※この作品はR-18です。

ゴエティア・●ックス   作:ボルメテウスさん

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実験 Ⅵ

倉庫の扉は半開きだった。

冷気が舌に触れる。油と金属と、濡れた段ボールの匂い。床の水たまりに、天井の蛍光灯が細く映っていた。

 

「入るぞ」

車に残した紅莉栖へ短く投げる。返事はない。端末越しの沈黙が、妙に重い。

 

奥へ進むたび、靴底が水を引く。

音が自分の分だけに見えて、余計に耳が働く。扉の影が二重に重なっている。誰かが出入りした跡――新しい。

 

「……調達屋?」

声が落ちた。梁の上からでも床下からでもなく、ちょうど正面の暗がり。

 

「そうだ」

立ち止まって、両手は見える位置に置く。「品はあるか」

 

暗がりから男が一歩出た。

帽子。濡れたコート。顔は見えない。けれど歩き方が軽い。脚が地面を探ってない。

 

「挨拶もなしとは」

男が笑う。「噂どおり、愛想がない」

 

「愛想は別料金だ」

俺も笑うふりをする。「品を見せろ。金は払う」

 

「金ねぇ」

男が肩を揺らす。「この街の金は、紙より軽い。……持ってるのは“金”じゃなくて、“命”じゃないのか」

 

言い方が妙に丁寧だった。

次の瞬間、語尾がわずかに乱れる。別人が同じ台詞を真似しているみたいに。

 

「欲しいものは、ただの装置だ」

言葉を削る。「余計な詮索はしない」

 

「詮索?」

男が首を傾ける。「詮索されるのは、そっちの方だろう? 最近、変な連中に追われてるってね」

 

「追う側が変なら、追われ方も変になる」

一歩だけ前に出る。距離は詰めない。詰めすぎると、向こうの“台本”に乗る。

 

男は笑って、手袋の指を鳴らした。

暗がりの奥で、何かが擦れる音。箱が動く音じゃない。金属が擦れる、細い音だ。

 

「用心深いねぇ」

男が言う。

その声が、ほんの一拍遅れてもう一度響いた。重なるように。薄く、同じ言葉が反復する。

 

……二人いる。

 

気づいたところで、顔には出さない。

ここで目を泳がせたら負けだ。

 

「品は」

声を平らにする。

 

「あるとも」

男が片手を上げる。

奥の影が開き、白いケースが光を拾った。取っ手の金具が綺麗すぎる。新品。倉庫の空気に馴染んでない。

 

「開ける」

俺が言うと、

 

「触るな」

男が遮った。

 

その言葉も、二重に鳴った。

一つは低く、一つは少し高い。片方が主、片方が影。影の方が焦っている。

 

「信用できないなら、取引は終わりだ」

俺は一歩引く。引くことで、相手の呼吸が乱れるのを待つ。

 

男は笑い、笑いながら喉を鳴らした。

 

「いいねぇ。強気だ」

帽子の影の奥で、目だけが光った気がした。

「だが、条件がある。……“誰のため”に使う?」

 

「誰のためでもない」

答えは短く。「俺の客のためだ」

 

「客、ね」

男が嬉しそうに言う。

「その客、白衣を着てないか?」

 

一瞬だけ、背中が硬くなる。

紅莉栖の顔が浮かぶより先に、倉庫の空気が冷たくなった。

 

「噂ってのは、便利だな」

笑って返す。「根拠のない話は嫌いだ」

 

「根拠ならある」

男が言う。

その台詞だけ、重ならなかった。一本の声。確信の声。

 

……ここ、見られてる。

 

耳の奥で、端末が小さく震えた。

車内からのメッセージ。短い通知音。

 

『声、二重に聞こえる? こっちのマイクでも拾ってる』

 

紅莉栖め。気づいてたか。

 

俺は男を見る。

帽子の下の影が、ほんの少し左右に揺れた。視線の移動。誰かに合図してる。

 

「取引はまた今度だ」

俺は踵を返す。背中を見せる角度だけ、丁寧に選ぶ。

 

「逃げるのか?」

男の声が追う。今度は二重。苛立ちが混ざる。

 

「逃げない」

振り向かない。「選ぶだけだ」

 

扉へ向かう。

水たまりがまた揺れた。今度は足音じゃない。小さな回転音。ドローンの羽音が、湿った空気を切る。

 

外へ出る直前、背後で男が笑った。

その笑いも二つに割れて、倉庫の中に残った。

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