足を止めたのは、追い詰められたからじゃない。
ここなら、やれる。そう判断しただけだ。
高架下の旧物流ヤード。夜明け前で人影は薄く、遮蔽物も多い。照明は死んでいる箇所が点在し、視界はまだらだ。追跡側は慎重に包囲を進めている。――プロだ。だが、慎重すぎる。
「ここで迎撃する」
俺は短く言った。大雑把な方針だけを投げる。細部は詰めない。
2Bは一歩前に出て、周囲を一瞥した。首を動かす角度は最小限。無駄がない。
「正面戦闘は非効率」
即座に返る。
「右側のコンテナ列。敵の視界が分断されます。
通路幅は狭い。数的優位を相殺可能」
続けて、間を置かずに。
「あなたは後方支援に集中すべきです」
提案だ。命令じゃない。
俺は一切の反論をしなかった。
「……いい判断だ。採用する」
それだけで十分だった。
作戦会議に時間は要らない。合意は成立した。
俺は量子ストレージを開く。空間が歪み、金属音が小さく鳴った。取り出したのは、2Bの標準装備じゃない。重力制御補助が組み込まれた近接武装――高負荷仕様だ。使えば消耗も大きい。元は、俺が切り札として温存していたものだ。
だが、今は違う。
「切り札だ」
武器を差し出す。
「使うかどうかは、お前が決めろ」
使い方の説明はしない。判断も委ねる。
2Bは一瞬だけ武器を見た。解析は速い。だが、口に出すのは最小限だ。
「……了解」
それだけ。
受け取る手に迷いはなかった。
空気が張り詰める。
追跡側の気配が、確実に近づいてくる。
ほんの一瞬、静止が落ちた。
「ゲンマ」
呼ばれた。
名前だけ。感情は乗らない。合図だ。
「……ああ」
それで、始まる。
2Bが前に出る。動きは鋭く、低い。影を縫うようにコンテナ列へ滑り込む。俺は一拍遅れて後方へ。視線は彼女の背中から離さない。
敵が動く。二方向から詰めてくる。予想通りだ。
最初の接触。
2Bは抜かない。――まだだ。
踏み込み、関節を断つように制圧。非致死。倒れた影が地面に沈む。次が来る。
「左、二」
俺が短く投げる。
2Bは頷かない。視線も動かさない。だが、進路が変わる。連携は成立している。
拘束具が飛ぶ。粘着。
俺は即座に妨害を入れる。床に散らした微粒子が起爆、視界を奪う。音は抑えた。民間環境だ。
数が増える。
だが、彼らは慎重だ。包囲を維持しようとする。――それが仇になる。
2Bが、武器を使った。
重力が歪む。
一瞬、空間が沈むような感覚。踏み込みが深くなり、斬撃の軌道が変わる。致命には行かない。だが、逃げ道を断つには十分だ。
「……効果、確認」
淡々とした声。
使うべき瞬間を、正確に選んでいる。
俺は後方で支援を続ける。遮蔽を作り、追跡線を切る。
勝てる。だが、ここで決めない。
「撤退準備」
俺が言う。
「了解」
即応。
2Bは一歩引き、最後の制圧を入れて道を開く。
背後で通信が走る気配。
“本隊到着”。――やはり来る。
「……十分だ」
俺たちは同時に動いた。
戦うために止まり、逃げるために抜ける。選択は一致している。
走りながら、俺は思う。
命令じゃない。提案を受け、武器を託し、名前で合図を交わした。
それだけで、十分だった。