夜明けの気配が街の縁を舐め始める頃、俺たちはようやく足を止めた。
市街地から外れた、旧インフラ管理区画。使われなくなった変電施設の地下だ。地上の騒音は遮断され、通信も通りにくい。人の流れからも外れている。――短時間の潜伏には、十分すぎる。
「ここで一度切る」
俺が言うと、2Bは頷いた。
照明を落とし、遮蔽を展開する。外部ドローンの反射を鈍らせ、残留トラフィックを散らす。調達屋の仕事は、戦わない時間を作ることだ。
地下室はコンクリート打ちっぱなしで、湿った冷気が残っている。配電盤の影に簡易の作業スペースを作り、俺は量子ストレージから工具と診断ユニットを取り出した。
「自己診断、いけるか」
「可能です」
2Bは静かに立ち、背筋を伸ばす。戦闘後とは思えないほど姿勢は安定しているが、細部を見ると違う。反応のキレが、わずかに落ちている。
「制限の内容を、簡潔に」
「出力制限が発生しています。
重力制御系は通常の六割。
センサー精度は低下。補正で対応可能」
淡々とした報告。
言葉に感情はないが、数値は正直だ。
「原因は切り札の限定使用だな」
「はい」
俺は頷き、診断ユニットを接続する。ログが流れ、警告がいくつか弾ける。想定内だ。使い方は正しかった。代償も、想定内。
「一時的な制限だ。今すぐの再戦は避ける」
「了解しました」
2Bは異議を挟まない。
その判断が、逆にこちらの責任を重くする。
外部の気配を探る。微弱なスキャンが一度、遠くで触れた。だが、追っては来ていない。市街地での抑制戦が効いたか、あるいは再編中か。――どちらにせよ、今は静かだ。
「敵の索敵圧は?」
「低下しています。
ただし、完全ではありません」
「十分だ」
俺は配電盤を開け、残っていた蓄電ユニットを繋ぐ。即席の環境電源だ。効率は悪いが、短時間なら持つ。
「応急で回す。深追いはしない」
「了解」
2Bはその場に腰を下ろし、剣を膝に置いた。
刃は欠けていない。だが、使い手の側が削れている。
「……なあ」
俺は作業しながら、言葉を選ぶ。
「さっきの判断、正しかった」
「どの判断でしょうか」
「殲滅を選ばなかったことだ」
2Bは一瞬、沈黙した。処理の間だ。
「被害最小化が優先されました。
結果として、戦闘効率は低下しています」
「それでいい」
即答した。
「効率だけで勝っても、残るものがある。
今回は、残さなかった。それが価値だ」
2Bは何も言わない。
だが、次に発した声は、ほんのわずかに間があった。
「……記録します」
「頼む」
診断が一段落する。制限は解除できないが、悪化もしていない。――問題は、別だ。
ログの奥に、赤いラインが一つ走った。
俺は眉を寄せ、数値を拡大する。
「……ん?」
2Bがこちらを見る。
「追加報告があります」
声はいつも通り、平坦だ。
だが、内容は軽くない。
「内部エネルギー残量が、想定より低下しています」
俺は手を止めた。
「具体的には?」
「現行の行動を維持した場合、
戦闘継続可能時間は――」
2Bは一拍置き、淡々と続ける。
「残り、限られています。
エネルギー不足が発生しています」
地下の静けさが、重く沈んだ。