マクロスΔ オペレーション・スィートプリズナー 作:夜叉五郎
惑星レハーム マクロス・オーオク → アルテミシア・グランドホテル
ch.184「対決」
結婚式を二日後に控え、マクロス・オーオクが、静かにその巨体をアルテミシア・グランドホテル近郊の湾へと戻す。
オリッシュとカナメが艦を降りる際、タラップに整列するマクロス・オーオクのクルーたち。
その様子は、八日前の5月22日に、ウェルデッキにてオリッシュが手ずから社員証を全員の左手の薬指にはめる入社式を行った時とは、完全に別物であった。
艦長アーシェリーを筆頭とする総勢百十七名の美女たちは、オリッシュという一人の男に貞操を捧げた竿姉妹となっている。
今や全員がオリッシュと肌を合わせ、その「生命の歓喜」を胎に浴びた彼女たちの視線は、熱く、潤み、そして揺るぎない忠誠と親愛に満ちていた。
文字通り、この艦はひとつの巨大な「家族」へと生まれ変わっていたのである。
「オリッシュさん、行きましょう」
カナメがそっと彼の腕に手を添え、ホテルへと歩き出す。
二人の前に再び護衛として現れたのは、ミラージュ配下のケイオス・レハーム支部所属のエージェントたちだった。
「……ッ!?」
エージェントたちがオリッシュの姿を認めた瞬間、周囲に一瞬の動揺が走る。
それも無理はない。
オーオクに乗船した八日前の時点では90kgあったはずの身体が、今や体重75kgにまで絞り込まれ、贅肉を削ぎ落とした精悍な剣のような肉体へと変貌を遂げているのだ。
目元には吸い込まれるような色気が宿り、顎のラインは彫刻のように鋭い。
わずか一週間ちょっとで劇的な変化を見せたオリッシュの外観に、エージェントたちは言葉を失った。
しかし、そこは訓練されたプロである。
彼らは一瞬見開いた瞳をすぐに引き締めると、その動揺をプロ根性で押し隠し、何事もなかったかのように任務を継続して周囲を固めた。
なお、責任者であるミラージュ自身は、まだアラドの暴挙――独断での移籍エムシー・ハラメへの強制介入未遂――の後始末に追われていた。
本国や軍上層部への根回し、膨大な事後処理に忙殺されており、この時点ではまだ姿を見せていない。
一行は厳重な警護に守られながら、ホテル併設のウェディングドレス・ブライダル衣装専門のドレスショップへと移動した。
「さあ、オリッシュさん。今の貴方に一番似合う衣装を選びましょうっ」
カナメが微笑みかけ、ショップの重厚な扉が開かれる。
そこには、二日後の主役たちを待つ、純白の世界が広がっていた。
ドレスショップに足を踏み入れた二人は、それぞれ別室へと分かれ、フィッティングの基礎となる身体の精密採寸を開始。
カナメの計測を担当した女性店員は、測定器が示した数値を見て思わず目を見開いた。
「失礼ですが……以前のデータよりもかなりボリュームアップされていますね」
確定した数値によれば、カナメのバストサイズはFカップに到達していた。
オリッシュと深く愛し合うようになったこの三ヶ月ほどで、1.5カップも増量した計算になる。
愛されることによるホルモンバランスの劇的な変化と、普段愛用している重力制御ブラの育乳効果。
その二つが重なり合い、彼女の肉体はかつてないほどに女としての瑞々しさを湛えていたのである。
「本当、溜息が出るほど見事なプローションです」という店員の称賛に、カナメは「ありがとうございます」とにこやかに応じた。
しかし、その内心はさらに熱い悦びに満たされている。
よりオリッシュのペニスを刺激し、彼を虜にする身体になれている。
その事実に、カナメは頬を染めてひっそりと胸を躍らせていた。
一方、別室で採寸を受けるオリッシュの変貌も凄まじいものだった。
183cm、75kg。筋肉質でありながらもシャープに引き締まったその姿には、かつての面影などどこにもない。
何より、カナメを筆頭に総計122名もの美女をその剛勇なペニスで愛し、従属させてきたという圧倒的な経験値が、彼の内面を根底から作り変えていた。
かつてはトラウマレベルであった女性への恐怖心は完全に一掃され、今の彼には、無意識のうちに女を従わせる強者の余裕がオーラとなって滲み出ている。
対応した女性スタッフたちが、その圧倒的なイケメンぶりと色気に当てられ、顔を赤らめて手元を狂わせるほどだった。
採寸を終えた二人は再び合流し、タキシードとウェディングドレスの吟味に入った。
最新のホログラム投影による試着機能を使い、次々と姿を変えては見せ合いっこをする。
もともと服にこだわりのなかったオリッシュは、「カナメが勧めてくれるものなら何でもいいよ」と穏やかに微笑む。
だが、今の彼にはどんなタキシードも似合いすぎてしまい、カナメは「これもいいし、こっちも捨てがたいわ……」となかなか一着を決められずにいた。
