朝の光がカーテンの隙間から差し込み、静かに室内を照らしていた。
……いや、静かではない。
拠点の簡易キッチンに、妙な沈黙が流れていた。
カップに注がれたコーヒーから湯気が立ち上る。
それを前にして、アリシアは――なぜか直立不動だった。
「……飲まないのか?」
「の、飲むわよ……今から……」
そう言いながら、彼女はカップに手を伸ばし、途中で止まる。
また戻す。
深呼吸。
伸ばす。
止まる。
「……アリシア?」
「な、なによ!」
「いや、コーヒーが冷めるぞ」
「……それは……困るわね……」
そう言ってようやくカップを掴んだと思ったら、
視線は俺を完全に避けている。
目が合いそうになるたび、首の角度が不自然にズレる。
(……完全に引きずってるな)
「なぁ」
「な、なによ!」
「声、でかい」
「……っ」
アリシアは咳払いをし、急に真面目な顔を作った。
「……き、昨日の件は……その……
不可抗力だったし……任務上の事故みたいなものだし……」
「事故にしては記憶鮮明らしいな」
「そこを突っ込まないで!」
耳まで真っ赤だ。
冷静沈着な電脳魔導師の面影はどこにもない。
俺が一歩近づくと、彼女は一歩下がる。
壁に背中が当たって、ぴたりと止まった。
「……ち、近い……!」
「いつもこの距離だろ」
「い、今は……違うの!」
「何が?」
「……全部!」
叫ぶな。
アリシアはカップを胸に抱え込み、視線を泳がせる。
「……その……あなた、普通すぎるのよ……」
「普通?」
「そう!
もっと……こう……気まずそうにするとか……
避けるとか……あるでしょ……!」
「いや、昨日は昨日、今日は今日だろ」
「……それが、問題なのよ……」
ぼそりと呟く声は、いつになく弱い。
「……私だけ……意識してるみたいで……」
一瞬、沈黙。
その空気に耐えきれなくなったのか、彼女は急に背筋を伸ばした。
「い、いいわ!
もういい!
私が普段通りに戻ればいいだけの話よ!」
そう宣言して、キッチンを出ようと――
「……っ!」
一歩目で、盛大によろけた。
「おい!」
俺が慌てて支えると、アリシアは固まる。
触れた腕が、氷のように緊張している。
「……は、離して……」
「倒れるぞ」
「……うぅ……」
結局、されるがまま支えられながら、アリシアは小さく呟いた。
「……次は……ちゃんと……
心の準備がいるから……」
「次?」
「い、今のは言葉のあや!!」
顔を真っ赤にして否定するその様子に、
俺は思わず笑ってしまった。
「……笑わないで」
「悪い悪い。
でもさ、そんなに気にするなら――」
「なら?」
「今日はゆっくり休め。
電脳魔導師が挙動不審じゃ、仕事にならん」
アリシアはしばらく黙り込み、
それから小さく頷いた。
「……それは……正論ね」
そう言って、ほんの一瞬だけ、
安心したような表情を見せた。
――やっぱり、面白い女だ。
昨夜よりも、今の方がずっと。