マクロスΔ オペレーション・スィートプリズナー 作:夜叉五郎
アルテミシア・グランドホテル シアターレストラン
ch.190「六月の花嫁(アニバーサリー・マリッジ)上」
運命の日の幕開けは、静かなる狂乱と共に訪れた。
ケイオス・アダルト支部から、待望の「ABVプレイヤー」が銀河全域で一斉にローンチされたのだ。
同時に、カナメ・バッカニア主演の第一弾ワクチンABVソフトの配信が開始される。
5月19日の衝撃的な発表の日、司会役を務めたクレア・パドルは艶やかな微笑を浮かべてこう言い放っていた。
『式当日は、ライスシャワーの代わりに、ぜひ皆様の「射精シャワー」にて、両人の門出と、人類の輝ける未来への第一歩を祝福していただきたいのです』
その扇情的な願いは、恐ろしいまでの精度で現実のものとなった。
デモプレイを体験した記者たちの「皮膚の摩擦、温度、締めつけ……そのすべてが『そこ』にある」というレポート。
プロトカルチャーのオーバーテクノロジーを転用した触覚再現。
期待に胸と股間を膨らませる人々が、各地の販売店やオンラインショップへと殺到した。
幸運にもABVプレイヤー、専用のサイバーゴーグルと七本のシルバーリングを入手した者たちは、直後に「最高の女」という言葉の定義を書き換えられることになる。
両手足、両乳首、そして自身のチンポの根元に装着されたリングから極薄のフォールドバリアが展開される。
それは、サイバーゴーグルに映るカナメの動きに合わせ、撮影時に彼女が実際に受けた「熱」や「圧力」、「味蕾への刺激」を、全身を覆うフォールドバリアの微細な変調によって精密に再現した。
さらに、ゴーグル内蔵の擬似分子発生器が放つ「カナメの体臭」が、脳を本物だと錯覚させるには十分すぎるほどのリアリティを持って嗅細胞を揺さぶる。
「記者の言葉は嘘じゃなかった……。カナメの締めつけが、肌の温もりが、本当に伝わってくる!」
ネット上には、驚愕と絶賛の声が溢れ出した。
多くのユーザーはデフォルトの「感度:並」設定――オリッシュが意図的に刺激を5割までナーフした、一般男性が彼と同じタイミングで絶頂できるように調整された数値――でさえ悶絶し、これが撮影時の感覚そのものだと信じ込んで歓喜した。
一方、オプションの電動オナホール「KBモデル」を装着した者たちは、さらなる深淵を覗く。
カナメの「ライデン・シャフト」衣装を彷彿とさせる黒と黄色のデバイスが、ABVプレイヤーと連動して膣内感覚をリアルタイムで強化。
ノーマルモードにおける市販の限界値「感度:中(撮影時の7割)」に到達したその快楽は、これまでのオナホールとは一線を画す「魔力」を帯びていた。
技術的限界である9割の再現度を誇る「感度:大」は、過剰刺激による健康被害防止を名目に、市販版では実質的にロックされている。
しかし、ナーフされた「中」設定であっても、カナメの膣の感触に脳を焼かれた男たちは、射精後に自動で吸い上げられる自身の精液と共に、魂まで奪われたかのような脱力感に包まれていた。
時事ニュースからSNSに至るまで、銀河の言論空間はカナメのABVの話題で飽和状態となり、もはや彼女以外の情報を探すことの方が困難なほどであった。
この圧倒的な「熱」が、否応なしにある一点へと人々の視線を釘付けにする。
今夜、惑星レハームで開催されるオリッシュ・ハメルマンとカナメ・バッカニアの結婚式だ。
星間複合企業体のケイオスと謎多き新星オーオク社が連盟でこの世紀の儀式を生配信すると宣言するやいなや、ギャラクシーネットワークを介して全銀河からアクセスが集中した。
仮想空間で「幻想のカナメ」を抱いた者も、まだその順番を待つ者も、等しくその視線を一点に注ぐ。
全宇宙の娼婦にして救済者たる一人の歌姫が、一人の男に独り占めされてしまうその瞬間を、銀河中が固唾を呑んで待ち構えていた。
惑星レハームの夜空を、数条のサーチライトが切り裂いていた。
