マクロスΔ オペレーション・スィートプリズナー 作:夜叉五郎
惑星レハーム エアポート
ヒビキは惑星レハームのエアポートの駐機場を全速力で駆け抜けていた。
用意されたのは、SNNのロゴがペイントされた宇宙空間対応の複座型報道用バルキリーだ。
パイロットスーツのヘルメットを掴み、単独で前席のコックピットに飛び込もうとしたヒビキの腕を、血相を変えたSNNレハーム支部の若い局員が引っ張った。
「ひ、ヒビキさん! ダメです、社内規定で大気圏外での単独飛行は固く禁じられています! 必ず観測手(ナビゲーター)とのツーマンセルで搭乗しないと――」
「うるさい! あのピンクの化け物(マクロス・オーオク)はもう離陸を始めてるんだぞ! 規定だのなんだの言ってる間に、特ダネが宇宙の彼方に消えちまう!」
「それでもダメなものはダメです! システム上、複座の生体認証が揃わないと大気圏離脱ブースターに点火できません!」
システムによる物理的な制限を突きつけられ、ヒビキは盛大に舌打ちをした。
「クソッ……! なら、お前が乗れ! 早くしろ!」
「ええっ!? ぼ、僕ですか!?」
「いいから乗れ! 命の保証はしないが、特ダネのクレジットには名前を載せてやる!」
有無を言わさず、無理やり後部座席に小心者の支部員を押し込み、シートベルトと生体リンクを強引に接続させる。
この強引な人員確保とシステムの認証作業のせいで、ヒビキは致命的なタイムロスを余儀なくされてしまった。
機体がエアポートを蹴り出し、成層圏を突破した頃には、マクロス・オーオクはすでにレハームの衛星軌道上で安定したクルージング態勢に入っていた。
「……チッ、出遅れたか」
漆黒の宇宙空間に浮かぶ、巨大なパールピンクの質量体。
手持ちのデジカムと機体の光学センサーを連動させながら、ヒビキはコックピットの計器類に目を走らせる。
その時、報道用バルキリーのレーダーが、マクロス・オーオクの前方に別の巨大な質量反応を捉えた。
強烈なフォールド波の閃光と共に、一隻の輸送戦艦が実体化したのだ。
「……なんだ、あの船は。オーオク社の関連艦か?」
「ヒ、ヒビキさん、あれは……旧型の輸送艦です。でも、正規の識別信号が出されていません。いわゆる、裏ルートの艦(ふね)ですよ!」
後部座席の支部員が、怯えた声でモニターの解析結果を読み上げる。
「裏ルートの輸送艦だと? それがなぜ、わざわざマクロス・オーオクの射線上に現れる?」
ヒビキの脳内で、ジャーナリストとしての演算が急速に回る。
あの艦の右腕部に備えられた、異様な形状の主砲
そして、突如現れた所属不明の輸送艦。
さらに光学センサーは、標的艦から小型ランチで数名の乗員が脱出していく不可解な動きを捉えていた。
「……まさか、標的艦(ターゲット)か? 何をするつもりかはわからないけど、あの兵器を、今ここで試射しようってのか!?」
「ひぃっ! ダ、ダメですよヒビキさん! これ以上近づいたら、軍事機密の侵害でこっちが撃墜されます! 早くレハームに引き返しましょう!」
「馬鹿言うな!ここで引き下がる記者がどこにいるんだよ! 銀河の生態系を揺るがす特ダネの匂いがプンプンするじゃないか!」
支部員の半狂乱の制止を完全に無視し、ヒビキはバルキリーのスロットルを全開に押し込んだ。
生体リンクを通じて機体に伝わる彼の純粋なアドレナリンが、バルキリーの推進器を限界まで燃え上がらせる。
