地下の変電施設は、相変わらず静かだった。
配電盤の低い唸りと、水滴が床に落ちる音だけが、やけに大きく聞こえる。
俺は壁にもたれ、端末のログを洗っていた。
補給仕様の話を聞いてから、どうにも落ち着かない。設定を知ったからじゃない。――誰かに、もう知られている気がしてならなかった。
「2B」
「はい」
「さっきの補給ログ、外部に漏れてないな?」
「現在の通信遮断状態では、直接送信は不可能です」
「……直接、ね」
その言い方が、引っかかった。
「“直接じゃない”方法は?」
2Bは、ほんの一瞬だけ処理遅延を起こした。
嫌な間だった。
「間接的な推定は、可能です」
俺は息を吐いた。
「やっぱりか」
端末を操作し、さっきの戦闘ログを拡大する。
敵側の通信断片。これまで見落としていたフレーズに、今さら目が止まった。
『対象、出力低下を確認』
『補給フェーズ移行を予測』
「……おい」
喉の奥が冷えた。
「お前の燃料残量、戦闘中に読まれてたな」
2Bは即答しなかった。
視線を下げ、ログを再照合してから、静かに言う。
「……はい。
敵のセンサーが、私の出力変動を捕捉していた可能性があります」
「可能性、じゃねえな。完全に把握してる」
画面をスワイプすると、続きが出る。
『補給源、ヒト個体と推定』
『優先戦術を補給妨害に切替』
一瞬、言葉を失った。
「……最初からか」
「推定されます。
私の型式は、過去に同様の運用履歴があります」
「履歴……?」
「補給を受けた個体は、回収優先度が上昇します」
胸の奥が、嫌な音を立てた。
「つまり……」
「補給行為そのものが、索敵条件になります」
2Bは淡々と言う。
それが、余計に怖かった。
「敵は、あなたを“燃料源”としても評価しています」
……最悪の分類だ。
「ふざけるな」
思わず声が荒くなる。
「俺を狙わせるために、お前を削ったってことか?」
「戦術的には、合理的です」
「合理的で済ませるな」
端末を床に置き、頭を掻く。
「じゃあ、これからどうなる」
「予測を提示します」
2Bは静かに続けた。
「今後、敵は以下を優先します。
一、補給中の襲撃。
二、補給源の特定と排除。
三、私の稼働時間を削り、行動不能に誘導」
「……完全に、詰ませに来てるな」
「はい」
あっさり肯定された。
俺はしばらく黙り込んだ。
地下の湿気が、やけに重く感じる。
「なあ、2B」
「はい」
「……お前、俺から補給を受けるの、嫌じゃないのか」
質問は、戦術とは無関係だ。
だが、聞かずにいられなかった。
2Bは首を横に振る。
「任務遂行に必要な行為です」
「それだけ?」
「それだけです」
即答。
だが、少し遅れた。
「……ただし」
「ん?」
「あなたが危険に晒される確率は、上昇します」
「今さらだ」
俺は苦笑した。
「元から命、安く売ってる商売だ」
「……推奨されません」
その言葉に、少し驚く。
「お前が言うのか」
「あなたが行動不能になると、私の生存確率が大きく低下します」
「……結局、合理か」
「はい」
そう言いながら、彼女は一歩だけ近づいた。
距離はほんのわずかだが、その動き自体が、珍しい。
「補給を継続する場合、対策が必要です」
「具体的には?」
「補給の時間と場所を、意図的に“罠”に変えることが可能です」
「……逆に使う、ってことか」
「はい。
敵は補給を狙います。
ならば、補給を囮にできます」
俺は思わず吹き出しそうになった。
「お前、ほんと容赦ねえな……」
「最適解です」
だが、すぐに表情を引き締める。
「ただし」
「ただし?」
「成功確率は高くありません。
失敗した場合、あなたが最優先目標になります」
地下の静けさが、また重く沈んだ。
俺は天井を仰ぎ、ゆっくり息を吐く。
「……面白くなってきたな」
「面白い、とは?」
「敵が賢いのは嫌いじゃない。
問題は――」
視線を戻す。
「お前が、その賢さの餌にされることだ」
2Bは、少しだけ首を傾げた。
「私は、兵器です」
「違う」
即座に否定した。
「今は、“相棒”だ」
一拍、沈黙。
「……記録します」
いつもの返事。
だが、その声は、ほんの少しだけ柔らかかった。