自分のために真剣に悩んでくれる彼女の様子が愛らしく、オリッシュは心からの幸福感に包まれる。
同じように、カナメのドレス選びも難航を極めた。
どのデザインを投影しても、磨き抜かれた彼女の美貌と豊潤なボディラインに完璧に調和してしまい、今度はオリッシュが「どれも最高すぎて選べないな」と頭を抱えて悩みまくる番となった。
十歳近く若返り、見た目もカナメと同世代となったオリッシュ。
その二人が見せ合いながら悩み続ける姿は、どこからどう見ても幸せの絶頂にいる若いバカップルそのものだ。
「……お熱いことですわね」
なかなか決まらないドレス選びの時間を前に、ショップの店員たちは微笑ましい苦笑いを浮かべながら、二人の至福のひとときを見守っていた。
ようやくタキシードとウェディングドレスが決まり、二人はそのままウェディングフォトの撮影へと移る。
撮影の舞台は、アルテミシア・グランドホテルが誇る壮麗なチャペルや庭園、有名な室内プールのデッキといった華やかなスポットだ。
撮影現場から少し離れた日陰には、テレビ局「SNN(スクランブル・ニュース・ネットワーク)」の若手レポーター、剣崎ヒビキの姿があった。
弱冠27歳の彼は、ワクチンABVソフトの『中』レベルを最速でクリアし、関連記事のPVでもトップを獲得した功績により、オリッシュへの独占インタビューという特権を手にしていた。
しかし、その表情は険しい。
一週間前にせっかく掴んだ「サキュバス砲」の特ダネを上層部に握り潰された遺恨が、今も彼の心に影を落としているのだ。
独占インタビューは撮影終了後と定められており、それまでヒビキはケイオス・レハーム支部のエージェントにぴったりと張り付かれ、監視下での待機を余儀なくされていた。
「……あれが、新しい銀河の支配者、オリッシュ・ハメルマンなのか」
遠目に二人の姿を眺めながら、ヒビキは低く呟いた。
ケイオスの徹底した情報封鎖により、オリッシュの経歴や容姿は一切伏せられてきた。
ヒビキは勝手な想像で「油ぎった金持ちのスケベオヤジ」を思い描いていたのだが、現れたのは自分と同年代に見える、長身で精悍な青年だった。
悔しいが、認めざるを得ない。
純白のドレスに身を包んだカナメ・バッカニアと並び立つその姿は、驚くほど絵になっていた。
誰がどう見ても、祝福されるべき完璧なお似合いのカップルそのものだった。
だが、ヒビキをより苛立たせたのは自分自身の視線だ。
標的であるオリッシュに注目すべきなのに、意識せずとも目線が自然とカナメへと吸い寄せられてしまう。
生で見るカナメの美しさは、ヒビキが毎夜のようにABVソフトの中で、全身を薄く包むフォールドバリア越しにその熱や締めつけをリアルに感じ、愛を囁き合ってきた「カナメ」そのものだった。
プロトカルチャー由来のオーバーテクノロジーを用いたABVは、視覚や聴覚だけでなく、皮膚の柔らかさや湿り気までも微細に再現する。
ヒビキはすでに、彼女の肌の質感も、髪の匂いも、その体温さえも、指先と全身の神経に深く刻み込まれてしまっているのだ。
その、自分と熱烈に愛し合ったはずの女が、今、目の前で他の男の隣に立ち、見たこともないような幸せな微笑みを浮かべている。
(……いや、それは幻想だ。落ち着け!)
不意に襲いかかってきた猛烈な嫉妬心に、ヒビキは自分を戒めるように強く拳を握りしめた。
『中』レベル――つまり、オリッシュが実際に得ていた感覚を7割までトレースした高負荷な追体験が、現実の光景を歪めて見せているのだ。
「……これだ。この心の動きこそが、奴の仕掛けた罠なんだ!」
フォールドバリア越しに伝わる偽りの記憶に支配され、独占欲を刺激されるこの感覚。
それこそがオリッシュ・ハメルマンという男の恐ろしさだと、ヒビキは自分に言い聞かせるように唇を噛んだ。
チャペルや庭園での撮影を終えた一行は、最終的な撮影場所である室内プールへと移動した。
それまで屋外でエージェントに張り付かれ、遠目から二人を眺めるしかなかったヒビキも、ようやくエリア内への立ち入りを許可される。
ただし、対談が始まるまではプールサイドの隅で待機という条件付きだ。
ヒビキの目の前で、最後の撮影が始まる。
そこは、特徴的なタイル張りの床、水面へと続く手すり、そして頭上のサンルーフから差し込む光に照らされた、どこか既視感を抱かせる空間だった。
純白のドレスを纏ったカナメが、タキシード姿のオリッシュと寄り添い、水際で幸福な笑みを交わしている。
その一挙手一投足を、ヒビキは息を潜めて見守るしかなかった。
やがて撮影の全カットが終了し、機材が手際よく片付けられていく。
「剣崎様、大変お待たせいたしました。こちらへどうぞ」
