正月というのは、どうしてこう人間を堕落させる装置ばかり発明したがるんだろうな。
その代表例が――目の前にある。
「……これが、こたつ?」
アリシアは畳に置かれたそれを、敵性兵器でも見るような目で観察していた。
腕を組み、わずかに眉を寄せている。
「そう。人類が編み出した最終兵器だ」
「暖房器具としては非効率。熱源が限定的で、行動範囲を著しく狭めます」
「正解。だから強い」
意味が分からない、と言いたげな視線を向けられる。
だが、彼女は否定しなかった。
「……合理性は理解できませんが」
「でも?」
「……体温保持という点では、一定の効果はあります」
そう言って、アリシアは慎重にこたつに足を入れた。
次の瞬間、ほんの一瞬だけ、肩がぴくりと跳ねる。
「……暖かい」
「だろ」
彼女はそのまま、対面に座る。
狭い。もともと一人暮らし用の部屋だ。こたつも小さい。
そして――その時点で、俺は気づくべきだった。
アリシアが前屈みになった瞬間、
こたつ布団が、不自然に持ち上がったことに。
(……いや、ちょっと待て)
物理法則的におかしい。
彼女の上半身が前に傾くたび、布団のラインが滑らかに、しかし確実に変形する。
原因は明白だった。
(……でかい)
豊満、という言葉では足りない。
戦闘服の上からでも存在感を主張するそれが、今は薄手の正月用ニット越しに、はっきりと分かる。
しかも、こたつだ。
布団が、胸の下で支点を作る。
結果――
彼女が少し身動きするたび、布団越しに、柔らかな圧がこちら側へ伝わってくる。
「……ゲンマ」
「なんだ」
「この装置は……その……姿勢保持に問題があります」
視線は合わせない。
だが、耳がわずかに赤い。
「どう問題なんだ?」
「……胸部が、布団に干渉します」
淡々とした報告。
だが、内容が内容だ。
「それは……お前の問題じゃなくて、設計者の問題だな」
「人類の設計思想には疑問を覚えます」
そう言いながら、彼女は少し後ろに下がろうとする。
だが――こたつという装置は、逃がさない。
後ろに下がれば、今度は背もたれが胸を押す。
前に出れば、布団が持ち上がる。
完全に詰んでいる。
「……動くたびに、圧力が変わります」
「学習が早いな」
「冗談を言っている状況ではありません」
だが、立ち上がろうとはしない。
理由は明白だ。
――暖かい。
膝が触れる。
正確には、触れ“続ける”。
狭いこたつの中、彼女の脚と俺の脚は、どう足を動かしても離れない。
しかも、上半身の重量バランスの関係で、彼女の姿勢は自然と前寄りになる。
結果。
視界の大半を、彼女の胸が占領する。
(……これは、凶器だろ)
揺れてはいない。
だが、存在しているだけで圧がある。
「……ゲンマ」
「今度は何だ」
「視線が、一定時間同一箇所に固定されています」
即座にバレた。
「気のせいだ」
「……解析結果。否定困難です」
彼女はそう言って、わずかに姿勢を正そうとする。
だが、その動きが――逆効果だった。
胸が持ち上がり、布団がさらに不自然な角度になる。
結果、距離が――縮まる。
息がかかるほどじゃない。
だが、近い。
「……この装置は、戦術的に危険です」
「だろ?」
「……敵対者の判断力を低下させる効果があります」
「今さら気づいたのか」
しばらく、沈黙。
暖房の音と、外の遠い初詣客のざわめきだけが聞こえる。
アリシアは、表情を変えない。
だが、呼吸がわずかに深くなっている。
「……この状態を、どう対処すべきですか」
「動かないのが正解だ」
「理解できません」
「だからこそ、だ」
彼女は考えるように黙り込み――そして、結論を出した。
「……合理性はありませんが」
「うん」
「……現状維持を選択します」
そう言って、微動だにしなくなる。
(……選択ミスだ)
胸の存在感は消えない。
膝も触れたまま。
こたつの熱が、じわじわと理性を削ってくる。
それでも、何もしない。
触れない。
越えない。
それが、今の俺たちの距離だった。
アリシアは感情を表に出さない。
だが、その豊満すぎる胸が、こたつという文明の罠と組み合わさった結果――
彼女自身ですら、予測できない“状況”を生み出してしまった。
「……ゲンマ」
「なんだ」
「正月とは……危険な行事ですね」
俺は、静かに頷いた。
「同感だ」
こうして、新年は静かに――
そして、妙に落ち着かない空気のまま始まった。