マクロスΔ オペレーション・スィートプリズナー 作:夜叉五郎
惑星ラグナ・マクロス・エリュシオン カナメ自室
「……ふぅ」
カナメはソファに深く沈み込み、グラスを傾けた。
琥珀色の液体が喉を灼く。
珍味のバレッタネコクラゲの塩辛を箸でつまみ、口に運ぶ。
今日で五日連続の晩酌だ。
アラドの告白以来、夜が来るたびに胸がざわつき、どうしても酒を欲してしまう。
アラドの顔が脳裏に浮かぶ。
あの真剣な瞳。
「結婚を前提に」
――そんな言葉を、十歳以上も年上の男性に言われるなんて想像もしていなかった。
どう答えればいいのか、まだわからない。
でも、嫌いじゃない。
むしろ、胸の奥が疼くような甘い疼きが、確かにあった。
ため息を吐いたその瞬間、端末が静かに振動した。
画面を開くと、送信者欄に表示されたのは、
【Lady M】
カナメの指が凍りついた。
レディM――ケイオスの最高責任者。
その名を直接見することすら滅多にない、絶対的な存在。
カナメは嫌な予感に囚われながらも、その命令に目を通す。
件名:【極秘任務「スイート・プリズナー」招集命令】
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対象:カナメ・バッカニア
任務内容:惑星レハームのプロトカルチャー遺跡にて発見された「宇宙再構築システム」と精神リンクした人物に対する性的慰安および精神安定措置の実施
期間:システム完全停止まで(未定)
場所:惑星レハーム
アルテミシア・グランドホテル
ロイヤルスイート「ルビー・プリズン」
重要事項:
・対象は身体的拘束なし。遺跡とのリンクは本人に秘匿。
・対象はワルキューレ、特に貴女の熱烈なファンであり、貴女以外の人物では精神安定効果が得られないことが確認済み。
・対象のストレスが閾値を超えると、ブリージンガル球状星団全域が改変・消滅する危険性あり。
・対象の詳細およびパーソナルデータは現地到着後開示。
世界の命運は、貴女の身体にかかっている。即時出発を命じる。
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感情を完全に排除した冷たい文字の羅列だった。
カナメはグラスをテーブルに置き、両手で顔を覆う。
(惑星レハーム……?
ミラージュがリーダー研修で出向してる場所じゃない……
あの子まだ帰ってきてないけど……
やっぱり何かあったんだ……
まさか……この任務と関係が……?)
性的慰安。
つまり、自分が知らない男の性欲のはけ口になるということ。
相手がどんな人間なのか、名前も顔もまだ知らない。
ただ「貴女の熱烈なファン」という一文だけが、胸に重くのしかかる。
吐き気がする。
身体が震える。
でも、同時に脳裏に浮かぶのは――
フレイアの最後の歌声。
『みんなを……守って……』
あの子の命を賭けた願い。
メッサーの言葉。
『歌ってくれ、カナメさん』
――私は、ワルキューレのリーダーだ。
カナメはゆっくりと顔を上げた。
瞳に涙が溜まっていたが、すぐにそれを振り払うように立ち上がった。
「……やるしかないわね」
声は震えていたが、決意は固かった。
アラドへの返事は、任務が終わってからでいい。
生きて帰れたら、その時にちゃんと向き合おう。
そう心に誓い、カナメはクローゼットを開けた。
私服に着替える。
深緑のカーディガンに白のトップス、ベージュのパンツ。
腰のベルトがくびれを強調し、長い脚を包む黒のレギンス。
足元はフラットシューズ。
普段のステージ衣装とはまったく違う、落ち着いた大人の装い。
そして、デスクの上に置かれていたメッサーのブレスレットを、左手首に巻く。
カナメは小さく息を吐き、仄かに光るブレスレットをそっと撫でた。
「ごめんね、メッサー君……また、守ってくれる?」
そして端末で有給休暇を申請。
理由は「私的な旅行」。
誰も疑わなかった。
最近の彼女が無理に笑顔を作っていることは、メンバー全員が薄々気づいていたから。
美雲には「何かあったら連絡して」とだけ言われた。
マキナは「カナカナ、寂しくなったらすぐ帰ってきてよねー」と甘えた声で。
レイナは「……気をつけて」とだけ呟いた。
カナメは微笑んで、すべてに「大丈夫」と答えた。
民間シャトルに乗り込む直前、カナメは振り返ってマクロス・エリュシオンを見上げる。
――待っていて、アラド艦長。
――ちゃんと、帰ってくるから。
シャトルが離陸する。
ラグナの青い海が遠ざかり、やがて星々の闇に飲み込まれていく。
カナメは窓に額を押し当て、目を閉じた。
これから自分が何をさせられるのか。
どんな男が待っているのか。
想像するだけで、身体の奥が冷たくなる。
でも、もう逃げられない。
カナメ・バッカニア、23歳。
今日から、彼女は名も知らぬ男の欲望を一身に受ける「スイート・プリズナー」となる。
その左手首に、亡き戦友のブレスレットだけが、静かに寄り添っていた。
(続く)