マクロスΔ オペレーション・スィートプリズナー 作:夜叉五郎
惑星レハーム アルテミシア・グランドホテル 例のプール
サンルーフから降り注ぐ陽光が、タイルの青と響き合い、室内プールをキラキラとした光の粒子で満たしている。
その静謐な水際で、タキシード姿のオリッシュ・ハメルマンと、テレビ局「SNN」のレポーター、剣崎ヒビキが対峙していた。
オリッシュの隣には、美しい体のラインを余すところなく強調するマーメイドラインのウェディングドレスをまとったカナメ・バッカニアが、楚々として寄り添っている。
「あなたの目的はいったい何なんですか!」
対談の開始直後、静寂を切り裂いたのはヒビキの激昂だった。
狂気と嫉妬に震えるその糾弾に、広報担当のクレア・パドルや周囲を固める護衛のエージェントたちが、即座に彼を制圧しようと動き出す。
しかし、オリッシュは無造作に片手を挙げ、その動きを制した。
インタビューを許可したのは自分だ。
ならば、この青年の剥き出しの問いに直接答えてやるのが筋というものだ。
正直なところ、オリッシュ自身、事態がなぜこれほどまでに巨大化し、自分が「銀河の支配者」などと仰々しく呼ばれているのか、その全容を完全には理解していない。
政治も軍事も、彼にとっては副次的な産物に過ぎなかった。
だが、彼の中に揺るぎない、唯一無二の答えは存在していた。
「目的、か。そんな大層なものじゃない。俺の望みはただ一つだ」
オリッシュは隣に立つカナメの腰を強く引き寄せた。
そして、純白のドレスに包まれた彼女の引き締まった下腹部を、愛おしむように、しかし独占欲を隠そうともせず撫で摩りながら、真っ直ぐにヒビキを見据えた。
「カナメ・バッカニアを幸せにすること。それだけだ。カナメと添い遂げて、晴れて子作りに勤しみ、この子宮を自分の子種で中古にする!それが俺の宣言だ」
あまりにも直球で、あまりにも野蛮な所有宣言。
だが、その言葉には銀河の命運を左右する男としての、不可解なまでの重量感があった。
「カナメがもっと子供を産みたいと望むなら何度でも孕ませよう。彼女がヴァールの無い世界を望むなら、俺はそれを叶えるだけだ。カナメ依存による少子化の懸念? そんなもの、どうとでもなるさ。彼女たちのサキュバス波は、伊達じゃない!」
威風堂々と、微塵の疑いもなく言い放つオリッシュ。
その自信満々な佇まいは、周囲を圧倒する覇気に満ち溢れていた。
「あなた……っ」
腕の中でカナメは感極まり、頬を深く朱に染めて身を捩らせた。
婚約者のあまりにも熱烈な独占宣言と、未来への誓い。
その言葉の一つひとつが彼女の心に、そして子宮の奥にまで響き渡り、幸福感で身体を火照らせていく。
一方、その背後で控えていたクレアもまた、オリッシュの強烈な「孕ませ」宣言に、ドキュンと胸を射抜かれたような衝撃を受けていた。
カナメの次は、自分。
その約束が現実味を帯びて反芻され、彼女もまた熱い吐息を漏らしながら頬を染める。
その場を支配する圧倒的な肯定感と熱量。
糾弾していたはずのヒビキも、周囲のエージェントたちも、ただ一人の女を愛し、満たすことだけを絶対の真理とする男の「正論」という名の暴力に、完膚なきまでに圧倒されるしかなかった。
「サキュバス波は伊達じゃない!」
その言葉には、オリッシュなりの確信があった。
昨日までマクロス・オーオクで五日連続で開催された、あの熱狂の入社(射)式。
その狂乱の引き金となったのもまた、サキュバス波がもたらした生体反応の連鎖だった。
本来、サキュバス波を浴びた際の影響は明確だ。
男は射精を激しく促進され、女は受精を強く望むようになる。
サキュバス砲のカートリッジに充填された巨大フォールドクォーツから溢れ出した、カナメたち「ハメキューレ」の放つサキュバス波。
それはマクロス・オーオク全域を濃厚なサキュバスフィールドとして包み込み、全乗組員を「カナメたちと同じように、自分も今すぐセックスに耽りたい」という、抗い難い飢餓感に突き落としたのである。
