マクロスΔ オペレーション・スィートプリズナー 作:夜叉五郎
アルテミシア・グランドホテル ロイヤルスィート「ルビー・プリズン」
ch.171「急展開」
週明けの銀河プライム市場。
銀河全域の経済が、一人の男の野心と一人の女神の献身によって激震していた。
取引開始直後から、オーオク社の株価チャートは垂直に近い上昇を描き、当然のようにストップ高を記録。
投資家たちは、カナメ・バッカニアという名の現代のサキュバスがもたらすであろう、ワクチンABVという名の巨大な利権に群がっていた。
その喧騒を他所にカナメは引っ越し作業に着手していた。
婚約発表を終えた今、カナメは一階下の専用スイートを引き払い、オリッシュが住まうこの最上階の区画へと拠点を移すことになったのだ。
「……これで、最後かしら」
夕刻の柔らかな光が差し込む中、カナメは一息ついた。
もともとレハームに持ち込んだ私物はほとんど無く、生活用品のほとんどはこのスイートに備え付けられた最高級の什器で事足りるため、身の回りの品は驚くほど少ない。
しかし、予想外に時間を要したのは、この二ヶ月あまりの「慰安任務」で積み上げられた膨大な衣装類だった。
ほぼ毎日、新作の官能的なコスチュームに身を包み、オリッシュの「生命の歓喜」を引き出してきた記録。
その物理的な証左である数々の衣装は、かなりの分量に達していた。
「カナメさん、こちらの衣装ケースも移動させますね」
黙々と作業を支えていたのは、護衛兼観測員であるミラージュ・ファリーナ・ジーナスだ。
本来こうした雑務をサポートすべきクレアは、今、別の戦場にいた。
広報責任者として、オーオク社への接触を強引に求める投資家や、提携を熱望する銀河中の商社たちからの通信を捌く業務に忙殺され、自室に籠りきりになっている。
「ありがとう、ミラージュ。……ふふ、こうして見ると、オリッシュさんと重ねてきた思い出の多さに驚くわね」
カナメが指先で触れたのは、かつてオリッシュの猛烈な射精を胸の谷間で受け止めた、あのライデン・シャフトを模したステージ衣装だった。
主人であるオリッシュと同じ空気を吸い、同じ体温を感じ、いつでもその屈強なチンポを受け入れられる環境。
この「ルビー・プリズン」は、もはや彼女にとって自分の帰るべき場所、主人と過ごす愛の巣へと再定義されたのだ。
引越し作業は夕方までにすべて完了。
自分専用のウォークインクローゼットに自分の淫らな衣装たちが並んだのを見て、微かな満足感を覚えるカナメ。
「さて……そろそろ、ラグナとの定例ミーティングの時間ね」
カナメは、ワルキューレのリーダーとしての凛とした表情に戻り、通信端末の前へと向かった。
銀河を揺るがす株価の高騰も、新たな同居生活の始まりも、すべてはこれから始まる「急展開」の前奏曲に過ぎなかった。
「……さて、始めましょうか」
カナメが通信端末を起動する。
隣には、仕事を切り上げてスーツ姿のまま現れたクレアが控えている。
前回この場で「婚約者」としてお披露目されたオリッシュ・ハメルマンは、今回不参加だ。
昼寝から目覚めた後、春の新作アニメを鑑賞しながらのんびりと過ごしている。
ホログラムウィンドウが展開され、惑星ラグナのケイオス支部から美雲、マキナ、レイナの三人が映し出された。
「……みんな、お疲れ様。まずは、先日の会見で発表したワクチンABVソフトの件、あなたたちに黙って進めていたことを謝らせて。本当にごめんなさい」
カナメが深く頭を下げる。
その真摯な態度に、画面の向こう側の三人は複雑な沈黙を返した。
クレアがその空気を変えるように言葉を継ぐ。
「ABVを通じたサキュバス波によるセイズノール排出こそが、ヴァール根治への最短ルートよ。でも、心配しないで。ワルキューレの活動はこれまで通り継続していくわ。歌による社会へのヴァール対策の啓発活動も必要だもの」
マキナとレイナは視線を交わし、何とも言えない表情を浮かべる。
センターに立つ美雲は、相変わらず氷のように冷ややかな、神秘的な瞳でカナメを射抜いていた。
その視線を受け止めながら、カナメは本題を切り出した。
