※この作品はR-18です。

ゴエティア・●ックス   作:ボルメテウスさん

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機械 Ⅵ

 逃走ルートに入って、三分ほど経った頃だ。

 

 廃通信塔から引いた仮設ケーブルを切り離し、地下水路に滑り込んだ。

 湿った暗闇の中、俺は2Bを支えながら進む。

 

「……歩けるか」

 

「可能です。

 ただし、出力は最低限に制限しています」

 

「十分だ。今は逃げ切れば勝ちだ」

 

 だが――

 

 耳の奥で、小さなノイズが鳴った。

 

 嫌な予感がして、即座に端末を確認する。

 本来、完全遮断したはずの回線に、一本だけ“残っている糸”があった。

 

「……チッ」

 

 その糸が、勝手に繋がった。

 

 次の瞬間、視界の端にホログラムが立ち上がる。

 妨害網を逆に踏み抜いてきた、強制投影。

 

 そこに現れたのは――人影だった。

 

 年齢は四十前後。

 軍服でもスーツでもない、灰色の実務服。

 表情は薄く、笑っているようにも、無表情にも見える。

 

「初めまして、と言うべきかな」

 

 低く、落ち着いた声。

 

「回収統制官、コードネーム《ヴァルケン》」

 

 ――来たな。

 こいつが、上か。

 

「君が“補給源”か」

 

 開口一番、それだった。

 

「……ずいぶん失礼な挨拶だな」

 

 俺は立ち止まり、2Bを支えたまま応じる。

 

「人の名前を覚える気はないのか」

 

「必要がない」

 

 即答だった。

 

「だが、興味はある。

 君一人の存在で、我々の追跡網が三系統も崩れた」

 

 指揮官は画面越しに、俺と2Bを見比べる。

 

「特に君だ。

 調達屋。戦術家。即席の囮役。

 ……そして、燃料」

 

 2Bの体が、わずかに硬直する。

 

「あなたが、指揮官ですか」

 

 2Bが静かに問う。

 

「正確には“現場責任者”だ。

 君の型式は、知っている」

 

 指揮官は微かに目を細めた。

 

「ヨルハ系。

 生体燃料併用型。

 ……ずいぶん、懐かしい設計だ」

 

「回答を拒否します」

 

「当然だ」

 

 楽しそうに、彼は笑った。

 

「さて。中継ノード破壊は痛手だ。

 だが致命傷ではない」

 

 画面の奥で、別のモニターが点灯する。

 そこに映ったのは――

 

 さっき俺たちが抜けてきた地下水路の、三つ先の分岐点。

 

 ……完全に、見られている。

 

「逃走経路、把握済み。

 君たちは今、私の“視界”の中心にいる」

 

 背筋が冷えた。

 

「……わざわざ名乗って、何の用だ」

 

「挨拶と、確認だ」

 

 指揮官は、穏やかに言った。

 

「君は、彼女を使うつもりか。

 それとも――」

 

 一瞬、視線が俺に刺さる。

 

「彼女に、使われるつもりか」

 

 2Bの声が、わずかに鋭くなる。

 

「その表現は、不適切です」

 

「そうかもしれない」

 

 だが、指揮官は気にしない。

 

「君は優秀だ。

 制約下での制圧、非致死優先、補給効率も悪くない」

 

 まるで、製品評価だ。

 

「だが、問題がある」

 

「問題?」

 

「君たちは――」

 

 彼は、ゆっくりと言った。

 

「“補給源”を守ろうとしている」

 

 その瞬間、すべてが繋がった。

 

「それは、戦術として最悪だ」

 

 静かな宣告。

 

「補給を守る者は、必ず負ける。

 我々は次から、君ではなく――」

 

 視線が、2Bに移る。

 

「“彼女が補給を欲しがる瞬間”を狙う」

 

 2Bの指が、剣の柄にかかる。

 

「……脅迫ですか」

 

「忠告だ」

 

 指揮官は首を振る。

 

「君は価値がある。

 だが、彼は違う」

 

 俺を指す。

 

「交換条件にすらならない」

 

 ――ほう。

 

「つまり?」

 

「君を回収し、彼は廃棄する」

 

 はっきり言われた。

 

 だが、不思議と腹は立たなかった。

 むしろ――面白い。

 

「なあ、指揮官」

 

 俺は笑って言う。

 

「一つだけ、教えてやるよ」

 

「何だ」

 

「さっきのノード、あれ“囮”だ」

 

 一瞬、指揮官の眉が動いた。

 

「本命の逆探知は、もう別ルートで走ってる」

 

 沈黙。

 

 ほんの一秒。

 だが、それで十分だった。

 

「……なるほど」

 

 彼は、ゆっくり息を吐いた。

 

「君は、厄介だな」

 

「光栄だ」

 

「いいだろう」

 

 指揮官は、初めて真顔になった。

 

「次は、私が前に出る」

 

 通信が切れる。

 

 ホログラムが消え、地下水路に静寂が戻った。

 

 しばらくして、2Bが小さく言う。

 

「……敵指揮官、非常に危険です」

 

「ああ」

 

 俺は苦笑する。

 

「ようやく、まともな相手が出てきた」

 

 そして、肩の重みを感じる。

 

「……エネルギー残量は」

 

「残り、二九%」

 

「……急がねえとな」

 

 俺は2Bを支え直し、闇の奥へ進んだ。

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