これと同じ現象が、ワクチンABVソフトを通じても再現されるのではないか。それがオリッシュの読みだった。
ABVソフトをプレイした男は、仮想空間でABV嬢のサキュバス波を浴び、その極限の快楽の中で射精する。
その際、男の体には残り香のような微弱なサキュバス波が残留する。
その波が今度は、彼の周囲にいる現実の女性たちを無自覚に発情させる触媒となるのだ。
結果として、女性から男性への能動的な性的アプローチが増大し、マクロな統計で見れば出生率は変わらない未来が予測できた。
もっとも、これは現時点ではオリッシュ個人の希望的な予想に過ぎない。
彼はあえてそれを言葉にはせず、確信に満ちた沈黙を貫いた。
しかし、彼自身も気づいていない事実がある。
オリッシュの精神と深くリンクしている遺跡「エムシー・ハラメ」の宇宙再構築システムは、主(あるじ)である彼の願望を、無意識のうちに現実世界へと反映し始めていたのである。
つまり、オリッシュが「こうなれば良いな」と思ったその瞬間、少子化へと向かうはずだった未来の選択肢は、すでに現実から消え去っていた。
彼の予測は単なる期待ではなく、この世界の「逃れられない決定事項」となりつつあった。
そしてもうひとつ、オリッシュの脳内には新たなアイデアが急速に形を成しつつあった。
その始まりは、マキナ・中島とレイナ・プラウラーの二人から受けた、ある切実な報告だった。
5月19日の会見において、マキナとレイナがバイオペニスバンドを用いて愛し合うレズカップルである事実はすでに公表されている。
マクロス・オーオクでの入社(射)式を経て、オリッシュとの性交を疑似体験した女性乗員たちは、その昂ぶりを鎮める術を求めていた。
彼女たちは、実際にその器具を使用している二人のもとへ、「自分たちもオリッシュのペニスを模したバイオペニスを使ってみたい」と積極的なアプローチを繰り返していたのである。
オリッシュは、困り果てた様子の二人の顔を思い返す。
「もう大変なんだよ、オリオリ。みんな期待に満ちた視線を向けてきてさ、なんだか居心地悪いくらいなの」
マキナが頬を膨らませてぼやけば、レイナが淡々と、しかし切実なトーンで言葉を継ぐ。
「……すぐにバイオペニス、増産すべし」
二人の報告から導き出される結論は明白だった。
サキュバス波を浴びた女性は、たとえ代替品であっても、俺の肉体を模したデバイスを渇望するようになるらしい。
このバイオペニスは、内部に液体を充填できるカートリッジ式であり、射精機能も備えている。
(もし、このバイオペニスを銀河中に普及させ、実際に受精可能な精液を込めたカートリッジを格安で供給できれば……)
そうなれば、この狂乱したレポーターが喚き立てている「少子化」という懸念すら、物理的・生物学的な手法で根本から解決できるはずだ。
だが、その構想はまだ脳内の設計図に過ぎず、具体的な生産ラインまで形にできているわけではない。
「どうやって少子化を防ぐというんだ! 逃げずに答えろ!」
なおも足掻き、喚き散らすヒビキに、オリッシュは冷ややかな一瞥をくれた。
「人間の叡智はそんなものだって、すぐに乗り越えられる。……連れて行け。これ以上の問答は時間の無駄だ」
エージェントたちに強引に引き立てられ、プールサイドから姿を消していくヒビキ。
その喧騒が遠のくと、オリッシュは少し考えを整理するため、静かに目を閉じた。
波立つプールの水音だけが響く空間で、彼は自身の内側に芽生えた新たな世界の形を、静かに見据えようとしていた。
オリッシュがプールサイドで新たな構想に耽っていると、静寂を破る硬い足音が近づいてきた。
現れたのは、一週間に及ぶアラド・メルダースの取り調べを終えた、ケイオス・レハーム支部所属のミラージュ・ファリーナ・ジーナスであった。
