゃねえ。だが……昨夜の、あの奥の奥まで吸い付いてくるような熱さと、脳味噌がとろけるような喘ぎ声を思い出すとな……」
一人が疲労の滲む目を血走らせながら、震える声で切り出した。
「ああ、全くだ。付き合いの飲みを二回減らして、月に一度の風俗通いを一本キャンセルすれば何とか捻り出せる。生身の女を口説くのに高い飯をおごったり、面倒な機嫌取りしたりするより、家で確実にカナメさんを『独占』して好き放題ヤれる方が、圧倒的にコスパもタイパもいい」
別の男が、自らの打算的な計算を正当化するように強く頷く。
「そもそも、あんな名器と極上のテクニック、裏社会の高級店で探したって何十万クレジット吹っ飛ぶかわかったもんじゃない。それが、あのワルキューレのリーダーのナカを好きに掻き回せて、たったの500クレジットだぞ? あんなの、実質タダみたいなもんだろ!」
彼らは口々に、ABVシステムの圧倒的な費用対効果を語り合い、己の欲望を完璧な論理でコーティングしていく。
若手のように現実のすべてを投げ捨てるほどの無謀さはない。
だが、彼らにとってABVは、日々のストレスや夫婦間の生体的な倦怠感を麻痺させ、自身の限られた経済リソースを最優先で注ぎ込むに値する、完璧な「実利」を伴う快楽装置となっていた。
オーオク社のシステムは、働き盛りの中年オスたちが持つ算盤勘定すらも、圧倒的な生殖快楽によって完全にハッキングしてしまったのである。
【年配グループ:感謝と擬似的な若返り】
そして、白髪混じりのベテラン記者たちは、若手や中堅のようなギラついた欲望の熱とは異なり、一様に穏やかで満ち足りた表情で語り合っていた。
限界まで搾り取られたはずの枯れた肉体には、長年忘れていた生々しい活力が不思議と漲っている。
「……ガキどもや働き盛りの連中はコスパだの何だのと騒いでるが、このシステムの本当の価値ってやつを分かってねえな。俺たちみたいな、とうに枯れ果てたジジイが、あんな若くて、綺麗で、銀河で一番輝いている極上の女のナカに射精できるなんて、現実じゃ絶対にあり得ない圧倒的な幸運なんだよ」
「全くだ。金を積んで若い女の体を買えたとしても、あんな熱を持った目で俺たちを見つめ、あんなに甘く鳴いて受け入れてくれることなんて絶対にないからな。昨夜のあれで、俺の老いぼれた細胞の隅々までが熱を帯びて活性化した気がするよ。カナメさんのあの温かく脈打つ奥底に包まれて、自分でも信じられないくらい激しく腰が動いた。……なんだか、自分も現役バリバリの若者に戻ったような……そんな全能感すらあったんだ」
「ああ、痛いほどわかるぞ。恥ずかしい話だが、俺は果てた後に嬉しくてポロポロ涙が出ちまったよ。オーオク社は、俺たちのような何もかもを失っていく『持たざる老人』に、もう一度オスとしての尊厳と夢の続きを見せてくれた。……こんな体験をさせてくれたオリッシュ社長には、本当に足を向けて寝られんよ」
彼らは深く頷き合い、皺の刻まれた顔に柔らかな笑みを浮かべた。
彼らにとってABVは、単なる性的な処理装置ではない。
老化とともに失われ、とっくに諦めていたオスとしての若さと生殖の喜びを、完璧な形で一時的に取り戻させてくれる、絶対的な生体カンフル剤となっていたのだ。
ヒビキは、彼らの横顔を見て戦慄した。
童貞は現実を捨て、働き盛りは生活を捧げ、老人は感謝し心酔している。
そこには、かつての「報道の客観性」など微塵も存在しない。
あるのは、一人の女性――カナメ・バッカニアという偶像を通じて、オーオク社という巨大なシステムに魂を売り渡した、幸福な家畜たちの群れだ。
(……これだ。これこそが、オーオク社の、オリッシュ・ハメルマンの狙いなんだ)
ビュッフェ会場を満たす、多幸感に満ちた湿った空気。
男たちの会話は、もはや「カナメをどう報じるか」ではなく、「次回のABVのソフトはどんな内容なのか」「MNモデルやRPモデルはいつ出るのか」という、消費者の切実な渇望へと完全に塗り替えられていた。
ヒビキはレポートの後半に記した自分の警告を思い出し、冷めたコーヒーを飲み下した。
この会場にいる全員が、すでに「ワクチンセックス」という名の底なし沼に、一歩も引き返せないほど深く、沈み込んでいた。
その時、ヒビキのポケットで情報端末が軽快な振動を立てた。
ディスプレイに表示されたのは、SNNの直属の上司である松居ディレクターの名前だ。
口髭と色付きのサングラスがトレードマークの、局内でも一、二を争うほど陽気でノリの良い男である。
