放課後スキン・アルケミー 作:lismme
「ねぇ霜山」
放課後の校舎。
帰ろうと昇降口へ向かっていた俺に、後ろから一人の女子の声がかかった。振り返ると、ショートカットでメガネをかけた女子が腕を組んで立っている。
「あんたと掃除やっとけって言われたんだけど」
俺に向かって、そいつはぶっきらぼうな口調で続けた。
名前は
「なんで俺が……てか、お前確か今日休みじゃなかったっけ?」
掃除なんて少なくとも俺は聞いてない。いちおう、
「いいから早くしてくんない?」
赤崎は俺の言葉を無視した。レンズの奥に光る目つきにたがわず、話し方もキツめである。これは別に俺が嫌われているのではなく、こいつはほとんどの人間にはこんな感じがデフォなのだ。
仕方がない。ため息を吐きながら赤崎の後についていった。
「ここ……?」
到着するなり、俺は首をひねった。連れてこられたのは理科室の前にある廊下だ。うちのクラスの当番にこんな場所はない。
「何かうちの担任が別のクラスに頼まれたんだって」
赤崎も肩をすくめ、掃除ロッカーからホウキを取り出す。
「他の人は?」
「いない。霜山と私の二人だけ」
掃除ならもっと人数集めるだろ。いくら何でもこれは変だ。俺の中の疑惑は確信に変わった。そもそも、この場所に来た時点でうすうす予感はしてたが。
「……なんだ、そういう事か」
「何?」
合点のいった俺はロッカーから少し離れ、廊下の壁につけられたケースを開く。やはりというか、赤崎もしっかりと俺の背後に着いてきている。
ケースの中にあるのは三つ並んだ電灯のスイッチ。押せば対応する廊下の明かりが点いたり消えたりする。
左のスイッチを4回、真ん中のスイッチを5回、最後に右のスイッチを8回。
廊下の電灯が何度も激しく点滅した。
周りに人がいないのを確認すると、スイッチの隣の壁をゆっくりと押す。手のひらにふわっとした手応えが伝わり、壁が奥へとゆっくり沈んでいく。
「え!?待って、うわっ!」
驚いたような赤崎の声が後ろから聞こえる。初見であればこんな反応が正しいんだろう。そりゃ、目の前にあるのは並大抵のモノではない。
——スイッチの周囲の壁が、ちょうど忍者屋敷のどんでん返しのように回転しているのだ。迷わず俺が中へ入ると、赤崎も閉まる壁に巻き込まれるようにして入ってきた。
「いてて……って、何これ!?」
壁の先は、細長い一つの小部屋だ。幅はギリギリ人一人が通れる程度の狭さで、奥行きは5メートルほど。両隣にはそれぞれ棚が配置され、埃をかぶった分厚い本や薬品の入った瓶が並び、ツンとした匂いが漂う。
部屋に窓はなく、古臭い電球が天井からぶら下がってぼんやりと室内を照らす。奇妙な部屋だが、最も異彩を放っているのは、部屋の突き当たりに敷かれた、人型の枠の上にさまざまな幾何学模様が描かれた布だ。
「ちょっと、何なのよここ!?」
「分かってるくせに。もう良いだろ、な?」
壁の裏にこんな部屋があるとなれば誰だって驚く。しかし、俺にとってはもう見慣れたものだ。そして、アイツにとっても。背後で相変わらず白々しい演技を続ける“赤崎”に、俺はゆっくりと向き直る。
「——玄太郎」
「何?墨野がどうかしたの?…………なんて、もうバレてるよな」
一度は困惑したように首を傾げてみせた赤崎だったが、すぐにニヤッとした表情が張り付いた。
こいつは赤崎ではない。
俺の親友、
もちろん名前からも分かるように、玄太郎は男だ。なぜこのように女子の姿をしているのか?その秘密がまさにこの部屋だった。
この部屋は、俺と玄太郎が偶然発見した部屋だ。理科室の隣にある空間で作られているため、俺たちは「裏・理科準備室」と呼んでいる。ちなみに、本物の理科準備室は逆側だ。
裏準備室に入るためには、先ほどのように廊下のスイッチを操作することで回転扉を回す必要がある。ふざけてスイッチを弄っていた時に見つけたのだが、我ながらよく見つけられたと思う。
棚に入っていたノートによれば、この部屋はどうやら、昔、とある生徒が教員も巻き込んで研究……もとい趣味のために作った部屋らしい。
その研究内容とは、いわゆる錬金術と呼ばれるものだった。彼らが作ろうとしていたのは金ではなく人。ホムンクルスとか言うやつだ。
とはいえ、そう簡単に人間ができるはずもない。そこで彼らは前段階としてガワの部分だけを作ろうと画策したが、どうやら次第にそちらが主目的に変わっていったようだ。人造人間こそできなかったものの、最終的に彼らはとんでもない物を作り出すことに成功した。
その後部屋の持ち主がどうなったのかは分からないし、特に詮索する気もない。俺たちが残っていた記録から読み取れるのはその程度だ。
ゼロから人を作る。そんな無茶苦茶な研究の過程で出来たものが「皮」だった。もっとも、途中からはこちらの方が主目的にすり替わり、当初の目的は隅に追いやられたみたいだが。