背後で反統合政府組織が蠢動していないか、可能性は皆無に等しかったが念のために徹底的に洗ったため、これほどの時間を要していた。
二日後に控えたオリッシュとカナメの結婚式が狙われる懸念もあり、警備責任を担う立場としては当然の慎重さと言えた。
彼女がここに来た理由は、一連の事件の調査報告と、アラドの処遇についての相談だ。
本来、アラドの犯した重大な反逆行為は、銃殺刑に相当する重罪である。
だが、ミラージュの脳裏には、連行されるアラドの背中を見送りながら美雲・ギンヌメールが妖しく微笑んで放った助言が、呪いのようにこびりついていた。
『あっさり処刑してしまうのは勿体無いわ。あの方を悦ばせるための『駒』として使えばいいじゃない。カナメに相談してみたらどうかしら?』
オリッシュの快楽を至上とする今のカナメに相談すれば、アラドの命は死よりも過酷な道具へと変貌するだろう。
だが、それでも死ぬよりはマシである。
ミラージュはかつての上司の命を助けるべく、賭けに出ていた。
「オリッシュ・ハメルマンさん。アラド・メルダース被告の反逆罪に関する被害者として、情報を共有させていただきます」
ミラージュから告げられた事実に、オリッシュは純粋な驚きの表情を浮かべた。
アラドは、自らが所属する民間軍事プロバイダー「ケイオス」に対して明白な反逆を働いていた。
ケイオスの社内規則違反、惑星ラグナおよびレハーム双方の星系政府の法律違反、さらには統合政府軍の法令違反――。
幾重にも積み重なった重大な罪状によって、彼は今、逃げ場のない窮地に立たされていた。
もちろん、アラドが真に遺跡エムシー・ハラメの占拠を狙っていたという核心部分は伏せられたままである。
これには重大な理由があった。
オリッシュが過度なストレスを感じて遺跡の宇宙再構築システムを暴走させないよう、周囲の者たちはもちろん、最愛のカナメからでさえも、彼がシステムとリンクしている事実は最後まで隠し通されなければならなかったからだ。
そのため、民間企業のトップであり、あくまで「襲撃のターゲット」という立場のオリッシュには、ミラージュによって用意された別のシナリオが提示された。
報告によれば、アラドはABVソフトのテスターとして幻影のカナメを抱き続けた結果、彼女が自分の女であるという深刻な錯覚に陥ったのだという。
5/19の会見を見て「カナメの婚約は何かの間違いだ」と断定し、錯乱した彼は艦長任務を放棄。
愛機であるバルキリーを勝手に持ち出してこの惑星レハームに単騎がけし、ホテルを襲撃してカナメを拉致しようと試みたところで拘束された――。
そのような筋書きになっていた。
「なるほど……。あの記者もそうだったけど、あの中毒性を考えれば、元からカナメに思慕の情を抱いていた男なら、さもありなん……ということか」
オリッシュは、以前カナメから同僚として紹介された際に目にしたアラドのプロフィールを思い出す。
面識こそないが、当時の自分とは正反対の、あまりにも高スペックな男。
その完璧さに嫉妬したオリッシュは、アラドがカナメを狙っているのではないかと邪推し、あえてカナメが自分の慰安任務に従事している事実をアラドに知らしめようと画策した。
ABVのテスターにアラドを指名することを許可したのも、彼をカナメへの執着という檻に閉じ込め、遠ざけるための、オリッシュなりの歪んだ牽制だ。
しかし、その牽制は実は早漏だったアラドには効き過ぎて、結果としてカナメの元同僚をこれほどの狂態にまで変貌させてしまった。
先ほど追い払ったヒビキの姿と重なり、オリッシュはABVソフトがもたらした副作用の根深さが、自らの思惑を超えて一人の男を完全に壊したのだと腑に落ちた様子で頷いた。
一方、その傍らで話を聞いていたカナメは、終始沈痛な表情で俯いていた。
しかし、その痛みはアラドへの個人的な情愛によるものではない。