ヒビキとは公私ともに仲が良い。
通話ボタンを押した瞬間、鼓膜を劈くようなハイテンションな声が飛び込んできた。
『ヒビキちゃん! お前、最高だよ! 昨日の最速レポート、SNNの歴代PV記録をぶっちぎりで更新中だ! 後半の警告文はみんなスルーしてるみたいだが、前半の生々しい体験描写が最高にバズり散らかしてるぞ!』
『だいたいお前、個人的にもめちゃくちゃ羨ましいぜ! あのカナメ・バッカニアの極上の肉体を、擬似的にとはいえ一晩中抱きまくったんだろ? お前の記事をチェックしてるだけで、俺まで下半身が熱くなっちまったよ! 経費で女神とヤれるなんて、最高の仕事だな!』
「松居さん……ありがとうございます。ですが、俺としてはあの後半部分の警告こそが――」
『でな、上層部と緊急会議した結果、エースのお前に特命だ! 来月頭にそのホテルで、カナメ・バッカニアとオリッシュ社長の挙式が予定されてるだろ? その歴史的なイベントまで、お前はそのままレハームに滞在して密着取材を続けろ!』
「はあ!? 結婚式って……まだ二週間近くありますよ!? しかもここ、レハームで一番高い超高級ホテルですよ? 宿泊費だけでとんでもない額に――」
『オーケーオーケー、ノープロブレム! お前の稼ぎ出したPVとこれからの特ダネに比べりゃ、ホテルの延長代なんて安い投資だ。経費は全部会社で落としてやる!』
松居は陽気なトーンのまま、報道マンとしての鋭い要求を突きつけてきた。
『その代わり、なんとかしてあの謎だらけのオリッシュ・ハメルマンの写真を抜いてこい! 可能なら本人への突撃レポートも期待してるからな! SNNのエースのお前ならやれるだろ! じゃ、よろしく頼むぜ!』
通話は嵐のように一方的に切れた。
ヒビキは呆然としたまま、ツーツーと電子音を鳴らす端末を見つめた。
帰れない。
故郷で自分の帰りを待っている恋人、シルヴィアの元へ、すぐには帰れなくなってしまった。
(……シルヴィア、本当にごめん。もう少しだけ、待っててくれ……)
ヒビキは深い溜め息を吐き出しながら、ゆっくりと立ち上がった。
そして、ふと冷静になって気づく。
6月1日までこの超高級ホテルに延泊するということは、レンタル中のABVシステムが、引き続き試遊し放題だということだ。
(……あの残った四十二枚のコンドーム……二週間の滞在中に、全部使い切っちまいそうだな......)
自分の理性への自信は、今朝の再プレイでとうに崩れ去っている。
あの女神がもたらす底なしの快楽を前にして、毎晩誘惑に耐えられるはずがない。
ヒビキは自らの抗いがたいオスの本能に、漠然とした恐怖と、そしてどうしようもない甘い期待感を抱いて身震いした。
これ以上このホテルに滞在を続ければ、自分自身の理性がいつまで保つか分からない。
せめて、シルヴィアへの想いを形にする婚約指輪だけでも、今のうちに買っておこう。
この快楽に満ちた惑星で、自分の現実を繋ぎ止めるための、唯一の錨として。
ヒビキはフロントへと向かい、会社の経費承認コードを提示して、6月1日までの長い宿泊延長手続きを済ませた。
そして、どこか重い足取りのまま、ホテルに併設された高級商業区画へと足を向ける。
ハイエンド・ジュエリーブランド『スターリィ・ライン』のブティック。
「いらっしゃいませ。……誠に恐れ入りますが、お客様も『アクシア・ステラ』をお求めでしょうか?」
ヒビキが口を開く前に、店員は申し訳なさそうに、だが手慣れた様子でそう告げた。
昨日の婚約会見で、カナメ・バッカニアの指に輝いていたあの指輪だ。
一夜にして銀河中のセレブや投資家、熱狂したファンからの注文が殺到し、現時点では入荷がいつになるか全く判らない欠品状態だという。
(……そりゃそうだろうな)
SNNのエースレポーターであるヒビキにとって、それは至極当然に思える経済効果だった。
あれだけの大ニュースだ。
銀河の経済を揺るがすオーオク社と、全宇宙の男を熱狂させた女神の婚約。
その象徴である指輪に有象無象が群がるのは、火を見るより明らかである。
(だが、俺が欲しいのはそんな見栄っ張りのアクセサリーじゃない)
ヒビキは冷静に内心で毒づくと、別の、自分の給与に見合ったシンプルで上品なデザインのリングを選び、決済を済ませた。
いまや何百万クレジットもする幻の指輪より、自分の稼ぎでシルヴィアに贈るこの小さな指輪こそが、彼にとって唯一信じられる「現実」だった。
(続く)