だが、オーオク社の防衛網は、ヒビキのジャーナリズムを嘲笑うかのように完璧だった。
「なっ……!?」
マクロス・オーオクの絶対空域に肉薄しようとした瞬間、全方位から突如として十二もの機影が湧き上がった。
四機の最新鋭機、VF-31カイロス。
そして、それぞれの機体に随伴する二機ずつの無人戦闘機(ゴースト)群。
圧倒的な推力と暴力的なまでの三次元マニューバで、ヒビキの報道用バルキリーは瞬く間に包囲網に呑み込まれた。
カメラの射線はゴーストの編隊によって物理的に完全に塞がれ、前進はおろか逃げ道すら断たれる。
「くそっ、早すぎる! まるで統制された獣の群れだ……!」
舌打ちをするヒビキのメインモニターに、強制的な割り込み通信が入る。
ノイズの向こうから現れたのは、極限まで密着した耐G用のパイロットスーツに身を包んだ、胸元に圧倒的な質量を持つ雌の個体だった。
頭部にはフルフェイスのフライトヘルメットを深く被っているためその髪色は窺えないが、クリアバイザー越しに覗く透き通るような赤い瞳が、冷徹な美貌の輪郭をはっきりと際立たせている。
そして何よりヒビキの目を引いたのは、真空パックのように肌へ張り付いたパイロットスーツによって容赦なく強調された、暴力的なまでのボディラインだ。
コックピットのハーネスが悲鳴を上げそうなほどの威圧的な巨大な乳房と、そこから極限まで絞り込まれたウエストの曲線美。
彼女の放つ静謐で軍人然としたオーラは、圧倒的な生物としての肉体的魅力と、他者を屈服させる闘争本能が見事に融合した、危険な生体波動を放っていた。
『――こちら、マクロス・オーオク所属、セイレーン小隊アルファ機。識別信号、SNNの報道機に警告する』
絶対零度の冷徹な声が、コックピットに響き渡る。
『貴機は現在、当社の絶対防衛宙域を侵犯している。直ちに機体の推進剤(スロットル)を閉じ、対象宙域から離脱せよ。……これ以上の接近は、当艦に対する明確な攻撃意思とみなし、即座に物理的排除を遂行する』
その赤い瞳には、一切の躊躇や感情の揺らぎはない。
本能のままに引き金を引く用意が完全に整っている、冷酷な捕食者の目だった。
『――これ以上の接近は、当艦に対する明確な攻撃意思とみなし、即座に物理的排除を遂行する』
報道用バルキリーのメインモニター越しに突きつけられた、銀髪のパイロットからの絶対零度の警告。
十二機による完璧な包囲網と、一切の隙を見せない圧倒的なロックオン警告音に、ヒビキは奥歯を強く噛み締めた。
「……くそっ。完全に捕捉されてる。これ以上は一ミリも動けねえぞ」
手元の操縦桿を握り直すものの、強行突破の生存確率は完全にゼロだった。
後部座席では、巻き込まれたレハーム支部の局員が「だから言ったじゃないですかぁ!」と涙声で悲鳴を上げている。
だがその時、事態はヒビキの予測を遥かに超えた生物学的な異常現象によって覆った。
「な、なんだあの光は……!?」
マクロス・オーオクの巨大な船体が、突如として内側から妖艶なパールピンクの光を放ち始めたのだ。
同時に、ヒビキの目の前でメインモニターに映し出されていた銀髪のパイロットに、劇的な異変が起きた。
先ほどまで絶対零度の殺意を放っていた彼女の透き通るような赤い瞳から、完全に理性の光が消失した。
瞳孔がとろけるように開き、極限まで密着したパイロットスーツの奥で、威圧的なまでの豊満な肉体が波打つように激しく痙攣を始めたのだ。
『あ、あっ……んんっ……あぁぁっ……♡』
