廃棄された軍需デポの奥は、空気そのものが死んでいた。
照明は半分が沈黙し、残った蛍光灯も不規則に明滅している。金属の床には油と埃が層を成し、踏みしめるたびに鈍い音が返ってきた。
「……やれやれ。ここが“存在しないはずの倉庫”か。噂通り、空気が腐ってる」
ゲンマは周囲を一瞥しながら、無意識にセンサーの反応を拾っていく。
警備網はすでに機能していない。だが、それは安全を意味しない。忘れ去られた場所ほど、余計な“置き土産”が残されているものだ。
「警備は……死んでるな。センサーも十年以上前の型だ。忘れ去られるってのは、こういうことか」
瓦礫を跨いだ拍子に、足元で小さな音が鳴る。
「っと、足元注意……罠じゃない。単なる瓦礫。笑えねぇ」
最深部に近づくにつれ、倉庫の構造は露骨に軍用の色を濃くしていった。
耐衝撃壁、重装甲扉、抹消済みの識別番号。
「軍用義体の保管番号……抹消済み。なるほど、“無かったこと”にされた連中の墓場か」
そして、その中央に“棺”はあった。
透明な保存カプセル。その中に横たえられているのは、銀髪の人影だった。
「……おいおい。これはまた、随分と物騒な棺桶だな」
近づくほどに、違和感が強くなる。
それは機械のはずだった。軍用ガイノイド。義体兵器。
そう理解しているのに、目に映る姿はあまりにも“眠っている人間”に近い。
「ロックは……生きてる。完全停止中でも自爆系は律儀に起きてやがる。真面目な兵器だ」
カプセル越しに見える銀髪のショートボブ。
白い義体に、喪服のような黒のゴシックドレス。
戦場ではなく、葬列に並ぶべき姿だと、ゲンマは一瞬思ってしまった。
「――銀髪、ゴーグル、白い義体に黒いドレス……。
趣味が悪いのか、様式美なのか、判断に困るな」
彼女は動かない。
呼吸も、反応も、数値上は完全なゼロだ。
「起動反応なし。脳波……いや、疑似神経信号もゼロ。
完全に“眠ってる”ってやつだ」
その言い回し自体が、すでにおかしかった。
停止している、ではなく、眠っている。
ゲンマ自身、その違いに気づいていながら、修正しなかった。
「……軍用ガイノイド、ヨルハ系列……か?」
記憶の底に引っかかる名前。
公には存在せず、噂だけが先行していた計画。
「聞いたことあるぞ。確か、表に出る前に全部消えた計画のはずだ」
だからこそ、ここにある。
「それを、こんな奥に封印して……誰にも見せず、誰にも使わせず。
随分と丁寧な殺し方だな」
視線が、彼女の胸部に走る。
人格ブロックの反応――微弱だが、確かに“残っている”。
「……ん?」
ゲンマは眉をひそめた。
「人格ブロック、残ってる。
消せなかったのか……それとも、消さなかったのか」
兵器としてなら、真っ先に消される部分だ。
それが残っているという事実が、この存在を“ただの物”として扱うことを拒んでいる。
「ふぅ……これは“部品”って顔じゃねぇな」
カプセル越しに見える指先は、力なく開かれている。
それでも、どこか温度を感じてしまうのは、ゲンマの錯覚か。
「値札を付けるには、ちょっと重すぎる」
量子ストレージへのアクセスコードを呼び出しながら、彼は一瞬だけ手を止めた。
「さて……どうする、調達屋」
自分に言い聞かせるように呟く。
「これは“持ち出していい物”か?
それとも……“起こしちゃいけない物”か?」
答えは、最初から決まっていたのかもしれない。
「……まあいい。依頼は“回収できる物を回収しろ”だった」
論理を盾にする。
だが、その奥にある感情から目を逸らしている自覚はあった。
「お前が物扱いされてるなら……
俺のストレージに入る資格は、十分すぎるだろ」
保存カプセルが光に溶け、量子ストレージへと収束していく。
「安心しろ。
起こすかどうかは……その後で考える」
最後に、ぽつりと。
「――ようこそ、廃棄品。
とりあえず、うちの倉庫に来い」
倉庫が空になった軍需デポは、再び沈黙に包まれた。
だがゲンマの胸の奥には、確かな違和感が残り続けていた。
兵器を回収したはずなのに。
まるで誰かを保護した後のような感覚が、消えなかった。
出口へ向かいながら、彼は思わず苦笑する。
「……目ぇ覚ました時に、文句言われそうだな。
ま、慣れてるけど」
そう呟きながらも、その声はどこか柔らかかった。