※この作品はR-18です。

ゴエティア・●ックス   作:ボルメテウスさん

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破棄 Ⅵ

 目が覚めた瞬間、俺は違和感を覚えた。

 騒音がない。生活音が、完璧に整いすぎている。

 

「……静かすぎだろ」

 

 寝返りを打って、天井を見る。深夜に落としたままの間接照明は消えている。カーテン越しの光からして、もう朝だ。

 体を起こし、欠伸を噛み殺しながらリビングへ向かう。

 

 ――そこで、止まった。

 

 ソファの中央。

 背筋を真っ直ぐ伸ばし、両手を膝に置いて、2Bが座っていた。

 

 微動だにしない。

 視線は正面。

 完全に“待機”だ。

 

「……おはよう」

 

「おはようございます」

 

 即答。

 だが、どこか一拍遅れている。

 

「……もう起きてたのか?」

 

「はい。起動状態を維持していました」

 

「起床、じゃなくて?」

 

「私にとっては同義です」

 

 なるほど。

 そういう認識か。

 

 頭を掻きながらキッチンへ向かい、コーヒーメーカーを起動する。豆を挽く音が、やけに大きく聞こえた。

 

「……寝たか?」

 

「待機していました」

 

「寝てないな、それ」

 

「必要ありませんでした」

 

「人間的には必要だ」

 

「理解しています。ですが、必須ではありません」

 

「……そうかい」

 

 冷蔵庫を開ける。中身は相変わらず質素だ。

 パンと卵。あとは昨日の残りのスープ。

 

「朝飯、どうする?」

 

「私は――」

 

「不要、だろ?」

 

 先回りすると、2Bはわずかに首を傾けた。

 

「……はい。活動に支障はありません」

 

「でも、食べられる」

 

「可能です」

 

「じゃあ、食う」

 

「……同行、という意味でしょうか」

 

「付き合え、って意味だ」

 

 否定は返ってこない。

 それが、少しずつ“変わってきている”証拠なんだろう。

 

 トースターにパンを入れ、フライパンで卵を焼く。

 2Bの視線は、終始手元に向いていた。

 

「人間の朝食は、工程が多いですね」

 

「効率だけで生きてないからな」

 

「非合理的です」

 

「そういうもんだ」

 

 テーブルに並べると、2Bは静かに腰を下ろす。昨日より動きが自然だ。

 フォークを取る手つきも、迷いが減っている。

 

「……昨日と同じ摂食を?」

 

「ああ。違いが分かるかもしれん」

 

「……記録します」

 

 一口。

 表情は変わらない。

 

 だが、ほんの一瞬、フォークが止まる。

 

「……同一の素材ですが、昨日とは印象が異なります」

 

「朝はそう感じるもんだ」

 

「環境要因ですか」

 

「気分、ってやつもある」

 

「……定義が曖昧です」

 

「人間は大体そうだ」

 

 コーヒーを淹れていると、端末が小さくノイズを発した。

 一瞬だけ、画面が歪む。

 

「……ん?」

 

 気のせいかと思い、放置する。

 だが、2Bの視線が、テーブルから外れた。

 

「……周辺環境に、統計的に不自然な要素があります」

 

「朝から難しいこと言うな」

 

「事実です」

 

「どの辺が?」

 

「通信ノイズ。カメラ映像の欠損率が、通常より0.7%高い」

 

「誤差だろ」

 

「……はい。現時点では」

 

 その言い方が、妙に引っかかった。

 

「現時点、な」

 

「はい」

 

 窓の外を見る。

 通りには、見慣れない車が一台、長く停まっている。誰かが中で端末を操作しているようにも見える。

 

「……あれか?」

 

「可能性の一つです」

 

「考えすぎだ」

 

「……了解しました」

 

 だが、彼女の視線は外から離れなかった。

 

「今日の予定は?」

 

「特にない。

 お前は――」

 

 言いかけて、言葉を切る。

 “命令”じゃない。

 

「……どうしたい?」

 

 2Bは少し考えた後、答える。

 

「あなたの行動に同行します」

 

「即答だな」

 

「合理的です」

 

 そう言い切る声は、淡々としている。

 だが、昨日までとは違う。

 

 コーヒーを一口飲み、息を吐く。

 

「……まあ、しばらくは家にいる。

 外に出るなら、その時は言う」

 

「了解しました」

 

 その瞬間、端末が再び小さく震えた。

 今度は、はっきりと。

 

 だが俺が確認する前に、2Bが一歩前に出た。

 

「……ゲンマ」

 

「どうした?」

 

「監視対象が、通信を開始しました」

 

「……は?」

 

 問い返した瞬間、窓の外で車が動き出す。

 ゆっくりと、だが迷いなく。

 

「……追跡、か?」

 

「断定はできません」

 

「できない、な」

 

 俺は苦笑し、コーヒーを飲み干した。

 

「朝っぱらから面倒ごとは勘弁してほしいもんだ」

 

「……排除しますか?」

 

「しない」

 

 即答する。

 

「まずは様子見だ。

 ここは戦場じゃない」

 

「……了解しました」

 

 2Bはそう言って、再び静かに立つ。

 だが、その背筋は、確かに“警戒”を帯びていた。

 

 平穏な朝。

 だが、影はもう、すぐそこまで来ている。

 

 ――そんな予感だけが、静かに部屋に残っていた。

 

 

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