撮影を見守っていたクレア・パドルが、オーオク社の広報担当としてヒビキの方へ歩み寄る。
彼女が5月19日の記者会見で、自らもABV嬢としてデビューすることを宣言した女性であることを思い出し、ヒビキは思わず身じろぎしてしまう。
カナメのFカップをも凌ぐほどに実り、歩くたびに存在感を主張するクレアの豊かな胸元。
その扇情的な曲線が間近に迫るのを見て、ヒビキは喉の奥を鳴らして生唾を飲み込んだ。
カナメという絶対的な存在がありながら、さらにこのクレアまでもが「依存先」として現れる予感に、彼は抗いようのない恐怖と期待で身体を震わせる。
そのクレアに案内され、ヒビキはデッキチェアに腰を下ろした二人の正面へと進むヒビキ。
だが、要人警護の観点から、エージェントによって厳格に引かれた境界線より先への進入は固く禁じられる。
「お忙しい中、このような時間を用意して頂き、ありがとうございます」
ヒビキは社会人としての礼節を保ち、二人に深く一礼した。
だが、その丁寧な挨拶を向けられたオリッシュは、心底意外そうに眉を寄せた。
彼にとってヒビキへの独占インタビュー権は、膨大な業務の片手間に承認した「報酬」に過ぎず、与えたこと自体をすでに忘却の彼方へ追いやっていたのである。
困惑するオリッシュに対し、寄り添うカナメがそっと耳元に唇を寄せた。
「あの方は私のワクチンABVソフトを最速でクリアされた記者さんですよ」
囁きとともに、デコルテが大胆に開いたウェディングドレスの胸元が、彼女の動きに合わせて微かに揺れる。
その光景は、一礼を終えて顔を上げたヒビキの視野角を暴力的なまでの白さで埋め尽くした。
強調された豊かな胸の谷間を視界に捉えた瞬間、ヒビキの脳裏に強烈なヴィジョンが火花を散らしてフラッシュバックする。
ABVソフトの中で、シルバーリングの放つフォールドバリアが再現した、あの柔らかく、熱い「カナメ」の感触。
慈しむような眼差しで見下ろされながら、その双丘のピンクの頂きに吸い付き、甘美な手技で弄ばれた「授乳手コキプレイ」の記憶が、今の生身の彼女の姿と重なり、混濁する。
仮想現実で魂まで絞り取られた絶頂の記憶が、目前のカナメから放たれる目に見えないサキュバス波と共鳴した。
質問を投げかけようと開いた口は震え、次の瞬間、ヒビキの理性は過負荷によって完全に焼き切られた。
「……あなたの目的はいったい何なんですか!」
絞り出すような問いは、瞬く間に激昂へと変わった。
ヒビキは対談の作法をかなぐり捨て、オリッシュを指差して糾弾の言葉を叩きつける。
「ヴァール根治の大義名分の下に、これから妻に迎えるカナメさんを、銀河中の不特定多数の男どもに抱かせるなんて……!」
ヒビキの瞳には、嫉妬と依存が入り混じった狂気が宿っていた。
その視線はオリッシュを貫きながらも、時折、所有物を確認するかのように不遜で不躾な色を帯びてカナメへと放たれる。
カナメは、自分に向けられるその狂気じみた視線を正面から受け止め、小さく息を呑んだ。
ABVソフトの中の自分に依存し、現実と仮想の境界を失いかけている「中毒者予備軍」。
アラド以外で、その実例を目の当たりにするのはこれが初めてだった。
自分が銀河に解き放った「救済」が、これほどまでに男という生き物を壊し、歪めてしまうのか。
自身のABVソフトが招く「中毒」という代償の重さに、カナメの胸に鈍い痛みと葛藤が走る。
向けられる視線のあまりの生々しさと執着にカナメは耐えかね、きゅっと隣に座る婚約者・オリッシュの腕に縋り付いた。
震える指先で彼のタキシードの袖を掴み、助けを求めるようにその逞しい肩に顔を寄せる。
その光景を、胸をかきむしられるような苦悶の表情で見つめながら、ヒビキは吠えるように続けた。
「カナメさんは素晴らしい女性だ。私はもう、カナメさんとのセックスが無ければ生きていけない体になってしまった! それも貴方の作戦なのでしょう?」
彼は切なさに声を震わせ、自らの内に渦巻く欲望を隠そうともせず暴露し続ける。
「今も気を抜くと、彼女を自分の女だと錯覚して、馴れ馴れしい態度をとってしまいそうになる……。恋人がいる自分でさえこうなんだ。銀河中の男どもがカナメさんに依存すれば、現実の女に向き合おうとする者などいなくなるのは目に見えている」
さらにヒビキの糾弾は加速し、ついに本質へと踏み込む。
「そうやってカナメさんを使って全銀河から富を搾取し、逆らう者はあのサキュバス砲で黙らせる。あなたは人類を滅ぼすつもりなのか!」
一気にまくしたてたヒビキの告発が、プールの水音とともに虚しく響き渡る。
あまりにも予想外で、あまりにも直球すぎる嫉妬と糾弾を突きつけられたオリッシュは、ただポカンと絶句し、言葉を失うしかなかった。
(続く)