オープンになったままの通信回線を通じて、コックピットのハーネスが引きちぎれんばかりに巨大な乳房を突き出し、ヘルメットのバイザーを曇らせながら凄まじい絶頂の波に打ち震える彼女の、甘く生々しい喘ぎ声が響き渡る。
「……おい、嘘だろ。どうなってるんだ?」
ヒビキが驚愕する間にも、周囲を完璧な陣形で包囲していたはずの四機のVF-31カイロスと八機のゴーストの統率された軌道ベクトルが、泥酔したように崩壊していく。
スラスターの噴射が不規則に明滅し、パイロットたちが一斉に操縦桿を手放したことで、機体は完全に無防備な鉄の塊となって虚空を漂い始めた。
「包囲網に穴が空いた……! 今だ!」
銀髪の女がなぜ突如として狂乱の絶頂に陥ったのかは分からない。
だが、この致命的な隙を見逃すヒビキではなかった。
彼はスロットルを全開に押し込み、漂流する護衛小隊の隙間を縫うようにして、マクロス・オーオクの懐へと一気に肉薄する。
デジカムのレンズを向けた先では、マクロス・オーオクの右腕部――巨大な主砲らしき構造物の中心に、途方もない密度のピンク色の生殖エネルギーが収束し、臨界点に達しようとしていた。
直後、圧倒的なエネルギーを凝縮したピンク色の極太のビームが、漆黒の宇宙空間を切り裂いて前方の標的艦へと放たれた。
「撮ったぞ……ッ!」
至近距離でその発射シーケンスをカメラに収めたヒビキだったが、次の瞬間、彼の脳髄を信じられないほどの暴力的感覚が殴りつけた。
「ぐっ、ああぁっ……!?」
機体は完全に射線から外れていたにも関わらず、空間に漏れ出した高密度の「サキュバス波」の余波が、報道用バルキリーの装甲をすり抜けてヒビキと局員の神経系を直接ハッキングしたのだ。
ヒビキの視覚野に、強烈な生体パルスが極彩色の幻影を強制的に上書きしていく。
数多の美しい女たちが、一斉に背を反らせて狂おしい絶頂に震える生々しい映像。
そして聴覚神経を直接撫で回すような、鼓膜を溶かすほどに甘く濃密な啼き声の奔流。
「ひ、ひぃぃぃっ! ああぁっ、で、出ますぅぅぅッ!!」
後部座席から、情けない絶叫が上がった。
ただでさえ経験が無くて耐性の低い支部の局員は、直に脳を焼くような極上の疑似快楽に一瞬で耐えきれなくなり、シートに縛り付けられたままパイロットスーツの中で大量の白濁を漏らし、強制的なお漏らし絶頂を迎えて気絶した。
「ハァッ……ハァッ……! ふざけんな、こんなモンに呑まれてたまるか……ッ!」
ヒビキは自らの唇を血が滲むほど強く噛み破り、その強烈な物理的疼痛によって意識のピントを無理やり現実へと繋ぎ止めた。
猛り狂おうとする雄としての生殖本能を必死に押さえ込み、荒い息を吐きながらモニターの先――サキュバス砲の直撃を受けた標的艦へと視線を向ける。
巨大な光の奔流に飲み込まれた標的艦だったが、そこに物理的な爆発は一切起きていなかった。
装甲が溶解することも、真空に空気が漏れ出すこともなく、外見上は完全に無傷のまま、ただ静かに宇宙空間を漂っている。
「……装甲は、無傷? じゃあ、あの砲撃は一体何を破壊したんだ……?」
デジカムの録画を続けながら、ヒビキの背筋を凍りつくような悪寒が駆け抜けた。
外殻(コンテナ)には一切の物理的損傷を与えない巨大兵器。
そして、先ほど自分たちの神経系を直接犯した、あの恐るべき快楽の生体パルス。
(……もし、あの船の中に『雄』の乗組員がいたとしたら。直撃を受けた奴らの脳髄と生殖機能は、一体どうなっちまってるんだ……?)