「そこで……みんなにお願いがあるの。オリッシュさんからの強い要望でもあるんだけど」
「要望?」と、レイナが短く、温度のない声を出す。
「ええ。年に二回、この惑星レハームでワルキューレのライブを開催してほしいの。そして、そのライブに限って……私とクレアも、ワルキューレとしてステージに復帰する。そういうプランを提示したいわ」
カナメの言葉には、オリッシュの「ファンとしての純心」と、彼だけが独占している「本物の女神」を銀河に見せつけたいという歪んだ独占欲が入り混じっていた。
だが、その提案が終わるか終わらないかのうちに、鋭い拒絶が響いた。
「……嫌よ」
美雲の唇から漏れたのは、一切の加減を排した、冷徹な一言だった。
「み、美雲……?」
「そうだよ、カナカナ! バッサリ言わせてもらうけど、私たちを置いてきぼりにして、自分たちだけで勝手に話を決めて……今さら『ライブに来て、私たちを復帰させろ』なんて、あまりに自分勝手すぎるわ!」
マキナが、いつもの可愛らしいトーンを捨て、はっきりとした怒りを露わにする。
「……賛同。ワルキューレは、カナメの婚約者の都合で付けたり外したりできるオプションじゃない。勝手すぎ」
レイナの毒を含んだ言葉が、カナメの胸を刺す。
オリッシュという「主」の寵愛を受け、支配者側の視点に立ち始めていたカナメとクレアに対し、現場を守り続けてきた三人が突きつけたのは、絶対的な拒絶の意志だった。
通信画面の向こう側で、マキナとレイナの怒りは収まる気配を見せなかった。
特にマキナは、先日の記者会見でクレアが口にした「ある爆弾発言」について、身を乗り出して詰め寄った。
「それだけじゃないよ! クレクレ、会見で『MNモデル』と『RPモデル』の発売予定についても勝手に話しちゃって……! 『条件が整い次第』って何!? 私たちの生体データ、勝手に売り飛ばすつもりなの!?」
マキナの抗議に、レイナも無機質な瞳に不快感を宿して頷く。
「……同意。私たちのプライバシー、無視しすぎ。その『条件』とやら、説明して」
詰め寄られたクレアは、焦るどころか、扇情的な笑みを浮かべて自身の腕端末を操作し始めた。
「あら、そんなに急かさないで。……じゃあ、今からその『条件』を整えちゃいましょう」
クレアは指先でメッセージを綴り、別室で寛いでるオリッシュの端末へと送信した。
その内容は、ラグナの二人が知れば戦慄するであろう「真実」だった。
『オリッシュ社長♡ ラグナのマキナとレイナが、毎日互いの体の三穴に注ぎ合っているバイオペニスのカートリッジ……実はあれ、“本物”の貴方の精液を混ぜてあるんです。彼女たち、もうとっくに貴方の種に染まってます』
そのメッセージがオリッシュに届き、彼が「自分がマキナとレイナの三穴を制覇している」という事実を認識し、彼女たちを「自分の女」だと個体識別した――その瞬間。
「……っ、あ……ッ!?」
「な……に、これ……熱い……っ!」
画面の向こう側で、マキナとレイナが同時に下腹部を押さえて悶絶した。
二人の白い肌の下、これまでうっすらとしか見えていなかった、禍々しくも美しい「淫紋」が、主の承認を得たことで急速にその幾何学模様を完成させていく。
「やだ……っ、身体が……勝手に、疼い……っ! ああぁッ!」
「……熱い、お腹が……ドクドクする……っ、助けて……!」
遺跡の力がオリッシュの欲望を増幅させ、時空を超えて二人の子宮へと直接的な快楽の波動を叩き込む。
マキナとレイナは、立っていることすらままならず、その場に崩れ落ちた。
自分たちの深奥に注ぎ合ってたバイオペニスの培養精液が、実は主そのもののエッセンスであったという事実が、サキュバス化という生物学的変容を決定的なものにしたのだ。
二人は通信画面の前で無様に腰をくねらせ、虚空を掻きむしりながら絶頂の波に呑み込まれていく。
その淫らな姿をクレアは冷徹な、しかし慈愛に満ちた「同胞」の目で見つめていた。
「これで条件は整ったわ。……ねぇ、マキナ、レイナ。あなたたちも、もう逃げられないわよ」
クレアの声が、絶頂に震える二人の鼓膜を甘く、残酷に揺らした。
