※この作品はR-18です。

ゴエティア・●ックス   作:ボルメテウスさん

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実験 Ⅰ

路地の湿気が、妙に肌にまとわりつく。

自販機の低い唸りだけが、ここが街の中だって証明してた。

 

壁にもたれながら、視線だけ動かす。

屋上の端、排気口の影、濡れたアスファルトの反射。……静かだが、静かすぎる。誰かが見てるときの静けさだ。

 

足音が近づいてきた。

軽い。迷いがない。急がないくせに、まっすぐ。

 

白衣の裾が先に見えた。次に赤茶の髪。街灯に触れるたび、色が変わる。

 

「時間は三分だけ。その間に“あなたが本物”だって証明して」

 

いきなりだな、と思った。

けど、笑う。癖みたいなもんだ。

 

「挨拶は省略派か。嫌いじゃねえ」

ポケットから手を抜いて、軽く伸びをする。「三分もいらねえ。一分でどうだ?」

 

腕を組んだまま、少女は動かない。視線だけが速い。

測ってる。品定めじゃない。実験の途中みたいな目。

 

「減点方式」

 

「上等だ」

 

路地の奥で、水が揺れた。風じゃない。

反射の形が一瞬だけズレる。……誰かいる。

 

自販機の側面を、指の背で軽く叩く。コン、と乾いた音。

次の瞬間、街灯が一つだけ瞬いて、屋上の影が遅れて動いた。

 

少女の目がそっちへ流れる。すぐ戻る。

 

「……なるほど。噂は盛ってないのね」

 

「盛ると後で困る」

肩をすくめる。「で、博士サマは?」

 

少女は少しだけ顎を上げた。

 

「牧瀬紅莉栖。依頼人」

 

短い名乗り。余計なものがない。

嫌いじゃない。

 

沈黙が落ちる。遠くでタイヤが水を切る音。

紅莉栖がポケットから小さな袋を出した。透明。中身は見えない。封だけがやけに丁寧だ。

 

「これと同系統を、少し」

差し出してくる。「普通の流通には乗らない」

 

受け取らない。まず観る。

封の折れ目、指の癖、焦った人間の手つき。……面倒事の匂い。

 

「……やれやれ」

息を吐く。「軽いのに重そうだな」

 

「面倒じゃない案件なんて、あなたに届かないでしょ」

口角だけ上げてくる。挑発、というより確認だ。

 

「煽り方も研究済みかよ」

 

指先で袋をつまむ。軽い。軽すぎる。

ポケットに滑らせながら、言葉を削る。

 

「依頼の中身、全部は聞かねえ」

一拍。

「だが、人を壊す類なら断る」

 

紅莉栖が一度だけ瞬いた。

それから、ほんの少しだけ肩の力を抜いた。

 

「合理的ね。その線引き、嫌いじゃない」

 

路地の奥で、水がもう一度跳ねる。

今度は近い。

 

背中を壁から離す。歩き出す。

振り向かない。

 

「三分、まだ残ってるぞ」

肩越しに言う。「歩きながらでいいなら、続き聞く」

 

白衣の裾が後ろで揺れた。

足音が半歩だけ遅れて並ぶ。

 

「延長ね」

声に、わずかな熱。「いいわ。条件、あとで詰めましょう」

 

雨の匂いが遠ざかる。

路地の出口が近づくたび、街のざわめきが戻ってくる。

 

……厄介な依頼人だ。

けど、嫌いじゃない。

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