拠点――と言うには、さすがに肩書きが立派すぎる。
正確には、俺の自宅だ。一人暮らし用の、よくある都市型集合住宅。広くもなければ、洒落てもいない。深夜ともなれば、外の騒音もほとんど消える。
「……で、ここが俺の家だ」
玄関で靴を脱ぎながらそう言うと、2Bは室内を一瞥した。
視線の動きは最小限。壁、天井、床、非常口の位置。完全に“安全確認”のそれだ。
「民間居住区。防御構造なし。
……戦闘には不向きな環境ですね」
「戦う場所じゃないからな。
それに、今夜はもう仕事は終わりだ」
そう言って照明を落とし、間接灯だけを点ける。
白い光より、こっちの方が目に優しい。
2Bは部屋の中央に立ったまま、指示を待つように動かない。
完全に無意識だろうが、その姿勢は“待機中の兵士”そのものだった。
「……楽にしていいぞ。
そこ、ソファ。座っても壊れない」
「了解しました」
言葉は即答。
だが動作は、ほんの一拍遅れた。
座る、という行為を“命令ではなく許可”として処理している。そんな間だった。
俺はキッチンへ向かい、冷蔵庫を開ける。
深夜だ。豪華なものはない。だが、簡単なものなら用意できる。
「なぁ、2B」
背を向けたまま声をかける。
「食事は……必要か?」
少し間が空く。
「私の活動に、栄養摂取は必須ではありません」
予想通りの答えだ。
だから、続ける。
「じゃあ、食べられるか?」
今度は、もう少し長い沈黙。
「……摂食機構は存在します。
味覚解析も可能です」
「つまり、食べられるってことだな」
「はい」
簡潔。
だが、否定はしなかった。
「じゃあ、付き合え。
俺が腹減ってる」
そう言って、適当にフライパンを出す。
卵、パン、スープ。深夜飯としては十分だ。
調理している間、背中に視線を感じる。
警戒じゃない。監視でもない。
“観察”だ。
「……人間は、空腹になると作業効率が低下しますか」
「するな。
だから食う」
「合理的ですね」
「そういう問題でもないが……まあいい」
出来上がったものをテーブルに並べる。
簡単な食事だ。見栄えはしない。
「ほら。
毒は入ってない」
「その可能性は、すでに排除しています」
「用心深いな」
「仕様です」
2Bはテーブルの前に座り、皿を見下ろした。
その姿勢は相変わらず整っている。
背筋が伸び、無駄な力が入っていない。
「……これは?」
「卵。
人間がよく食べる」
「理解しました」
フォークを取る動作は正確だった。
訓練された動き。
だが、口に運ぶ直前で、ほんの僅かに止まる。
俺は何も言わず、自分の分を食べ始めた。
見られてると分かってても、気にしない。
こういうのは、説明するより見せた方が早い。
数秒後、2Bも同じように口に運んだ。
――咀嚼。
彼女の表情は、ほとんど変わらない。
眉も動かないし、声も出さない。
だが。
フォークが、止まった。
ほんの一瞬。
誤差レベルだが、確かに。
「……解析結果。
想定より、情報量が多い」
「味、ってやつだな」
「……はい」
もう一口。
今度は止まらない。
「これまで、私は人間の指示に従い、行動を最適化してきました。
摂食は“補給”として処理されていました」
「だろうな」
「しかし……これは」
言葉を探すように、少しだけ間が空く。
「……目的とは直接関係のない刺激です」
それは、2Bなりの驚きだった。
「でも、無駄じゃないだろ」
「……否定できません」
彼女は淡々と食べ続ける。
感情は表に出さない。
だが、動きは確実に“慣れていない”。
スープを一口飲んだ時、わずかに呼吸が変わった。
「……温度調整が、想定外です」
「熱いのは最初だけだ」
「……学習します」
その言葉に、俺は少し笑った。
「焦らなくていい。
ここじゃ、急ぐ理由もない」
2Bは一度だけこちらを見た。
「……あなたは、私に指示を出しませんね」
「必要ないからな」
「……理解、しました」
完全に理解したわけじゃないだろう。
それでも、否定しない。
皿が空になる頃、2Bは静かにフォークを置いた。
「……摂食、完了」
「どうだった?」
少し考える。
「……記録します。
“食事は、命令ではない”」
「いい記録だ」
深夜の部屋に、静かな空気が流れる。
兵器と調達屋。
奇妙な組み合わせだが、少なくとも今は――悪くない。