絶頂の衝撃がマキナとレイナのニューロンを焼き切った瞬間、二人の意識は物理的な客室から切り離され、高次フォールド空間――意識の非局所的な接続領域へと強制的にアップロードされた。
そこは物理法則を超越した、純粋な情報結合の場。
全裸で漂う二人の下腹部には、主とのリンクを証明する幾何学的な淫紋が、生体エネルギーの奔流を受けて禍々しく発光している。
「……っ、この感覚……ウィンダミアの最終決戦の時と同じ……! でも、あの時みたいな寒々しい拘束感じゃない……?」
マキナが戸惑いの声を上げる。
かつてのウィンダミア戦役、宰相ロイド・ブレームが美雲の歌を利用して企てた全人類の意識統一(ラグナロク)。
あの時の、個を剥奪されるような冷たい強制力とは真逆の、甘く、熱く、思考を蕩けさせるようなリビドーの奔流が、二人の情報の海をピンク色に染め上げていた。
「……同意。同じ感覚。……でも、雰囲気が全然違う。ピンクで、怪しい……」
レイナが視線を彷徨わせ、ボソリと呟く。
かつての冷徹な命令系統ではなく、本能を直接揺さぶる官能的なノイズが、彼女を情動の色で塗りつぶしていく。
混乱する二人の前に、既にシステムの完全な適合者となったカナメとクレアが姿を現した。
二人の白い肢体にも同様の紋章が刻まれ、その存在感はマキナたちを圧倒するほど濃密で、進化したサキュバスとしての生物学的な威圧感に満ちていた。
「何も恐れる必要はないわ、二人とも」
サキュバス・クィーンとしての絶対的なオーラを纏い、カナメが慈愛に満ちた声で語りかけ、マキナとレイナの手を優しく包み込んだ。
その物理的接触を通じて、カナメの中に蓄積されたオリッシュのチンポへの狂おしいほどの思慕の情が、情報の津波となって二人の意識に直接注ぎ込まれる。
「……あ、ああ……ッ! カナカナの中にある、この感覚……熱い、あのチンポが欲しくてたまらなくなる……っ!」
さらに、クレアが畳み掛けるように二人の背後に回り込み、耳元で甘く囁いた。
「そうよ。この熱量こそが、私たちの個体を完成させる唯一のエネルギー……。ねぇ、貴女たちにもお裾分けしてあげる。女なら誰しも、この世界で最も優れたオスの子種で受精したいと思うのは当然よね?」
クレアから流れ込んできたのは、極限の「妊娠本能」。
主の精液を渇望し、自らの胎内をその増殖炉へと捧げたいという強烈なリビドーだ。
「......マキナと一緒にマタニティ.......おおふっ最高かも♡」
上位のサキュバス二人の圧倒的な思念波に、マキナとレイナの未熟な精神はなす術なく、一瞬でそのピンク色の情念に染め上げられていった。
(……そう、私……レイレイとのバイオペニスセックスじゃ、全然満足できていなかった。このジリジリぴくぴくな渇き……本物のチンポなら、すべて解消される……!)
己のフワフワわがままボディが真に求めていた「物理的な制圧」が約束されたことに、マキナは深い安堵を覚えた。
レイナもまた、マキナの深層心理を受け止め、静かに涙を流す。
(……マキナの欲求不満、分かってた。でも、私の体じゃ無理で……。これでいい。主が満たしてくれるなら……救われる)
カナメが二人の覚醒を総括するように、静かに、しかし抗いようのない力強さで宣言した。
「ええ、これでいいのよ。これからは、私たち皆でオリッシュさんを支えていきましょう。彼の生命を繋ぎ、その歓喜を歌に乗せていく……それが私たちの新たな戦場よ」
カナメが代表してユニットの意思を確定させると、四人の淫紋が激しく共振し、接続空間を濃密なピンク色の閃光が埋め尽くした。
次の瞬間、二人の意識は現実の通信画面の前へと戻った。
崩れ落ちたままのマキナとレイナだったが、その瞳からは先ほどまでの拒絶反応は消え失せ、主への絶対的な隷属と、まだ見ぬ「本物のペニス」への期待に、妖しく潤んでいた。
「……ふふ。ようこそ、新しい同僚(サキュバス)たち」
クレアの勝ち誇ったような、それでいて歓迎の意を込めた声が、静まり返った室内で甘く響いた。
高次フォールド空間から現実へと意識が引き戻された瞬間、マキナとレイナはケイオス支部の床に崩れ落ちたまま、激しく肩を上下させていた。
「はぁっ、はぁっ……! な、に……これ、凄すぎるよ。身体の中が、ずっとピンク色で……あはっ、ドクドクしてる……」
