※この作品はR-18です。

ゴエティア・●ックス   作:ボルメテウスさん

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実験 Ⅴ

ハンドル越しに見えるネオンが、細長く歪んで流れていく。

夜の街はいつもより静かだった。静かすぎると、逆に落ち着かない。

 

後部座席。

白衣と黒い影。

 

バックミラー越しに二人を見る。

理屈で空気を切り裂く女と、感情を切り捨てた兵器。……妙な組み合わせだ。

 

しばらく誰も話さない。

 

振動だけが伝わる。

タイヤが継ぎ目を踏むたび、微かに車体が揺れた。

 

「……」

 

紅莉栖が動いた。

隣を覗き込む。距離の詰め方が、研究者のそれだ。遠慮がない。

 

「あなた」

静かな声。「その装甲、表面処理が異常に滑らかね」

 

……始まったな、と内心で苦笑する。

 

2Bは前を向いたまま。

 

「……」

 

数秒。

 

「問題ありません」

 

短い。

あいつらしい返答だ。

 

紅莉栖の眉がわずかに寄る。

 

「問題があるかどうかは聞いてないわ。構造を見てるの」

 

バックミラー越しに、白衣が揺れる。

興味を持った時の顔だ。理屈の匂いを嗅ぎつけた猫みたいな目。

 

信号待ち。

赤い光が車内を染める。

 

紅莉栖がさらに近づく。

 

「……自己修復?」

小さく呟く。「違う。可動域が制限されてるのに、動作が滑らか……」

 

正直、俺には分からん。

だが、紅莉栖の声のトーンが少し上がったのは分かった。

 

2Bがわずかに視線を動かす。

 

「解析は許可されていません」

 

相変わらず無駄がない。

だが拒絶でもない。……線を引いてるだけだ。

 

「触ってないわよ」

紅莉栖が即答する。「見てるだけ」

 

車が動き出す。

ネオンがまた流れ始めた。

 

「未知の技術ね」

紅莉栖が続ける。「完全義体でも、生体でもない……中間構造?」

 

……さすがに食いつきすぎだろ。

助手席にいないのが不思議なくらいだ。

 

2Bは黙る。

 

車内に、低いエンジン音だけが残る。

 

「……あなたは研究者ですか」

 

突然、2Bが言った。

 

俺は少しだけ目を見開いた。

あいつから会話を振るのは珍しい。

 

紅莉栖が止まる。

 

「ええ。脳科学。でも理論物理も触る」

 

「目的は」

 

短い質問。

 

……尋問みたいだな。

 

紅莉栖は窓を見る。

流れる光が眼鏡に映る。

 

「知りたいだけよ」

息を吐く。「理解できない構造を見ると、放っておけないの」

 

その言い方、少しだけ分かる気がした。

俺だって、危ない案件ほど手を出したくなる。

 

2Bは黙る。

 

数秒。

長い沈黙。

 

「……あなたの技術」

紅莉栖が続ける。「設計思想が違う。効率じゃない。任務優先?」

 

「了解」

 

……いや、質問じゃないだろ。

思わず口元が緩む。

 

「質問じゃない」

 

「……訂正。任務遂行が最優先です」

 

その言い直しに、紅莉栖の口元が少しだけ緩んだ。

 

「やっぱりね」

 

静かな声。

 

車がカーブに入る。

遠心力で二人の影が少し揺れた。

 

「タイムマシンの理論、興味ある?」

 

紅莉栖が言った。

 

……おいおい。

今ここでそれ振るか。

 

2Bはすぐには答えない。

 

信号が赤に変わる。

 

「……任務に必要なら」

 

予想通りの答え。

だが、完全な拒否でもない。

 

紅莉栖が小さく笑う。

 

「らしいわね。でもあなたなら理解できる気がするの。時間を“計測”する側だから」

 

バックミラー越しに、2Bのゴーグルがほんの少し向いたのが見えた。

 

「……評価不能」

 

短い言葉。

 

それでも、空気が少し変わった気がした。

 

紅莉栖が背もたれに寄りかかる。

 

「ま、いいわ。解析は後で」

 

車内がまた静かになる。

 

……妙だ。

 

さっきまで噛み合わない二人だったのに、今は言葉が少ない分だけ、距離が近い。

 

2Bが小さく言った。

 

「……興味は、理解可能です」

 

思わず目を細めた。

あいつが“興味”なんて単語を使うのは、珍しい。

 

紅莉栖が一瞬だけ目を丸くする。

 

「へぇ」

小さく笑う。「あなた、案外話せるのね」

 

返事はない。

 

だが、車内の空気が少しだけ軽くなった。

 

俺はハンドルを握り直す。

 

……やれやれ。

 

理論と兵器が、静かに会話してる。

さっきまでの騒がしさが嘘みたいだ。

 

ネオンがフロントガラスを横切った。

 

次の目的地まで、あと少し。

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