※この作品はR-18です。

ゴエティア・●ックス   作:ボルメテウスさん

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機械 Ⅰ

地下の冷気は湿っていて、呼吸のたびに喉の奥がひりつく。配電盤の唸りが遠くで一定のリズムを刻み、静けさが逆に耳を刺した。

 

 俺は量子ストレージから滅菌カートリッジを取り出し、片手で振って中身を確認する。透明な容器は小さく、あまりに軽い。これで――一時的にでも2Bが動けるなら、安いもんだ。

 

「……方法を提示します」

 

 2Bの声は平坦だった。だが、言葉の端にほんのわずかな間がある。機械的な処理遅延ではなく、判断のための間。

 

「口腔由来サンプルが必要です。少量で構いません」

 

「つまり……唾液?」

 

「はい」

 

 淡々と肯定されると、妙に現実味が増した。

 

 俺はカートリッジを指で弾き、軽口で逃げ道を作ろうとする。

 

「便利だな。燃料が会話の延長にある」

 

「あなたの同意が必要です」

 

 それで、軽口が止まった。

 

 2Bは視線を逸らさない。命令じゃない、要求でもない。確認だ。――対等の。

 

「……わかった」

 

 俺はカートリッジの口を開け、差し出す。

 

 けれど2Bは受け取らない。代わりに一歩、近づいた。距離が詰まる。地下の冷気の中で、彼女の体温の輪郭だけが妙にくっきりする。

 

「直接の転送が最短です」

 

「最短、ね」

 

 言いながら、俺は笑えなかった。

 

 2Bの顔はいつも通り無表情だ。それでも、その無表情が“決めた”という事実だけは、はっきり伝わってくる。

 

「……実施しますか」

 

 質問は一つ。

 

 俺は短く頷いた。

 

 2Bがわずかに身を屈める。影が重なる。呼吸の音が近くなる。

 

 触れる直前の、あの空白。たった一拍の沈黙が、やけに長い。

 

 そして、ほんの短い接触。

 

 熱ではなく、温度差のない確かさがそこにあった。行為としては一瞬なのに、意識だけが遅れて追いつく。俺の喉が鳴り、心臓が一段だけ速く打った。

 

 2Bが離れる。距離が戻る。戻ったはずなのに、空気は元に戻らない。

 

「……サンプル取得。転送を開始します」

 

 彼女はカートリッジを取り、手際よく装着する。

 

 機械的な所作に戻ったことで、俺の中の余計な熱も、ようやく居場所を失った。

 

「状態は?」

 

「エネルギー供給、微量。即効性あり。

 

 ただし、持続は短い」

 

「十分だ。今は“動ける時間”が欲しい」

 

 2Bは頷き、静かに息を吐いた。

 

 変化は派手じゃない。だが、立ち上がる動作が少しだけ滑らかになる。視線の焦点が合う速度が上がる。

 

「……回復を確認」

 

 淡々とした声のまま、彼女は言う。

 

「ゲンマ」

 

 名前だけ。合図のように。

 

 それが、妙に胸に残った。

 

「……ああ」

 

 俺はカートリッジの蓋を閉め、次の準備に手を伸ばす。

 

 必要だったのは燃料だ。なのに、得たのは燃料だけじゃない気がしてならない。

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