※この作品はR-18です。

ゴエティア・●ックス   作:ボルメテウスさん

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破棄 Ⅶ

 玄関のドアを閉めた瞬間、俺は小さく息を吐いた。

 ゴミ出しと郵便受けの確認。ほんの数分の用事だ。だが今朝は、それだけで妙に神経を使う。

 

「……すぐ戻る。留守番、頼む」

 

 振り返ると、2Bはソファから静かに立ち上がっていた。

 こちらを見る視線は真っ直ぐで、揺れがない。

 

「同行を提案します」

 

「いや。中の方が安全だ」

 

 即答すると、彼女は一瞬だけ沈黙した。

 思考処理に入った時特有の、ほんの短い間。

 

「……了解。待機します」

 

 命令ではないと理解しているからこそ、生まれる間だった。

 俺はそれを見て、内心で小さく頷く。

 

 廊下に出る。共用部は静まり返っていた。

 だが、昨夜から続く違和感は消えない。視線の気配。説明できない圧。

 郵便受けを開け、封筒を一通抜き取る。その間も、背中が落ち着かなかった。

 

(考えすぎだ……)

 

 自分に言い聞かせ、部屋へ戻る。

 

 ――ドアを開けた瞬間、足が止まった。

 

「……おい」

 

 室内の様子が、明らかに違う。

 家具の配置が微妙に変えられ、ソファは壁寄り。テーブルは遮蔽物になる位置へ移動。

 窓際には死角を潰す配置。見えないが、確実に“備えた”形跡がある。

 

 2Bは部屋の中央に立っていた。姿勢は変わらない。

 だが空気が違う。張りつめている。

 

「侵入確率が上昇しました」

 

「……留守番って、そういう意味じゃねぇ」

 

「命令内容に、行動制限は含まれていませんでした」

 

 淡々とした返答。

 反論しようとして、俺は口を噤んだ。

 

「……結果的に助かってるのが、余計に言いづらいな」

 

「被害を最小化する判断です」

 

 理屈としては、完全に正しい。

 俺は頭を掻き、短く息を吐く。

 

「次からは一言くれ」

 

「了解しました」

 

 簡潔な返答。拒否はない。

 俺はキッチンへ向かい、コーヒーを淹れ直しながら端末を確認する。通信ログに、昨夜より濃いノイズが走っていた。

 

「……やっぱり、追われてるな」

 

「断定はできません」

 

「だが、状況証拠は揃ってきてる」

 

 2Bは頷き、淡々と続ける。

 

「通信断片を捕捉しました。

 『回収』『破棄ではない』『抹消タグ』」

 

「……嫌な単語ばかりだ」

 

「私に対して使用される用語としては、妥当です」

 

「妥当でも、許容はしねぇ」

 

 言い切ると、彼女の視線がわずかにこちらへ向いた。

 感情ではない。確認だ。だが、それで十分だった。

 

「提案があります」

 

「聞こう」

 

「接触前に移動すべきです。包囲が完成する前に」

 

「同意見だ」

 

 即答する。

 勝てるかどうかじゃない。ここでやれば、面倒が増える。

 

 準備を始めた、その時だった。

 窓際で微かな音。小型ドローン。静音型だ。

 

「……朝からドローンは勘弁してほしい」

 

「同意します」

 

 2Bが一歩前に出る。剣は抜かない。

 正確な一撃でセンサーを無力化し、落下音を最小限に抑える。

 

 だが、それで終わりじゃない。

 廊下側で足音。工作員が一人。非致死性の拘束具を構えている。

 

「回収優先、か」

 

「排除しますか」

 

「制圧でいい。ここは戦場じゃない」

 

「了解」

 

 一瞬だった。

 2Bは速い。だが致命に行かない。関節、重心、神経遮断。

 兵器として完璧で、同時に抑制が効いている。

 

 ――数が増える気配。

 

 俺は即断した。

 

「撤退だ。勝てる勝てないじゃない。ここでやると、面倒が増える」

 

「了解。撤退します」

 

 命令待ちはない。理解して、即応している。

 

 裏口へ。非常階段。

 背後で通信が走る気配がした。

 

『本隊到着』

『対象確保、優先度上昇』

 

「……厄介だな」

 

 階段を駆け下りながら、俺は言う。

 

「お前は“物”じゃない」

 

 2Bは走りながら、一拍だけ遅れて答えた。

 

「……記録します」

 

 それだけだ。

 だが、その一拍には、確かな変化があった。

 

 街へ出る。人混み。雑音。

 追跡は続いている。だが、まだ決定打はない。

 

 今は逃げる。

 勝てるからこそ、逃げる。

 

 ――この選択が正しかったかどうかは、まだ分からない。

 だが少なくとも今、俺たちは一緒に判断した。

 

 それで、十分だった。

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