※この作品はR-18です。

ゴエティア・●ックス   作:ボルメテウスさん

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破棄 Ⅱ

 量子ストレージ内の隔離スペースは、いつもより静かだった。

 いや、正確には――静かすぎた。

 

 仮想ワークベンチの中央に横たわる銀髪の姿は、相変わらず微動だにしない。

 完全停止。疑似神経信号ゼロ。数値上は、ただの“置物”だ。

 

 それでも俺は、なぜか視線を外せずにいた。

 

「……寝てるだけ、って顔してやがる」

 

 独り言が漏れる。

 こういう時の癖だ。沈黙に耐えられないわけじゃない。ただ、黙っていると余計なことを考えちまう。

 

 起動コードを叩くのは簡単だ。

 軍用シーケンスも、裏の手段も、全部揃ってる。

 だが、指が動かなかった。

 

「命令して起こす、ってのは……性に合わねぇな」

 

 俺がやったのは、起動じゃない。

 環境を戻しただけだ。

 

 外部電源を安定供給へ切り替える。

 戦闘用じゃない。待機用だ。

 人格領域のアクセス制限を解除するが、書き込みは一切しない。触らない。

 自爆システムも解除しない。ただし、強制条件だけを一段階後ろへずらす。

 

「壊す権利も、起きる義務も……俺が決める話じゃない」

 

 最後に、起動許可フラグを“保留”から“解放”へ。

 

 それだけだ。

 命令も、任務も、所有権も、何一つ与えていない。

 

 俺は一歩下がり、腕を組んだ。

 

「ここまでだ。あとは……お前の判断だな」

 

 視線を外す。

 起動の瞬間を凝視するのは、どうにも無作法な気がした。

 まるで、誰かの目覚めを盗み見てるみたいでな。

 

 ――数秒。

 

 何も起きない。

 

 ……やっぱり、何も起きないか。

 

 そう思いかけた、その時だ。

 

 数値の端が、ほんの一瞬だけ揺れた。

 ゼロだったはずの電圧が、0.01に跳ねる。

 機械音じゃない。規則的でもない。

 どこか、呼吸に似たリズム。

 

「……来たか?」

 

 俺は息を止めた。

 事故じゃない。誤作動でもない。

 選んだ反応だ。

 

 次に、銀髪の指先が動いた。

 ほんの僅かに、確かめるように。

 

「……おいおい。今の、気のせいじゃねぇよな」

 

 胸部コアが淡く明滅する。

 疑似神経回路が一斉に同期を始め、内部ログが流れ込んでくる。

 それでも、即座に起き上がらない。

 

 ――戦闘即応を抑えている。

 

 兵器としては、あり得ない選択だ。

 だが俺は、なぜかそれを“正しい”と感じた。

 

 やがて、ゆっくりと上半身が起き上がる。

 無駄のない動き。だが、急がない。

 ゴーグルの奥で、見えないはずの視線が“焦点を結んだ”感覚があった。

 

 ……見られてるな、これ。

 

 敵意じゃない。

 でも、評価でもない。

 

 確認だ。

 

 何がある。

 誰がいる。

 命令はどこだ――と。

 

 数秒の沈黙。

 その間、彼女の内部で膨大な照合が走っているのが、肌で分かる。

 

 そして、ようやく。

 

「……起動確認」

 

 低く、澄んだ声。

 感情を極力排した、軍人の声だ。

 

「自己識別……ヨルハ二号B型。

 システム状態……良好」

 

 そこで、言葉が途切れた。

 

 任務名が来ない。

 指揮官識別も、戦場座標も、続かない。

 

 俺は一歩前に出た。

 

「おはよう。……で、いいのか?」

 

 彼女の顔が、ほんの数度こちらへ向く。

 

「……あなたは?」

 

 短い問い。

 だが、その裏にあるのは警戒だけじゃない。

 “命令者を探す癖”が、まだ残っている。

 

「俺はゲンマ。調達屋だ」

 

 名乗りながら、俺は両手を軽く上げた。

 敵意はない――人間相手にやる癖が、そのまま出ちまった。

 

「……命令は?」

 

 やっぱり来たか。

 

「ない」

 

 即答した。

 

「起きるかどうかは、お前に任せた。

 これからどうするかも、同じだ」

 

 空気が、ほんの一瞬だけ揺れた。

 誤差レベル。だが、確かに。

 

「……理解、不能」

 

「だろうな」

 

 苦笑する。

 

「でも、そういうもんだ。

 少なくとも、俺は“所有者”になる気はない」

 

 ゴーグル越しの視線が、もう一度俺を捉える。

 今度は、さっきより少しだけ――人を見る目に近い。

 

「……私は、兵器です」

 

「知ってる」

 

「戦闘と命令遂行のために設計されています」

 

「ああ」

 

 だからこそ、こう言った。

 

「でも今は、起きたばかりだ。

 状況確認を優先しろ。

 コーヒーは……飲めるかどうか知らんが」

 

 沈黙。

 それから、静かな声。

 

「……あなたは、私を破棄しないのですか」

 

 真っ直ぐな問いだった。

 想定より、ずっと。

 

「しない」

 

 迷いはなかった。

 

「少なくとも、俺が関わってる間はな」

 

 彼女はゆっくりと立ち上がる。

 兵器としての姿勢制御じゃない。

 “立つ”という動作だ。

 

「……了解しました。

 暫定的に、あなたを“非敵性存在”と判断します」

 

「上出来だ」

 

 俺は肩をすくめた。

 

「ようこそ、2B。

 ここから先は……お互い様だ」

 

 ほんの一瞬。

 空気が、柔らいだ気がした。

 

 兵器が起動したんじゃない。

 誰かが、目を覚ました。

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