地下施設を出てから、五分ほど歩いた頃だ。
わざと、足音を消さなかった。
遮蔽も、電波偽装も半分だけ解除してある。――今の俺は、“見つけてください”と書いた看板を背負って歩いているようなものだ。
「……本当に、単独で行くのですか」
背後の暗がりから、2Bの声が届く。
姿は見えない。だが、彼女は予定どおり、俺の三十メートル後方、死角になる高所に配置している。
「ああ。向こうは、もう俺を燃料タンクだと思ってる」
「捕縛確率、七四%。致命傷確率、一三%」
「上出来だな」
苦笑しながら、俺は狭い通路に入る。
天井は低く、壁は金属パネル。逃げ場が少なく、確保には最適な地形だ。――だから、選んだ。
ポケットの中で、マイクロ受信器が微かに震えた。
来た。
次の瞬間、空気が変わる。
背後のシャッターが半分だけ降り、前方の照明が一斉に落ちる。完全な闇ではない。視界を奪いきらず、“逃げ道がある”ように錯覚させる配置だ。
「……」
俺は足を止めない。
走らない。振り向かない。
あくまで“気づいていない獲物”を演じる。
右壁の裏で、何かが動いた。
次の瞬間、空気が裂ける音。
粘着弾が俺の足元を掠め、床に張り付く。
「……やっぱり、殺しには来ないか」
拘束狙い。読み通りだ。
背後から、低い声が響く。
「対象発見。補給源、単独行動を確認」
「確保優先。損傷最小限で」
完全に、“物扱い”だな。
俺はわざと足を滑らせ、体勢を崩す。
その瞬間を狙って、二方向から影が飛び出した。
電撃ワイヤ。麻痺スプレー。
手慣れてる。――回収専門班だ。
「動くな」
「はいはい……っと」
抵抗せず、半歩遅れる。
ワイヤが腕に絡み、電流が走る。痺れるが、致命じゃない。
拘束具が首元に近づく。
――今だ。
俺は歯の裏で小さく舌打ちし、床に視線を落とす。
次の瞬間、通路の床面が“沈んだ”。
マイクロ罠、起動。
敵の一人が足を取られ、体勢を崩す。
同時に天井の通風口から煙幕が噴き出し、視界を切り裂いた。
「散開――」
指示の途中で、空気が“斬られた”。
煙の中を、一本の銀線が走る。
――2Bだ。
音がしない。
重力制御を抑えた、最低出力の踏み込み。だが速度は、十分すぎる。
最初の一撃は、拘束具を持った敵の手首。
切断ではない。関節を“外す”だけ。武器が床に落ちる。
二人目は、膝。
三人目は、頸動脈の圧迫。
非致死。完璧な制圧。
俺の腕のワイヤが、いつの間にか消えていた。
「……相変わらず、仕事が早いな」
「介入条件を満たしました」
背後で、2Bが静かに言う。
呼吸は乱れていない。だが、出力ログを見るまでもない。――長くは保たない。
最後に残った一人が、必死に通信機を叩く。
「上へ報告――」
その瞬間、俺は足元の小型反射板を蹴り飛ばした。
天井に向けて跳ね返った信号が、敵の送信波を“なぞる”。
端末が震え、座標が弾き出される。
「……釣れた」
2Bがすぐに補足する。
「中継ノード、検出。位置、送信します」
「十分だ。撤退だ」
遠くで、次の部隊の気配が動き出す。
だが、もう目的は果たした。
俺は肩を回し、苦笑した。
「なあ、2B」
「はい」
「俺、燃料タンクにしては、なかなか厄介だろ?」
「……評価を更新します」
ほんの一瞬、彼女の口元が、緩んだ気がした。
だが次の言葉は、いつも通り冷静だった。
「エネルギー残量、危険域に接近しています」
「……やっぱりな」
俺は天井を見上げ、息を吐く。
「次の補給は、もっと慎重にいこうぜ」
「了解しました」
その声を背に、俺たちは静かに闇へ溶けていった。