事務所のドアを押し開けた瞬間、派手な音が鳴った。
どこから仕込んだのか分からない安物の電子ファンファーレだ。
「さぁて、今日の依頼はどんな難事件かしら?」
アリシアが椅子をくるりと回す。
白い脚が軽く揺れて、長い髪が背中で跳ねた。完全に“舞台の中央”って顔だ。
「事件ってほどじゃねえ」
俺は袋を机に転がした。「相談だ」
「相談?」
眉が上がる。「調達屋が?珍しいじゃない」
「依頼が来た」
「それは毎度のことよね」
間髪入れない返し。
俺は少しだけ息を整える。
「……タイムマシン」
沈黙。
アリシアの肩がわずかに揺れた。
「……アローアロー?」
ゆっくり首を傾ける。「今の、あたしに言ってるのよね?」
笑ってる。
完全に冗談扱いだ。
「俺も最初はそう思った」
椅子を引いて座る。「だが向こうは本気だ」
「はぁ……」
大げさなため息。「あんたって、そういう面倒な話を本当に持ってくるわよね。この前の依頼の時もそうだったじゃない」
「まぁ調達屋だからな」
「言い訳としては百点ね」
机に肘をつき、こちらを覗き込む。「で?ロマンに付き合う気?」
袋を指先で弾く。カサ、と乾いた音。
「半分は疑ってる」
正直に言う。「だが悪事の匂いはしねえ。純粋な学者って感じだ」
その瞬間、アリシアの目が細くなった。
「……へぇ?」
わずかに頬を膨らませる。「あんたがそこまで肩入れするなんて、珍しいじゃない」
「気に入らねえか?」
「べつにぃ?」
視線を逸らし、足を組み替える。「ただ、最近のあんたってちょっと変よ。変な相棒拾ったり、妙に人を見る目が甘くなったり」
「心外だな」
「ほんとに?」
くす、と笑う。「まぁいいわ。続けて」
俺は袋を押した。
「材料集めに協力してほしい。回線を誤魔化せる奴が要る」
アリシアは天井を仰いだ。
椅子がきぃ、と小さく鳴る。
「タイムマシンねぇ……」
指先で空中をなぞる。「大船に乗ったつもりで、いや!あたしがどれだけ無茶な案件を裁いてきたと思ってるのよ」
「今回も無茶か?」
「当然でしょ」
即答。「時間よ?時間。経済管区が泣くわ」
沈黙が落ちる。
アリシアはゆっくり椅子を回し、正面に向き直った。
「……で?」
顎に指を当てる。「あんたは、どうしたいの」
少しだけ言葉を探す。
「見てみてえ」
肩をすくめる。「未来が変わるかどうかじゃねえ。あいつが、本気でそこまで行くのか」
アリシアの視線が止まった。
一拍。
「……はぁ」
小さく息を吐く。「ほんっと、面倒な男ね」
「褒め言葉か?」
「違うわよ」
即答。「でも、嫌いじゃない」
椅子を蹴って立ち上がる。
「そーね、そうさせてもらうわ」
端末が起動する。青い光が壁を走る。
「ただし条件付き」
指が滑る。「危険と判断したら即撤退。ロマンに殉じる趣味はないの」
「上等だ」
「言ったわね?」
振り向きざま、にやりと笑う。「その代わり、あとで“とびきり難しい”調達を頼むから」
「怖ぇな、それ」
「大船に乗ったつもりでいなさい」
指を鳴らす。「いや、あたしがどれだけ“大根をムラサメで斬る”か、教えてあげるわ!」
画面に回線図が広がる。
光が机の上の袋を照らした。
「タイムマシン、ねぇ……」
アリシアが小さく笑う。「さぁて、ショータイムかしら」
俺は椅子にもたれた。
……やれやれ。
また舞台に引きずり込まれたらしい。