アルテミシア・グランドホテルは、5月19日の婚約発表時の騒乱を遥かに凌ぐ熱狂の渦中にあった。
エントランスには銀河中から駆けつけたマスメディアがひしめき、その報道陣を制御するためにケイオスの保安部隊が厳重な警戒態勢を敷いている。
18時を回った頃から、漆黒のリムジンが次々とホテルに乗り付け始めた。
招待客のリストには、錚々たる面子の名前が並ぶ。
銀河を牛耳る巨大コングロマリット『ケイオス』の幹部。
統合政府軍の高官連中。
ブリージンガル球状星団の各星系政府のお偉方。
そして銀河中の主要メディアのプロデューサーたちや、華やかな芸能人、インフルエンサーら。
彼らにとって、この宴は単なる祝事ではない。
新たな銀河の政治・経済・文化の結びつきと支配構造を誇示するための「最重要任務」であった。
その絢爛豪華な列の中に、急遽用意したレンタルのタキシードに身を包んだ剣崎ヒビキの姿があった。
一昨日の独占インタビューであれほどオリッシュを糾弾したにもかかわらず、招待状が届いたのは皮肉というほかない。だが、彼にとっては願ってもない潜入の機会だった。
リムジンの扉が開くたびに、夜の闇を白く染め上げるほどのフラッシュが焚かれ、レポーターたちの絶叫に近い問いかけが響き抜ける。
その絢爛豪華な列に混じり、複数台のリムジンバスで乗り付けた美女たちの一団が姿を現す。
華やかなパーティドレスに身を包んだ、マクロス・オーオクの女性クルーたちである。
洗練された立ち振る舞いと圧倒的な美貌。
カメラのレンズは一斉に彼女たちに向けられ、「あの淑女たちは何者だ?」とマスコミを沸かせた。
しかし、ヒビキの敏腕レポーターとしての勘が、瞬時にその場の「異様さ」を捉えた。
(……おかしい。百名近くもいるこの美女たち、全員が左手の薬指に同じ意匠の指輪を嵌めてやがる。しかも、誰一人としてパートナーを連れていない……。既婚者でありながら、この華やかな場に単身で参列しているだと?)
他の記者が彼女たちの美しさに目を奪われている中、ヒビキは胸ポケットに仕込んだ超小型の隠しカメラを慎重に操作した。
シャンパングラスを傾けるフリをしながら、クルー一人一人の顔、そしてその指輪を至近距離で克明に記録していく。
(オリッシュ・ハメルマン……。お前はカナメさんだけじゃなく、この女たちまで何らかの形で支配しているのか?)
疼くような好奇心と予感を抱え、ヒビキは招待客たちが案内される会場へと足を踏み入れた。
そこは厳粛なチャペルではない。ホテルに併設された、ラグジュアリーなシアター型レストランであった。
選び抜かれた重厚なインテリア。
キャンドルの炎が揺らめく円卓。
そしてステージと客席が親密な距離感で設計された、大人のための洗練された社交空間。
会場内には無数のカメラが目立たぬよう配置され、この「世紀の婚約」をリアルタイムで銀河全域に同時配信する準備が整えられている。
今、この場所はシックにライブパフォーマンスを楽しむ場所ではなく、数奇な運命で棚ぼたな幸運を掴み取った男が、最愛の女を伴って新たなステージへと踏み出すための「至高の晴れ舞台」へと変貌していた。
ステージ裏の控え室では、カナメが最終的な身支度を整えていた。
彼女が身に纏っているのは、かつての戦術音楽ユニットとしての輝きを、純白のブライダル形式へと昇華させた特別なドレスである。
緻密な刺繍が施された白銀のレースが胸元を飾り、スカートは激しいステージアクションにも耐えうる機能性を持ちながらも、贅沢に重ねられたチュールが優雅なラインを描き出す。
腰元に添えられた大きなリボンと、後ろに長く引かれた純白のトレーン。
それは、花嫁としての純潔さと、銀河を熱狂させるディーヴァとしてのカリスマ性を同時に体現する、まさにカナメ・バッカニアのためだけに誂えられた一着であった。
「19時ちょうどに、銀河中の視線がここへ集まる」
