※この作品はR-18です。

ゴエティア・●ックス   作:ボルメテウスさん

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調達屋と探偵 Ⅱ

雨脚が強まる中、二人は廃墟の影へと消えて行った。

 

廃工場群を抜けた先は更に陰鬱だった。アスファルトは亀裂で波打ち、錆びたパイプが血管のように路地を覆う。湿ったコンクリートの匂いと排水溝の悪臭が混ざり合い、空気さえ腐っているかのようだ。

 

「気配がある……」

 

アリシアが囁く。路地裏の暗闇から鈍い足音が響いてくる。三人——いや四人か?

 

「追い詰めたぞぉ……どこに隠れていようと構わねぇ」

 

獣じみた笑い声が湿気を振るわせる。廃ビルの鉄階段を踏む音が次第に近づいてくる。

 

「ここでやり合うか?」

 

「馬鹿言うな」

 

咄嗟に手首を掴まれた。彼女は壁沿いの狭隘部に身を潜めようとする。だが——

 

「待て! 逆方向は——」

 

制止より早く路地の死角へ引っ張られる。壁際に押しつけられた彼女の体が僕に密着する。コート越しにも伝わる柔らかさ。甘い香りと汗が混じった独特の匂いが鼻腔を刺す。

 

(くそ……! なんて距離だ)

 

厚手のコート越しでも分かる膨らみが胸板に押し当てられてくる。息遣いが布を通じて伝わり、僕の肋骨まで震わせてくる。

 

「動くな。奴らは曲がり角で待ち伏せる」

 

彼女の声は低く掠れている。喉仏が微かに上下し、艶めかしい鎖骨の窪みが襟元から覗く。

 

「わかった。ただし僕を盾にするなよ」

 

そうは言ったものの、僕は右腕を伸ばし彼女の肩越しに廃材を支えた。壁と僕の腕の間で生まれた“三角区画”にアリシアが収まる形だ。

 

(まるで檻だな……しかも最高級素材の檻だ)

 

目の前に垂れた金色の髪。濡れた前髪が額に貼りつき、潤んだ瞳が至近距離で煌めく。吐息は湿気と雨と緊張が混ざり合い、ミントと蜂蜜を煮詰めたような中毒性のある芳香を漂わせる。

 

「……っ」

 

息を詰める彼女の喉がまた震えた。僅かな身じろぎで乳房が掌に擦れかかる。僕は反射的に右手を壁に戻し、彼女の肩を抱く形で固定した。

 

「深呼吸禁止。肺まで震える」

 

「わかってる……!」

 

囁く声がかすれすぎて艶っぽい。雨音で掻き消されたはずなのに鼓膜にべったり粘つく。

 

「そっちへ行け!」「まだ姿は見えんが……」

 

複数の足音が交互に折り重なる。僕たちは石膏像のように硬直する。彼女の体温だけが生々しく伝わってくる。

 

(このまま触ってしまえば楽になれる……だが——)

 

理性が火花を上げた。喉が乾きを訴える。僕は舌先で湿気を集め唇を舐めた。その途端、彼女の睫毛が跳ねるように持ち上がった。

 

視線がぶつかる。焦点距離0.2メートル。

 

「……」

 

次の瞬間、彼女の指が僕の胸ポケットの金具を摘まんだ。抗議の代わりに耳朶にかすめる程度の吐息。

 

(止めろと言いたげだな……だが今の僕が我慢するのは地獄だぞ)

 

胸の中心が軋みを上げる。欲望と業務との狭間に火花が散る。思考回路が焼け切れそうだ。

 

「今……何を考えてる?」

 

蚊の羽音に紛れた問い。彼女の掌が僕の腹に押し当てられる。柔らかな圧力と震える指先。その感触は火傷しそうな熱量を帯びている。

 

答えずにいると、壁の方で鈍い打撃音が上がった。反射的に腕を引き寄せた結果、彼女の顔が僕の頬に触れる。

 

(……唇が掠めた)

 

心拍数が狂う。僕は咄嗟に首を傾けた。紙一重でキスを避けたのだ。

 

「そっちは反応なし」「もっと奥だ」

 

靴音が遠ざかっていく。荒い息を飲み込むのに一拍だけ時間がかかった。

 

(解放されて良かったのか? 惜しいと思ってしまった自分に驚いている……)

 

ようやく全身の力を抜くと、彼女が一歩後退した。濡れた髪が背中で跳ね、背筋のラインが露わになる。

 

「ありがとう。おかげで逃げられた」

 

淡々とした礼。僕は咳払いをして胸元の金具を正す。

 

「仕事上の判断だ。他意はない」

 

「……そう」

 

彼女は雨粒を払う素振りで瞼を伏せた。薄紅色の唇が閉じられると同時に、僕の中の昂ぶりも押し込められた。

 

「で? これからどうする?」

 

「既に準備は終わっているが、データは君の能力だったら、すぐに分かるだろ」

 

「えぇ、本当に。まぁ、とりあえずは事件を追うわよ」

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