それは、対象の命を奪うことよりも遥かに残酷で、生物としての尊厳を完全に破壊する悪魔的な所業の証明だった。
目に見えない地獄が、あの無傷の装甲の向こう側に広がっている。
その恐ろしい想像に囚われ、百戦錬磨のヒビキでさえ圧倒的な恐怖に全身の粟立つ感覚を抑えきれなかった。
「……特ダネは、完全に押さえた。ズラかるぞ……ッ!」
この空間にこれ以上留まれば、自分の生体機能も不可逆的なダメージを受けるか、あるいは生気を取り戻した護衛小隊に撃墜される。
ヒビキは気を失って痙攣を続ける後部座席の局員を一瞥すると、銀髪のパイロットをはじめとする護衛小隊が絶頂の余韻から回復する前に、機体を大きく反転させた。
報道用バルキリーの推進器を限界まで吹かし、ヒビキは逃げるようにしてマクロス・オーオクの絶対防衛宙域から全速力で離脱していった。
惑星レハームの地表へと生還したヒビキは、アルテミシア・グランドホテルの自室へ駆け込むなり、持ち帰った生データの編集に没頭した。
モニターに映るのは、宇宙で目撃した「悪夢」の断片だ。
理性を失い狂乱の絶頂に身を悶えさせるセイレーン小隊。
そして、マクロス・オーオクから放たれた桃色の奔流を浴び、物理的損傷ゼロのまま沈黙したターゲット艦。
ヒビキは渇いた喉を鳴らし、映像に自らの推察(レポート)を叩き込む。
「――装甲への物理的ダメージは皆無。だが、艦内のバイタルは完全に消失している。あの波導は、装甲を透過して生体の中枢神経を直接ハッキングしたと推測される」
脳裏に焼き付いた、あの快楽の残滓。
「もし内部に雄がいれば、彼らは上位の雌による強制的な交尾幻想を見せられ、絶頂の果てに廃人へと作り変えられたはずだ。物理的外傷なく雄の尊厳を破壊する――これはヴァール根治という人道支援の皮を被った、史上最も悪魔的な生体兵器だ。オーオク社はこの力で、銀河の兵器産業そのものを制圧しようとしている!」
渾身のレポートを、SNN本社のチーフディレクター・松居へ送信する。
これが出れば銀河はひっくり返る。ヒビキは確信と共に返信を待った。
だが――数分後に繋がったホログラム通信の向こう側で、松居はこれ以上ないほど苦虫を噛み潰したような、険しく青ざめた表情を浮かべていた。
『……ヒビキ。お前、とんでもないモノを撮ってきたな』
「松居ディレクター! 見てくれましたか。あれがオーオク社の真の狙いです。いますぐ特番の編成を――」
『ダメだ。この記事は出せない』
松居の冷徹な一言が、ヒビキの熱狂に冷水を浴びせた。
「なぜですか! 映像は本物だ。これを報じないなら、メディアは死んだも同然だ!」
『メディアが死ぬ前に、SNNという会社が消滅するんだよ』
松居が鋭く遮った。
『お前がデータを送る直前、本社の役員会に、銀河最大の複合企業体(コングロマリット)であるケイオスから直接の緊急回線が入った。現場でお前の機体を捕捉した時点で、中枢を抑えに来ていたのさ』
「……動きが速すぎる。一記者の動きに、ケイオス本体が即座に動いたってのか」
『それが現実だ。あの映像を1フレームでも電波に乗せれば、軍需からインフラ、芸能に至るまで、ケイオス傘下の全取引を即座に停止すると通告された。……だが、連中もただ脅してきたわけじゃない。取引だ』
ヒビキが奥歯を鳴らすと、松居は妥協案を突きつけた。
『オリッシュ・ハメルマンの単独インタビューをセットするそうだ。それから、お前の高額なホテル滞在費もすべてオーオク社が負担する。……これはジャーナリストへの、最高級の買収だよ』
「俺を……金と餌で黙らせるのか」
『ヒビキ、世論を読み違えるな。……ケイオスは既に「防波堤」を用意している。あの標的艦に、各星系から集められた終身刑の強姦魔ら数百名が乗っていたという情報を、連中は自らこちらにリークしてきた。現在裏取り中だが、恐らく事実だ』
「……何だって?」
『そんなクズどもを廃人にしたところで、世論が騒ぐと思うか? 大衆は「周辺環境を汚さないクリーンな兵器」としてオーオク社を支持するだろうさ。撃たれた雄の生殖機能が破壊される代償になんて、誰も興味を持たん。……独占インタビューが取れるんだ。それで満足しておけ。これは至上命令だ』
通信が切れた。
静まり返った部屋で、ヒビキは拳が白くなるほど強く握りしめた。
物理的被害ゼロという欺瞞の裏で、生物としての尊厳を奪う巨大な軍事力の胎動。
その真実を目の当たりにしながら、用意された「正義」の前に報道することすら叶わない。
巨大なシステムの圧力の前に、彼はただ、静かに折れるしかなかった。
(続く)