タキシードを完璧に着こなしたオリッシュが、カナメの肩に手を置いた。
鏡越しに見る二人の姿は、これから始まる「宴」の主役に相応しい、確かな自信に満ちている。
「準備はいいか、カナメ。俺たちは今日、ただの夫婦になるんじゃない。この銀河に、誰にも真似できない最高の愛の形を見せつけてやるんだ」
「ええ。……私のすべてで、あなたを支えます。旦那様」
2068年6月1日、金曜日、19時。
銀河を揺るがすジューン・ブライドの幕が上がる。
暗転していたステージに、一筋のスポットライトが落ちる。
次の瞬間、会場のラグジュアリーな空間を、五つの鮮烈な輝きが支配した。
ステージに現れたのは、カナメ・バッカニアを筆頭とするワルキューレの面々。
彼女たちが纏うのは、ブライダルをモチーフにした純白のステージ衣装だ。
そのあまりの華やかさと、ディーヴァとしてのカリスマ性に、会場を埋め尽くす招待客も、そしてモニター越しに配信を見守る全銀河の数億の民も、余さず感嘆のため息を漏らした。
だが、幸運にもAVBプレイヤーを入手出来た者たちや、客席で談笑していた銀河の支配者層たちが漏らした吐息は、単なる賞賛ではない。
それは、数時間前に自室やリムジン内で「ワクチンABVソフト」をプレイし、カナメという女の肉体を骨の髄まで味わい尽くした者たち特有の、粘りつくような情欲の余韻であった。
「戦術音楽ユニットワルキューレのリーダー、カナメ・バッカニア。独身最後のライブ……いくわよ!」
カナメの凛とした声を合図に、イントロが爆発する。
激しいステップに合わせて弾む純白のスカート、薄いレース越しに透ける柔らかな肌の質感。
それらが視界に飛び込むたびに、招待客たちの脳裏には、ABVで体感した「あの重み」や「吸い付くような締めつけ」がフラッシュバックする。
銀河を牛耳る統合政府の高官も、メディアを支配するプロデューサーたちも、みな一様にやに下がった顔でステージを見つめていた。
彼らの目には、目の前で踊る銀河の救世主が、自分たちと肉体関係を持ち、たった今しがたベッドから抜け出してきたばかりの「自分専用のアイドル」であるかのように錯覚されていた。
「この前菜……レハーム産の希少な白身魚に、カナメの故郷のディバイドの香辛料をアクセントにしているのか。実に繊細だ」
VIPたちが舌鼓を打つのは、単なる高級料理ではない。
カナメがオリッシュの健康を想って吟味したこだわりの一皿は、彼らにとっては「情事の後の、女の手料理」を味わうような倒錯した愉悦を与えていた。
最高級のシャンパンを啜りながら、彼らはステージ上のカナメが発する熱気、その体臭さえも、ABVを通じて覚えた「自分たちだけが知る匂い」として鼻腔に刻み直していく。
ライブの中盤、背後の巨大スクリーンには、カナメが歩んできた三年の軌跡が映し出された。
戦場へと飛び込んでいく勇姿、仲間と流した涙。
それらを見守る支配者たちの表情は、慈父のような優しさと、自分だけのセフレを見つめるような歪んだ愛情が混ざり合い、最高に醜悪な笑みを浮かべていた。
「ああ……彼女は、これほどまでに健気に戦ってきたのか。その彼女が、今はあんなに蕩けた顔で儂を見て(錯覚して)いる……」
映像の最後、戦い続けた彼女の険しい表情が、一人の幸福な女性としての柔らかな微笑みへと変わっていく。
その微笑みを、自分たちが昼間に与えた「絶頂の余韻」によるものだと信じて疑わない男たちは、グラスを傾けながら、己の股間に残る確かな熱量を確かめていた。
ステージ上のカナメは今、銀河の救済者としてではなく、この場にいる「征服者」たちの共有財産として、その美しさを無残に、そして華やかに振りまいていた。
一方で、その熱狂から遥か遠く――辺境惑星へと移送される護送船の独房。
アラド・メルダースは、「温情」という名の下劣な嫌がらせによって、強制的にその配信を見せられていた。
