食器を片付け終え、キッチンの灯りを落とす。
深夜の部屋は静かだ。冷蔵庫の駆動音と、遠くを走る車の音だけが、時間が進んでいる証拠になる。
ふと振り返ると、2Bはソファに腰掛けたまま、背筋を伸ばして動いていなかった。
待機。完全にそれだ。
「……なあ、2B」
「はい」
即答。
姿勢も視線も崩れない。
「簡単な点検、しておくか。
さっき起動したばかりだしな」
言い方を選ぶ。
“整備”とか“メンテナンス”と言うと、彼女は兵器として受け取る。
それ自体は間違いじゃないが、今は少し違う。
「拒否する理由はありません」
淡々とした返答。
だが、どこか許可を待つような間がある。
「じゃあ、軽くだ。
座ったままでいい」
俺はツールケースを開かず、端末だけを取り出した。
分解もしないし、外装にも触れない。
ログ確認と、表層センサーのチェックだけだ。
「……触れないんですね」
「信用してないわけじゃない。
壊したくないだけだ」
言ってから、自分で少し可笑しくなる。
兵器相手に“壊したくない”は妙な言い回しだ。
端末上に流れる数値は安定している。
出力、反応速度、疑似神経遅延――どれも問題なし。
「異常は?」
「ない。
驚くくらい素直だ」
「……それは、評価ですか」
「褒め言葉のつもりだ」
2Bは小さく頷いた。
表情は変わらないが、拒絶はない。
「これで今日は十分だ。
後は――」
言いかけて、言葉を切る。
後は、何だ?
休め、だろう。
人間基準なら。
「……寝るか」
そう言うと、2Bは一瞬だけ動きを止めた。
「私は待機します」
「いや、待機じゃなくてだな」
俺は寝室の方を指差す。
「横になれ。
電源落とす必要はない」
「……必要性を、確認できません」
「必要かどうかは置いとけ。
今日は長かっただろ」
理屈じゃない、と言っているのは分かっている。
だが彼女は、理屈で生きてきた。
2Bは少し考える素振りを見せた後、静かに立ち上がった。
……そして、その場に直立したまま動かなくなる。
「ここで待機します」
「……おい」
思わず声が出た。
「それ、休んでるって言わねぇぞ」
「待機中も、機能は正常に維持されます」
「そういう意味じゃなくてだな」
頭を掻く。
「ソファ、あるだろ。
さっき座ってたやつ」
「命令がありませんでした」
なるほど。
そう来たか。
俺は溜息をつき、少しだけ口調を柔らかくした。
「命令じゃない。
提案だ」
2Bは、こちらを見る。
「……提案、了解しました」
そして、ソファに腰を下ろす。
今度は、背もたれに少しだけ体重を預けた。
「それでいい」
俺は満足して、照明をさらに落とす。
「何かあったら、呼べ。
……呼ばなくても、聞こえるが」
「了解しました」
静かな部屋。
深夜の空気。
兵器と調達屋が、同じ空間で“何もしない時間”を共有している。
それだけで、十分に前進だった。
2Bは感情を表に出さない。
だが、立ったまま待機し続けることを選ばなかった。
それは、命令ではなく――信頼に近い何かだった。