補給が“隙”になる。
敵指揮官《ヴァルケン》はそう言った。なら、隙そのものを餌にしてやればいい。
「2B、歩けるな」
「可能です。出力は最低限です」
暗いサービス通路を抜け、俺は旧地下商店街の廃区画に入った。天井の配管が蜘蛛の巣みたいに走り、シャッターの影がいくつも重なる。人の気配はない――正確には、追跡者が入りたがらない場所だ。監視カメラの死角が多すぎる。
俺は量子ストレージから小型のモジュールを三つ取り出し、床に置く。
見た目は充電器の残骸みたいな黒い箱。だが中身は、回収班の規格に合わせた“匂い”を作る装置だ。
「偽装補給?」
2Bが短く言う。
「そう。補給した“ように見せる”だけだ。出力変動の波形、熱源、微弱な生体シグネチャ。全部、あいつらが欲しがる情報に寄せる」
「敵の捕捉確率は上昇します」
「上げるのが目的だ」
2Bは返事をしなかった。だが、彼女の視線が「合理的」と言っているのは分かる。
問題は時間だ。彼女のエネルギー残量は危険域。長い戦闘はできない。だから、戦闘は“する”が“勝つ”のは別の手段でやる。
俺は壁沿いに反射材を貼り、煙幕を仕込む。音響撹乱は最小。民間被害ゼロの場所を選んだ以上、派手なことはしたくない。
最後に、端末を開いて逆鍵を差し込む。
「こいつで、回収班の端末が吐く“固有の署名”を引っ掛ける。近距離で通信を掴めば、向こうの身元が剥ける」
「証拠の確保が目的ですか」
「戦いの決着は、殲滅じゃない。あいつらの首輪を掴む」
2Bは一拍置いて頷いた。
「了解。私は、接近個体を制圧します」
「非致死、最短。七十秒で終わらせる」
「了解しました」
偽装補給モジュールを起動する。
ランプが一度だけ明滅し、床の金属がじわっと温まる。端末の表示には、あえて分かりやすい“出力変動”が踊った。捕捉されてください、と言わんばかりの信号。
……数秒。
空気が変わった。
遠くで、微かなドローン音。続いて、足音が三、四。いや、もっといる。今までの回収班より、隊形が整っている。
こちらが釣ったのは魚じゃない。釣り針ごと引きちぎりに来る獣だ。
シャッターの隙間から光が走る。赤外線スキャン。音響の探り。
すぐに無線が飛ぶ。
『補給反応、検出』
『補給源、およびヨルハ個体、同時捕捉』
『確保フェーズ、開始』
俺は息を吐いて、わざと端末を床に落とす。カン、と乾いた音。
向こうの警戒が一段だけ“捕獲モード”に寄る。射撃より拘束に寄る。欲しいのは回収物だ。
次の瞬間、煙が薄く流れ込んだ。非致死ガス。
同時に、床面から拘束フレームがせり上がる――例の規格だ。
「来たな」
俺は逆鍵を握り、半歩だけ前に出た。
フレームが俺の足首に噛み、ワイヤが腕に絡む。わざとだ。拘束されることで、相手が“確保完了”通信を流す。その瞬間が欲しい。
影が三つ、煙の中から現れる。全員、同じ装備、同じ動き。回収班のプロだ。
先頭が手を伸ばし、首元にロック具を当てようとした――その瞬間。
風が裂けた。
2Bが、煙の外縁から滑り込んだ。
剣は抜かない。抜く必要がない。彼女の掌が先頭の肘を折り、膝を奪い、意識を落とす。音すら小さい。残り二人も同じだ。動線を断ち、倒すのではなく“無力化”する。非致死。効率だけが鋭い。
だが彼女の肩が、ほんの少し沈んだ。燃費が悪い。時間をかけるな。
「……制圧、完了」
「上出来。次だ」
俺は拘束具に逆鍵を当てた。
ロックが“回収済み”と誤認し、勝手に外れる。だが俺の狙いは解錠じゃない。
解錠と同時に、回収班の端末が吐き出す“署名”がある。
認証更新、搬送ID、上位ノードへの自動報告――その全部が一瞬だけ通信に乗る。そこを掴む。
「……よし」
端末の画面に、コード列が弾ける。
回収班の部隊ID。所属を示す規格番号。さらに、上位指揮へ繋がる中継ルート――そして、短い音声が混じった。
『《ヴァルケン》へ。確保――』
来た。
音声は途中で切れている。だが十分だ。固有の呼称、回線の署名、命令体系の存在。これだけで“匿名の敵”は“追える組織”になる。
その瞬間、背後のシャッターが爆ぜた。
第二波。数が違う。装備も違う。今度は拘束ではなく、面制圧の構えだ。
敵も学習した。先遣が落ちたら“次は火力”で押す。捕獲より排除。補給前排除――方針更新の実行。
「2B、撤退だ。七十秒だ」
「了解」
彼女は一瞬だけ視線を走らせ、最短ルートを選ぶ。
俺は煙幕を追加で放ち、反射材を投げて視界を割る。音響撹乱を“遅延”で起動。追撃の隊形が一拍だけ乱れる。
その一拍が、生きる。
2Bは走らない。走ると燃費が跳ねる。
歩幅を最小に保ったまま、必要な相手だけを落とす。触れた瞬間に倒す。触れなければ倒さない。兵器というより、刃物みたいな移動。
「……ゲンマ」
名前を呼ばれた。
振り返らずに分かる。彼女の出力が落ちた。今、彼女は“自分の脚”を計算している。
「分かってる。肩貸す」
俺は半歩戻り、彼女の腕を引っ掛けた。重いわけじゃない。だが、静かな重量がある。今の彼女は“無理をしない無理”をしている。
逃走路を抜け、廃区画の外へ出る。
最後に、俺は端末を確認した。回収班の署名は保存済み。音声断片も、規格番号も、ルートも揃った。
「……勝ったな」
「戦闘目的は達成しましたか」
「達成した。これで、あいつらは“影”じゃない」
2Bは小さく頷いた。だが、次の報告が来る。
「エネルギー残量、低下。危険域」
「……分かってる。次は補給のやり方を変える」
敵は補給瞬間を狙う。
なら、補給という行為そのものを“戦場”にするしかない。
背後で、遠くのシャッターがもう一度鳴った。追撃は続いている。
それでも俺は、口元だけで笑う。
「ヴァルケン。お前の首輪、掴んだぞ」