雨は、いつの間にか止んでいた。
濡れた路面に映る街灯の光が、揺れもせずに伸びている。
その静けさが、逆に不気味だった。敵が来ない――違う。もう、来ないのだ。
俺は立ち止まり、背後を振り返る。
追跡の気配はない。さっきまで皮膚に貼りついていた“視線”が、すっぱりと消えている。
「……終わったな」
呟くと、胸の奥に溜まっていた息が、ようやく外へ出た。
2Bは数歩後ろで止まり、壁に軽く手をついている。姿勢は崩れていないが、限界が近いのは一目で分かる。
「敵の追撃、停止を確認」
淡々とした報告。
だが、その声の奥に、ほんのわずかな疲労が滲んでいた。
「エネルギー残量は?」
情況的にも、これ以上の戦闘でエネルギーは使う事は出来ない。
「安全域を下回っています。
ただし、行動不能ではありません」
……相変わらずだ。
“大丈夫”とは言わない。ただ、事実だけを置く。
俺は壁に背を預け、膝に手を置いた。
頭の中で、盤面をもう一度なぞる。偽命令は通った。包囲は崩れた。証拠は確保した。
敵は学習し、方針を更新した。――つまり、この局面は終局だ。
勝ったのか、と問われれば違う。
だが、負けていない。次に繋がる場所まで、ちゃんと辿り着いた。
端末が、静かに震えた。
短い通信。ノイズの向こうで、あの落ち着いた声が響く。
『ここまでだ』
《ヴァルケン》。
無駄な言葉はない。
『君は一度、こちらの手を折った。評価する』
俺は苦笑した。
「光栄だな」
『だが、次は同じ盤では打たない』
「だろうな」
『君たちは、今から“戦場の外”に出る』
一瞬、意味を測る。
『追跡は停止する。
理由は二つ。君の証拠が、面倒だからだ』
――なるほど。
『もう一つは、彼女だ』
視線が、2Bに向く気配がした。
『今は、壊したくない』
通信が切れる。
雨上がりの空気が、肺に深く入った。
「……撤退を宣言されたな」
「合理的判断です」
2Bはそう言って、壁から手を離した。
一歩、踏み出す。その足取りは、慎重だが確かだ。
「これで、一区切りだ」
俺は立ち上がり、彼女の歩幅に合わせる。
敵は引いた。だが消えたわけじゃない。次に会う時は、もっと準備してくる。
それでも――
「主導権は、まだ俺たちにある」
「はい。
次の選択肢を、こちらが決められます」
その言葉に、少しだけ笑ってしまった。
兵器の口から出るには、あまりに“人間的”だ。
街灯の光を抜け、俺たちは歩き出す。
戦いは、ここで終わり。
「さて、とりあえずは帰ったら、休むか」
2Bは、俺の言葉を聞くと無言に頷きながら、ゆっくりと向かう。