マキナは上気した顔を火照らせ、自らの身体を抱きしめるようにして陶然と独り言を漏らす。
その瞳は焦点が合わず、主人から与えられた擬似的な交感の余韻に完全に溺れていた。
「……同意。……解析不能な熱量。……でも、もっと欲しい。主の……本物を、ナカに……」
レイナもまた、虚空を見つめたままボソボソと呟く。
かつての冷徹な毒舌の面影はなく、その表情には主への絶対的な隷属と、物理的な「略奪」を待ち望むメスの本能が剥き出しになっていた。
「二人とも、しっかりしなさい!」
美雲が叱咤を飛ばす。
だが、その声は二人の耳にはもはや届かない。
マキナとレイナは、まるで獲物を見つけた肉食獣のような、あるいは仲間を誘う同胞のような湿った視線を美雲に向け、這うようにしてにじり寄ってきた。
「ねえ、クモクモもこっちにおいでよぉ……。凄く気持ちいいんだから……」
「……美雲も一緒なら、もっと心強い。ワルキューレ全員で……主に仕える……」
二人の下腹部に浮かぶ淫紋が、共鳴するようにピンク色に脈打つ。
物理的な拘束を超えた、生物学的な侵食の気配。
美雲は、自分たちが築き上げてきた絆が、あの男の欲望という猛毒で塗り替えられていく光景に、本能的な恐怖を覚えた。
「ひっ……! 寄らないで!」
美雲は短い悲鳴を上げると、翻る髪を背に、逃げ出すように通信ルームを飛び出した。
美雲が逃げ込んだのは、マクロス・エリシオンの展望ブリッジだった。
巨大なガラス窓の向こうには、惑星ラグナの青い海が広がっている。
だが、今の彼女には、その景色さえも、歪な世界に侵食されているかのように見えた。
「……くっ……! どうして……みんな、あんな男に……!」
美雲は手すりに額を押し当て、恐怖に震えた。自分は「星の歌い手」だ。
どんな風にも染まらない自信があった。
だが、先ほど感じた、あのカナメとクレア、そして変わり果てた二人の圧倒的な思念波。
……あの熱量に、もし自分が直接触れてしまったら。
その時、背後で重い足音が響いた。
「……美雲」
振り返った美雲の瞳に、一人の男の姿が映った。
アラド・メルダースだ。
だが、そこにかつての頼れる艦長の姿はなかった。
衣服は乱れ、脂汗に濡れた顔は荒み、その瞳には、抜き差しならない「狂気」の輝きが宿っていた。
「……アラド?」
「美雲、この変わってしまった世界を正すために、お前の力が必要だ」
アラドは美雲の肩をガッシリと掴み、血走った眼で睨みつけた。
ABVのレベル「中」に挑み続け、愛した女の幻影の前に、男としての尊厳を撃墜されたアラド。
彼は、オリッシュの力の源泉である惑星レハームの遺跡「エムシー・ハラメ」の無力化を目論んでいた。
「あいつが凄いんじゃない。すべては、あの遺跡のシステムの力だ。……あの遺跡は、Yami_Q_rayの歌声に反応して出現した。なら、『星の歌い手』であるお前の歌でコントロールできるはずだ」
自分が弱いのではない。
世界が歪められているだけだ。
その歪みを正せば、カナメは戻ってくる――アラドの思考は、防衛本能ゆえの破綻した結論に辿り着いていた。
美雲もまた、アラドの異常さに気づく。
だが、彼女自身も仲間たちがサキュバス化していく現状に、底知れぬ恐怖を感じていた。
「……そうね。これが待っていた、風の揺らぎ……ならこの揺らぎに乗って私も飛ばないと」
美雲はアラドの狂気の中に唯一の「抵抗」の可能性を見た。
自分もまた、あの生物学的な変容から仲間たちを助けるために。
……この世界を歪める悦楽を、その源泉から枯らすために。
アラドはニヤリと不敵な笑みを浮かべると、美雲の腕を引いて走り出した。
「艦長権限で、VF-31Sジークフリードを出撃させる。……俺が、この手でカナメさんを救い出してやる」
軍規違反上等で、己の輝かしいキャリアも銀河の安定も、すべてを生贄に捧げる覚悟。
アラドは美雲を機体に乗せ、強引にマクロス・エリシオンから離陸した。
一機のバルキリーが、夕闇迫るラグナの空へと飛び立つ。
目指すは惑星レハーム。
銀河の命運を賭けた、叛逆のテイクオフであった。
(続く)