※この作品はR-18です。

ゴエティア・●ックス   作:ボルメテウスさん

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破棄 Ⅴ

 食器を片付け終え、キッチンの灯りを落とす。

 深夜の部屋は静かだ。冷蔵庫の駆動音と、遠くを走る車の音だけが、時間が進んでいる証拠になる。

 

 ふと振り返ると、2Bはソファに腰掛けたまま、背筋を伸ばして動いていなかった。

 待機。完全にそれだ。

 

「……なあ、2B」

 

「はい」

 

 即答。

 姿勢も視線も崩れない。

 

「簡単な点検、しておくか。

 さっき起動したばかりだしな」

 

 言い方を選ぶ。

 “整備”とか“メンテナンス”と言うと、彼女は兵器として受け取る。

 それ自体は間違いじゃないが、今は少し違う。

 

「拒否する理由はありません」

 

 淡々とした返答。

 だが、どこか許可を待つような間がある。

 

「じゃあ、軽くだ。

 座ったままでいい」

 

 俺はツールケースを開かず、端末だけを取り出した。

 分解もしないし、外装にも触れない。

 ログ確認と、表層センサーのチェックだけだ。

 

「……触れないんですね」

 

「信用してないわけじゃない。

 壊したくないだけだ」

 

 言ってから、自分で少し可笑しくなる。

 兵器相手に“壊したくない”は妙な言い回しだ。

 

 端末上に流れる数値は安定している。

 出力、反応速度、疑似神経遅延――どれも問題なし。

 

「異常は?」

 

「ない。

 驚くくらい素直だ」

 

「……それは、評価ですか」

 

「褒め言葉のつもりだ」

 

 2Bは小さく頷いた。

 表情は変わらないが、拒絶はない。

 

「これで今日は十分だ。

 後は――」

 

 言いかけて、言葉を切る。

 後は、何だ?

 

 休め、だろう。

 人間基準なら。

 

「……寝るか」

 

 そう言うと、2Bは一瞬だけ動きを止めた。

 

「私は待機します」

 

「いや、待機じゃなくてだな」

 

 俺は寝室の方を指差す。

 

「横になれ。

 電源落とす必要はない」

 

「……必要性を、確認できません」

 

「必要かどうかは置いとけ。

 今日は長かっただろ」

 

 理屈じゃない、と言っているのは分かっている。

 だが彼女は、理屈で生きてきた。

 

 2Bは少し考える素振りを見せた後、静かに立ち上がった。

 ……そして、その場に直立したまま動かなくなる。

 

「ここで待機します」

 

「……おい」

 

 思わず声が出た。

 

「それ、休んでるって言わねぇぞ」

 

「待機中も、機能は正常に維持されます」

 

「そういう意味じゃなくてだな」

 

 頭を掻く。

 

「ソファ、あるだろ。

 さっき座ってたやつ」

 

「命令がありませんでした」

 

 なるほど。

 そう来たか。

 

 俺は溜息をつき、少しだけ口調を柔らかくした。

 

「命令じゃない。

 提案だ」

 

 2Bは、こちらを見る。

 

「……提案、了解しました」

 

 そして、ソファに腰を下ろす。

 今度は、背もたれに少しだけ体重を預けた。

 

「それでいい」

 

 俺は満足して、照明をさらに落とす。

 

「何かあったら、呼べ。

 ……呼ばなくても、聞こえるが」

 

「了解しました」

 

 静かな部屋。

 深夜の空気。

 

 兵器と調達屋が、同じ空間で“何もしない時間”を共有している。

 それだけで、十分に前進だった。

 

 2Bは感情を表に出さない。

 だが、立ったまま待機し続けることを選ばなかった。

 

 それは、命令ではなく――信頼に近い何かだった。

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