マクロスΔ オペレーション・スィートプリズナー 作:夜叉五郎
ケイオス・レハーム支部
ch.6 「ルビー・プリズンへの契約」
燦々と太陽が照りつける惑星レハーム。
シャトルから降りたカナメは、深緑のカーディガンに白のトップス、ベージュのパンツという私服姿のまま、すぐに支部へと急いだ。
左手首のメッサーのブレスレットが、歩くたびに小さく揺れる。
支部の一室に案内される。
カナメは部屋に入った瞬間、息を呑んだ。
そこに待っていたのは、黒スーツに身を包んだ、ミラージュ・ファリーナ・ジーナスだった。
(やっぱりミラージュ……。最悪の予感が当たってしまった)
ミラージュは、背筋を伸ばし、沈痛ながらも凛とした面持ちで立っていた。
「カナメさん、お疲れ様です。お待ちしておりました」
その声は低く、完全に感情を押し殺した、軍人としての口調だった。
カナメは一歩踏み出し、震える声で呟いた。
「ミラージュ、どうしてあなたが」
ミラージュは一瞬だけ目を伏せ、すぐに真っ直ぐカナメを見つめ返し、淡々と告げた。
「まず、本任務『スイート・プリズナー』の詳細をご説明いたします」
ミラージュはタブレットを手に取り、操作する。
室内のスクリーンにホテルの外観と室内図を映し出された。
「慰安対象者は現在、この惑星レハームの最高級ランクのラグジュアリーホテル、アルテミシア・グランドの最上階を占有するロイヤルスィート『ルビー・プリズン』に隔離されています」
ミラージュのことは気になるが、まずは任務である。
カナメはミラージュの説明に集中する。
「理由は二点あります」
「第一に、軍施設は殺風景で対象者のストレス負荷が高すぎること。対象者の精神波動が乱れると、ブリージンガル球状星団全域に異常現象や空間歪曲が発生する危険性があります」
「第二に、軍施設は反統合勢力にマークされており、対象者の存在が漏れれば即座に奪取対象となります。そのため、ケイオスの完全管理下にある民間最高級ホテルを、『富豪の長期バカンス』という表向きの設定で利用し、外部からの接触を完全に遮断しています」
「カナメさんは、その富豪を接待するために呼ばれた高級コールガールという設定です。ホテルに脚を踏み入れた瞬間から、その演技を崩さないでください」
カナメの眉がぴくりと動く。
構わずミラージュはフロアの間取りを拡大した。
「ルビー・プリズンは2000平米超、この星のホテルの中で一番広く豪華な部屋となります。エンペラーサイズのベッドが備えられた寝室、ダイニング、リビング、更衣室、ジャグジー付きバスルームだけでなく、トレーニングルーム、シアタールーム、プレイルーム、バーカウンターまで完備しており、各室は防音で窓は特殊ガラスのため、外からは室内の様子は伺えません」
部屋ごとの写真を表示して説明していくミラージュ。
「すごいわ」
高級コールガールという設定に思わず口を挟みたくなるカナメであったが、それも言い出せなくなるほどのあまりの豪勢さに息を呑んだ。
ミラージュは次のファイルを開いた。
「次に慰安対象者のパーソナルデータです」
────────────────
【ケイオス・レハーム支部 極秘調査報告書】
報告書番号:OSP-INV-20680301-001
日時:2068年3月1日
対象:オリッシュ・ハメルマン
【対象者詳細】
名前:オリッシュ・ハメルマン
生年月日:2034年4月1日
年齢:33歳
出身:惑星レハーム
所属:ケイオス・レハーム支部
階級:三等兵
身長:182cm
体重:114kg(体脂肪率40%)
体型:肥満体型(いわゆるキモデブ)
視線:粘着質・ねばっこい
性経験:ゼロ(ファーストキスも未経験)
備考:カナメ・バッカニアの熱烈なファン
・ワルキューレライブ映像を繰り返し視聴
・ソロ時代のグラビア全種類所有
・毎晩カナメのグッズで自慰
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最後に映し出された顔写真。
でっぷりと肥えた腹、脂ぎった肌、厚い唇、眼鏡の奥の濁った瞳。
三十代前半なのに、まるで四十代半ばの中年の見た目。
まさにカナメが想像していた「最悪の相手」そのものだった。
瞬間、カナメの顔から血の気が引いた。
「この人が?」
声が震える。
――182cmのキモデブ……
――アラド艦長と同い年とは思えない容姿……
――私の水着グラビアを全部持ってる……
――毎晩、私の映像で……?
胃がきりきりと締めつけられ、吐き気がこみ上げる。
ミラージュは目を伏せたまま、感情を完全に殺した口調で続けた。
「対象者はカナメさんの熱烈なファンであり、カナメさん以外では精神安定効果が得られないことが、複数テストで証明されています。こちらにサインを」
ミラージュは一枚の書類をカナメに差し出す。
【極秘任務「スイート・プリズナー」参加同意書】
特例条項が羅列されている。
・任務期間中、いかなる理由でも除隊・退職は認められない
・外部との一切の連絡禁止
・任務中の一切の行為は軍法会議対象外
・任務終了後、貴女の行動記録の全ての破棄を約束
これにサインしたら、もう戻れない。
アラドへの返事も……ワルキューレも……全部、遠くなってしまうのだ。
カナメの指先が震える。
――この体型で……
――あの視線で……
――私の初めてを全部奪われる……。
長い逡巡。
その様子を沈痛な面持ちで見守るミラージュ。
同じ女なので、カナメの心情は痛いほどよくわかる。
カナメが震える手でペンを手に取った瞬間、堪えきれずミラージュの感情が溢れ出してしまう。
「申し訳ありません!カナメさんっ!!」
ミラージュは軍人の仮面を放り投げ、激情に身を任せて勢いよくカナメに頭を下げる。
そして、深く頭を下げたまま、一呼吸置いて、震える声で自分がここにいる理由を語る。
「……私は研修の一環として遺跡の調査任務に同行し、このオリッシュ・ハメルマンが遺跡のシステムにリンクする事故の瞬間に立ち会ってしまいました。作戦に参加した隊員たちは全員……、遺跡の防衛システムにより殉職しました」
ミラージュの瞳から涙が溢れる。
「……私が唯一の生き残りです。その責任を、私は取らなければなりません。レディMから命じられたこの任務を完遂するまで、私が責任を持ってカナメさんを支え続けますっ……」
カナメは、ミラージュの肩にそっと触れ、震える声で呟いた。
「ミラージュ、あなたが謝ることじゃない。私、やるわ……ワルキューレのリーダーとして、この宇宙を守るために」
カナメに辛い決断をさせてしまったミラージュは、涙を堪えながら悔しげな表情で顔を上げるも、ハッとする。
「カナメさん」
すでにカナメは、戦場ライブに赴くときと同じ、威厳に満ちた表情となっていた。
迷いを断ち切るかのように、力強い一筆で同意書にサインするカナメ。
『カナメ・バッカニア』
この瞬間、彼女の運命が確定した。
ミラージュは、涙を拭い、静かに敬礼する。
「カナメさん、ご協力に感謝します。これでこの宇宙の平和は守られました」
カナメは立ち上がり、窓の外に広がるレハームの街を見下ろした。
――これから、私は……
――あのキモデブの欲望を……
――全部、受け止める。
フレイアの笑顔が脳裏をよぎる。
左手首のメッサーの形見のブレスレットが、静かに、冷たく光った。
(続く)