※この作品はR-18です。

ゴエティア・●ックス   作:ボルメテウスさん

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機械 Ⅸ

 証拠は、刃物みたいなものだ。

 握りしめれば頼もしいが、振り回せば自分の手も切る。――だから、使うなら一度きり。深呼吸して、狙いを定めてからだ。

 

 廃区画の端、崩れた看板の影で膝をつき、端末を開く。回収班の署名、部隊ID、短い音声断片。どれも軽いデータだが、重さは別物だ。これを通せば、敵の腹に手を突っ込める。失敗すれば、俺たちの位置は“確定”する。

 

 背後で、2Bが壁にもたれている。歩幅を抑え、呼吸を一定に保つ姿勢。見た目はいつも通りだが、分かる。出力は底を擦っている。彼女はそれを言い訳にしない。ただ事実として、淡々と受け入れる。

 

「時間は?」

 

 聞きながら、俺は自分の声の低さに気づく。余計な感情を落とすための、無意識の調整だ。

 

「最大、四十秒です。

 それ以上の高負荷は推奨されません」

 

 短い返答。余白のない言い切り。

 ――四十秒。十分だ、と言えば嘘になる。だが、足りないと言っても始まらない。

 

「上出来だ」

 

 俺は逆鍵を端末に差し込む。金属が触れる感触が、やけに現実的だ。これが折れたら、次はない。

 呼吸を整える。敵は賢い。だからこそ、“正規”を装えば動く。回収班の署名で、回収班の言葉を流す。嘘は短く、欲張らない。

 

 トリガーを引く。

 

 回線が一拍、重くなる。――通れ。

 

『回収班各位。

 座標E-17にて補給源再捕捉。

 最優先で集合、確保』

 

 送信完了。

 心臓が、遅れて跳ねた。

 

 数秒。空気が変わる。

 さっきまで四方に散っていた“視線”が、一本の矢になって引き抜かれる。足音が遠ざかる。包囲が、ほどける。

 

「……分散を確認」

 

 2Bの声は静かだが、確信がある。

 俺は、ようやく息を吐いた。

 

「今だ。抜ける」

 

 戦う必要はない。勝ち筋は、もう引いた。

 煙幕を最小で焚き、反射材を剥がす。目を外すだけでいい。2Bは走らない。走らせない。触れた相手だけを、触れた瞬間に落とす――いや、今回は触れない。戦わないことが最短だ。

 

 角を二つ曲がったところで、端末が震えた。

 警告。学習開始。――さすがに早い。

 

『命令偽装を確認』

『署名の異常を検出』

『集合命令、破棄』

 

 口の端が、自然と上がる。

 遅い。もう、俺たちはそこにいない。

 

「残り、十秒」

 

「足りる」

 

 最後のシャッターを抜ける。外気。雨音。雑音が増える。追跡の精度が落ちる。

 背後で、遅れて火力が鳴った。さっきまで俺たちがいた場所だ。包囲は“空”を殴った。

 

 安全圏に入ったところで、2Bが小さく息を吐いた。

 ほんの一瞬。誰にも見せない、解放の兆し。

 

「……成功です」

 

「成功だ」

 

 喜びは短くていい。

 端末に、最後の通信が割り込む。低く、落ち着いた声。

 

『よくやった』

 

 《ヴァルケン》。

 嫌になるほど、冷静だ。

 

『一度きりだ。次は通らない』

 

「分かってる」

 

『補給前排除に切り替える。

 君たちに、次の“隙”はない』

 

 通信が切れる。

 雨音だけが残る。

 

 俺は端末を閉じ、逆鍵をポケットに戻した。

 折れた刃は、もう振らない。だが、切り口は残った。それで十分だ。

 

「主導権は?」

 

「現在、こちらにあります。

 ただし、短時間です」

 

「上等だ」

 

 歩き出す。次の盤面へ。

 彼女の歩幅に合わせて、俺も速度を落とす。今は、それが一番の最適解だ。

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