事務所のドアが、遠慮なく開いた。
「……ここが“事件屋”?」
白衣。赤茶の髪。
理屈を抱えた顔が、部屋を見渡す。
紅莉栖だ。
アリシアは椅子を回しながら笑った。
「アローアロー?勝手に入ってくるなんて、あたしの開戦に迷い込んだ誰かさん?」
「開戦じゃない、打ち合わせよ」
紅莉栖は即座に返す。「まず環境からして非合理的ね。端末配置が分散しすぎてる」
「舞台は広い方が映えるのよ」
アリシアが肩をすくめる。「探偵事務所ってのはね、理論だけじゃ動かないの」
俺は机の端にもたれた。
……始まったな。
紅莉栖が端末の光を覗き込む。
「回線ログ、古いわね。遅延が出る」
「演出のためよ」
アリシアが指を鳴らす。「ショータイムって言葉、知らない?」
「非効率の言い訳にしか聞こえない」
空気が少しだけ冷える。
アリシアの口元が上がった。
「へぇ……理論で殴るタイプかしら」
「事実で話してるだけ」
「大船に乗ったつもりで聞きなさいな」
椅子を蹴って立ち上がる。「現場は数式どおりに転がらないのよ、博士さん?」
紅莉栖が一歩踏み込む。
「逆よ。数式を無視するから事故が起きるの」
「事故もドラマの一部よ」
「ドラマはいらない」
会話の速度が上がる。
言葉の刃が、見えないところで噛み合ってない。
俺はため息をついた。
「……二人とも」
「ゲンマは黙ってて」
「黙ってて」
声が揃った。
やれやれ。
紅莉栖が腕を組む。
「タイムマシンは仮説じゃない。条件が揃えば再現可能。問題は材料と回線遮断」
「その回線を触るのがあたしってわけね?」
アリシアがにやりと笑う。「舞台裏担当ってこと?」
「担当というより、必要条件よ」
「ずいぶん上からね」
「事実を述べてるだけ」
沈黙。
火花は見えないのに、空気が熱い。
アリシアが一歩近づく。
「さぁて、今日の依頼はどんな難事件かしらって思ってたけど」
紅莉栖を見下ろす。「随分と硬い脚本家が来たわね」
「あなたは脚本を無視して演出だけしてる」
「観客は演出を見るのよ?」
「科学は観客のために存在しない」
……完全に噛み合ってない。
俺が口を開きかけた、その時。
ドアが静かに開いた。
足音が一つ。
「……了解」
低い声。
黒い影が部屋に入ってくる。
2Bだ。
白いゴーグルが、二人の間をゆっくり移動する。
「会話が長い」
短く言った。「目的から逸脱しています」
紅莉栖が止まる。
アリシアも、ほんの一瞬だけ目を細めた。
「材料の回収予定時刻、三十分後」
2Bが続ける。「今、結論が必要」
沈黙。
アリシアが先に笑った。
「……はぁ。大船に乗ったつもりでいたら、艦長が来ちゃったわね」
紅莉栖が小さく息を吐く。
「分かった。続きは現場で」
俺は肩をすくめた。
「やれやれ。ようやく話が進むな」
アリシアが指を鳴らす。
「ショータイムは、移動してからよ」
紅莉栖は無言で端末を閉じた。
2Bだけが、最初から決まっていたみたいに出口へ向かう。