この部屋に残っていた成果、それこそが『着ると他人になれる皮』だ。着るだけで、顔・体型から声に至るまで全てが相手と同じになる。
特に女子の皮を作れればその身体を好き放題に弄り回せるのだ。中身がどうだろうとセックスも可能。まさに夢のようなアイテムだった。
——たった一つ欠点があるとするならば、条件が厳しいこと。
必要な材料は部屋に残されていたノートに書かれている。それらを床の布に描かれた人型の魔法陣に入れて火で炙ったり色々やると皮ができるのだが、この材料が曲者だ。最初の方には水、炭素、ケイ素、硫黄……とどこかで聞いたような材料が並ぶが、まだこの辺りはいい。
一つ目に問題になるのは、その後に続く少量の貴金属だった。必要量は多くないのだが、ひとつまみであっても何万、下手するともう一桁多い値段がつく。少なくとも高校生の小遣いでポンと買える額ではない。
初めてこの部屋を見つけた時には僅かに材料が残されていたのだが、話半分に玄太郎の皮の生成に使ってしまった。後から値段を調べた時には、二人揃ってメチャクチャ後悔したものだ。
「それにしても、よくまた材料費を調達できたな。あの金属、ひとつまみで俺たちの小遣い何ヶ月分だよ」
「まあな。その代わり、親のところで死ぬほどタダ働きさせられる契約だけど」
玄太郎の親は劇団を運営している。その関係でこいつの演技力やメイクの技術はかなりのものだ。実際、先ほどの赤崎も知っていなければ正体を見抜けなかっただろう。本人曰く親の仕事の手伝いは好きではないらしいが、この皮のために我慢して交渉したらしい。
そして、問題はもう一つある。材料の一つに「皮を作りたい相手の血液」が必要なことだ。
考えてほしい。いきなり「血をください」と言われてハイと答える奴がいるだろうか?
身近に血を採取する機会のある人間はそうそういない。今まで作ったことのある皮は、最初に作った玄太郎、そして俺の姉の明里だけだ。姉さんには「理科の実験」と頼み込んでどうにかサンプルをゲットした。
醍醐味と言ってもいい女子の皮は、今のところ姉さんのものだけだ。
しかし俺としては、その皮にもトラウマが残っている。性別の違う皮の第一号だったので当然、身体の中はどうなっているのか、何ができて何ができないかを確かめる必要があった。
*
『凄いなこれ。ナカまでしっかり変わって……ふぁっ!』
『……あれぇ?皓介くん、お姉ちゃんのオナニーに興味あるの?』
『そーいえばこの前さ、お友達に「実の姉じゃ抜けない」とか偉そ〜な事言ってたよね?』
『でもコレ、お姉ちゃんのハダカを見ただけで大っきくなっちゃってるみたいだよ?』
『ウソをつく悪い子には、お姉ちゃんがお仕置きしちゃうんだから♪』
*
あの時の声がフラッシュバックする。
調べる中で、一糸纏わぬ姿で身体をまさぐる姉の姿を眺めることになったばかりか、姉のガワを被った男相手に童貞を捨てることになってしまった。
「お姉ちゃん」などという一人称を使い、普段と違う甘い声を出しながら迫ってくる姉貴には何かいけない扉が開きかけた。
気持ち良いか悪いかで言えばとても良かったのだが、これ以上続けられると十中八九頭がおかしくなる気がした。それ以来、皮を使った遊びはやっていない。
ともかく、これでやっと2枚目の女子の皮が作れたということだ。
「でもなぁ……」
でも、2人目が赤崎というのが少しパッとしない感じだ。確かに、よく見ると素材は意外と悪くない感じはするが、言ってしまえばその程度。スタイルも普通で別にそこまで良くはないし……。そりゃどんな女でも、姉よりは色々とマシだけどさ。
「もうちょっと他に誰かいなかったのかよ」
「分かってないなお前。こういう娘が実は一番すごかったりするんだぜ」
「何がだよ」
「よく言うだろ?幸せの青い鳥は身近に、なんて。お前にはまだ早かったかもな」
得意顔で通ぶったことを言う玄太郎。こういう事言われるとどうにも鼻につくんだよな。何様のつもりなんだ。
そりゃ皮を作ってもらっただけ文句は言えないが……納得しかけた時、赤崎の姿の玄太郎はカバンのジッパーを開け始めた。
「……まあ、どうせそう言うだろうと思って用意はしてあるんだが」
ニッと笑った玄太郎は、カバンの口からゆっくりとその物体を引きずり出していく。勿体つけるようにして出てくるそれは、肌色をした薄っぺらい人型をしている……錬成した皮に間違いなかった。
「作ったのは1枚だけとは言ってないからな」
完全に取り出すと、こっちへ投げるようにしてほいっと渡してくる。布とも革とも言えない、つるつるしたような感触。初めてではないものの、これを着るだけで女の体になれるなんてやっぱり嘘みたいだ。
「…………」
「着てみるか?」
しばらく無言で皮を見つめていると、赤崎の声で質問される。ほとんど無意識に首を縦に振ってしまっていた。