(私のせいで、この人をこんなことで煩わせてしまうなんて……)
尊敬する婚約者に対する申し訳なさと自責の念で、彼女の胸はいっぱいだった。
ミラージュは、沈黙するオリッシュの顔を覗き込み、慎重に言葉を継いだ。
「アラド被告の量刑を最終決定するにあたり、ターゲットにされたオリッシュさんの被害感情も考慮すべきという判断です。……いかがいたしましょうか」
カナメにアラドをどう処罰すべきか尋ねるのは酷だろう。
ここは自分が決めるべきだ、と男気を出そうとするオリッシュ。
そこで、オリッシュの脳裏にある閃きが走る。
先ほどまで考えていた、バイオペニスの射精用カートリッジ構想だ。
「いいアイデアがある。アラドは社会奉仕刑に処して、一生その精液を提供してもらおう。バイオペニスの射精用カートリッジに彼の精液を詰めて、サンプル品として格安で販売すればいいんじゃないか?」
プロフィールだけを見れば、アラド・メルダースは紛れもなく銀河基準のハイスペックな男だ。
かつての英雄的パイロットであり、屈強な肉体を持つ彼の子種を欲しがる女性は、潜在的に数多く存在するだろう。
一瞬、自分自身の精液を商品化することも頭をよぎったが、オリッシュは即座に首を振った。
もし買い取った相手が、自分の好みとは程遠い醜女だったら……。
想像しただけで怖気が走り、「絶対に無理だ」という結論に達する。
ならば、自らの代わりにアラドを「供給源」として利用すればいい。
カナメのABVソフトという至高のオカズがあるのだから、彼ならば何度でも射精が可能なはずだ。
「アラドをテストケースにして、ゆくゆくは『精液タンク』となる人材を広く募集するんだ」
オリッシュは、滔々と新たなビジネスプランを開陳し始めた。
「世の中には、売れない俳優や引退したスポーツ選手など、自分の遺伝子を売って金を稼ぎたい男などいくらでもいるはずだ。わが社が売り出している最新型オナホール『KBモデル』を強化するオプションパーツを彼らに送りつけ、吸引・回収した精液を急速冷凍して、オークション形式で売りに出す。バイオペニスの普及と併せれば、少子化対策にもなる素晴らしい事業だと思わないか?」
この突拍子もない、しかし極めて合理的(かつ非道)な提案に、広報担当のクレアは目を輝かせた。
「素晴らしいプランね! 社会貢献と収益化を同時に達成する、まさに天才的な発想だわ!」
カナメもまた、曇っていた表情を和らげ、どこか冷徹なまでの穏やかさで微笑んだ。
「……そうですね。それなら罪人のアラド艦長も本望だと思うわ。処刑されるよりはずっと、銀河のために貢献できそう」
ミラージュは、二人のあまりに平然とした反応と、オリッシュの恐るべき発想に「なんてことを考えるんですか!」と内心で激しい憤慨を覚えた。
しかし、ミラージュの胸中には、複雑な感情が渦巻いている。
アラド・メルダースは、彼女が所属するΔ小隊を率いた誰よりも頼れる隊長だった男である。
戦場で背中を預け、幾度もその大きな背中に救われてきた日々。
どれほどの過ちを犯したとしても、自分を導いてくれた恩師を無慈悲な極刑で失いたくないという、切実なまでの救済心が彼女を突き動かしていた。
(……ああ、アラド艦長を死なせないためには、この地獄のような提案を飲むしかないのですね)
たとえ尊厳を奪われ、精液を供給し続ける機械に成り果てたとしても、命がある限りいつか償える日が来るかもしれない。
「……わかりました。ケイオスとしても、その方向で調整に入ります」
ミラージュは震える拳を隠しながら、処刑よりは「生」を選べるこの残酷な妥協点に一縷の望みを託して、オリッシュの案を受け入れた。
こうして、かつての勇士アラド・メルダースの運命は確定した。
彼は辺境惑星の隔離施設へと送られる。
そして、定期的に供給される「カナメ」の幻影を相手にただひたすらに精を吐き出し続ける、終わりなき快楽と屈辱の毎日を送ることになる。
(続き)