画面の中で、かつての同僚であり、プロポーズまでして想いを寄せていた女性が、自分とは無縁の世界で最高に輝いている。
「カナメさん……。そんな、そんな顔で歌うのか……俺の前では、一度も見せなかったような……」
絶望と後悔が混じり合った嘆きが、狭い独房に虚しく響く。
彼女が放つ眩しすぎる光は、今の彼にとってはただの毒でしかなかった。
美雲がサキュバス化してしまったあの時、アラドの闘争心はすでにポッキリと折れていた。
今、画面越しに彼女を見つめる瞳に宿っているのは、逆転を狙う牙ではなく、救いようのない諦念だった。
二時間に及ぶ、情熱的なライブが終焉を迎える。
高揚した空気がホールを包み込む中、ステージ上に劇的な変化が訪れた。
最新のホログラム技術と精巧な大道具が瞬く間に展開され、ラグジュアリーな空間に荘厳なチャペルの意匠が完璧に再現されていく。
静寂が訪れたステージの中央。そこに、満を持して一人の男が姿を現した。
タキシードを完璧に着こなし、隙のない精悍さを漂わせた男――オリッシュ・ハメルマン。
「あれが……オリッシュ・ハメルマンか!」
これまでメディアの前に全く姿を現さなかった「実業界の新星」の実像を目の当たりにし、各界の重鎮たちは固唾を呑んだ。
だが、その姿を見たアラドの衝撃は、現場の誰よりも凄まじいものだった。
彼はABVのテスターとして「オペレーション・スイートプリズナー」の情報をある程度開示されており、そこにはオリッシュのプロフィールも含まれていた。
記憶にあるデータでは、年齢こそ自分と同じだが、体重は120kg近い、お世辞にも清潔感があるとは言えない「キモデブ」の中年男だったはずなのだ。
「そんなバカな……。あんな男、俺の知っているデータには……どこにも……」
画面に映るオリッシュは、自分よりも遥かに引き締まった肉体を持ち、溢れんばかりの若々しさと、面影こそあれど全く別人かのような精悍な顔立ちをしていた。
かつての醜態を微塵も感じさせない、まさにカナメの横に立つに相応しい勝者へのメタモルフォーゼ。
「ありえない……あんな短期間で、これほどまでに……」
アラドは、開示された作戦情報の中に「カナメ・バッカニアによる被験者の徹底した食事管理とトレーニング補助」という項目があったことを思い出し、さらに深く、暗い納得の海に沈んでいく。
画面の中の精悍なオリッシュは、カナメが注いだ献身的な愛とその時間の結晶そのものだった。
彼女がどれほど熱心に、どれほど深い愛情を持ってその男の肉体を改造し、磨き上げたのか。
あの精悍さは、カナメの愛の深さの証左であり、彼女が心底その男に惚れ抜いていることの残酷な証明だった。
「は、ははは……はははははっ」
アラドの口から、乾いた、煤けたような笑いが漏れ出した。
「勝てるわけがない……。最初から、奴に勝てるわけがなかったんだ。俺なんかが、カナメさんの夫になろうなんて……なんて、おこがましいことを考えていたんだ……」
独房の冷たい壁に背を預け、アラドは焦点の定まらない目で画面を見つめ続ける。
「カナメさんに相応しい男は……奴しかいなかった。なあ、そう思うだろう……メッサー……。は、はははははっ!」
かつての部下、そしてカナメを巡る因縁の相手であった死者の名を呼びながら、アラドは廃人のように笑い続けた。
驚愕も嫉妬も、すでにその煤けた感情の底に沈んでいる。
あるのは、完膚なきまでに叩き伏せられ、己の矮小さを突きつけられた、負け犬としての惨めな納得だけだった。
その頃、カナメはステージ裏の控え室で、次なる儀式に向けた最終準備に追われていた。
ライブ用の衣装を脱ぎ捨て、より大人びた、身体のラインを強調する艶やかなマーメイドタイプのウェディングドレスへと着替えを進める。
激しいパフォーマンスで乱れたメイクも、プロの手によって一分一秒を争う速さで直されていく。
鏡に映る自分を見つめる彼女の頬は、ライブの興奮と、愛する男が待つ場所へ向かう高揚感で、美しく上気していた。